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神代の御使い  作者: 逆巻多巻
フリス公国編
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第五十二話 白銀の闇

 それからのことは、あまり覚えていない。


 レンズさんと会って、ブレスさんと会って、たくさん泣いた。


 唯一ブレスさんから貰った住所を書いた紙だけが、形として俺の手元に残っている。


 そして明くる日の朝。


「雄助。そろそろ行くわヨ」


 リンゴの優しい声が耳を癒す。


 俺は昨日からずっと泣き続けていた。


 干からびてどうにかなってしまうのではないかと思うほどに。


 シャーレのことはもちろん、『リンドウ』のことも俺の心に深く突き刺さり、ズタズタに引き裂こうとしているのだ。


「……はいっす」


 俺は小さく返事をし、昨日なんとかまとめた荷物を持ってグラン様と馬車に乗りこんだ。


 グラン様にはとんでもなく迷惑をかけた。


 昨日は会食があったけど、俺は行けなかった。


 他国の国賓の方々とのやり取りは全部グラン様に任せてしまったし、俺は護衛として失格だ。


「……雄助、いつか一緒に旅をしよう。それで、『リンドウ』のことを知ろう」


 グラン様が優しく俺に語りかけてくれた。


「……迷惑かけてすみません。……俺、しばらく戦えないっす……」


 シャーレを背負って、"お兄ちゃん"として、生きると決めた。


 そんな理性とは裏腹に、俺はもう『リンドウ』を握る手に力が入らなかった。


「……どれだけ引っ張っても、『リンドウ』が抜けないんすよ……」


 俺は『リンドウ』を鞘から抜こうと引っ張る。


 しかし、それはびくともしない。


「雄助、それはあなたの心の問題ですワ。……ゆっくり治すしかありませんワ」


 それは分かってるんだ。


 戦いたくない心と、みんなのために戦いたい心。


 俺はどちらも否定できない。


 だからどうしたら良いのか分からない。


「……そうか。雄助、私からアハト殿には言っておくから、しばらく休め」

「……ごめんなさいっす」

「……ただ、これだけは忘れないでくれ。私たちが生きることで、彼女も生き続ける。私たちが彼女のことを下の世代に繋いでいけば、彼女はずっと生き続けるんだ。……そういう生き方をしよう……」


 グラン様の言葉は俺の心に素直に入ってきた。


 でも入ってくるだけだ。


 全然飲み込めてはいない。


 俺は結局その日も涙を止められず、警察隊の仕事もしばらく休ませてもらうことになったのだった。


 こうして俺のフリス公国での運命の出会いは終わり、またアルトケスでの日常が戻ってきた。


 ……戻ってきたとは言いづらいな。


 隊舎に戻った俺は、半ば引きこもりのようになっている。


 こんな時でもネズやウィルダーや健生は俺を気にかけてくれる。


「雄助、知らなかったんだね、アーククラフトの巫女のこと……」

「……余も最初に知った時は上手く飲み込めなかったものである。既に御使いとして戦ってきた雄助なら尚更であろう」

「まあ、時間が癒してくれるのを待つしかないな! その間は俺らで雄助の穴を埋めたるから、安心して休んどき!」


 彼らとの会話は、部屋の扉越し。


 こんな涙に塗れた情けない顔は見せたくない。


 そして俺は、『リンドウ』を部屋の隅に置いた。


 しばらくは見なくて済むように……


            ⚫️


 エスピケス王国。


 アルトケスから西にかなり行ったところにある宗教国家である。


 雄助が沈んでいた頃、そのエスピケスの王座にて。


 エスピケス王国、ギースケス王国、モルケス王国の三カ国によって正式に三国軍事同盟が締結された。

 

 目的は、アルトケスへの侵攻である。


 それを達成するために、それぞれの国から王選神兵長という役職として合計八人の御使いが選出された。


 その中でもエスピケス王国の巨大戦力として、一際注目される男がいる。


「……それで、ソルカよ。準備は整ったか?」


 国王に名前を呼ばれた男が重々しく口を開く。


「はい。……順調に進んでおります、陛下」


 彼の名はソルカ・ロレル。


 エスピケス王国軍総司令官であり、王選神兵長の筆頭である男。


「モルケスで問題が起きているという話はどうなった? あれは大丈夫なのか?」

「はい。妖花連合と名乗る者たちがアーククラフトを狙っているとの噂がありますが、まあ問題はないでしょう」


 ソルカは自信を持って答えた。


 しかし、そんな彼が自信を持てないこともある。


「……ですが、本当にアルトケスに攻め入るおつもりですか……? こちらの被害も無視できませんし、なにより国際社会への体裁は?」

「かの国は、神教団ハナカンムリを邪教とし、信者から信仰の自由を奪おうとしておるらしい。我が国の国教であるハナカンムリを排斥するというのだから、断固として許せはしまい」


 ソルカは疑っていた。


 そもそもアルトケスがハナカンムリを禁じようとしているなど、噂程度のものでしかなく、なんの確証も無かった。


 それでも……


「……左様でございますか。それでは手筈通り、王選神兵長を引き連れ、必ずやあの地に再び聖なる教えを広げて参ります」


 彼は悲しいほどに軍人だった。


 自分個人の意思など、国家の意思、そして王の意思の前では無価値だと思っていた。


 しかし、ソルカはなおも拭えない疑問を投げかける。


「それで、アルトケスにてハナカンムリを排斥しているというのは、どなたからの情報なのですか……?」


 国王はにんまりと笑って小さな声で答える。


「それは言えんが……なんでもその動きを主導しているのはあの……グランセーヌ王子らしい」

「……第二王子ですか」

「ああ。それに国王や第一王子までが関与しているとの話だ。国家ぐるみで排教を企むなど……エスピケスの名において絶対に許すことはできんよな、ソルカよ?」

「……はい。仰る通りでございます」


 ソルカはそれ以上の追求をやめ、王座の前から立ち去っていく。


 疑念はある。


 しかし関係ない。


 彼は軍人である。


「……私は、エスピケスのために」


 彼の独り言は彼だけのために響く。


 この瞬間、"征服の闘牛士"の二つ名を持つ男、ソルカ・ロレルによる華麗なるアルトケス征服が幕を開けた。

  

