第五十話 約束のシャーレ
「「「いただきます!」」」
子どもたちの元気な声の中、俺も一緒にシチューに手をつける。
そういえば朝から何も食べてなかった。
でもなんか……お腹は減ってない。
「おいしいですよね」
シャーレさんがこちらを見て微笑んだ。
口元に野菜のかけらを付ける姿が年相応で可愛らしい。
無理して笑顔を作りながらシチューを食べている俺に、子どもたちが色々と聞いてくる。
「お客さん、王子様ってほんと!?」
「私もアルトケス行ってみたいなー!」
「……俺は王子様じゃないっすよ。王子様について来た人っす」
「なんだ護衛の人なのかー」
子どもたちが少しガッカリしたように目尻を下げる。
「でもアルトケスは行ってみたいなー!」
「行きたーい! シャーレ姉ちゃんが帰って来たらみんなで行こうね!」
帰って来たら……?
俺はちらりとブレスさんに目配せする。
ブレスさんはこちらを見て、ただ微笑みながら頷くだけだった。
……伝えてないんだな。
シャーレさんが死んでしまうこと。
あるいはこの無邪気な子どもたちは、死というものをまだ理解していないのか……
「……いずれ皆んなで行きますね、刀堂雄助さん」
シャーレさんは依然として笑顔だ。
これがお姉ちゃんとしての義務であるかのように。
そんな和気藹々とした時間は、長く続かないもので。
子どもたちは、ご飯を食べ終わるとさっさと風呂に行ってしまった。
ドタドタと走る子達をシャーレさんが注意したりしている。
俺は食卓に並んだ空の食器を片付けながら、ブレスさんと話をする。
「……子どもたちには、やっぱり言わないんすか」
「あの子達には、シャーレはお星様の所に遊びに行くと伝えています。……いずれあの子達も自分で理解する日が来るでしょうけどね」
「シャーレさんは、なんであんなに強くいられるんすか……?」
ブレスさんは少し目を細める。
「……私のせいです。あの子に、"お姉ちゃん"という役割を任せてしまった。責任感の強い子になるように仕向けてしまったんです。私が不甲斐ないばかりに……」
「それはシャーレさんが優しい子だからっすよ。俺がみっともなく泣いてるのを見て、声かけて来てくれたんすよ。さっきちょっと挨拶しただけの、こんなデカくて愛想の無い俺に……」
「それがあの子の思う"お姉ちゃん"なんでしょうね。……あの子は、たとえ死んでもずっと……みんなのお姉ちゃんでいようとしているのかもしれませんね」
ブレスさんが言葉を切った。
そのタイミングで、シャーレさんと子どもたちが風呂から上がってきた。
「何かお話していたんですか?」
「シャーレの話をしていたのよ」
ブレスさんがにこやかにシャーレさんの頭を撫でた。
俺は最後の食器を棚にしまうと、ブレスさんとシャーレさんに声をかける。
「あ、あの、もう遅いので自分は失礼します。ご飯ありがとうございました、美味しかったっす」
それを聞いたシャーレさんが優しく俺の手を握る。
「今日は泊まっていってください」
シャーレさんと目が合った。
シャーレさんの長い髪の先が揺れた気がした。
風なんて吹いてないのにな。
「……分かったっす。すみません、ブレスさん」
「いえ、シャーレの望みですから」
ブレスさんも暖かく俺を迎え入れてくれた。
俺はシャーレさんを連れて子どもたちのところへ戻る。
そこでは子どもたちが、あーでもないこーでもないと何かを話し合っていた。
「みんな、何をしているんですか?」
「シャーレ姉ちゃん! 今ね、アルトケスの地図を見てたの」
広げられたそれは、アルトケスの地図。
子どもたちはそれを見て、ここがお城だとか、ここに行きたいね、なんて旅行の予定を立てているようだった。
「護衛さんはどこに住んでるのー?」
「そんなのお城に決まってるじゃん!」
子どもたちの期待に溢れた笑顔が俺の方へ向いた。
俺は少しだけ迷った。
でもさっきの……子どもたちに優しい嘘をついたシャーレさんの姿を思い出し、俺も今だけ"お兄ちゃん"になろうと思った。
