第五十五話 運命の刻
「なーんも決まらん!」
ネズの大きな声が街に響く。
今日は偶然ネズとウィルダーが共にパトロールの日だったので、健生を巻き込んで雄助を元気付けよう作戦の会議をしていたのだった。
「ネズ、ウィルダー、そなたたちはパトロール中であろう? 良いのであるかこんなところで油を売っていて」
「ダチのピンチやぞ! パトロールしながらでもなんかしてやりたいやないか!」
「雄助、やっぱり自分が人の命を使って戦ってたことがショックなんだよね……」
三人は街中をあれやこれや言いながら歩いていく。
その背後から彼らに近寄る影が一つ。
「お前たち、雄助の友人だったな?」
「なんや? ……お、王子さん!?」
ネズの肩に手を置いたのはグランだった。
突然現れた第二王子グランに動揺したネズは、しどろもどろになって奇妙な踊りを踊る。
「え、あの、はい。雄助とは仲良くしておりますですやねん」
「ネズよ、口調がブレブレであるぞ」
健生がヤレヤレといったように肩をすくめた。
『タンポポ』の件でグランとは話しているので、健生は余裕を醸し出している。
「しゃあないやろ! 王子さんやぞ、そら緊張するわ!」
「でもネロセーヌ副隊長相手なら平気だよね?」
ウィルダーのもっともな指摘が飛んだ。
「ちゃうわ! ネロセーヌ様にはな、警察隊副隊長っていう、言わば直属の上司っていう肩書きがあるからええねん! グランセーヌ様はただただ王子様やないか!」
三人はその王子様を前にしてギャーギャーと喚きあう。
そんな様子を見てグランは小さく微笑んだ。
「そろそろ本題に入って良いか?」
それを聞いてネズとウィルダーは慌てて敬礼の姿勢をとった。
雰囲気を壊さぬように、健生もその場で気をつけをしている。
「早急に雄助をどうにかしてほしい」
「早急に……ですか? なんでそんなに……」
ウィルダーの問いに、グランは答えない。
グランはアルトケスが戦争間近であることを知っている。
しかし、それが確定する前に一般兵卒であるネズやウィルダーに伝えることは避けたいのだ。
ましてや民間人である健生には絶対に伝えられなかった。
「……警察隊の業務に支障をきたすからな、早いに越したことはない。お前たち友人なら、あいつのことはよく分かっているだろう?」
「でもあいつ、『リンドウ』に誰かの命が入っているのを知らなかったんですやろ? それはもう時間が癒すのを待つしかないんちゃいますか?」
ネズが緊張で早口になりながら考えを述べた。
それを聞いて、グランは一つ決心をする。
「……これは本人が話すまでは言わないでおこうかと思っていたのだが、お前たちなら大丈夫だろう……」
グランはフリス公国であったことを全て話した。
ネズたちは話を聞いている間、一言も喋らなかった。
「……それは、雄助にとっては最悪な経験ですね……」
「あいつ、巫女のこと知っただけやなく、実際に仲良くなってもうたんか……そらあんなに塞ぎ込むわな……」
「…………」
健生は少し涙を流していた。
話し終えたグランは目を瞑って大きく息を吐く。
「そういうわけだ。あいつの傷は深いが、お前たちならどうにか出来ると期待している」
グランはそのまま振り返って歩き去っていく。
残された三人の間にはしばらく沈黙が訪れた。
「……どうすればええんやろな……」
「……とにかく、余たちに出来ることをするしかないのである」
「そうだね……今度アハト隊長にも相談してみよう」
こうして三人はパトロールを再開した。
さっきまでの賑やかな雰囲気は消え、鎮痛な面持ちの三人が街を歩いていく。
⚫️
三村健生は異邦人である。
彼は迷っていた。
自分の身の振り方、この世界での生き方、そして生きる目的について。
"カメンカイザー"になりたい。
子どもの頃、父親とヒーローショーを見に行ってから、その夢が褪せたことはない。
そんな叶わない夢を追っていた彼は、十七才にして階段から足を滑らせて死んだ。
なぜそんなドジを踏んだのか。
いじめられていた生徒を助けようとした。
"カメンカイザー"ならそうすると思ったから。
でも現実は厳しかった。
健生にスーパーパワーは宿っていなかった。
いじめっ子と揉み合った末に、彼は階段の踊り場から転げ落ち、その短い生涯を閉じたのだった。
そしてエスピケス王国に転移したのが約二年前。
国内のレストランに勤めていたが、今はアルトケス北でレストランの出店を預かっている。
