第六十六話 覚悟の生
「テルスさん……!? それ、雄助のアーククラフト……どないしたんですか?」
ネズが『リンドウ』を見て驚き叫ぶ。
「……借りたのよ。アイツが出来ないって言うなら、私が代わりに使ってやるわ」
テルスが『リンドウ』を強く握り直す。
南の戦闘が始まる直前、テルスは一度警察隊舎に行き、雄助と会っていた。
⚫️
朝目が覚めて、顔を洗って、ご飯を食べて、布団に戻る。
フリスから戻ってからの俺はずっとこんな感じだった。
それは戦争の当日になっても変えられない。
無力感はある。
危機感だってある。
でも俺は……
「いつまでそうしてるつもりなの?」
「テルス……」
今日の初めの来客はテルスだった。
俺の周りには暖かい人が多いとつくづく感じる。
何日も何日も、代わる代わる俺の様子を見にくる客がいるのだ。
そんな人達に、俺は一体いつまで甘えているんだろう。
「……ごめん、テルス。俺、戦えないっす」
情けなくて涙が出てきた。
テルスにも呆れられてしまっただろう。
軽蔑した目で見られるのが怖くて、テルスと目を合わせられない。
「……この半年間、私がノワレと旅に出ている間、あなたがどんな成長をしているか楽しみにしていたのよ? それなのに、なんなのこのザマは。アハトさんに言われたことも、私と話したことも、全部忘れてしまったのね。……残念だわ」
返して良い言葉が一つも浮かばない。
テルスの言葉全てが、レイピアみたいに鋭く俺の心臓を刺突する。
「……期待を裏切ってごめんなさいっす。俺のことは忘れて欲しいっす……」
「そうやって拗ねて自分の世界に籠るのね。……ああ、自分の元いた世界って言った方がいいかしら? そんな調子でみんなに同情してもらって、満足なの?」
悔しくて涙が止まらない。
「じゃあ……俺はどうしたら良いんすか……もう分かんないんすよ……!」
たまらず大きな声をあげてしまった。
それまで真顔で話していたテルスが、初めて呆れたような表情を見せる。
「知らないわよそんなの。私はあなたじゃないもの。……あなたはこちらの世界に来てから何をしていたの? 何を見て、聞いてきたの? ……どこかにきっと答えはあるわよ。人生を見つめ直しなさい」
鼓動が高鳴る。
俺の、転移してからの半年間……
一つ一つ思い出を辿っていく。
「辛いでしょうけどね。…………頑張りなさいよ。私は今のあなたを見ているとイライラするのよ。戦う力があるのに、御使いなのに……それで誰かを守るでもなく、何かを成し遂げるでもなく……あなた、今日から戦争になることは知っているわね?」
俺は無言でこくこくと頷く。
戦争。
あまり現実感はない。
しかし、騒がしい警察隊の喧騒や、避難を始める民間人の様子を観ていれば分かる。
実際に戦争は起きようとしているのだ。
「あなたが戦わないと言うなら……『リンドウ』をよこしなさい」
テルスが腕を組み、俺の目をまっすぐに見つめる。
俺にとってこの提案は甘い誘惑だった。
テルスは俺に戦わなくても良いと言ってくれたのだ。
心が折れた俺に、それに抗う力は残っていなかった。
部屋の隅に隠すように置いてあった『リンドウ』の埃を払い、テルスに手渡す。
テルスは一瞬だけ悲しそうな顔をした後、一つ息を吐いて表情を締める。
「……そう。……見せてあげるわ。誰かの命を、意思を背負って戦うところ。私があなたを背負ってあげるわよ」
そう言い残してテルスは去っていった。
その背中からは、絶大な頼もしさと、同じくらいの不安定さを感じる。
……そりゃあそうだ。
あの小柄な背中に、俺なんかの意思まで背負ってくれているのだから。
俺は頭を切り替え、振り返ることにした。
転移してからの……他の誰でもない、俺の人生を。
⚫️
ドロが『ホオズキ』を巧みに操り、八本の棘鉄球でテルスを攻め立てる。
テルスはそれらを『リンドウ』で弾きつつ、着々と状況を確認していく。
焼けこげた異臭を放つ街で、戦いはエスピケス有利に進んでいるようだった。
ノワレはテンカと黒いローブの人物を相手に劣勢を強いられている。
グランはかなり遠くの門の付近まで戦場を移していたが、どうやらルミエルシードまで使ったようで、正直もう長くは戦えないだろう。
クルビは腹に穴を開けられた上に足を一本潰されており、こちらももう猶予は無かった。
「よそ見してんなよ!」
ドロが一気にテルスと距離を詰めた。
