第四十七話 それぞれの旅路
早いものでデコイモグラの騒動から4ヶ月が経過した。
俺は引き続き、健生と警察隊の監視を続けた。
全然何も無かった。
無いなら無いで平和ということなので良い……ということもなく。
何の成果も無しですでは、テルスにどんな怒られ方をするかわかったものではない。
まあそれは置いておいて、平和は平和である。
特に大きな事件もなく、アハト隊長によるしごきと、細かな犯罪への対応に奔走していた。
俺としては警察と言えば地道な調査と犯人逮捕である。
なので刀で猛獣とやり合ったり人を斬ったりするよりよっぽど充実した生活を送っているのだ。
その日も空き巣を一人捕まえて牢獄へ輸送した後、隊舎に戻りネロセーヌ副隊長に特訓してもらうはずだった。
しかし隊舎に戻った俺を待っていたのは副隊長ではなく、その弟だった。
「雄助。今日は私に付き合ってもらうぞ」
「グラン様! でも俺この後ネロセーヌ様と約束が……」
俺は申し訳ない気持ちで断りを入れた。
しかし、そんなことはお見通しだったようで。
「兄上には話を通してある。お前は警察隊の隊員であると同時に俺の護衛でもあるからな。今日はこちらを優先してもらうぞ」
グラン様の護衛としての任務はそこそこの頻度で訪れる。
テルスがノワレと国外にいるので、グラン様と国内の街々を巡って活動をする機会が増えたのだ。
おかげで俺も国内で顔が売れ始めているようで、この前はなんと子どもから握手を求められてしまった。
この世界に来て半年くらいしか経たないが、だいぶ馴染んできたのではないだろうか。
慣れてきたと言えば、連日のアハト隊長のしごきによって刀捌き、いや『リンドウ』捌きも様になってきたと思う。
デコイモグラ騒動の時は神獣撃破も経験したし、俺もこの世界で生きていく準備が整ったということだろう。
あ、耽っている場合ではなかった。
「グラン様、今日はどこの街に行くんすか?」
「今日は国外だ。フリス公国という、アルトケスの貿易相手国でな。そこで行われる式典に国賓として招待されているのだよ」
これは初めてのパターンだ!
国賓という響きに少し体が強張る。
今更ながら自分の目の前にいる人が一国の王子であると思い出した。
「国賓っすか! ……グラン様が行くんすか? そういうのは国王様が行くものだと思ってたっす」
「父上は別の国で外交中だ。母上はメルトの教育、兄上は……フリス公国の公爵令嬢とちょっとな……まあとにかく行けんのだよ」
グラン様が目を伏せ、表情が無になった。
一体何があったんだよネロセーヌ様……
「じゃあ……さっそく行きますか」
「ああ、そこに馬車を止めてある。『タンポポ』のときに行ったモルヴァの森のさらに北だ。寒いから上着を持ってこいよ」
俺はグラン様に言われた通り、一度隊舎に戻った。
この前ネズ、ウィルダー、健生の三人と服屋に行って買ってきたダウンコートを手に取り、急いで馬車に乗り込んだ。
あいつらとはデコイモグラの件でさらに仲が深まった。
……まあ同じくらい疑念も深まってるけど。
馬車が出発し、心地よい振動が体を包む。
「そういえば、ノワレはなかなか帰ってこないっすね」
「ああ、今はかなり東に行ったところの国にいるらしい。テルスいわく、誰かを探してるんだそうだ」
「また妖花連合っすかね」
「そうだろうな。あの『タンポポ』を取ってきた日、明らかに様子がおかしかったしな」
グラン様の言う通り、『タンポポ』の時のノワレは確かに変だった。
特に倒れてたところを介抱した時……
「ノワレは森で襲われて倒れてたんすよ。首元には丸い焦げた跡があって、それを言ったらものすごい形相で睨まれたっすよ」
「……ふむ。どう思う、リンゴ」
え、と思ったらグラン様の鞄からリンゴが顔を出した。
連れてきてたんだ。
「うーん。焦げ跡は分からないわネ。でもワタクシがノワレと出会った時のことが関係してるかもしれないわネ」
そういえば前にリンゴとノワレの出会いを聞こうとして、ノワレにはぐらかされたことがあった。
