第四十八話 絶望の燃料
グラン様に連れられ、俺はフリス公国という国にやってきた。
北の果て、極寒の僻地。
グラン様からはそういう風に聞いていたので、これでもかと厚着をしてきたのだが……
「あっっっつ! ここなんでこんなに暑いんすか!?」
体感気温三十度。
南極を想定していたら日本の初夏にぶち込まれた訳である。
俺は着込んでいた上着を脱ぎ去り、小脇に抱えた。
「フリスは本来人が住めないほどの極寒なんだがな、とあるアーククラフトの力で年中この気温に調整しているのだ」
とあるアーククラフト?
それを聞こうとした瞬間、目の前から一人の老人が歩いてきた。
「これはこれはグランセーヌ様! お久しゅうございます。この度はわざわざ足を運んでくださり、ありがとうございます」
「こちらこそ国賓としてお招きいただけるとは、光栄なことでございます。こちらは私の護衛でして、帯刀はお許しいただきたい」
グラン様が優雅に頭を下げた。
俺も慌てて頭を下げる。
「グランセーヌ様の護衛で、刀堂雄助と申します。よろしくお願いいたします」
「これはどうも、私はフリス公国を治める公爵、レンズ・フリスでございます」
レンズさんと名乗った老人は、とても清潔感のある紳士だった。
きちっとしたスーツに整えられた白髪が最高に決まっている。
レンズさんは顔を上げ、俺に話しかけてくる。
実家のじいちゃんを思い出す、しゃがれた優しい声だ。
「刀堂様は異邦人でいらっしゃると記憶しております。何かフリスのことで分からないことがあれば、なんなりとお聞きくださいませ」
こんなに丁寧に対応されることなんて滅多にないので、俺は緊張で顔が強張ってしまう。
グラン様と共に周遊する中で気付いたのだが、デカいやつが真顔でいるとそれだけでかなり怖いのだ。
俺が無愛想なせいで、何度子どもに泣かれたか分からない。
俺は緊張を押し殺して精一杯の笑顔を作り対応する。
「あ、ありがとうございます。……では、この国を支えているアーククラフトとはどんなものなのですか?」
聞いてから思ったけど、なんでも聞いてくれっていうのは社交辞令だったかな……?
俺がドギマギしていると、レンズさんはにこやかに笑って答えてくれる。
「それは『ヒヤシンス』と呼ばれるものでして……まあ見ていただいた方が早いでしょう。こちらへお越しください」
どうやら間違えてはいなかったようでホッと胸を撫で下ろした。
グラン様も別に怒ってはいないようなので大丈夫だろう。
そして俺たちはレンズさんの後ろについて歩き始めた。
しばらく歩いた先で地下に続く大きな階段が見えてくる。
地下鉄の入り口みたい。
その入り口でボディーチェックを受け、下へと潜っていく。
かなりの距離を降った先に、『それ』はあった。
「これ、鏡っすか?」
白と水色で縁を彩られた、大きな鏡が鎮座している。
四、五メートルほどあるだろうか。
人の姿見としては過剰なほどにデカい。
「ええ、鏡型アーククラフト『ヒヤシンス』。周囲の熱を吸収し、増幅させて放出する能力を持ちます」
それが地下にあるってことは……
「もしかして、『ヒヤシンス』で地熱を吸収して、それを地上に放出しているんすか」
「鋭いですな。まさにその通りでございます。『ヒヤシンス』のおかげで凍え死んでいたこの地にも人が住めるようになりました」
要するに燃料や設備を必要としない地熱発電所みたいなもんか。
こんなに生活に即したアーククラフトもあるんだな。
俺はこれまで出会ってきたアーククラフトの中で、一番戦争と遠いであろうこの鏡に強く惹かれていた。
そんな俺の横からグラン様がレンズさんに話しかける。
「レンズ殿。今回の式典はやはり巫女ですか?」
巫女?
なんのことだ?
「まさにおっしゃる通りでございます。もうすでに巫女の選定も済ませております。シャーレ」
レンズさんの声を聞きつけて、『ヒヤシンス』の方から少女が歩いてきた。
見たところ十歳前後だろうか。
質素な服装に、首からは何かの液体が入った小瓶をネックレスのようにぶら下げている。
「こんにちは。シャーレです」
少女の凛とした声が地下に響いた。
俺は子どもに泣かれたことを思い出し、咄嗟に身を屈めて話しかける。
「こんにちは。刀堂雄助っす」
シャーレがニコリと笑った。
出だしは好調!
これなら泣かれることもなさそうだ。
俺が安心していると、後ろからグラン様が歩み寄ってきて、シャーレに話しかける。
「君が巫女か。……怖いよな、でも君は多くの人を救うんだ。わかってくれ……」
グラン様が憐れむような目でシャーレを見ている……?
その目は、今にも泣きそうなほどに哀しみを湛えていた。
「グラン様? どうしたんすか?」
俺の問いに答えてくれたのはレンズさんだった。
「グランセーヌ様はお優しいですからな。巫女の境遇に心を痛めずにはいられないのでしょう」
どういうことだ?
俺は本当に意味がわからず、グラン様とレンズさんに同時に質問を飛ばす。
「なんですか、巫女の境遇って」
帰ってきた答えは、予想もしないものだった。
「……彼女が次の巫女だ。彼女の死によって『ヒヤシンス』は明日も熱を帯びる」
……死?
