第五十六話 三国の謀略
アルトケスが宣戦布告を受け取った翌日。
エスピケス王国、王城。
アルトケスにあるものよりも小ぶりな城の一室で、今にも軍事会議が始まろうとしていた。
参加者は六名。
王選神兵長という、三国から集められた八人の御使いたち、すなわち最高戦力たちである。
うち二名は、既にそれぞれの任務についているためこの場にはいない。
「で、ソルカさんはいつ来るんだ? 大国アルトケスを攻め滅ぼそうという時に、総大将が遅刻とはな」
文句を垂れるのはギースケス王国の王選神兵長の一人、スイ・ラング。
ハンマー型アーククラフト『チューリップ』の御使いであり、ギースケス王国軍で一番の猛者。
黒の軍服に袖を通し、青の短髪をオールバックにしている。
全てを見抜く鷹のような鋭い目つきが、会議場の緊張感を高めていた。
「うるせぇな。 ソルカさんは忙しいんだよ!」
そんなスイに対して、エスピケスの王選神兵長の一人、ドロが声を荒げる。
ドロは元々傭兵であったが、その戦闘力を見込んだソルカの権限で、モーニングスター型アーククラフト『ホオズキ』を与えられて王選神兵長に選ばれた。
元傭兵らしい、粗暴な言動が目立つ問題児である。
「ニヒッ。あんたみたいな半グレじゃあ話になんないよね〜」
「……あ? テメェはセコセコ動物の売買だけしとけや、カイナリン!」
スイと同じ、ギースケスの王選神兵長カイナリン・カイナ。
彼女の稼業は神獣密売人。
ユズキにデコイモグラを売った張本人である。
彼女の首には薄桃色の鎖型アーククラフト『スイレン』が巻き付いている。
「酷いなあドロ。ボクはこう見えても役に立ってるんだよ? あんたはまだ声出してるだけだよね〜?」
ドロとカイナリンの相性は最悪だった。
この小競り合いにソルカとスイは常に巻き込まれ、良い加減辟易しているのだった。
「ちっ。本番はこれからだろうが! それに、俺だって新しいアーククラフト回収してきたんだぜ!? 舐めたこと抜かしてっとその鎖ごとテメェの首ねじきるぞ!」
ドロが大きく机を叩いて立ち上がった。
「ああ、あの靴型ね。……起動してなかった上にどんな能力かもはっきり分かってないよね? そういうのは成果物として認められないんじゃないの〜?」
「ちっ。泣かしてやるから表出ろやカイナリン!」
「ニヒッ。死にたいなら早く言ってくれたら良かったのに〜!」
その時、ドロの肩を掴み、強制的に座らせたものがいる。
「その辺にしておけ、ドロ、カイナリン。……待たせてすまなかったな、みんな」
ソルカ・ロレル。
王選神兵長のまとめ役であり、今回のアルトケス侵攻の総司令官である。
ドロが渋々着席すると同時に、立ち上がっていたカイナリンも気まずそうに席についた。
「ソルカさん、お待ちしてました。すぐに始めましょう」
スイに急かされ、ソルカが椅子に腰掛けながら話を始める。
「知っての通り、昨日アルトケスに宣戦布告をした」
その一言だけで会議の場に緊張が走った。
「ソルカさん、ロコモはどうなったのでしょうか? 状況はあまり良くなさそうですが」
スイがまるで記者のように厳しい口調で質問を浴びせた。
ソルカは少し気まずそうにため息を一つ吐く。
「……キンディスを向かわせたが、どうにも攻めきれないらしい」
これにドロが大きな声を上げる。
「ソルカさん! キンディスの野郎にゃ無理ですって! あいつなんか鼻につくし! 最初から俺に行かせてくれりゃよかったのにさあ!」
「まあそう言うなよドロ。ロコモは地理的に、キンディスのアーククラフトが最も相性が良いんだ。元々キンディスはアルトケス侵攻には来ない予定だったから問題は無い。吉報を待てば良いさ」
ドロは不機嫌そうにしながらも大人しく引き下がった。
過去にソルカに完膚なきまでに叩きのめされた嫌な記憶が、ドロから反抗する意志を奪っているのだ。
ソルカはドロが一旦満足したと判断し、アルトケスの方へ話を戻す。
