第四十九話 感謝のシャーレ
「俺の『リンドウ』にも、誰かの命が入ってるってことっすか……」
「……可能性は大いにある」
じゃあ俺は今まで、人の命を使って戦って……
途端に気持ちが悪くなり、『リンドウ』を投げ捨てた。
そばにあった布団を抱き寄せ、世界から身を隠すように頭から被る。
吐き気を抑えるために腹を押さえ、ベッドの淵で体育座りをした。
全身の震えが木製のベッドに伝播し、カタカタと小さく音を立てている。
「……俺、知らなかったんすよ……ただ、自分が誰かの役に立ってるのが嬉しくて……」
誰に懺悔しているのかも分からない。
それでも、名も知らぬ誰かに対して謝らずにはいられないのだ。
グラン様が『リンドウ』を拾い上げ、座っている俺の脚に押しつける。
「捨てるな。それが責任であり、散っていった命への……せめてもの礼儀だ」
弱々しく『リンドウ』を握った。
今までより何倍も重く感じて涙が溢れる。
そうして泣いている俺の横に、リンゴが歩いてくる。
「雄助、あなたの優しさは美徳だワ。でも世界には割り切らないといけないこともあるのヨ」
「……分かってるっすよ……。グラン様もノワレもアハト隊長も、御使いたちみんな、こんな重いもん持って戦ってたんすか……」
それなのに俺は、ちょっと神獣と渡り合えたとか、ちょっと上手く刀が振れるようになったとかではしゃいで。
バカじゃないか……
「俺は、バカだ! アハト隊長に力の意味を考えろって言われたのに! 何も考えず、ただ受け取っただけの力に溺れて! 命を軽んじて!」
『リンドウ』にぼたぼたと涙が滴っていく。
そんなことで『リンドウ』に使われた命が戻るわけでもないのに。
グラン様が泣き続ける俺に呆れたのか、大きくため息をついた。
「……とにかく休め雄助。式典は明日だ。ちなみに言っておくが、フリスのために散っていく命を悼む式になる。……誰も、あんな少女に背負わせたいとは思ってない」
グラン様のフォローが痛い。
俺が子どもだから、現実を上手く噛み砕けるように、みんな俺と同じ気持ちだって教えてくれたのだろう。
まるでペンギンの親鳥が餌を咀嚼して、飲み込みやすくしてから雛に与えるみたいに。
俺が痛くないように言葉を選んでくれている。
その気遣いが、死ぬほど痛い。
リンゴが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「雄助。ゆっくり休むのヨ……」
二人は俺の部屋から出ていってしまった。
残された俺はただ泣くことしかできず、しばらくして人生最悪な寝落ちを経験した。
⚫️
その夜。
俺は三時間ほどの昼寝を経て復活……
するわけもなく、泣き腫らした瞼と強烈な吐き気でうまく息ができない。
どうしようか。
このまま『リンドウ』を捨てる……
「……捨てたいのになあ……」
グラン様の言葉が、俺と『リンドウ』を繋ぐ最後の紐になってしまった。
それでも今だけは忘れたくて、俺は『リンドウ』を持たずにフラフラと外に出た。
夜だというのに『ヒヤシンス』のお陰で上着はいらない。
そのまま無意識に歩いて辿り着いたのは、さっきの地下に降りる階段だった。
その時、後ろから声をかけられる。
「こんばんは。泣いてるの?」
シャーレさんだ。
「シャーレさん……一人なんすか?」
「うん。……今日が最後の夜だから、星を見ていました」
………………。
「シャーレさん、俺と一緒に逃げましょう……」
……なに言ってるんだろ俺。
逃げるなんてダメだ。不可能だ。
「……私はみんなのために、逃げちゃダメなんです。……でもお散歩なら良いですよ」
シャーレさんが優しく微笑みかけてくれた。
俺は無理して笑顔を作り、シャーレさんの提案に乗る。
「……じゃあ、少し歩くっすよ」
俺たちは夜のフリスを歩き始めた。
式典の前日だからだろうか、まだ電気をつけてなにか作業をしている人たちがたくさんいる。
輝かしい光が、将来のフリスの栄華を約束しているようで、とても気分が悪い。
そうして二人で歩いていると、シャーレさんに声をかける人がたくさんいる。
……泣いてる人もいる。
そんな人たちに対して、シャーレさんは決まって微笑みを返す。
涙なんて一つも見せなかった。
「シャーレさん、怖くないんすか?」
俺の不躾な問いにも、シャーレさんは笑って返してくれる。
