第六十三話 非情の断撃
ドラゴンは烈火を噴きながらアハトとネロセーヌに迫るが、その炎はアハトによって悉く相殺される。
まるで綿菓子でも裂くかのように、『ヒマワリ』は何の抵抗も無く炎を割いていく。
かたわらでネロセーヌは、『シロツメクサ』のツルによってアハトの機動力をサポートしていた。
「ネロセーヌ殿。ツルを巻きつけてドラゴンの動きを止められないか?」
「……『シロツメクサ』のツルではドラゴンの火に焼かれてしまって、大した妨害にはならないかと」
「やっぱそうだよなあ……」
アハト達は攻めあぐねていた。
ドラゴンは空高く舞い上がっていて攻撃できない上に、ネロセーヌのアーククラフトは致命的に炎と相性が悪いのである。
二人は炎をやり過ごしつつ、周りの神獣達を削っていくしかなかった。
ドラゴンが元気に空を飛び回る下で、アハトと神獣たちが削り合うようなかたちになっている。
しかし、この状況が面白くないのは敵であるカイナリンも同じで、なかなか二人を倒しきれないことに苛立ちを感じていた。
「……ドラちゃんの火力が足りない……このままじゃジリ貧だ……」
アハトの攻撃は、ドラゴンに届いていない。
逆に言えば、届いていないだけである。
アハトが空を飛ぶドラゴンへの対応策を見つけてしまえば、殺されてしまうのも時間の問題だと言えるのだ。
カイナリンは爪を噛みつつ思案を巡らせる。
そんな彼女の目に、ドラゴンの暴威から逃げ惑うとある神獣の姿が映った。
ゾッとするほどの歪んだ笑顔を浮かべ、その神獣の元へとフウセンタカを操縦する。
カイナリンが目をつけた神獣は……
「シンカイワシちゃん達! ボクのドラちゃんの一部になって?」
『スイレン』の能力でカイナリンに隷属しているシンカイワシは、カイナリンの"お願い"を断れない。
まだ残っていた数匹のシンカイワシが、カイナリンの希望に沿ってその体を変形させていく。
「あのシンカイワシ達、くっついてねぇか……?」
「そのようですね……カイナリンの命令で、彼女の望む形に進化させられているのでしょう」
ドラゴンの相手をする二人の目の前で、シンカイワシ達が寄り集まっていく。
『変わる』魔法の光が収まった時、そこにはシンカイワシの外骨格をパッチワークのように継ぎ合わせた一本の大槍があった。
大槍はドラゴンの腕に結合し、完全に体の一部となる。
さらに残ったシンカイワシは鱗となり盾となり、完全にドラゴンの巨体を覆いつくした。
完成したドラゴンの威風堂々たる佇まいは、まるで威厳に満ちた騎士。
「ニヒッ。ボクってば天才かな〜? カッコ良くなったねドラちゃん! まさに騎士龍だよ〜」
カイナリンが恍惚とした目で騎士龍を見つめる。
禍々しい角や翼など、ドラゴンらしさを随所に残しつつ、全身を鎧でコーティングした騎士竜がそこに屹立していた。
口元には炎がくゆり、両腕には大槍と盾。
「さっきまでは遠距離の炎だけだったから楽だったけど、近距離も来られちまうと話が変わってくるな」
アハトの頬を冷や汗が伝う。
次の瞬間、その冷や汗を乾かす温度の豪炎が二人に迫った。
それはまた『ヒマワリ』で相殺したが、炎の奥から騎士龍の大槍による刺突が飛んでくる。
「ネロセーヌ!」
ネロセーヌが慌てて『シロツメクサ』を翳す。
するとツルが網のような形を成し、柔軟な盾となって騎士竜の突貫を受け止めた。
二人がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、騎士龍はまた炎を吐きツルを燃やし尽くした。
アハトは瞬時にネロセーヌを抱えて飛び退いた。
間髪入れず、騎士龍がさらに大槍による追撃を繰り出す。
アハトは『ヒマワリ』を構え、突進を受け止めた。
「うおおおおお……」