「さて、では今回の作戦と敵の戦力についての話をしようと思う。まずカイナリン、頼んでいた神獣軍は完成したか?」
「ばっちしですよ! 数百体は集めましたからね。まあいくらアハトでもそうそう簡単に突破はさせませんって〜」
カイナリンがへらへらと笑いながら答えた。
「アハトねぇ。そんなに気をつけるもんなんですか? 御使いとは言え一個人でしょ」
ドロが訝しげに問うた。
それに対してソルカが少し考えてから答える。
「……アハトは真の強者だ。こちらは複数人を当てる必要がある」
「でも、アルトケスには他にも御使いがいるんでしょう? たしか半年ほど前に二人増えたと聞きましたが」
スイが自分の情報をもとに懸念を口に出した。
「そうだ。アルトケスには今御使いが六人いる。王選神兵長と同数だな。これをどうにか撃破していく必要がある」
「ならこっちから戦力分散しましょうや。カイナリンの報告では、御使いのうち一人は雑魚なんでしょう?」
ドロがカイナリンに目配せした。
カイナリンの言う御使いとは雄助のことである。
カイナリンはデコイモグラとの一連の戦いを見ていた。
その中で、雄助は取るに足らぬと断定していたのだ。
「そうだね。『リンドウ』っていう、太刀型のやつは大したことないよ。ちょっと動いただけで周りの仲間にも攻撃しだしたんだ。ありゃ使い慣れてないひよっこだね」
「カイナリン、いつも言っているが油断はするべきではない」
スイが同じギースケス王国の王選神兵長としてカイナリンを嗜めた。
カイナリンは面白くなさそうに口を窄めてそっぽを向く。
「……であれば戦力を分散させてもどうにかなるな。『リンドウ』の御使いとあたったものは、撃破したのちすぐにアハトの方へ援軍に行くことにする」
ソルカの言葉によって一つ方針が決まった。
これに対して異を唱えたのはスイである。
「しかし、戦力を分散するとなると、アハトと当たった者が負ける可能性がある。リスクが大きいのでは」
このもっともな指摘に、ソルカは頭を悩ませる。
その時、これまで黙って聞いていたモルケス王国の王選神兵長の一人、テンカ・アンタレスカが手を挙げた。
テンカは黒のロングヘアーを靡かせる長身の女性である。
180センチメートルを超える恵まれたフィジカルと、尻尾型アーククラフト『ワスレナグサ』によって、二年足らずで軍部の重要人物へと登り詰めた女傑である。
ほんの1ヶ月ほど前に、モルケスに現れた妖花連合を撃退することにも成功していた。
テンカがその切れ長の目をソルカに向け、硬く結ばれた桜色の唇を開く。
「んだば、ざんでにことってがらにせばええんでねが?」
……会議室に沈黙が訪れた。
誰も何も言葉を発しない、無の時間が流れていく。
スイなどは頭を抱えて呆れている。
テンカはなおもソルカから目を離さない。
彼女は世界の最も西にある限界集落の出身であり……要するに訛りがキツすぎて聞き取れないのである。
「おい、モクビ。あれはなんて言ってんだ?」
ドロがモルケスのもう一人の王選神兵長であるモクビ・ケルネッシーに通訳を頼んだ。
モクビもテンカと同じくモルケスの軍人であり、四十年以上も軍人として活躍している老獪な紳士である。
彼のそばには弓矢型アーククラフト『アガパンサス』が控えている。
「…………」
モクビは黙ったまま、ただフッと小さく微笑むだけだった。
「……ダメだ。こいつやっぱ喋らねぇ」
モクビは極端に寡黙な男だった。
テンカ以外、彼と会話したことがある人間はここにいない。
つまり喋らないモクビと、喋っても分からないテンカで、モルケス組との話し合いは困難を極めているのであった。
全員で頭を悩ませていると、ソルカがテンカの指が三本立てられていることに気づいた。
「……三方向に分かれようと言うことか……?」
「んだ」
どうやら正解だったようで、満足そうにテンカが頷いた。
「カイナリンがアハトをおざえごんだらどんだらけ? 神獣つがったら時間稼ぎぐれぇはでぎんげ? そごでほがのふだづが『リンドウ』でもおざえだらえやがろ」