この世界に来てかなりの月日が経ち、ようやくこちらでも友達と呼べるものたちができた。
そんな中、彼の元に届いた手紙には……
「健生! なんだか久しぶりだね」
警察隊所属の友人、ウィルダー・オキタが話しかけてきた。
健生とウィルダーは生物好きという共通点もあり、お互いが休みの日にはよく二人で昆虫採集などに出向くほど仲良くなった。
「……おおウィルダー! 三週間ぶりであるな!」
片手を雑にあげて挨拶を済ます健生。
もうお互いに気を使うようなことも無くなり、挨拶は日に日に適当になりつつあった。
「健生、まだしばらくアルトケスに居るって言ってたよね? ……もしかしたらそろそろ戦争が起きるかもしれないんだ。同盟国のロコモ王国が攻められたらしい。アルトケスに居るつもりなら、気をつけた方が良いよ」
「……そうであったか! だが戦争だと言うならなおさらここを動けんのである。余にはこの店を守り、繁盛させる使命があるからな!」
「店を庇って死ぬとかはやめてよね」
「余ならやりかねんのであるな!」
ウィルダーが呆れたように小さく笑った。
健生もそれを見て満足そうに大きく笑っている。
「健生、最近何か困っていることはない? デコイモグラの件があってから思い詰めてるように見えるよ」
「……何もない。いや、強いて言うなら雄助のことはどうにかしてやりたいのである」
健生は平静を装いつつ答えた。
彼の最も大きな悩みは雄助の事ではない。
もっと喫緊で、今後の自分の生き方にも関わる部分。
ただ、それを悟られないようにウィルダーの前ではおどけてみせる。
「雄助のやつはナイーブ過ぎるのであるな! あれだけの力を持っているというのに、正義にこだわり過ぎるあまり力に振り回されているのである」
「そうだね。『リンドウ』を鞘から抜けなくなったって言ってたし、心の問題なんだろうけど……根深いよね……」
ウィルダーの190センチメートルを超える長身が小さく縮こまる。
雄助に対して何もしてやれない無力感からなのだろうか、健生にはウィルダーもまた自身を失っているように見える。
「……これは余の推測であるが、あと一つきっかけがあれば雄助は立ち直れるのである。あいつに今足りていないのは覚悟であるからな。……それだけ伝えておいてほしいのである」
ウィルダーが不思議そうに健生を見つめる。
「……分かったよ……? それは自分で言えば良いのに。でも健生はやっぱり心が強いと思うよ」
「当たり前である。余はいずれ、カメンカイザーになる者であるからな! 心の強さは必須要件である!」
「そ、そうなんだね。……ねぇ、健生は警察隊に入る気は無いの?」
健生の動きが止まった。
気まずそうに目を泳がし、手を腰に当てて話を続ける。
「……余には荷が重いのであるよ。それに余はアルトケスの人間では無いのである。余所者が受け入れられるはずもないのである」
「余所者とか関係ないよ。大事なのは気持ちと、力の使い方だって!」
「ありがとう。だがすまんなウィルダー。余には無理なのである」
健生がぱっと後ろを向いた。
「またなウィルダー。余は業務に戻るのである」
健生の姿がマーケットの雑踏の中に溶けて消えていった。
ウィルダーは健生の態度を不思議に思いつつも、健生に背を向けた。
最後にウィルダーが見た健生の背中は、ひどく小さくて、そして孤独だった。
⚫️
そして運命の刻が訪れる。
夕方ごろ、一通の手紙がアルトケスの王城に届いた。
アルトケス国王、ミセーヌ・テラリア・アルトケスは震撼した。
「とうとうこうなってしまったか……思ったよりも早かったな」
彼のそばに控えていた息子のネロセーヌは、父の表情で全てを察した。
「父上、いよいよですか」
額に手を当て項垂れるミセーヌは、意を結したように顔を上げる。
「ネロセーヌ、全国民に通達せよ。……エスピケス、ギースケス、モルケスの三国同盟との……戦争だ」
雄助たちがフリスにいた頃、ミセーヌはエスピケスにいた。
経済同盟の締結を目指して会合を続けてきた。
元からそこまで仲が良かったわけではない両国だが、その関係強化をもって戦争を未然に防ごうとしていた。
しかし、その日届いた手紙はまさに宣戦布告。
一週間後、アルトケスを堕とすという果し状。
ロコモが攻められたという話を聞いてから、ある程度覚悟はしていた。
それでも止められなかった後悔は、果し状の形となってミセーヌの心を蝕む。
一時間もしないうちに、アルトケスの全国民が知ることになった。
……戦争である。