それをリンゴから聞いてしまうのはちょっと忍びないが、好奇心に逆らえずリンゴに質問する。
「出会った時のことってなんすか?」
「ワタクシは二年前までとある国の地下に監禁されていたのヨ。そこから助け出してくれたのが盗賊団ミツバチだったのだワ」
リンゴが腕に刺さっているボルトをピカピカに磨きながら答えた。
コーヒーを嗜んでいるところもそうだが、リンゴってどことなくお嬢様っぽいよな。
「なるほどな。そこからミツバチと旅をしていたと」
「ミツバチはそこで壊滅したのですワ。団長のピスカを殺されてネ。それ以来ワタクシとノワレの二人で旅をしたのヨ」
なんとなくそんな感じはしていたが、とても重たい話だ。
ノワレにリンゴとの出会いを聞こうとしたのは、やはり失敗だったらしい。
団長が亡くなったというのはシュウジがちらっと言っていた気がするが、それがリンゴとの出会いの時だったのか。
あんまり話したがらないわけだ。
この後、リンゴが語るノワレとの旅に耳を傾けていると、気づけばもうフリス公国は間近に迫っていた。
⚫️
アルトケスからかなり東に行ったとある小国で、ノワレとテルスは旅を続けていた。
もう既に四ヶ月近くになる。
この間、ノワレは旅の目的を詳しくは話さなかった。
ただ人探しだとだけ。
テルスとしてはノワレから目を離すわけにも行かないので、渋々ながら彼女に引っ張られて旅をしているのだった。
「テルテル、目的地は近いよー」
「あなたテルテルは……本当にこの国に妖花連合が?」
テルスが諦めたように呟いた。
「うん。間違いないね」
二人は寂れた路地に入っていく。
その先には、一軒の小さなバーが身を潜めていた。
バーの戸を開け、濃いアルコールの匂いを感じながら奥のテーブルへと進んでいく。
「やあ、久しぶりー」
そこにはまさに妖花連合の幹部であるアコ、シュウジ、ファウナが座っていた。
テーブルに地図を広げ、何やら作戦会議をしているようである。
まさか本当にいるとは思わず、慌ててレイピアに手をかけたテルス。
一瞬の沈黙の後、声を出したのはアコだった。
「やあ、ノワレじゃないか。たった二人で戦いに来たのかい?」
「ううん、今日は戦わないよ。シュウジにどうしても言いたいことがあるの」
余裕の笑みを崩さないノワレ。
これに対してファウナが噛み付く。
「そちらに戦う気がなくても、こちらにはありましてよ? 『シオン』は置いて行ってもらいますわ」
ファウナが『ラフレシア』を構えた。
慌ててシュウジが手でファウナを諌める。
「やめろファウナ! 店の中で使う武器じゃない。そっちの奥のやつも、武器を下ろせ」
言われた通りにレイピアから手を退けたテルス。
ファウナが一応落ち着いたのを確認したノワレが口を開く。
「本題の前に一つだけ確認したいんだけど良いかな?」
「構わないよ。でも手短にね? ファウナが我慢できなくなっちゃうからさ」
アコが笑って言った。
ファウナはそれに言い返すでもなく、ただ頬を膨らませてそっぽを向いた。
ノワレはアコの軽口を無視して質問を切り出す。
「警察隊舎から『アサガオ』を盗んだの、あんたたちじゃないよね?」
ノワレの質問を受けた妖花連合の三人は、驚いたように目を見合わせてから答える。
「『アサガオ』? なんの話かな?」
「ケミアにあったラッパ型のアーククラフトか。あれはお前たちが回収したのだろう?」
「ファウナも知りませんわ。そもそもアコ様に言われない限り、アーククラフトなんて興味ないですわ」
ノワレはやっぱりかという風に肩をすくめた。
この質問に一番驚いたのはテルスである。
『タンポポ』の件の後に行われた報告会では、『アサガオ』を盗んだのは妖花連合である可能性が高いという結論になっていた。
その結論が、今まさにひっくり返されたわけである。
テルスは疑っていた。
ノワレが実は妖花と内通していたのではないかと。
だからこそ先の結論に納得していなかったのではないかと。
しかし、次のノワレとシュウジのやり取りで今回の旅の目的を悟る。