「……そうっすね。お城で王子様と一緒に住んでるっすよ」
これを聞いて子どもたちは一気に色めきだした。
ちらりとシャーレさんに目をやると、ただ静かに、はちきれんばかりの笑顔で子どもたちを見つめている。
これが"お姉ちゃん"か。
それから、アルトケスの話をした。
何時間話してたか分からない。
気づいたらもう、子どもたちは寝ついてしまっていた。
残ったのは俺とシャーレさんだけだ。
「刀堂雄助さん、今日はありがとうございました。……もし皆んながアルトケスに行ったら、その時はちゃんと案内してあげてくださいませんか?」
本当にどこまでも"お姉ちゃん"だ。
幸せそうに眠る子どもたちを、優しい笑顔で撫でているシャーレさん。
「もちろんっすよ……」
俺はそこで出かかった言葉をグッと飲み込んだ。
シャーレさんも一緒に、なんて……言えない。
「……任せて欲しいっす!」
「……刀堂雄助さん。私は幸せです。こんなに幸せで良いんでしょうか」
「シャーレさんはお姉ちゃんとして頑張ってるんすから、幸せで当たり前っすよ」
「そうかな。私は、良いお姉ちゃんかな?」
「もちろん。みんなシャーレさんのこと大好きなんすから、良いお姉ちゃんっすよ!」
「……本当に? 私はお姉ちゃんとして、やるべきことが出来ていたか不安です」
シャーレさんは今にも泣き出しそうな顔をする。
……下の子たちが眠るまで我慢してたんだな。
俺はシャーレさんにもう寝ようと促した。
大人しく布団に入ったシャーレさんにせがまれ、恐る恐る彼女の頭を撫でる。
「シャーレさんは立派なお姉ちゃんっすよ。ここにいる皆んなが、シャーレさんのおかげで幸せだったと思うっす。……シャーレさんはどうしてそんなに頑張れるんすか……?」
うとうとし始めたシャーレさんが、力を振り絞って答えてくれる。
「……私は、みんなのためなら頑張れます。どうしてとかは、分からないですけど」
みんなのためなら……か……
「最高の"お姉ちゃん"っすね」
シャーレさんが嬉しそうに小さく笑う。
「ありがとうございます。……刀堂雄助さん、あなたは本当にお城に住んでいるのですか……?」
シャーレさんが真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「……いつもは警察隊っていう所の家に住んでるっす。……これは"お兄ちゃん"と"お姉ちゃん"だけの秘密っす」
一瞬目を丸くして、すぐに目を細めていくシャーレ。
「……刀堂雄助さんも"お兄ちゃん"なんですね……」
その一言と共に、シャーレも眠りに落ちた。
…………。
しばらく寝付けなかった。
多分昼寝をしたせいかも。
無心でシャーレの寝顔を見つめ、短かった交流を余すところなく思い出していく。
「雄助さん、あなたもお休みになってください」
先に眠っていたはずのブレスさんが話しかけてきた。
ブレスさんもなかなか寝付けていないようだ。
「すみません、ブレスさん。最後の日なのに、俺が押しかけてしまって……」
「いえ。……シャーレにはこれまで我慢をさせてしまいましたから、最後くらいあの子のやりたいことは全部叶えてあげたかったんです」
涙が溢れ出して止まらない。
「……」
「……雄助さん。どうかシャーレのことを覚えていてあげて下さい。都会の方にとっては小さなことでしょうが、私たちにとってはそうではありません」
ブレスさんが真剣な面持ちでハンカチを差し出してくれる。
「もちろんっすよ……俺、本当は別のことで悩んで泣いてたんす。それはまだ解決してないけど……それでもシャーレさんに、子どもたちに会えて良かった……今度、子どもたちを連れてアルトケスにも来て下さい。いつでも待ってますから……」
ブレスさんの頬にも一つ二つと涙が線を描いた。
眠りに落ちたシャーレの髪を優しく撫でながら名前を呼ぶ。
「……シャーレぇ……」
明日が来なければいいのに。
その夜はとても長くて、でもとても短かった。




