表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代の御使い  作者: 逆巻多巻
フリス公国編
PR
49/63

第四十九話 感謝のシャーレ

「俺の『リンドウ』にも、誰かの命が入ってるってことっすか……」

「……可能性は大いにある」


 じゃあ俺は今まで、人の命を使って戦って……


 途端に気持ちが悪くなり、『リンドウ』を投げ捨てた。


 そばにあった布団を抱き寄せ、世界から身を隠すように頭から被る。


 吐き気を抑えるために腹を押さえ、ベッドの淵で体育座りをした。


 全身の震えが木製のベッドに伝播し、カタカタと小さく音を立てている。


「……俺、知らなかったんすよ……ただ、自分が誰かの役に立ってるのが嬉しくて……」


 誰に懺悔しているのかも分からない。

 それでも、名も知らぬ誰かに対して謝らずにはいられないのだ。


 グラン様が『リンドウ』を拾い上げ、座っている俺の脚に押しつける。


「捨てるな。それが責任であり、散っていった命への……せめてもの礼儀だ」


 弱々しく『リンドウ』を握った。


 今までより何倍も重く感じて涙が溢れる。


 そうして泣いている俺の横に、リンゴが歩いてくる。


「雄助、あなたの優しさは美徳だワ。でも世界には割り切らないといけないこともあるのヨ」

「……分かってるっすよ……。グラン様もノワレもアハト隊長も、御使いたちみんな、こんな重いもん持って戦ってたんすか……」


 それなのに俺は、ちょっと神獣と渡り合えたとか、ちょっと上手く刀が振れるようになったとかではしゃいで。 


 バカじゃないか……


「俺は、バカだ! アハト隊長に力の意味を考えろって言われたのに! 何も考えず、ただ受け取っただけの力に溺れて! 命を軽んじて!」


 『リンドウ』にぼたぼたと涙が滴っていく。


 そんなことで『リンドウ』に使われた命が戻るわけでもないのに。


 グラン様が泣き続ける俺に呆れたのか、大きくため息をついた。


「……とにかく休め雄助。式典は明日だ。ちなみに言っておくが、フリスのために散っていく命を悼む式になる。……誰も、あんな少女に背負わせたいとは思ってない」


 グラン様のフォローが痛い。


 俺が子どもだから、現実を上手く噛み砕けるように、みんな俺と同じ気持ちだって教えてくれたのだろう。


 まるでペンギンの親鳥が餌を咀嚼して、飲み込みやすくしてから雛に与えるみたいに。


 俺が痛くないように言葉を選んでくれている。


 その気遣いが、死ぬほど痛い。

 リンゴが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「雄助。ゆっくり休むのヨ……」


 二人は俺の部屋から出ていってしまった。


 残された俺はただ泣くことしかできず、しばらくして人生最悪な寝落ちを経験した。


            ⚫️


 その夜。


 俺は三時間ほどの昼寝を経て復活……

 するわけもなく、泣き腫らした瞼と強烈な吐き気でうまく息ができない。


 どうしようか。


 このまま『リンドウ』を捨てる……


「……捨てたいのになあ……」


 グラン様の言葉が、俺と『リンドウ』を繋ぐ最後の紐になってしまった。


 それでも今だけは忘れたくて、俺は『リンドウ』を持たずにフラフラと外に出た。


 夜だというのに『ヒヤシンス』のお陰で上着はいらない。


 そのまま無意識に歩いて辿り着いたのは、さっきの地下に降りる階段だった。


 その時、後ろから声をかけられる。


「こんばんは。泣いてるの?」


 シャーレさんだ。


「シャーレさん……一人なんすか?」

「うん。……今日が最後の夜だから、星を見ていました」


………………。


「シャーレさん、俺と一緒に逃げましょう……」


 ……なに言ってるんだろ俺。


 逃げるなんてダメだ。不可能だ。


「……私はみんなのために、逃げちゃダメなんです。……でもお散歩なら良いですよ」


 シャーレさんが優しく微笑みかけてくれた。


 俺は無理して笑顔を作り、シャーレさんの提案に乗る。


「……じゃあ、少し歩くっすよ」


 俺たちは夜のフリスを歩き始めた。


 式典の前日だからだろうか、まだ電気をつけてなにか作業をしている人たちがたくさんいる。


 輝かしい光が、将来のフリスの栄華を約束しているようで、とても気分が悪い。


 そうして二人で歩いていると、シャーレさんに声をかける人がたくさんいる。


 ……泣いてる人もいる。


 そんな人たちに対して、シャーレさんは決まって微笑みを返す。

 涙なんて一つも見せなかった。


「シャーレさん、怖くないんすか?」


 俺の不躾な問いにも、シャーレさんは笑って返してくれる。


「怖くないです。私には家族がいません。施設の人はよくしてくれるけど、私は何も返せてなかったから……私が巫女になったら、たくさんの人を笑顔に出来る。私は、みんなが幸せならそれで幸せになれます」