今度はギリギリ聞き取れる部分があったので、スイが意訳してテンカに尋ねる。
「……カイナリンが神獣を使って時間稼ぎしている間に、他の二方向のどちらかで『リンドウ』を奪い、戦力差を広げようということか?」
「んだ」
テンカが自慢げに腕を組んだ。
ソルカが少し弛緩した空気を引き締めるように一つ咳払いをし、総括する。
「では、カイナリンと神獣軍でアハトを押さえ、『リンドウ』の御使いと出会ったものは回収次第カイナリンの元へ向かうこと。……それ以外は全員、王城へ突き進む。王と王子たちの首を狙うぞ」
全員の空気が締まった。
張り詰めた空気感の中、ドロが口を開く。
「作戦自体は良いんすけどね、アハトがどの方向にいるかは分からないんじゃないですか? カイナリンのバカをどっちから突っ込ませるかが難しいですね」
これに対し、激昂するカイナリンを無視してソルカも困ったように口を開く。
「それなんだがな。国王いわく、"向こうの戦力配置についてはこちらで調べる"と。どうやら協力者がいるらしい」
ドロは信じられないといった顔をしたが、それ以上追求してもしょうがないのでそこは流して会議はお開きとなる。
こうして六人の御使いたちは、それぞれの戦闘準備を開始した。
⚫️
「……ご協力感謝いたします。王よ」
王選神兵長たちの会議と同時刻、エスピケス王国の王座に、妖しい雰囲気をまとった男が王との謁見に現れた。
本来は王のそばに控えているはずの近衛兵達は、他ならぬ王の意向によって席を外されている。
「これはレスト殿! あなたにいただいた情報は非常に有益でしたぞ!」
「何よりでございます。……アルトケスほどの大国にハナカンムリを禁じられては、外聞が悪くなって困るのです。そこであなたに相談を聞いていただけたことは幸運でしたよ……」
王の態度を見たレストは目を細め、自分の計画の成功を確信した。
エスピケスの王は、本来もっと思慮深い性格であった。
しかし今回、レストからの情報を受けてすぐに軍事作戦を決行している。
そのカラクリは、レストの右手に握られていた。
レストがその右手を口元へ持っていくと、金管楽器の甲高い音が王座に反響する。
ラッパ型アーククラフト『アサガオ』。
音を聞いた相手の思考を誘導する能力を持つアーククラフト。
『タンポポ』騒動の時、警察隊舎から盗み出された物である。
その音色によって王は、"アルトケスにおける禁教"と"王と王子たちが首謀者"という二つの嘘を信じ込まされていた。
王は恍惚として、美しい『アサガオ』の演奏に聞き惚れる。
「……それで、私がお渡ししたアルトケス側の配置の情報はお役に立ちますか……?」
レストが上目遣いで王に迫る。
王は上気した顔でレストから目を逸らした。
「も、もちろんですとも! アハトが北方面に居座るという情報を得られただけで、こちらの有利は揺らぎませんぞ! ……それよりレスト殿、今後のハナカンムリと我が国との関係についてじっくりと話し合いたいのですがね、どうですか今夜のご予定は……?」
王が下卑た目でレストのつま先から顔面までを見定めた。
こういった色恋営業は、レストの常套手段である。
「王よ……戦は一週間後に迫っております。今はそちらに集中してください。……お話なら、堕ちた後のアルトケスでじっくりと……」
レストはその艶美な指先で王の肩筋を撫でた。
甘ったるい嬌声が、毒のようにじわじわと空間を侵していく。
辛抱できなくなった王が、レストの腕を掴もうと手を伸ばす。
それを猫のようにするりとかわし、元いた位置まで下がったレスト。
「それでは、エスピケスの栄光を願っております……」
レストは優雅に頭を下げた。
王は『アサガオ』の能力もあり、レストに心酔している。
ソルカを始めとした兵士たちはまだ気づかない。
ハナカンムリの野望が、エスピケス王国の中枢で、日に日にその香りを強めていることに。




