第六十七話 光明の金雷
「ノワレ。ネズたちの所にはテルスが行ったわヨ。あなたはこちらに集中してネ」
「集中はしてるんだけどね……」
テルスがドロとの戦いを引き継いだ頃、ノワレは目の前の状況に辟易していた。
テンカとの一騎打ちをしていたはずが、いきなり黒いローブの人物に横槍を入れられたのだ。
「……針を持っているワ。グランが戦った人物のようネ」
「確かグランが洗脳されたやつだよね。ウチが食らったら南側壊滅だね……」
ノワレはあの針が、グランを洗脳した『ツバキ』であると仮定して対策を練り始める。
アハトがソルカ、テルスがドロとそれぞれ戦ってくれているが、裏を返せばそれ以上の戦力はこの場に残っていない。
自分が洗脳されれば一気に負け戦となってしまうのだ。
それゆえノワレは先程からヒットアンドアウェイに徹しており、著しく体力を消耗している。
「おめ、なにもんだがや。乙女のタイマンに手だすんでねぇ!」
ノワレと一定の距離が開いたタイミングで、テンカがローブの人物の肩を掴んで聞く。
テンカとしても初めてみる人物だったので、ノワレにとっての敵だろうとは思いつつ、自分の味方だとは思っていなかった。
しかしテンカの問いを無視し、針の人物はノワレに攻勢を仕掛ける。
「ちょ、聞かれてるよー? 答えてあげなよ」
針をトンファーで受け止めるノワレ。
「…………」
針の人物は何も答えない。
針の人物がさらに連撃を仕掛けようとした時、テンカが後ろからローブを掴み、背後へと投げ飛ばした。
「だがら、邪魔をするんでねぇ。これはあだずたつの喧嘩じゃ」
「いや喧嘩とかではないけどね!」
針の人物は戸惑ったように少しの間動きを止めた後、ゆらりと立ち上がりテンカに耳打ちをした。
針の人物の言葉を聞いたテンカは大きくため息をついたのち、改めてノワレに向き直る。
「……悪いなノワレ。二対一だがや」
「……何をふきこまれたのさ。まあ全然気にしないで良いよ」
ノワレは強がって答えたが、絶望感から彼女の心臓は倍速で脈打っていた。
『シオン』を胸の前で構え、テンカと針の人物から目を離さない。
「ノワレ。とにかく針だけは注意するのヨ」
「そうだねっ……!」
テンカの鹿角刀がノワレに迫る。
その三日月型の刃をするりとかわし、反撃の蹴りを放つノワレ。
さらにそれを受けつつ『ワスレナグサ』をノワレにぶつけるテンカ。
そんな二人の肉弾戦に、針の人物が絶妙なタイミングで横槍を入れてくる。
「うざいなー……」
ノワレがテンカに反撃をしようとするタイミングを的確に狙い、針が迫ってくる。
こうしてノワレは反撃のチャンスをことごとく潰されていた。
するとフラストレーションを溜めつつあるノワレに、さらに悪い知らせが舞い込んでくる。
「ノワレ。……クルビが死んだワ。アハトかテルスが負けたらいよいよまずいわヨ」
針の人物から目を離せないノワレの代わりに周囲を確認していたリンゴが言った。
ノワレは絶望を隠そうとして無意識のうちにストレッチを始めた。
「……そう。ネズくんはまだ無事?」
「ええ、重症みたいだけどネ」
ノワレは高速で頭脳を回転させる。
次の瞬間、針の人物とクルビの死に脳みそを使いすぎていたノワレに一瞬の隙が生まれてしまった。
それを見逃してくれるテンカではなかった。
『ワスレナグサ』で加速したテンカの体当たりをまともに喰らい、ノワレは民家の壁まで吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……この……」
ノワレは足掻こうとするも両手をテンカに頭の上で押さえつけられ、さらに追い討ちで鳩尾に膝蹴りを決められてしまう。
たちまち嘔吐きだすノワレ。
テンカは膝でノワレの動きを封じたまま優しい声色で語りかける。
「ノワレ、最後通告だ。おどなしぐ『シオン』をわだせ。死にだぐはながろ?」
「……ゲホッ……。『シオン』だけは渡せないんだ。形見だからね……」
「……そうか。ならしょうがねぇな。死ぬ瞬間まで大事に持っどけ」
テンカは左手一本でノワレの両腕を壁に固定し、空いた右手で鹿角刀を強く握る。
針の人物も見守る中、テンカの右腕が振り上げられた。
「……誰かど夢を語っだのも久しぶりだったべや。……じゃあなノワレ」
テンカが鹿角刀を振り下ろす。
その刃がノワレの首に到達する直前……
刃物が空気を切り裂く音が、二つ鳴り響いた。
一つはテンカの鹿角刀。
もう一つの刃は、テンカの腕に向かって飛んできた黄金の円刃。
テンカは鹿角刀でそれをガードした。
弾かれた金円は、ブーメランのようにそれを投げた御使いの元へと帰っていく。
テンカが飛び退いたことで、拘束から解放されたノワレがその場に崩れ落ちた。
すると、咳き込むノワレの上から馴染みある声が降ってくる。
「随分なやられようだな、ノワレ」