「怖くないです。私には家族がいません。施設の人はよくしてくれるけど、私は何も返せてなかったから……私が巫女になったら、たくさんの人を笑顔に出来る。私は、みんなが幸せならそれで幸せになれます」
「……そうなんすね……」
「刀堂雄助さん? なんで泣いているんですか?」
「……俺が子どもだからっす」
「私の方が子どもです」
シャーレさんがニッコリと優しく微笑んだ。
……どこが子どもなんだよ。
俺よりよっぽど……
「あ! ブレスさん」
俺たちの目の前から一人の女性が歩いてきた。
優しそうで純朴な女性である。
ブレスさんと呼ばれた女性はシャーレさんを抱きしめ、不思議そうに俺を見た。
「あ、すみません。俺は刀堂雄助っす。アルトケスから来ました」
「刀堂雄助さんとお散歩していました。彼も子どもです」
ブレスさんはそれを聞くと、少し笑って俺に優しい目を向けてくれる。
「そうだったんですか! 私は近くで孤児院をやっておりまして、さっきからシャーレを探していたんです。シャーレを見ていただいてありがとうございました」
ブレスさんが頭を下げてくれた。
俺は慌てて首を振り、そのままそこを去ろうとする。
「待ってください」
ブレスさんに抱き抱えられたシャーレさんに裾を掴まれた。
「ご飯を食べましょう。今夜は私の好きなホワイトスープです」
「いや、悪いっすよ。ご飯まで貰ってしまうなんて」
一度は断った俺に、今度はブレスさんまでもが頭を下げてくる。
「刀堂雄助さん、お忙しいでしょうが、どうかシャーレの願いを聞いてあげてくださいませんか?」
俺は慌てて頭を上げてもらい、ご飯を頂くことにした。
これ以上断るのは逆に失礼だと思うから。
申し訳なさでまた泣きそうになるのを必死に我慢し、俺はシャーレさんの隣を歩き始めた。
と言ってもそんなに長い距離ではなかった。
ブレスさんと出会ったすぐ側に、シャーレさんの家である孤児院が待っていたのだ。
ドアを開けて中に入った途端、五、六人の子どもたちが駆け寄ってくる。
「シャーレ姉ちゃん、このデッカい人だあれ?」
「彼氏? ねえ、シャーレ姉ちゃんの彼氏!?」
違うよ、とそれだけは小さな声で否定しておいた。
ブレスさんが食事の準備をします、と言って奥に消えていく。
……突然お邪魔した客の立場で座っているわけにはいかないよな。
「ブレスさん、何か手伝わせて欲しいっす」
「ありがとう! ……あなた、何か辛いことでもあった?」
涙の跡か、腫れた目元か。
とにかく、暖かい電球に曝された俺の顔はかなり酷く見えたらしい。
ブレスさんが手早く料理を皿に盛りながら俺の話を聞いてくれる。
「……いや、シャーレさんが健気で……。なんか自分まで泣けてきたっていうか……」
アーククラフトなんて話はしなくていいし、するべきじゃないと思う。
「……あの子、本当は強い子なんかじゃないんですよ。あの中で一番お姉ちゃんなのに、下の兄弟たちにおもちゃを取られて泣いたり、喧嘩して泣いたり……可愛い子なんですよ」
ブレスさんが声を震わせる。
つられて俺も鼻を啜った。
「ブレスさん。失礼を承知で聞かせて欲しいっす。シャーレさんが巫女になるって聞いた時、どう思ったっすか……?」
「シャーレは自分から立候補したんですよ。あの時は、それはそれは驚きましたよ……」
カチャカチャと、銀のカトラリーの音だけが聞こえる。
美味しそうなシチューの匂いが漂う空間に、しばし沈黙が流れた。
「……私は、シャーレが選んだことを尊重したいんです。本当は、生きていてくれるだけで良いけど……それは私のエゴですよね」
エゴ……
本人が誰かのために死にたいと言ったとき、それを嫌だと言うことはエゴだとされてしまうだろうか。
「それは、エゴなんかじゃないっすよ。シャーレさんも同じようなことを言ってたっす。お互いがお互いを同じだけ思い合っているなら……それはエゴなんかじゃないっす」
ブレスさんとは目が合わない。
お互いに、目を合わせたら泣いてしまうと分かっているから。
お互いに、泣いてるところをシャーレに見せたくないと思っているから。
綺麗に盛り付けられたシチューを持って、みんなが待つリビングへ向かう。
「ありがとう!」
子どもたちの笑顔が、何よりも優しく俺の心に染み込んできた。