「え……今なんて言ったんすか……? 彼女の死ってなんの話っすか……?」
グラン様が立ち上がり、俺の方へ向き直った。
その責めるような目は、生涯忘れることは無いと思う。
そして俺はこの極寒の僻地で……次のグラン様の一言で、絶望の底へと落ちることになる。
「お前も御使いなら知っているはずだろう。……アーククラフトが、人間の命を燃料として動いていることを」
「…………え……?」
俺の掠れた声はグラン様に届いただろうか。
グラン様が俺の様子を見て、ハッとしたような顔をする。
「……雄助、ひょっとして知らないのか? 女神とやらはお前に何も言わなかったのか……」
「いや、な、何の話っすか……?」
「アーククラフトを動かすためには膨大な量の魔力が必要だ。それが尽きると、アーククラフトは能力を発動できなくなる」
魔力……生命力……
「だから、数十年に一度、魔力を補充する必要がある。……つまり、人間を一人犠牲にして、その命に根付いた魔力を注ぎ込まねばならないということだ」
グラン様が言葉を詰まらせた。
言葉を引き継いだのはレンズさんだった。
「おっしゃる通りですな。『ヒヤシンス』を動かし続けるために、数十年に一度、誰かの命を『ヒヤシンス』に捧げる必要があるのです。そういった役割のことを、一般的にアーククラフトの巫女と言います。もちろん性別は問いませんがね。若く元気であれば、誰でも巫女たりえるのです」
……訳が分からない。
アーククラフトを動かすために、このシャーレさんの命を犠牲にする……?
「な、なんで犠牲にする必要があるんすか!? もっと違うやり方は! 皆んなでちょっとずつ魔力を注ぎ込むとか!」
語気が荒くなる。
「無理だ。人間が死なない程度に使える魔力の量はたかが知れている。皆んなでちょっとずつと言うがな、それをやるなら軽く数万人は必要になる。少なくともフリスの人口の三倍は必要だな」
「じゃあ! 逆になんで一人を犠牲にしたら動くんすか!? フリスの人口の三倍は要るんでしょう!?」
「……ルミエールだ」
俺は薄紫に光るオオカミやイワシを思い出し……そしてその最期を思い出し、頭を抱えた。
「ルミエールは、生命に根付く魔力をほとんど全て使えるようになる状態なんだよ。……いいか雄助、人間の魔力はな、生命の奥深くにしまわれているものほど強く、濃くなるんだ。さっき言った、人間が死なない程度に使える魔力の量は、生命に根付く魔力全体の一パーセントにも満たない」
死ぬことで初めて、その人のもつ全ての魔力が使えるようになる……?
「……そんな……じゃ、じゃあ神獣を使うとか……」
涙が溢れ始める。
「……落ち着け雄助。お前らしくない。……それも無理だ。アーククラフトに魔力を注入したい、という意思がないといけないんだ。人間にしか出来ん」
頭がおかしくなりそうだ。
「なんで!? じゃあいっそ『ヒヤシンス』を止めれば良いじゃないっすか!」
「それは無理な相談ですな。『ヒヤシンス』が無ければ、フリスはまた不毛の地に戻る。何千人の人間が行き場を失い、滅んでいくことになるのです」
おかしいだろ……
「だからって一人の少女を犠牲にするんすか!? その犠牲の上に生きていて本当に良い……」
「やめろ雄助!」
グラン様にぶん殴られた。
俺は気付いたらレンズさんに掴みかかろうとしていたのだ。
グラン様が俺の代わりにレンズさんに謝罪をしてくれる。
「……構いませんよ。アーククラフトが無い世界から来て、初めてこの事実を知ったのですから、戸惑うのも無理ありません。どうぞ、宿にご案内しますので、ゆっくりとお休みください」
急激に体温が奪われていく。
これはきっと『ヒヤシンス』のせいだ。
俺はグラン様に抱えられなんとか立ち上がった。
地下を去る前に思い出し、レンズさんに頭を下げる。
レンズさんは寛容だった。
俺は無知で、考え無しで、子どもだった。
⚫️
案内された宿は街の中心部にあった。
夏かと錯覚するほどの暑い気候が、俺に現実を突きつける。
この国はもう、『ヒヤシンス』無しでは成り立たないという現実を。
宿に着いた。
俺は魂を抜かれたように俯いて歩くことしかできない。
部屋の扉を開け、フリスの人が用意してくれていたベッドに座る。
グラン様は隣の部屋だが、今は俺の部屋に入ってきて、仁王立ちで壁際にいた。
グラン様の鋭い視線が俺の全身を突く。
「……雄助。取り乱すのも分かるが、お前は国賓である私の護衛だ。自分を律しろ」
「……すみません」
俺の声はもう声とは呼べないほどの大きさだった。
「……グラン様、全てのアーククラフトが誰かの命を燃料にして動いてるんすか?」
「……ほとんど全てそうだ。一部は、神が二千年以上前に注入した魔力を使っていまだに動き続けているがな。『ヒヤシンス』は違う」
「じゃあ、『ダリア』は……?」
「……私の祖父だ」
……祖父……
ここで俺は気付いた。
……気付いてしまった。
「じゃあ、『リンドウ』は……?」
俺の腰に携えられているそれが、途端に気持ち悪くてしょうがなくなった。