「……シュウジ」
ノワレの顔に希望の色が灯った。
そこに居たのは妖花連合副リーダー、シュウジだった。
チャクラム型アーククラフト『ウツボカズラ』がシュウジの手元に収まる。
「シュウジ、助けに来てくれたの?」
「……勘違いするなよ。復讐を忘れたお前は俺の敵だ。……しかし、俺以外の人間に殺されるのは我慢ならん」
「どういうことなのさ……」
「とにかくこれでニ対ニだ。まだ動けるだろう?」
ノワレが壁を使ってよろよろと立ち上がった。
テンカから貰った蹴りは非常に効いているが、それを悟られないようにその場で飛び跳ねてみせる。
「まあ何でも良いか。じゃあちょっと手伝ってシュウジ。今だけ休戦ね!」
「ああ、個人的にもあの女には借りがあるからな」
シュウジは一ヶ月ほど前、モルケス王国でテンカと戦った。
その時は一方的に攻撃をくらい、敗走したのである。
早速訪れたリベンジの機会を前に、シュウジはやる気に燃えている。
「ああ、おめ妖花連合のやづか。この前はけっぢゃぐ付かんがったけに、今日こそは覚悟しれ。……おい、おめはノワレおざえとげや」
テンカもシュウジとやる気のようで、ノワレの相手を針の人物に一任した。
針の人物は文句を言うでもなく、弱ったノワレに針を向けた。
ニ対ニの戦いがまさに始まる。
その場の全員がそう思った時……
どこからともなく、軽快に走る足音が響いてきた。
その音はどうやら民家の屋根の上から聞こえてくるようで……
「おらぁぁぁぁあ!!」
派手な雄叫びと共に針の人物に襲いかかった人影が一つ。
屋根から飛び降り、そのままの勢いで針の人物に杖を叩きつけた男。
「……テーサ!? なんでここにいるの!?」
既にファイティングポーズまで取っていたノワレは、肩透かしをくらい目を丸くしている。
「ノワレ! 実は俺様は……ぐえっ」
杖を叩きつけながら話そうとしたテーサは針の人物に腹を蹴り上げられ、ノワレとシュウジの方まで吹っ飛ばされた。
それを見たシュウジが、呆れたように片手でテーサをキャッチした。
同時にシャランという金属音がその場に鳴り響く。
よく見るとテーサの持っている杖は錫杖であり、先端に金属製の輪っかが合計四つぶら下がっていた。
テーサがシュウジに抱きかかえられたまま腕を組み、何かを思い出すように首を傾げて言う。
「実はロコモにもエスピケスの御使いが攻めてきてたんだが、諦めたのか今朝方帰っていったんだ。だからロコモはリックに任せて俺様は援軍に来たってわけだ! 同盟国の御使いとして当然のことだな!」
テーサが胸を張って答えた。
シュウジとノワレは困惑して互いに顔を見合わせたが、援軍はありがたいのでとにかく状況を受け入れることにした。
「テーサミリモウイか。援軍と言うなら、貴様はあの針を押さえておけ」
「ん? お前は妖花連合のやつだよな? なんで味方側なんだよ!?」
テーサがひょいと体勢を戻し、シュウジに問いかけた。
シュウジは面倒そうな顔で『ウツボカズラ』をテンカに向ける。
「細かい説明は後でいい。とにかく働けテーサミリモウイ」
「いやよくはねぇだろ! ……まあ要するに、お前も俺様の力が必要ってことだな? 任せとけよ!」
自身ありげに錫杖を敵に向けるテーサに、ノワレが疑問を投げる。
「……援軍って言ってもさ、テーサの『ガジュマル』は精霊を呼び出すだけの笛型アーククラフトだから戦えないよね? その杖だけで大丈夫なの?」
ノワレの問いに、テーサはニヤリと笑って答える。
「いんや! 俺様の相棒は『ガジュマル』だけじゃないんだぜ!」
テーサが錫杖を地面に突き立てた。
先端の金属の輪っかが触れ合い、シャランと軽い音を奏でる。
次の瞬間、テーサの錫杖に黄金色の雷鳴が走った。
危険を察知し咄嗟に回避したテンカと針の人物の足元に、電撃が網目のように走っていく。
「……なんだそのアーククラフトは」
シュウジが目を丸くして聞いた。
以前ロコモ王国を調べた時には、ロコモにあるアーククラフトは『ガジュマル』『ハイビスカス』だけのはずだった。
そんなシュウジの顔を見て、テーサがニヤリと笑って解説する。
「錫杖型アーククラフト『ボダイジュ』。俺様の……ロコモ王国のとっておきだ!」
「そんなの隠してたんだね……」
先程までの絶望的な状況が嘘のように援軍が到着し、ノワレにも余裕が生まれた。
「二人とも、あの針は人を洗脳できるかもしれないんだ。だから絶対に攻撃を食らわないでね!」
「……承知した」
「……分かった! あの針は俺様に任せてもらうぜ!」
対照的にテンカは敵の御使いが二人も増えたことに文句を垂れている。
「なしてこの短い時間にふだりも援軍がくるんだがや……こっちのはまだ到着しやんのけ?」
「…………」
こうしてドラクロワ領におけるノワレの戦いは、三対ニの数的有利となり佳境を迎えることとなった。