 腰に提げられた、激情に燃えるような赤のロングソードに手を掛けるソルカ。


 その柄には、真っ赤に煌めく『バラ』の紋様が刻まれている。

 

            ⚫️


 百年前、エスピケス王国に神教団ハナカンムリの本拠地である大聖堂が作られた。


 それ以来、エスピケスは文字通りの聖地となり、数多の信者にとっての拠り所だった。


 信者たちを優しく受け入れる大聖堂。


 そんな大聖堂には、敬虔な信者でも立ち入りを許されない秘密の部屋がある。


 強い花の香りを辿って、大聖堂の回廊をぐるりと回り込む。


 飾られているのは神々の大戦を切り出した一枚の絵画。

 今となっては誰が描いたかもわからない、古ぼけた絵画の中心。


 そこを親指でグッと押し込む。


 即座に壁が奥へと吸い込まれ、秘密の部屋へと続く薄暗い通路が現れる。


 コツコツと足音が嫌に響く廊下を抜け、最奥の扉に手をかける。


 押し上げた途端、強い光に目が眩んだ。


 光に慣れて、明るい部屋の中が視界を彩り始める。


 白いベール、極彩色のステンドグラス、アンティークのテーブル。


 大聖堂という名に相応しい、荘厳にして華奢なインテリアたち。


 そしてその全てがくすんでしまうほどに美しい、神の使い……


「待たせて悪かったね、ココン」


 部屋の中に、男の声が響いた。


 隠し通路を通り、秘密の部屋へと足を踏み入れる許可を持つもの。


 神教団ハナカンムリ幹部筆頭、レスト・フルッツ。

 

「……にいさま……ココンは寝ていたの……」


 そして彼を待ち侘びた神の使い、ココン。


 神々しく輝く白銀の髪、神聖な泉のように透き通る肌、そしてエメラルドグリーンとターコイズブルーのオッドアイを煌めかせる少女である。


「起こしてすまないね。でも今から幹部会だから、参加してほしいんだ。御神体である君にもね」

「……にいさま、他の四人は……?」


 ココンは煩わしそうに目をこすりながら部屋を見渡した。


 そして、部屋に自分とレストしか居ないことを目ざとく指摘した。


「久しぶりの幹部会なのにね。みんな忙しいんだってさ」

「……自分勝手な人たち……」

「まあ彼らは彼らでハナカンムリの目的のために頑張ってくれてるんだ。大目に見てあげようよ」


 レストは小さく笑って言った。


 そんな彼を咎めるように、ココンの碧と翠の両目がレストを射抜く。


「……にいさま……前もそうやって失敗を許した……甘いよ……」

「ああ、『アサガオ』のことかい? まあ確かに『タンポポ』は取られたけどさ。あれは僕たちのものじゃないし、必要になったら"彼"がどうにかするでしょ。責めるような失敗じゃないよ」


 ココンはなおも不機嫌そうに眉を顰める。


「……やっぱりあの時、グランセーヌを殺して奪っておけばよかったのに……」

「ケミアの時ね……まあ仕方ないさ。本当はグランセーヌだけを呼び寄せたかったのに、よくわからない異邦人の御使いがいたんだもの。あれは一旦様子見が正解だったよ」

「……異邦人の御使い……厄介そう……?」

「うーん……『リンドウ』と言ったかな。あのアーククラフトは少々うざったいかもね。でも御使いは平気。甘っちょろくて吐き気がする……ココンは甘いもの好きだから気に入るかもね?」

「……ココンは人間は食べない……」


 それを聞いたレストはふっと微笑んだ。


 ココンは十一歳である。


 そしてその十一年を外の世界とほとんど隔絶されて過ごしてきたので、こうした冗談はほぼ通じないのだ。


 ココンもそれを自覚しているため、また揶揄われたのだと分かると頬を染めて話を変える。


「……それよりにいさま、準備は整った……後はもう時間の問題よ……」

「ああ、そうだね。これまでお疲れ様、ココン」


 レストがココンの頭を一つ撫でた。


 ココンは不満げながらもそれを受け入れている。


「……でも結局ソルカだけは懐柔できなかった……」

「彼は軍人だからね、上層部の言うことには逆らわないから大丈夫だよ。……なんなら僕が最後の仕上げをしてこようか」


 レストが物思いに耽る。


「目指すは完璧な国盗りだ。そのためなら、使えるものは全て使わないとね」

「……そうね……。にいさま、今度こそうまく行くと良いね……」

「そうだね。戦争さえ起きて仕舞えば、多分どうにでもなるよ。だからココンも準備しておいてね。異常があればドクターに診てもらうんだよ」

「……うん。……長い計画だったね……」


 ココンがうとうとと首をもたげ始める。

 そして少女は眠りに落ち、幹部会は終了となった。


 すやすやと寝息を立てるその顔を、レストは慈悲を湛えた目で覗き込む。


 彼女を起こさないように、傷つけないように。


 レストは静かに秘密の部屋を後にした。


 大聖堂の夜は短い。


 ココンが眠った後の大聖堂は、人を寄せ付けないオーラを放つ。


 レストはそのオーラを纏い、最後の仕上げへと取り掛かる。


 彼の計画はもうすぐ……


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