「まあそれが聞けて良かったよ。じゃあ本題に入るねー」
「手短にしてくれ。俺たちは暇ではない」
「……シュウジ、落ち着いて聞いてね。見つけたよ、『レンゲ』の御使い」
その瞬間、シュウジが大きく目を見開き、ガチャンっと音を立ててカップを乱暴に机に置いた。
中に入っていた紅茶が溢れ、机に広げられた地図の端っこを赤く染める。
「誰だ?」
「わからない、後ろから襲われたから。でも……ハナカンムリの人間で間違いない。ウチを襲ったやつ、祭服を着てた」
ノワレの脳裏に記憶が蘇った。
『タンポポ』騒動の日、モルヴァの森で意識を手放す直前。
自分を襲った人物の裾が風で捲り上げられた時、真っ黒なローブの下から出てきたのは……真っ白な祭服だった。
「神教団か……感謝するぞノワレ。俺は今すぐ動く」
シュウジは即座に立ちあがった。
それをアコが制止する。
「待ちなよシュウジ。あたしらにも計画があるだろう。……『レンゲ』ってのはあれかい?」
「ああ、俺たちの団長、ピスカのアーククラフトだ」
そこでテルスは悟った。
ノワレとシュウジにとっての仇に、ノワレが出会ったこと。
この旅はそれをシュウジにいち早く伝えるためのものだったということを。
「ミツバチの元団長を殺してアーククラフトを奪った人物がハナカンムリにいる……にわかには信じ難いわね」
テルスとしては生まれた時から馴染みのある宗教であるハナカンムリ。
熱心な信者ではないが、そんな裏があるなどと考えたこともなかったのだ。
「アコ、次の案件が終わったらアルトケスに行かせてくれ」
「……しょうがないね。さっさと終わらせようか。……ところでノワレ、あんたもこっちにつきなよ。復讐の相手、見つかったんだろ?」
「ウチは復讐は考えてないよ」
その瞬間、アコが旗をノワレの首元に突きつけた。
毒液がじんわりと旗を濡らし、ノワレを侵食するために先端へと集まってくる。
「なんでだい? 自分の仲間をやられたんだろ? あたしは泣き寝入りするような情けないやつは好きじゃないんだ」
アコの半ば軽蔑するような眼差しがノワレを射抜く。
しかし、ノワレはそれを気にも留めないで言う。
「……それがピスカ団長の遺言だから」
「放っておけアコ。ノワレには何を言っても無駄だ」
アコは旗を下ろし、面白くなさそうにコーヒーをあおった。
ノワレは寂しそうに俯き、テルスの手を取った。
「テルテル、いこ?」
テルスの腕を引き、そのまま店の外へ歩いていく。
残された妖花連合の間には微妙な空気が漂いはじめた。
「本当に良かったのかい? あんな対応で」
アコが真剣な眼差しでシュウジを見つめる。
「……良い。二人とも死んでしまっては、ピスカに顔向けできん」
「罪な男ですね、シュウジさん」
ファウナがニコニコと笑いながらシュウジをからかった。
シュウジはただ黙ってそれを受け入れる。
「まあ、とりあえず行こうか。まずは一仕事終えなきゃね」
アコの一言で、三人が動き始めた。
この日、東の小国で、その国にあった二つのアーククラフトが妖花連合によって奪われ破壊された。
彼女らの大胆なる復讐劇は続く。
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フリス公国。
世界の北にある小さな国で、年中吹雪に閉ざされた場所である。
その極寒の僻地は、雄助にとって運命の地となる。
そんなことを知る由もなかった雄助は、グランの言葉で絶望に堕ちゆく。
「え……今、なんて言ったんすか……?」
雄助の掠れた声がグランに繰り返しを求めた。
それは雄助にとって、トドメとも呼べる絶望の真実。
「お前も御使いなら知っているはずだろう。……アーククラフトは、人間の命を犠牲にして動いている」
読んでいただきありがとうございました!
これにて友達編終了です。
次回から短めのフリス公国編。
そしてその次は……
今蠢いている影たちが、一斉に行動を開始します。
ということで次回以降もよろしくお願いします!




