第六十五話 逆転の兆候
ソルカ・ロレルは軍人である。
長年エスピケス王国に尽くし、この国のためになら全てを捧げる思いでいた。
というよりは実際に全てを捧げてきた。
そんなソルカであっても、たとえ戦時下であっても、若者を手に掛けるというのは心苦しいものである。
「グランセーヌ……貴様の正義、しかと見届けたぞ」
ソルカの放った奥義エスクード・デ・ロサスによって、グランはドラクロワの街ごと炎に巻かれ絶命した……はずだった。
ソルカの顔が驚愕の色に染まる。
エスクード・デ・ロサスの炎が収まったとき、そこには確かにグランが俯いて立っていた。
「馬鹿な……『ダリア』で防げるような火力ではなかったはずだ! どうやって……!」
グランが顔を上げ、『ダリア』を構え直す。
「アルトケス王家に伝わる力……『ダリア・黒蝶』だ……!」
ソルカは『ダリア』の柄の部分を見て、その言葉の意味を察した。
『ダリア』の柄には、先程までは無かったはずのパーツが煌めいている。
漆黒の輝きを放つそのパーツは、グランの右手を覆うように『ダリア』の持ち手に装着されていた。
「……"ルミエルシード"か……! アーククラフトの能力を拡張する強化パーツ! 『ダリア』と一緒に伝わっていたのだな……!」
「その通りだ。さあ、続きをやるぞソルカ!」
グランがソルカに向けて突きを繰り出した。
三十メートルは離れていたが、その衝撃波はソルカの体を紙切れのように吹き飛ばした。
空間を歪めるほどの強力な衝撃波は、まるで漆黒の蝶がはためいているような紋様を描いて連鎖し、ソルカの体を襲撃する。
さらにグランが距離を詰め追撃をかける。
「『ダリア』はルミエルシードを装着すると、衝撃波を増幅させられるようになるのか……! その強力な衝撃波でエスクード・デ・ロサスを相殺したのだな?」
「……お喋りだな」
斬り合う『ダリア』と『バラ』。
『ダリア』はルミエルシード『黒蝶』を装着することで、衝撃波を増幅させることが出来る。
それによってソルカの腕には、『バラ』を握っていられないほどの衝撃が伝わっていた。
「なるほど。確かに厄介だ。だが……」
斬り合いの最中、突如グランの動きが止まる。
グランは立ちくらみを感じ、その場で頭を抑えた。
その隙を見逃さず、ソルカが斬りかかる。
「ぐっ……」
グランはそのまま後ろに飛び退き、改めて『ダリア』を構えた。
「ルミエルシードは自分の魔力を養分にしてアーククラフトの機能を拡張する……使っているだけで命が削られる代物だ。その上その傷では、既に立っているのがやっとか?」
『バラ』を突きつけ、ソルカが言った。
ソルカの予想通り、グランは満身創痍である。
本来なら立っていられないような酷い状態。
「……黙れ。私は今、立っている! それが全てだ!」
「強がらずとも良い、グランセーヌ。これも受けてもらおうか」
ソルカは『バラ』で自らの盾に新しい傷をつけた。
次の瞬間、太い火柱がグランを襲う。
対するグランは思い切り腕を引き、迫り来る火柱に向けて正面から突きを繰り出した。
その衝撃波は質量を持って火柱と正面衝突し、その場で小規模な爆発を起こした。
蝶のように爆炎が舞い、熱風があたりを吹き荒ぶ。
ルミエルシード無しでは、火柱を正面から相殺することは出来なかった。
「……はぁ……もう一度……アルトケスのために! 私が、この国を守るのだ!」
グランが再び『ダリア』を突き出した。
荒れ狂う衝撃波は、万物を打ち壊す威力でソルカの盾を襲い、既に傷だらけになっていたそれを粉々に破壊した。
「直接触れ合ってもいない盾を木っ端微塵にしてしまうのか……素晴らしい威力だ。私も調べたのだが、『バラ』のルミエルシードは見つからなくてね。残念でたまらないよ」
「強がるなよソルカ……これで奥義とやらももう撃てんぞ?」
ソルカはふうと息を吐き、優しくグランに微笑み掛けた。
「もう無くとも勝てるさ」
「……くそ…………」
グランは息を荒くし、膝に手を置いた。
ふらりと地面に崩れ落ちてしまうグラン。
勝ちを確信したソルカは、悠然とグランに近づいていく。
「私の盾を破壊したこと、私の奥義を受け切ったこと、なによりこの状態になっても『ダリア』を手放さなかったこと! その全てに敬意を表する。君は強い。強かったとも!」
「……黙れ。そんな慰めなど聴きたく……ない……!」
グランはまだ立ちあがろうともがいていた。
草を掴み、残る全ての力を腕と足に集中させる。
しかし、ルミエルシードの対価に悲鳴をあげるグランの体は、まるで地面と一体化してしまったかのように持ち上がらない。
「慰めではない。私からの、ささやかな鎮魂の詩だ。さらばだグランセーヌ、オーレ!」
ソルカの『バラ』がグランの首筋へと振り下ろされる。
しかし、それがグランの体に到達することはなく……
「……何!?」
次の瞬間、ものすごい突風がソルカの体を吹き飛ばした。
「グランセーヌ殿。よく耐え切ってくれました。後は俺に任せてください」
「アハト殿……」
「……カイナリンは失敗したか……」
グランの後ろからアハトが歩いてきた。
一歩一歩を強く踏みしめ、百獣の王の風格でソルカを威嚇する。
「ソルカ・ロレル! すまんがこちらは選手交代だ!」
