第六十話 空撃の鉄尾
アルトケスの南側の街、ドラクロワ領。
十年前の内乱で死んでしまったこの街は、アルトケスと三国同盟の最も激しい戦地となっていた。
クルビとネズがドロに苦戦していた頃、ノワレはモルケス王国の御使いであるテンカ・アンタレスカとの"空中戦"に興じていた。
ノワレが地面に降り立つ。
「リンちゃん、あの尻尾何?」
ノワレが誰にも聞こえないような小声で、鞄の中にいるリンゴに声をかけた。
そんなノワレを空中から見下ろすテンカ。
彼女の装備する尻尾からは、爆炎が噴き出している。
「あれは尻尾型アーククラフト『ワスレナグサ』ですワ。魔力を炎と風に変換して先端から噴射できる能力を持っているのヨ」
「なるほどね。なんだか燃費悪そうだね?」
「悪いですわネ。でも戦いの最中に魔力切れだなんて期待しちゃダメヨ? そんな受け身では死ぬことになるワ」
「もちろん! なんかネズくんたちもヤバそうだし、早めに倒して他を手伝いに行っちゃうからね!」
テンカも遅れて地面に脚を下ろした。
まるでジェットパックの着陸のように、『ワスレナグサ』を地面に噴射しつつ先端から着陸する。
降り立ったテンカは、黒の長髪をかき上げながらノワレに詰め寄っていく。
「おめ、ノワレ・オルベールだなや? ごのまえおめのおながまがあだずんどこにでらーりゃっだがや」
テンカがあまりにも真剣な顔をしているため、ノワレは困惑しつつも真剣に聞くしかない。
「…………リンちゃん?」
ノワレはダメ元でリンゴに声をかけた。
しかし意外なことに、リンゴはテンカの言うことを理解できるようだった。
「ノワレの仲間が彼女の国に来たって言ってるわヨ?」
「……それほんと?」
ノワレはリンゴが聞き取れていたことに不信感を持ったものの、一旦テンカに返事をしてみることにした。
「……ウチの仲間って誰のこと? あとあんたはどこの国の人なのさ」
「あだずはテンカ・アンタレスカ。モルケス王国のみづがいだべや。そごにこのまえ妖花連合っちゅのが来だけ、おっぱらったんだべさ」
「……つまり、モルケス王国に妖花連合が来て、それを追い払ったってことかな?」
「……そうだっで言ってるでねが」
テンカは不思議そうにノワレを見た。
テンカのタチが悪いところは、自分の訛りは"なんとなく理解してもらえる範囲"であると思い込んでいるところである。
ノワレもいたく困惑し、無駄に喋るのはやめようと決意する。
「まあなんでも良いや。とにかく、アルトケスからは出てってもらうよ」
ノワレの周囲を『シオン』が回り始めた。
先程から二人は、それぞれのアーククラフトを駆使した空中戦を展開していた。
ノワレは『シオン』を使い、自分と『シオン』を空中で回し続けることで滞空戦闘を可能に。
対するテンカは『ワスレナグサ』のジェット噴射によって高速で宙を舞う。
この二人が出会った結果、人類史上稀に見る、曲芸のようなアクロバティック空中戦闘が行われていた。
空間全てが地面だとでも言わんばかりに、二人の空中戦は地上戦と遜色ない威力とスピードを誇る。
「やるね」
「おめごそ、ちょごまがしょってに」
二人の戦場は地上と空中を行き来する。
空をかけ、屋根を蹴り、民家の壁を伝う。
他の誰にも介入できない、二人だけの戦場がそこに広がっていた。
「その小さいナイフはアーククラフトじゃないんだね」
「こりゃお気にだべさ」
空中戦の最中、ノワレがテンカに話しかけた。
テンカは、鹿角刀と呼ばれる三日月型の小さな刃物を右手に持って戦っている。
アーククラフトではないが、『ワスレナグサ』の機動力と相性が良いために愛用しているものだった。
それがノワレのトンファーと触れ合うたびに軽快な金属音を響かせている。
戦いはテンカが終始優勢だった。
180センチメートルを超える長身を活かしたリーチと重さの両立により、『シオン』の能力すらも力でねじ伏せノワレに傷をつけていく。
「やばいなー……『シオン』が効かない……」
「『ワスレナグサ』でスピードとパワーがさらに大きくなっているからですワ。まずはしっかり防御するのヨ!」
「それだと時間かかるんだよな……」
「なにをごちゃごちゃとぬがしでりゃあ!?」
弾丸のようなスピードで突っ込んできたテンカは、『シオン』の能力で無理やり回されることもなく、破竹の勢いでノワレに直進してくる。
テンカの脚はノワレにクリーンヒットし、彼女はそのまま地面に叩きつけられた。
「ノワレ・オルベール! 『シオン』をわだすならいのぢまではどらね。こうふぐしろ」
ノワレにはイマイチ意味はわからなかったが、テンカの表情や仕草を見れば、それが勝利宣言であることは簡単に想像できた。
「……『シオン』は渡せないなー……」