しかし、十メートルを超える騎士龍の質量が全て乗っかった突進を受け止めきれず、地面を滑るように押し負けていく。
「隊長!」
アハトが今にも後ろに倒されそうになったところに、ネロセーヌが『シロツメクサ』で援護を始めた。
アハトの背後からツルを伸ばし、全力で彼の体を支える。
これを面白そうにニヤニヤと眺めていたカイナリンが、勝ち誇ったように二人に話しかけた。
「ニヒッ。どうするのアハトさーん? もう諦めて死んじゃいなよ〜」
カイナリンの言葉が全て発されるより前に、ドラゴンの口から焦げた匂いが漂ってきた。
炎がくる、と直感するアハト。
大きく息を吐き、歯を食いしばり、そして……
「……俺はな、日頃から隊員達には何があっても諦めるなって言ってきてんだよ。俺が諦めたりなんかしたら、あいつらに示しがつかねぇだろうが!」
アハトが腕の筋力の出力を最大にし、思い切り『ヒマワリ』を振り上げる。
『ヒマワリ』の能力とアハトの腕力によって、騎士竜の大槍は高く跳ね上げられた。
大槍を跳ね上げられ驚いた騎士龍は、火を吹くのを一瞬躊躇った。
その小さな隙を見逃すアハトではない。
アハトは振り上げた『ヒマワリ』の向きを変え、今度は全力で振り下ろした。
最大化された遠心力が地面を割り、騎士龍の半身が地割れの中に吸い込まれた。
騎士龍は脱出を優先するために、火を吹くことも忘れひたすら大きな翼をはためかせている。
しかしシンカイワシの鱗が重すぎるのか、なかなか体が宙に浮かないでいる。
「今だネロセーヌ殿! 押し込め!」
「はい! 掴め、『シロツメクサ』!」
ネロセーヌがツルを操作し、巨大な手を形成した。
その手は騎士龍を鷲掴みにし、その体を割れ目の奥へ奥へと押し込んでいく。
もがく騎士龍に対して、この好機を逃すまいと駆け寄るアハト。
「すまねぇな。アルトケスのために、花へと還れ!」
アハトの弔いの言葉は短い。
先程までは空中にいたため攻撃出来なかったが、地割れに引き摺り込んでしまえばもうアハトの勝ちだった。
再び極大の遠心力を伴って振り下ろされた『ヒマワリ』が、シンカイワシの鎧ごと騎士龍の頭部をかち割る。
騎士龍の最期の咆哮は、アハトの断撃と共に途絶えた。
自らの切り札があっさりと破れたのを目の当たりにし、唖然として青ざめるカイナリン。
「うそでしょ……? 幼体とはいえドラゴンだよ……? 最強の神獣だよ!? こんな馬鹿げたこと……」
騎士龍の返り血を拭いながら、アハトが『ヒマワリ』をカイナリンに向ける。
「ひっ……タカちゃん! 早く飛んで!」
カイナリンは自身の任務も忘れ、とにかくこの場から離れろとフウセンタカに命令を下した。
情けなく泣きそうな主人をそれでも裏切ることは無く、フウセンタカがグングンと高度を上げていく。
「ネロセーヌ殿。抑えといてくれ」
先程まで騎士龍を抑えつけていた『シロツメクサ』の拳が、ネロセーヌの命令を受けてカイナリンへと伸びた。
植物のツルでできた手は見事にフウセンタカごとカイナリンを捕らえ、身じろぎすら許さず空中に固定した。
「まずいまずいまずい……! ごめんなさい! お金のためにやっただけなんだよ……! ボクもう帰るから! だから……」
カイナリンが涙目でその命を乞う。
騎士龍の血の匂いが、カイナリンに死の恐怖をまざまざと示していた。
「カイナリン! さっきはドラゴンにだったからな、改めてお前にも言わせてもらうぞ。アルトケスのために……花へと還れ」
アハトが『シロツメクサ』のツルに飛び乗り、その先にいるカイナリンへと走っていく。
「あああああ!」
カイナリンの叫びは虚しく空へと還っていく。
次の瞬間、アハトの斬撃によってカイナリンはその金に汚れた生涯を終えた。
