第六十一話 熱薔薇の鉄剣
クルビとネズ対ドロ。
そしてノワレ対テンカの戦いが始まった頃、グランはエスピケス最強の御使いソルカ・ロレルと対峙していた。
グランはレイピア型アーククラフト『ダリア』を構え、ピッと姿勢を正す。
「それが……君なりの礼儀か? 第二王子よ。気に入った!」
ソルカは踵を揃え、ロングソード型アーククラフト『バラ』を握った。
背中のマント型アーククラフト『カーネーション』がゆらゆらと炎のように揺れる。
「私にはグランセーヌという名がある。礼儀には礼儀で返すものだろう?」
グランの金髪の下の碧眼がキラリと光る。
それを聞いたソルカは少し面食らったようで、一瞬目を見開いてグランに魅入る。
「そうだな。失礼したグランセーヌ。……私はソルカ・ロレル。王選神兵長の一人にして、アルトケスを堕とす者だ」
グランもソルカに合わせて小さく笑顔を作る。
「私はグランセーヌ・テラ・アルトケス。祖国の名にかけて、貴様たちにはこれ以上一歩も進ませはしない!」
グランが『ダリア』で先制攻撃を仕掛けた。
『ダリア』の閃光がソルカの胸に届く直前、ソルカの左手の盾で防がれてしまう。
しかし、グランはそれを予測済みである。
「まずは盾をもらうぞ!」
グランの声と共に『ダリア』の能力が発動する。
レイピアで盾を突いた衝撃は、本来盾全体へ分散されるものだが、『ダリア』の能力でソルカの手元へと集まっていく。
集中されて強くなった衝撃波によって、大抵の相手は武器を落とすのだった。
しかし、ソルカが後ろにひょいと跳ぶと、盾もソルカも無傷で衝撃がいなされてしまった。
「衝撃波の操作だな? そういうのには真っ向から抗わないに限る」
衝撃波に対して耐えようとせず、後ろに下がることで衝撃をいなしたのである。
そして次の瞬間、ソルカの反撃が起こった。
ソルカは『バラ』で自らの盾に切り傷をつける。
グランが苦い顔をして横に跳んだ瞬間、今までグランがいた位置を火柱が薙いだ。
「『バラ』……傷をつけたところから火柱を発生させる能力だな。一瞬の判断ミスで死ねるな、これは」
「お互いがお互いのアーククラフトの能力を知っている状態か。なかなかフェアで良いではないか」
「二個持ちが言っていいセリフではないな!」
グランがソルカに向かって走り出す。
ソルカは突きを警戒し、再び盾をグランの方へ向けた。
しかしソルカの予想は外れ、グランはソルカの手前の地面に『ダリア』を突き立てた。
ソルカの足元に集められた衝撃波は、彼の安定感を奪う。
「むっ。良い狙いだ」
ソルカが転ばぬように体幹に意識を向けた時、『ダリア』が彼の脇腹に向かって伸びてくる。
ソルカはそれをくるりと華麗に回避した。
するとソルカのターンに合わせて小石がふわりと巻き上がり、ソルカの周囲に集まり始めた。
「なんだそれは」
グランの声が届く前に、ソルカの『バラ』が舞い上がった小石を切りつける。
その瞬間にグランは察し、一瞬で計算を巡らせた。
グランは咄嗟に、ソルカの足元に思い切り飛び込むことを選んだ。
「やるな」
ソルカの小さな声の後、『バラ』によって傷をつけられた小石からまたも火柱が燃え盛る。
先程より細い柱は、それでもなお極大の火力で民家を一つ焼き尽くした。
グランは、ここが王都だったらと考えてしまい寒気を感じる。
グランが炎に気を取られていると、目の前からロングソードが迫ってくる。
『ダリア』で防御するも吹き飛ばされたグラン。
グランはソルカと距離が離れたことで、少し冷静さを取り戻した。
「小石がひとりでに貴様の手元に舞い上がったな。それが『カーネーション』の能力か?」
ソルカは余裕な表情を崩さずにマントを靡かせる。
「そうだ。周囲の浮いているものを引き寄せる能力だ。『バラ』とは相性が良くてな」
赤いロングソードと紅のマントが暖色のコントラストでソルカを彩る。
ソルカは『バラ』についた土埃を振り落としながらグランに声をかける。
「それにしても俺の懐に飛び込んで火柱をかわすとは……豪胆だなグランセーヌ。年はいくつだ?」
「……十八だ」
「若いな。敵とはいえ若者を手にかけるのは気が滅入る」
「気にするなよソルカ。戦闘のセンスでは私の方が上だ」
これはグランの本心ではない。
勝ち目のない戦いに少しの光明を見出すために、グランはソルカが激昂することを狙い彼を煽った。
しかし、グランよりもはるかに長い時間を戦場に賭けてきたソルカにとって、グランの話術など児戯であった。
ソルカは少々下品なほど豪快に笑って言う。
「生意気な若手だ! 君がアルトケスの王子でなければどれだけ良かったか!」
これに対し、グランは語気を強める。
「何を言っている? 私はアルトケスの王子であるからこそ私なのだ。それだけが私の誇り……正義なのだ!」
グランとソルカの斬り合いが、再び幕を開ける。
グランは目にも止まらぬ連撃でソルカに『バラ』の能力を使わせない。
