第四十六話 諸刃の情念
その後、俺たちはネロセーヌ副隊長によって無事に救助され、神獣討伐の褒賞ももらうことになった。
しかし、『リンドウ』で暴走してウィルダーと健生に迷惑をかけた俺に受け取る資格は無いので、俺の分はネズに譲ることにした。
「ええのんか!? 俺なんもしとらんぞ!?」
病院のベッドの上で楽しそうにはしゃぐネズ。
脇腹を短剣で刺されたらしく、しばらく入院生活らしい。
騒動から数日後、俺はウィルダーと健生と共に見舞いに来たのだ。
「良いんすよ! 俺はみんなに迷惑かけたっすから……」
「いや迷惑の前に、雄助いなかったらデコイモグラを倒せてなかったからね。そんなに気にすることじゃないよ」
この数日、ウィルダーと健生には顔を合わすたびに謝っていた。
恐らくそれに辟易しているのもあってか、彼らは本心から気にするなと言ってくれる。
「せやな。クルビ小隊長も褒めとったで」
「そういえば、ユズキはどうなったんすか?」
ユズキに関しては、隊員たちには実家に帰ったとだけ伝えられている。
しかし、恐らくそうでは無いのだろうということはなんとなくみんな分かっていた。
「ユズキなぁ。神獣保護法違反で刑務所や。なんでも神獣密売人から買ったモグラの幼体を部屋で飼ってたらしいんやけどな、ある日デカくなったモグラが部屋の床掘って逃げ出したらしいんやわ」
あの凶暴な神獣を飼いたいだなんて、理解できない趣味である。
「じゃあひょっとして、あの夜中にみたユズキも?」
「せや。逃げ出したモグラを探して、穴の中を移動してたらしいで」
だからユズキが地面をいじってたり、姿が急に消えたりしたのか。
「ユズキ、前から神獣を飼ってみたいって言ってたんだよね……僕がその時もっと強く止めておけばな」
「ウィルダーが責任感じることじゃ無いっすよ。それより、神獣密売人ってのが気になるっすね」
要するに神獣を違法に取引する犯罪があるってことだ。
そんなことが現実に可能なのかは分からないが、実際にユズキはその魅力に打ち勝てなかったわけだ。
「神獣密売人であるか……最近エスピケスの方でも問題になっているのである。なんでも、神獣のタマゴや幼体を販売する業者がいるらしいのである」
「神獣ってタマゴから育てたら懐くものなんすか?」
「……無理だね。幼体のうちはどうにかなるかもしれないけど、大人になった神獣は人間を餌としか思ってないからね。懐くとかは無いと思うよ」
なるほど。
だからユズキのモグラも、幼体のうちは部屋で飼えてたけど大きくなって逃げ出したのか……
「まあ、あいつも刑務所で反省しとるやろ。流石にもうあんなことはせんわな」
ネズはそう言うと見舞いの品の果物を豪快に頬張った。
俺たちは捕まっていったユズキに想いを馳せ、頑張っていこうなと励まし合ったのだった。
⚫️
その夜。
警察隊舎のユズキの部屋に、動く影が一つ。
フンフンと鼻歌を歌いながら、モグラの開けた大穴を伝ってきた人物。
「うーん……デコちゃんは育つとこういうことになるんだなあ……買ってくれた子には悪いことしたや……」
誰にも聞こえない、ごく小さな独り言。
「でも、デコちゃんの魔法を間近で見れたのは良かったなー。あれは使い方次第だね……軍事利用の目処は立ったし、ガッポリもらえちゃうかな?」
月明かりに照らされた部屋で、その旅人は笑う。
茶色のボロいポンチョにくすんだ碧の帽子を目深に被った彼女は、今日もまた神獣を売り捌く。
その首に巻き付いているのは、趣味の悪い蛍光ピンクの鎖。
「ニヒッ。お買い上げどうもありがとう〜」
彼女はモグラが作った大穴を悠々と歩き去っていった。
誰一人として、彼女に気付くものはいない。
⚫️
翌日。
俺は悩んでいた。
正直もう誰も疑いたくないというフェーズに入っていた。
悩み続けて隊舎を歩いていると、誰かにぶつかってしまった。
「あ、すみませんっす!」
「刀堂雄助ではないか! 体は大丈夫か!」
クルビ小隊長だ。
今日も相変わらずの声のデカさである。
喉が強いのかな……?