「……そうなんすね……」

「刀堂雄助さん? なんで泣いているんですか?」

「……俺が子どもだからっす」

「私の方が子どもです」


 シャーレさんがニッコリと優しく微笑んだ。


 ……どこが子どもなんだよ。

 俺よりよっぽど……


「あ! ブレスさん」


 俺たちの目の前から一人の女性が歩いてきた。


 優しそうで純朴な女性である。


 ブレスさんと呼ばれた女性はシャーレさんを抱きしめ、不思議そうに俺を見た。


「あ、すみません。俺は刀堂雄助っす。アルトケスから来ました」

「刀堂雄助さんとお散歩していました。彼も子どもです」


 ブレスさんはそれを聞くと、少し笑って俺に優しい目を向けてくれる。


「そうだったんですか! 私は近くで孤児院をやっておりまして、さっきからシャーレを探していたんです。シャーレを見ていただいてありがとうございました」


 ブレスさんが頭を下げてくれた。


 俺は慌てて首を振り、そのままそこを去ろうとする。


「待ってください」


 ブレスさんに抱き抱えられたシャーレさんに裾を掴まれた。


「ご飯を食べましょう。今夜は私の好きなホワイトスープです」

「いや、悪いっすよ。ご飯まで貰ってしまうなんて」


 一度は断った俺に、今度はブレスさんまでもが頭を下げてくる。


「刀堂雄助さん、お忙しいでしょうが、どうかシャーレの願いを聞いてあげてくださいませんか?」


 俺は慌てて頭を上げてもらい、ご飯を頂くことにした。

 これ以上断るのは逆に失礼だと思うから。


 申し訳なさでまた泣きそうになるのを必死に我慢し、俺はシャーレさんの隣を歩き始めた。


 と言ってもそんなに長い距離ではなかった。


 ブレスさんと出会ったすぐ側に、シャーレさんの家である孤児院が待っていたのだ。


 ドアを開けて中に入った途端、五、六人の子どもたちが駆け寄ってくる。


「シャーレ姉ちゃん、このデッカい人だあれ?」

「彼氏? ねえ、シャーレ姉ちゃんの彼氏!?」


 違うよ、とそれだけは小さな声で否定しておいた。


 ブレスさんが食事の準備をします、と言って奥に消えていく。


 ……突然お邪魔した客の立場で座っているわけにはいかないよな。


「ブレスさん、何か手伝わせて欲しいっす」

「ありがとう! ……あなた、何か辛いことでもあった?」


 涙の跡か、腫れた目元か。


 とにかく、暖かい電球に曝された俺の顔はかなり酷く見えたらしい。


 ブレスさんが手早く料理を皿に盛りながら俺の話を聞いてくれる。


「……いや、シャーレさんが健気で……。なんか自分まで泣けてきたっていうか……」


 アーククラフトなんて話はしなくていいし、するべきじゃないと思う。


「……あの子、本当は強い子なんかじゃないんですよ。あの中で一番お姉ちゃんなのに、下の兄弟たちにおもちゃを取られて泣いたり、喧嘩して泣いたり……可愛い子なんですよ」


 ブレスさんが声を震わせる。

 つられて俺も鼻を啜った。


「ブレスさん。失礼を承知で聞かせて欲しいっす。シャーレさんが巫女になるって聞いた時、どう思ったっすか……?」

「シャーレは自分から立候補したんですよ。あの時は、それはそれは驚きましたよ……」


 カチャカチャと、銀のカトラリーの音だけが聞こえる。


 美味しそうなシチューの匂いが漂う空間に、しばし沈黙が流れた。


「……私は、シャーレが選んだことを尊重したいんです。本当は、生きていてくれるだけで良いけど……それは私のエゴですよね」


 エゴ……


 本人が誰かのために死にたいと言ったとき、それを嫌だと言うことはエゴだとされてしまうだろうか。


「それは、エゴなんかじゃないっすよ。シャーレさんも同じようなことを言ってたっす。お互いがお互いを同じだけ思い合っているなら……それはエゴなんかじゃないっす」


 ブレスさんとは目が合わない。


 お互いに、目を合わせたら泣いてしまうと分かっているから。


 お互いに、泣いてるところをシャーレに見せたくないと思っているから。


 綺麗に盛り付けられたシチューを持って、みんなが待つリビングへ向かう。


「ありがとう!」


 子どもたちの笑顔が、何よりも優しく俺の心に染み込んできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