アーククラフトは特殊な金属で出来ているため、『バラ』で『ダリア』に傷をつけることは出来ないようだった。
攻勢を強めるグランに対し、ソルカは『カーネーション』で小石や民家の瓦礫を巻き上げて時間と材料を捻出し、『バラ』による一撃決着を目論む。
それを阻止するために、浮き上がった小石を逐一突き壊していくグラン。
二人の斬り合いは、お互いに最後の一歩を踏み込めず膠着状態に陥った。
「正義か、それも良い! 私はエスピケスのために死ぬと決めた。だから死ぬまで戦に身を投じ続けるのさ! これが私の大義だ! グランセーヌよ、君の正義とやらは私の大義よりも強いと思うかね!?」
「それは戦いの決着をもって測ること! 死ぬことが大義だと言うなら、貴様の大義は今日、私によって果たされる!」
「そうかそうか! では決着はキチンと付けるとしよう!」
グランの足元から、急に火柱が立ち上った。
ギリギリで回避したグランに、さらに追撃で地面から火柱が襲いかかっていく。
回避しきれずに靴が少し焦げてしまったが、逆に言えばそれだけの被害で済んだ。
「危機察知能力が非常に高いな。にしてもそろそろ限界は近かろう?」
ソルカが『バラ』に付いた土を払いながらグランに微笑みかける。
グランと戦いながら地面を切り裂き、足元から火柱が噴き出す『罠』を作っていたのだ。
「馬鹿を言うな、見え透いた罠で死ぬ私ではない」
「強がるなよ。手の震えが隠せていないぞ」
「強がってなどないさ。現に今、私の思惑通り戦いの場は街中から草原に移っている」
グランも負けじと微笑みを絶やさない。
街中では壁を使うことで火柱を四方八方から出すことができてしまう。
それを嫌ったグランは少しずつ移動し続け、南門を出た草原までソルカを誘い込んでいた。
爽やかな草の香りに紛れて焦げたような異臭が門に染み付いている。
すると、ソルカがおもむろに大門に傷をつけた。
「甘い!」
グランはソルカの横を通り過ぎ、傷つけられた門の一部を思い切り突き崩した。
結果、一拍遅れて門から発生した火柱は、グランたちのいる方向ではなく、完全に横に逸れていった。
「ソルカ、貴様の『バラ』は付けた傷から垂直方向にしか火柱を出せないのだろう? しかも傷をつけてから火柱が出るまでに少しタイムラグがある。対応できないようなものではない」
「……強いな。だが若い」
驚いた表情をするグランを横目に、ソルカは周囲の草を『バラ』で刈った。
そして舞い上がった草を材料に、大量の火柱を発生させた。
「……ランページ」
ソルカの声と共に赤い閃光が周囲の空間を満たす。
放たれた二十本近い火柱は、ソルカの意のままにグランを狙う。
ここまで捌き切ってきたグランも流石に物量に押し負け、数箇所火傷を負った。
「草から火を出すか……。憎たらしいな」
「すばらしいな。これでも死なんか」
ソルカの心からの賛辞に、グランは睨みつけて返す。
「当たり前だ……私は死ねん。守るべきものが多すぎるからな」
「そうか……安心しろ。その守るべきものとやらも一緒に燃やしてやるさ。アルトケスは今日、落ちるのだよ」
グランが少し焦げてしまった腕を持ち上げ、『ダリア』を構え直した。
グランは傷ついた体からの悲鳴を無視し、心の強さだけで立っていた。
そんなグランを哀れに思い、ソルカが大技で締めにかかる。
「グランセーヌ。お前という武人がいたことは覚えておく。煉獄にくるまれ、安らかに燃えよ。奥義……エスクード・デ・ロサス」
ソルカの盾が赤く光る。
盾自体はアーククラフトでは無いが、その表面には紛うことなき薔薇の紋章が浮かび上がっていた。
「まずいな……」
グランは赤く染まった盾を見て本能的に危険を察知した。
そしてポケットに手を入れ……
…………
ソルカは戦いが始まる前に、『バラ』によって無数の傷を盾に刻んだ。
その傷跡が薔薇の紋章となり、その傷一つ一つから火柱が噴き出す。
まとまって出来た超極大サイズの火柱はグランを飲み込みつつ、ドラクロワ領の一区画を完全に焼き滅ぼした。
残酷なほど美しく赤に染まり、地獄となった街を見据えて、ソルカは少し悲しそうに勝利を宣言する。
「……オーレ!」
ソルカはこちらの世界で生を受けた人間である。
闘牛士やその観客の掛け声など知る由もない。
そのテの知識は、最近できた異邦人の友人、アスマから聞いたものである。
それらの異世界の言葉たちは、ソルカに謎の高揚感をあたえていた。
それらの言葉は、この世界では自分しか知らないもの。
自分のためだけにあるものだと、そう信じて疑っていなかった。
ソルカは再び歩き出す。
爆炎がいまだに色濃くくゆる、ドラクロワの街へ。
そしてその先にある王都ハイデンへ。
グランを殺した今、彼の目的は一つ。
「目指すは王城だ……」
ソルカは目線を逸らさない。
自らが奪った命への、せめてもの礼儀として。
彼による情熱的な惨劇は、まだ序章に過ぎない……




