第五十三話 悲劇の足音+幕間1
アルトケス王国の王城にて。
雄助とグランがフリスから戻ってきてしばらく経った頃。
国王ミセーヌ・テラリア・アルトケスが長い外交の旅から舞い戻った。
それを出迎えたのはグランとメルトである。
「父上、お疲れ様でございます。……どうなりましたか?」
グランが気にかけているのはもちろん戦争のことである。
エスピケス王国を筆頭とした三国同盟。
唐突に軍事同盟を締結し、軍事演習を活発化させたということで、一番攻められる可能性が高いのがアルトケスだった。
そうした可能性を潰すために、交流が希薄だったエスピケスとアルトケスの間に経済同盟を結んでしまおうというのが今回の外交の計画だった。
明らかに後手に回ってしまったが、国王としてできることを探した結果だった。
それでしばらく前から国王ミセーヌはネロセーヌや近衛兵たちを引き連れてエスピケスに遠征していたのだった。
しかしてその結果は……
「芳しくないな。経済同盟の締結には至らなかった。……エスピケスの軍人たちの様子も盗み見てきたが、軍備の拡張と人員の補充が急速に進められていた。……もう免れないかもしれんな」
ミセーヌは見たものを一つ一つ思い出すように目を瞑る。
それを遮るようにメルトがおずおずと声をあげた。
「……本当に三国同盟はアルトケスに攻め込んで来るのでしょうか? どこか別の国に攻め込む可能性は……?」
そう聞くメルトの足は震えていた。
メルトセーヌは第三王子として教育を施されてきたが、それはそれとして十二歳の彼にとって戦争とは未知なる恐怖の象徴であった。
そんなメルトを不憫に思いつつも、ミセーヌははっきりと告げる。
「攻めてくるならほぼ確実にアルトケスだ。エスピケスは元々かなりの大国だからな、我が国以外の国に攻め込むなら、わざわざ軍事同盟を組む必要がない」
メルトが泣きそうな顔で俯いた。
その肩に手をやりつつグランはミセーヌに向き直る。
「父上、エスピケスは何故アルトケスに攻め込んで来るのでしょうか……?」
「それが全くわからんのだ。エスピケスはアルトケスから見て西側の国だが、最近我が国は東側にしか進軍していない。そもそも関わりが少ないから顰蹙を買う理由もない。……まあ単純に土地か、アーククラフトが欲しいといったところか……」
「ならばどちらにせよ、もう戦争は避けられそうにありませんね……」
ミセーヌが困ったように頭を掻く。
「タダでくれてやるわけにもいかんからな。……そういうわけだ。いつ来ても良いように、覚悟はしておいてくれ」
ミセーヌの目線を受けてグランは姿勢を正した。
「はい父上。私がこの身に変えてもアルトケスを守って見せましょう」
グランはすぐにミセーヌに背を向けた。
一歩目を踏み出したところで、横にいたメルトに手を差し伸べる。
「行こう、メルト」
メルトが酷な事実を知ってしまったことを憐んでいるグラン。
二人で手を繋いで王城の自室へ戻るまでの間、グランは第二王子ではなく、ただただメルトの兄だった。
その姿を頼もしく思うミセーヌの元に、まもなく同盟国であるロコモ王国が襲撃されたという知らせが届くのだった。
⚫️
フリスから帰ってきて1ヶ月。
俺はまだ塞ぎ込んでいた。
流石に少しずつトレーニングは再開したが、まだ『リンドウ』は抜けない。
俺は今日もベッドの上で小さくなっていた。
「雄助ー。久しぶり!」
コンコンとドアをノックする音と、約半年ぶりのノワレの声が聞こえてきた。
一瞬開けるか迷ったが、居留守を使うのもばつが悪いのでドアを開ける。
「うっわ。酷い顔だねー」
ノワレが心配してるのかヒイてるのかよく分からない顔で覗き込んでくる。
「……久しぶりっすノワレ。……やりたいことは出来たんすか?」
「うん、妖花連合には会えたし、テルテルとも仲良くなったよ」
テルテル?