ふらふらと立ち上がりながらノワレはもう一度戦う姿勢を見せる。
「……なしでそごまでする。おめのこどばしらべだけんどな、こごのうまれでながろ? いのぢまですでる義理があるがや?」
リンゴがノワレに通訳する。
ノワレはアルトケスの生まれではないのに命まで捨てる義理があるのか、と。
ノワレは小さく笑い、裾の土ぼこりを払ってから答える。
「命を捨てる気は無いよ。……それに、ウチの夢のためには必要なことなの」
ノワレの言葉を聞き、テンカの表情が変わる。
「……ゆめ……?」
「そう。あんたが会ったシュウジと、他のミツバチのメンバーたちと幸せに生きるの。そのために、ウチはまだ死ねないんだよ!」
「……ゆめ、け……」
テンカが俯き、これまでの人生を回想する。
ジェット機のような音を立てながら着陸したテンカ。
しばしの沈黙の後、テンカはゆっくりと語り始める……
「あだずにも夢があった……」
「そんなの聞いてないから!」
しかしまさにテンカが語り始めようとした瞬間、ノワレの回し蹴りがテンカの体に直撃した。
一瞬頭が真っ白になり目を見開いたテンカ。
近くにあった民家の壁にめり込むほど叩きつけられたテンカ。
改めて武器の鹿角刀を握り直し、頭から流れる血すらも気にせず叫ぶ。
「……こんのボケがぁっ! 目にもんみせだるけ、覚悟せえ!」
こうして頭に血が上ったテンカとノワレの第二ラウンドが始まった。
第二ラウンドではノワレが優位に立った。
テンカはここまで侮辱されたのは久しぶりのことであり、頭に血が上って戦い方が雑になっている。
テンカの大振りのストレートをノワレが軽く捌く。
二人は熾烈な空中戦を繰り広げつつ、苛烈な口喧嘩を続けていた。
「おめが聞いでなぐでもかっでに言うだるわ! あだずはな、あだずは……パディシエになりだがったんだよ!」
「はあ!? パティシエ!? じゃあなんで軍人なんてやってんのさ!」
「……思い出しだぐもねぇ、二年前のあの日。あだずがでっがい希望さ持っで、モルケスに上京しだ日!」
テンカがその時を思い出し、悔しそうに唇を噛み締める。
「あだずに絡んできだ軍人をぶん殴っだらなあ、そいづが軍で二番目に強いやづだった! ……気づいだら軍服を着ぜられ、戦場に立だされ、あだずは軍部最強になっでいだ! ……おのれの戦闘の才が恨めしぃんじゃ!」
ノワレはテンカと距離を取り、なんと言葉をかけるべきか逡巡してから……
「……じゃあもうパティシエは諦めたらー? 多分軍人の方が才能あるって」
煽ってみることに決めた。
ニッコニコでテンカを煽るノワレ。
これにテンカは見事に乗ってきた。
「ばが言うな! あだずはなるんじゃ、パディシエに!」
「じゃあなんでお菓子作りもせずに軍人やってんのさ……」
「……軍人になってがら、あだずの生まれだ村に支援さいぐようになっだ。あだずが戦っていれば、村のもんだつが幸せに生ぎれる。ならパディシエになんのは後でいい」
ノワレが面白くなさそうに『シオン』で手遊びをする。
「ふーん。人のために自分の夢を後回しにするんだね。……ウチには分かんないや」
「ほうか。……おめに分がってもらいだぐもねぇ。ただ、あだずはパディシエになる。それだけじゃ!」
テンカの動きが先程よりも鋭利になる。
自分の夢を口に出す時間があったことで、頭が冷えているようだった。
これにより再びノワレは劣勢を強いられることになった。
戦闘の最中、テンカが晴れやかな表情で言う。
「おめが聞いでくれだおかげで、あだずは夢を再確認でぎだ! あだずの夢はな、あのアルトケスのでっがい城の中に自分の店持づことじゃあ!」
「アルトケスは滅ぼすんじゃなかったっけ!?」
「知らん! あだずの夢は誰にも邪魔させんがや!」
テンカが唐突に『ワスレナグサ』の先端をノワレに向けた。
放射される爆炎と爆風。
ノワレは『シオン』で自分の体をぶん回してギリギリかわし、一度地面に着地した。
「あれってあんなに自由に動かせるんだね……先端がぐりんってウチの方に向いたよ」
「そうネ。燃費が悪い分使い勝手は良さそうネ……ノワレ、右ヨ!」
次の瞬間、地面についたノワレの横から極細の針が伸びてきた。
ノワレは慌てて斜め後ろに跳びのいた。
そこには黒いローブを纏った人物がいた。
フードを目深に被っているため、その素顔はやはり見えない。
ローブの人物は、不思議そうに自分の針とノワレを交互に見ている。
「針……グランが戦った人かな?」
針の人物はぽりぽりと頭を掻いた後、ノワレに向き直ってファイティングポーズをとる。
テンカも遅れて地面に降り立った。
針の人物の介入により、ノワレはさらなる激戦の渦中に放り込まれることになった。