「はい。体の方はもうピンピンしてるっすよ!」
「では何か悩みでもありそうだな! なんでも相談に乗るぞ!」
ありがたい申し出だが、内偵のことはアハト隊長以外には秘密にしてるからな……
「個人的なことなので……」
「裏切り者が見つからなくて焦ってるのか?」
クルビ小隊長の言葉が小さく響き、途端に緊張が走る。
俺は目を丸くしてクルビ小隊長の顔を見つめながら、無意識に『リンドウ』に手を掛けた。
するとクルビ小隊長の手が俺の方に伸びて来て……
俺の頭にポンと置かれた。
「分かりやすいな! やはり密偵の任務を受けていたか!」
張り詰めていた空気が一気に弛緩していく。
「……え?」
「警察隊にいるであろう裏切り者を特定しろと言われているんだろ!? お前は第二王子の護衛も兼任しているからな。なんとなくそんな気はしていたさ!」
大口を開けて高笑いするクルビ小隊長。
「バレてたんすか……このことはアハト隊長以外には内緒でお願いします」
そう言って余裕を演じつつ、心の中では大焦りしていた。
なんせクルビ小隊長だって絶対に白とは言い切れないのだ。
俺は警戒を解くことなくクルビ小隊長を見据える。
「まあ、そんなお前のために一つ情報を流しておく! 昨晩、ユズキの部屋に何者かが侵入した形跡があった! 特に盗まれたものは無いが、お前も気をつけろよ! ではな!」
そう言ってクルビ小隊長は裸足をペタペタ鳴らしながら歩いていってしまった。
それにしても、ユズキの部屋に侵入者?
思い当たるのはやはり神獣密売人か。
もう一度健生に詳しく聞いてみよう。
俺はその日非番だったので、健生の出店までトレーニングがてら走って行くことにした。
そんなこんなで健生の出店に着いたが、肝心の健生が見当たらない。
見回しても、マーケットの残骸と厳かな教会が聳えるだけである。
この奥の道でモグラとの戦いがあったんだよな……
俺は健生がそちらにいると踏んで道を歩き始めた。
しばらく歩くと、見覚えのある大きな陥没跡が見えてきた。
家々をすっぽり飲み込むほどの大きな陥没が、デコイモグラたった一匹によってもたらされたものだと思い出し、改めて神獣の力の強さを実感する。
なんでこんな危ないものを飼おうとか思うんだろうか。
現場では警察隊と軍部の人間が共同で穴を埋める作業に取り掛かっていた。
月にあるクレーターのように大きく開いた窪みを完全に忘れさせるには、まだまだ時間がかかりそうである。
俺はそんな同僚たちを横目に健生を探し始める。
しばらく歩いた先、何気なく目をやった路地裏に彼はいた。
何か紙みたいなものを持ってる……?
「健生……?」
健生は明らかに肩をビクッと震わせ、怯えたような目でこちらを見る。
「ゆ、雄助! 驚かせるのはやめるのである!」
「ごめんっすよ。ところでその紙はなんすか?」
「これは……ただの手紙である。エスピケスにいるオーナーシェフからな、業績や新メニューの話であるよ」
明らかにオドオドとした様子で聞いてもいないことまで話しだした健生。
この世界には携帯がないので、今だに手紙が流行の通信ツールである。
だから手紙自体は何もおかしくはないのだが、内容は多分別のものなんだろうな。
「それより雄助! この前の戦いで負った傷はもう大丈夫なのであるか?」
「……ああ、もう大丈夫っすよ! 健生はエスピケスに戻るんすか?」
「いや、まだ戻らんのである。もうしばらくアルトケスで世話になるぞ!」
健生はだんだんと普段の調子を取り戻していく。
それが怪しさに拍車をかけていると、本人は理解しているだろうか。
「今度、エスピケスにも行ってみたいっすね。案内して欲しいっすよ!」
「……ああ、任せるのである!」
健生は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに胸を張って答えた。
俺は分からない。
健生は俺と共に命をかけて戦ってくれた。
俺の暴走を止めてくれた。
ウィルダーの命を助けてくれた。
それでもやはり俺は健生を疑うべきなのだ。
これからもしばらくアルトケスにいるみたいだし、動きを注視しておかねば。
「雄助は……元いた世界に帰りたいと思うのであるか?」
健生が手を震わせながら恐る恐る尋ねてきた。
「……うーん、思ったことはあるっすよ。でも向こうでは俺は死んでるから、居場所はなさそうっすよね」
俺は少しだけはにかみながら答えた。
もう四十九日もとっくに終わってしまったことだろう。
帰りたいとか思っても無理なものは無理なのだ。
「健生は帰りたいんすか?」
「……今となっては、そうでもないのである」
さっきから健生と目が合わない。
いつもはふざけている風だが、健生も健生なりに必死に悩んでいるんだよな……
俺たちは大きな窪みを横目に健生の出店へと戻っていく。
街はまだ昨日の傷を抱えているが、街の人たちは元気に前を向いている。
俺たちはそんな人たちに逆らうように、静かに街を歩いた。