「構わんさ! どちらにせよ二人とも同じ運命を辿るのだからな!」
挨拶は短く済まし、アハトの先制攻撃がソルカを強襲する。
『ヒマワリ』の繊細にして豪快な斬撃が、『バラ』の刀身を襲った。
ソルカはそれを後方へいなしつつ、地面に仕掛けていた火柱のトラップを作動させる。
次の瞬間、アハトの真下の地面に刻まれた傷跡から火柱が……
「試しておくか……」
そう呟いたアハトが、地面の傷跡に向けて『ヒマワリ』を振り下ろした。
すると、ソルカがどれだけ念じても火柱は発生しなかった。
「傷跡を『ヒマワリ』で上書きしたのか……! 力技すぎるだろう……」
ソルカは呆れたようにしつつも笑顔を見せる。
彼は久方ぶりの強者との戦いに、年甲斐もなく胸を躍らせていた。
「……上書き出来るのか。よし、ソルカ。ここから本気で行くぞ……!」
両者アーククラフトを構える。
この世界における真の強者二人による戦いが始まろうとしていた。
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アハトが援軍として南に着いた頃、クルビとネズは窮地に陥っていた。
「この靴に魔力を注げ。虫の息の今なら出来んだろ?」
王選神兵長ドロの圧倒的な力に、二人は文字通り成す術もなかった。
クルビはモーニングスター型アーククラフト『ホオズキ』によって腹に穴を開けられ、靴型アーククラフトに魔力を注げと脅迫されている。
死に際のクルビはルミエール状態に入りかけており、アーククラフトに魔力を注ぎ込む準備ができてしまっていた。
しかし、腹の穴から流れ込む激痛の中でも、クルビは折れない。
「断る! 俺が死んでも、他の誰かがお前を倒す! そのために、俺は死んでもお前のいう通りにはならない!」
クルビは目の前に無造作に放り投げられた靴を拒絶した。
それに対しドロは大きくため息を吐き、『ホオズキ』をネズに向ける。
途端に魔力で出来た棘鉄球がネズの肩口を襲った。
「がぁっ……」
「ネズ!」
肩に風穴を開けられ、痛みに悶えるネズ。
「まあ、そういうことだな。お前がやらねえってんならアイツを殺すぜ? お前がアーククラフト動かすってんならアイツは生かしてやっても良い。破格だろ? おら、やれや」
ドロは倒れているクルビの髪を笑顔で掴み、傷を負ったネズを見せつけた。
ネズは自分が交渉材料にされてしまっていることを理解し、クルビに語りかける。
「小隊長……! 俺は大丈夫ですから、絶対そないなやつの言う通りにしたらあかんっすよ!」
「ネズ……」
ネズはかたかたと体を震わせながら、必死にクルビを止める。
立ち上がろうともがいているが、折れた全身の骨がそれを止めてしまっている。
「あーあーあー。俺そういうやつ嫌いだ」
「ぐぁっっ……!」
『ホオズキ』がクルビの太ももを潰した。
ドロは不機嫌そうに、呻くクルビを見下ろす。
その冷たい視線と骨を砕く鈍い音が、離れたネズの心にまで傷をつける。
「小隊長! やめろやクズが!」
「足潰れちまったから、お前はもう靴も履けねぇな。靴履けなくなった奴が靴型アーククラフトに入るわけだ。……はははっ、傑作だなあ?」
無邪気に笑いだしたドロ。
ドロは一通り笑ったあと、痺れを切らしネズの方へ歩きだした。
「諦めろや……! 何されたって小隊長はお前らに加担なんかせぇへんぞ!」
ドロがうるさそうに顔をしかめ耳を揉む。
「なあ、先にこいつ殺した方がやる気出るか?」
そう言うとドロは『ホオズキ』をネズに振り下ろした。
「やめろぉ!」
クルビの叫びは無視された。
覚悟を決めたネズが目を瞑った。
しかし、『ホオズキ』の棘がネズに刺さることはなかった。
ネズの背後にあった民家の壁が、ガラガラと轟音を立てて崩れていく。
「お、やってくれるんじゃん!」
『ホオズキ』は、ネズの体からは大きく外れた位置に当たっていた。
正確には、ドロは『ホオズキ』を当てるつもりはなかった。
ただ少しカマを掛けてみただけ。
そしてクルビは……靴に手をかけている。
手をかけてしまっているのだ。
見事なまでに、"ネズを殺されそうになったら魔力を注ぎ込む"ことを自ら証明させられてしまった。
「よし、それなら次は当てるからな。じゃあな!」
ドロは今度こそネズの頭部に狙いを定める。
クルビが"やる"と分かった以上、もうネズを生かす理由も無くなった。
「クソ野郎が……!」
ネズは必死に頭をガードする。
右肩に『ホオズキ』で重症を負わされたため、無駄だと分かりながら左腕だけで頭を守った。
そして、クルビの制止の声も虚しく『ホオズキ』が振り下ろされる瞬間……
濃い群青色の剣閃が、『ホオズキ』を弾いた。
それはまさに『リンドウ』の輝きだった。
『リンドウ』を携えた戦士が堂々ドロと対峙する。
「あ? 『リンドウ』だなそれ。確か御使いは男って聞いてたんだけど……まあどっちでも良いか」
ドロも頭を掻きつつ、『ホオズキ』を構え直す。
「安心しなさい。……あいつよりは強いわよ」
『リンドウ』を正眼に構える剣士は、テルス・アルトケス。
彼女の栗色の瞳が、『リンドウ』の青を反射して爛々と輝く。
こうしてドロは、『リンドウ』の御使いと対峙することになった。