ああ、テルスのことか。
「そんなに仲良くなるとは思わなかったっす」
「ウチも思ってなかった。でもあの子意外と良い子だねー。もっと怖いと思ってた」
「……そうっすね」
やっぱり上手く笑えない。
ノワレとも上手く目を合わせられない。
「雄助、アーククラフトのこと知らなかったんだね。まったく無責任な女神様もいたもんだよ」
ノワレが優しく笑った。
「……ノワレ、『シオン』にも誰かの命が入ってるんすか……?」
ノワレの笑顔に釣られて、踏み込んだことを聞いてしまった。
ノワレは嫌な顔はしなかった。
ただ優しく微笑んで、思い出を懐かしむように言う。
「……ピスカ団長だよ。団長が死ぬ直前に託してくれたのが『シオン』なの」
「……っ。ごめんノワレ。俺また聞いちゃダメなこと……」
自責を始めて泣きそうな俺の顔を、ノワレがパンと両手で掴む。
「雄助、ウチは団長との思い出を背負って生きてるの。聞いちゃダメなことじゃないよ」
ノワレに叱られてしまった。
「ごめんノワレ。来てくれてありがとう……」
「……うん。また元気になったら買い物でも行こうね」
ノワレは最後に俺の肩をポンポンと叩くと、足早に去っていった。
……ノワレも、誰かの命を背負って戦っていたんだ。
覚悟ができていなかったのは、やっぱり俺だけ。
俺は静かにドアを閉め、またよろよろとベッドに戻る。
自分が心底情けなかった。
分かっているのに、何も変えられない自分が。
⚫️
「アハトさんこんにちは!」
「ん、ノワレか。帰ってきてたのか」
ノワレは雄助の部屋を出た後、警察隊の隊舎を歩いているアハトとかち合った。
「昨日帰ってきましたー。……雄助はだいぶ重症だね」
「……そうだな。まあ気持ちは分からんでもないが、あいつはやっぱり理想論者すぎる……」
「雄助が理想論捨てちゃったらウチは悲しいよ?」
ノワレに見つめられ、アハトは小さくため息をついた。
「確かにな。……ところでノワレ、雄助のためなら戦えるか?」
アハトが改めてノワレに問いかけた。
問いの意味が分からずノワレはきょとんと首を傾げる。
「なんでそんなこと聞くの? ……場合によるね」
「エスピケスって知ってるか? あそこと周辺の二カ国がな、三国軍事同盟とやらを成立させたらしい。しかし、あの辺りは神獣も少ないし、攻めてくるような国も無い。つまりだな、どこかに攻め入ろうとしている可能性があるってことだ」
ノワレに途中で逃げられないように一息に言い切ったアハト。
「つまり、アルトケスが近いうちに攻められる可能性があるから、雄助が動けない分、ウチを戦力として数えたいってこと?」
「話が早くて助かるよ」
ノワレは少し考え込んだ後、顔を上げてアハトと目を合わせる。
「今後も定期的に雄助を貸してくれるなら良いよ。ウチとしては妖花連合とやり合う戦力として、雄助のことは頼りにしてるしね」
アハトはホッとしたように笑う。
「助かるよ。じゃあしばらくは警察隊に居てくれるか?」
「良いよー。ところでどれくらいの確率で戦争は起こりそうなの?」
「……正直ほぼ確実だな。時間の問題だろう」
「そっかー。じゃあウチも準備しとくね!」
そう言うとノワレは隊舎の外へ歩いていった。
アハトは少し頭を掻き、雄助の様子でも見に行ってやるかと歩き出した。
♦︎幕間1♦︎
声が聞こえる。
煌めく湖の湖畔。優しく揺れる木々。日の光が揺れる寝室。
それら全ての色を奪い去って纏ったような、天上の美声が。
あまねく宇宙の星々を巡る彗星が、偶然自分の目の前に降ってきたような、そんな奇跡的な幸福感。
声以外の他の全てのものは、瞬く間に自分の中から追い出された。
かの声が持つ色が、光が、人生を満たして美しく飾り付けてくれる。
多分、幸せとはこういうことなのだ。
多分、愛とはこの気持ちのことなのだ。
正義とはこの先にある結末のことなのだ。
神秘の霊薬を湛えた泉が心の器からとめどなく溢れて、極上の満足感がその器を滴っていく。
何をしていても、もう自分にはその声しか聞こえていなかった。
ああ、どうか、もっとその声を聞かせて。