『ホオズキ』による八方向同時攻撃を、テルスはその小柄な体躯を存分に活かしてかわし続けていた。
そして、『リンドウ』の一閃がドロに傷をつけ始める。
テルスは少しずつ戦いの主導権を握り始めていた。
ドロは楽しそうに笑いながら、戦いの悦びに身を震わせる。
「あー……良いねぇ! そうだよこれが命のやり取りだよ! なあ、そこで死にかけてる雑魚どもよぉ!」
ドロの下卑た怒声が、倒れ伏すクルビとネズへと向けられた。
「性格終わってるわねあなた」
「性格終わってないくせに人殺せる方が怖いだろうがよ。お前はどうなんだよ」
「誰もがあなたみたいな快楽殺人者ではないわ。私は私なりに、色々背負って覚悟決めてんのよ!」
テルスの連撃をドロがギリギリで受け続ける。
ドロの圧倒的な戦闘センスと、テルスの神が掛かった立ち回りがぶつかり合い、少しだけテルス有利のまま戦闘が進む。
「ははっ。背負ってんのか! 俺は何年も戦場にいるがよ、そういう奴から順番に死んでいくんだよ! 背負ってるやつはなにかと死にたがるからなあ!」
「ならあなたは何も背負ってないのね。軽い人生だこと!」
テルスの動きが鋭さを増していく。
というのも、『ホオズキ』は魔力で出来た鎖と棘鉄球を出す能力である。
そのため、棘鉄球と『リンドウ』が触れ合うたびに、どんどん魔力がテルスの体へと流れ込んでいるのである。
次第にテルスの体から青色のオーラが漏れ始めた。
テルスは薄れゆく自我の中、ただ目の前の敵を倒さんと動きを止めない。
それこそが彼女の覚悟であるからだ。
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あれほど燃えたぎっていた炎が、小さく小さくなって消えていく。
そんなイメージが頭に浮かんだ時、クルビは悟った。
自分はもう永らえないと。
腹に空いた穴と、潰された足。
目の前にはドロが放り出して行った靴型のアーククラフト。
そしてその先には……
「小隊長……! もうすぐ救急隊が来ますから、もうちょっとの辛抱ですから!」
ネズが無理やり作っているのであろう笑顔をこちらへ向ける。
肩に『ホオズキ』をくらい、壁に叩きつけられた彼の体もまた、しばらくは動けないほどの重症に見えた。
そんなネズにこんなことを言うのは酷だ。
「……ネズ。俺はもうダメだ」
「な、何言ってるんですか! 今にテルスさんがドロの野郎をぶっ飛ばしてくれますって! そしたら皆んなでソルカもぶん殴ってやりやましょうや!」
「……聞け、ネズ。俺はお前のことを高く評価してる。一年目でまだ若いが、仲間を思う気持ちと確かな戦闘力、まさにリーダーの素質だ。いずれは小隊長として、俺の後継者として、みんなを引っ張っていってほしい」
クルビの喉からは、いつものような大声は響かない。
枯れた木から葉が落ちるような、無音に近い声。
「後継者……? なに言うてはるんですか……まだ俺は小隊長から学ぶことが……!」
「すまないと思ってる。俺の思いや、命までもお前に背負わせるんだからな。……でもお前ならできると思ってる……」
クルビはネズに微笑み掛け、その手を靴型アーククラフトに掛けた。
クルビの体が紫に薄く発光し、その魔力が少しずつ靴へと流れていく。
「ああああああ……! やめて、やめてくださいクルビさん! 俺はまだ小隊長と一緒に……」
ネズは動かないはずの体を引きずり、少しずつクルビの方へと這ってくる。
「ネズ! 最後に一つ教える。人の痛みを知れ! みんなの痛みを知り、その痛みを分け合ってこその人生だ! 辛くなったら友達を頼れ! お前の痛みだって、誰かが少しずつ背負ってくれる! お前には、そういう友達がいるんだろう!?」
「……はい……!」
ネズが泣き腫らしてボコボコになった顔で必死に頷く。
それを見たクルビの胸に、一気に安堵が到来した。
気持ちの良い浮遊感がクルビの体を包む。
「ネズ。お前はこのアーククラフトでみんなを守れ。みんなと生きろ」
這ってきたネズの手がクルビの手を包む。
クルビは最後の力を使い、強く頷いてみせた。
「……本当にありがとう、ネズ。この国の未来は輝いて……」
最後の薄紫の光までが靴へと吸い込まれていった。
靴型アーククラフトは本来の桃色と白の輝きを取り戻し、クルビの手の中で輝きを放っている。
こうしてクルビの魂は靴の中へと消失した。
そこに響くのは、遺されたネズの慟哭ばかりであった。