アハトは静かに地面に着地し、『ヒマワリ』に付いた血を振り払う。
「お疲れ様です、隊長。残りの神獣達は僕にお任せ下さい」
「ああ、頼むよ。俺は南へ行く」
二人は勝利の感慨に耽ることもせず、各々のやるべきことを瞬時に共有した。
アハトは南、ソルカの元へと駆け出した。
こうして北の戦場における戦いは、アハトとネロセーヌの完全勝利で幕を閉じのだった。
⚫️
ウィルダーは走っていた。
最初はウィルダーを含む第三小隊も南側に陣取っていたが、ソルカが西に現れたという知らせを受け、援軍に向かっているのである。
実際はソルカは南側に居るのだが、それを知らないウィルダーは、武者震いが止まらなかった。
そうしてしばらく走り続けた先にあった西側の街で、ウィルダーは偶然にも彼と鉢合わせる。
「健生!? 無事かい?」
「ウィルダー! ああ、余は大丈夫である。今は周囲の人々の避難を手伝っていてな。そちらこそ、どこに向かっているのであるか?」
健生はウィルダー達とは逆方向へと避難民を誘導していた。
どうやらそちらに避難所があるらしい。
「ソルカっていう強い御使いが西側に現れたんだ。援軍に向かってる!」
「そうであったか! ゆめゆめ死んでくれるなよウィル……ダー……」
「もちろんだよ! 健生も……気をつけて……?」
ウィルダーは気づいた。
健生の目線がウィルダーから外れ、自分の背中側に固定されている。
不思議に思ったウィルダーが振り向くと、奥からポケットに手を入れた男が悠々と歩いてきた。
避難民とは全く逆の方向へ人ごみをかき分けてくるその姿が、かなり異様に感じられる。
黒髪に黒のシャツ、下はベージュのパンツを履いたチャラそうな雰囲気の男。
耳元からは大量のピアスがジャラジャラと不快な音を奏でていた。
そしてその右手には、何やら派手な釣り竿を担いでいる。
男は健生とウィルダーのすぐそばまで歩いてくると、そのニヤけた口を開く。
「よう。迎えにきてやったぞ健生」
「……アスマ……」
ウィルダーは事情が飲み込めなかったが、青ざめて自分の背中に隠れる健生を見て、アスマと呼ばれた男が敵であると判断した。
ウィルダーは警棒を構え、アスマと対峙する。
「なんの御用でしょうか?」
「それ、うちの子なんだよ。迎えにきただけ」
「アスマ……余は、余は戻りたくない……」
「あ? なんで?」
アスマの声色が急変し、健生がビクッと肩を震わせた。
アスマの漆黒の瞳が健生の心臓を貫く。
「余は、もうアスマの計画には協力したくないのである……それに、余はこっちに友人ができて……」
「黙れよ」
アスマの顔から笑顔が消え、深い怨嗟を湛えた真顔へと変貌した。
「……健生は戻りたくないそうですよ?」
ウィルダーが一歩前に出た。
190センチメートルを超える長身を存分に使い、アスマを牽制する。
「だからなんだよ? 俺が戻るって言ってんだから関係ねぇよ」
「……嫌われますよ? そういうのは」
アスマが小さく笑い、髪をかきあげる。
「……俺たちのことなんも知らねぇくせによ」
ウィルダーは戦闘の雰囲気を察知し、拳を強く握った。
⚫️
「ゴフッ……ゲホッ……」
ボコボコに穴が空いた地面と、砕けた民家の壁。
至る所にある血痕が戦闘の激しさを語っている。
その血溜まりの中で小さく呼吸をしているのは、ウィルダーだった。
骨は折れ、数えきれないほどの裂傷や打撲痕が痛々しく彼の体を蝕んでいる。
「けん……せい…………」
ウィルダーの声にならない声が虚しく空へと溶ける。
そこで、ウィルダーは意識を手放した。
大きな戦争の中の小さな決戦。
友のために戦ったウィルダーだったが、力及ばず健生はアスマに連れ去られる形となった。
救急隊がウィルダーの元へと到着したのは、それから約一時間後のことであった。




