第四十五話 豪胆の一撃
ユズキの短剣を握る手を、クルビの鍛え上げられた太い腕がガッチリ固定した。
「クルビ小隊長、なんでここにおるんですか……?」
「ネズかドアを蹴破った音を聞いて駆けつけた! というかユズキはどうしたんだ!」
ユズキは短剣を引き抜こうと、クルビの腕を殴りつける。
涙目でもがくユズキを見て、クルビも異変を感じ取っている。
「ユズキのやつ、こっそり神獣を育ててたんですよ! それでバレそうになったから自暴自棄になってるんです……」
「……クルビ小隊長……あなたにも邪魔はさせない!」
ユズキはもがいても無駄だと悟ると、反対の手に持っていた警棒を思い切りクルビに振り下ろした。
クルビはそれを避けなかった。
「小隊長!? 大丈夫ですかそんなん食らって……?」
ネズが本気で心配して尋ねた。
二キログラム以上ある鉄製の警棒は、クルビの鎖骨あたりにクリーンヒットしていた。
「痛いさ! でも……何があったかは知らないが、ユズキも辛かったんだろ!? なら俺は小隊長として、君と同じだけの痛みを背負おう!」
ユズキがたじろぎ、後退りする。
「い、意味がわからない……」
ユズキの目は恐怖に染まっていた。
目の前のクルビは、ユズキの境遇に勝手に思いを馳せ、勝手に泣いていた。
「……ぐぅ。これがユズキの痛みか……! これまで気付けなくてごめんよユズキィ!」
ユズキはもう訳がわからなくなり、闇雲にクルビ目掛けて警棒を叩きつける。
「ユズキ! もうやめや!」
ネズが慌ててユズキを取り押さえた。
クルビはボロボロになっていたが、変わらず勝手にユズキのストーリーを想像して泣いている。
「ユズキィ……君は、親元を離れて寂しい思いもしているんだよね……俺は情けないよ。そんな君に気付けないなんて……」
「……そ、そんなことは思ってない! 勝手に僕の人生を決めつけるな!」
ユズキはよく分からないストーリーをでっち上げられたことに激昂し、ネズを振り払ってクルビの頭に警棒を振り下ろした。
「小隊長ー!」
クルビの頭から血が吹き出し、その場で膝をついてしまった。
「これで……思い知ったかよ。これが僕の痛み……大切に育ててきたモグラとの仲を引き裂かれた痛みだ!」
勝ち誇ったように叫んだユズキ。
その目の前で。
クルビはゆらりと立ち上がり肩を鳴らす。
「よく分かったよユズキ! 俺は……この痛みを、君の罪を、全てを受け入れ背負う! だから……これが……俺からの罰だぁ!」
ユズキの顔面にクルビの拳がめり込んだ。
そのまま数メートル吹っ飛び意識を失ったユズキ。
ネズは血まみれでユズキをぶん殴ったクルビに恐怖しプルプルと震えている。
「大丈夫か、ネズ! 震えているじゃないか! 急いで腹の傷を手当てしなくてはな! 上に戻るぞ!」
「いや震えてんのは違くて……というか小隊長の頭こそ……それ何針も縫うことになるんちゃいます……?」
「これは俺への罰だ! 隊員のケアを怠ったことへのな!」
「小隊違うのにそこまでするんですか……?」
ネズが恐怖して尋ねた。
クルビは第一小隊の小隊長であり、ユズキは第三小隊である。
「警察隊の人間なら、みんな仲間だろう!?」
そう叫んだクルビは、気絶しているユズキを肩に抱えて来た道を戻り始めた。
ネズも痛みに耐えながらその後ろを歩く。
ここで、落ち着いたネズはさっきのユズキとの会話を思い出した。
「あ! まずいすわ小隊長! 今こいつの育ててた神獣が街に!」
「心配するな! そっちはネロセーヌ様に頼んである! それに、刀堂雄助もいるんだろ!?」
それを聞いてネズの顔に安堵の色が灯った。
クルビもそんなネズの顔を見てつられて微笑む。
「随分と刀堂雄助に入れ込んでいるな!」
クルビのありえないほど大きい声が響いた。
ネズはそれに負けないくらいの声量で、胸を張って答える。
「あいつは、ダチですから!」
⚫️
『リンドウ』でモグラの魔力を吸いまくった雄助は、ものの見事に暴走することになった。
健生とウィルダーが、ひたすら距離をとりながら雄助に語りかける。
「雄助! 余は悲しいのであるぞ! はやく元に戻るのである!」
「雄助! このままだと守るべき人たちを殺しちゃうんだよ!? 目を覚まして!」
しかし、雄助の耳にそれは届いていない。
幸いにも三人はモグラが開けた大きな窪みに落ちているため、まだ民間人に被害は出ない。
しかし、身体能力に最大限のバフがかかった雄助の攻撃を避け続けるのは無理がある。
状況を好転させるため、ウィルダーと健生はとりあえず思いついた策を強行していた。
声掛けである。
しかしあまり効果はなく、雄助は体が大きいウィルダーに照準を定め突進を続けていた。
雄助の足に現れた稲妻のような肉割れが、青紫の閃光を放つ。
籠められた力が爆発し、音速にすら届きそうな速度でウィルダーと距離を詰める雄助。
しかしウィルダーの手前の地面が、雄助の踏み込みによって崩れたことで、運良く雄助の攻撃はウィルダーまで届かなかった。
足が瓦礫に挟まり、雄助の動きは止まった。
恐怖でその場に倒れこむウィルダー。
「……今のは本当に死んだと思った」
「どうするウィルダー! 今は運良く死んでいないだけなのである! 語りかけも効果はなさそうであるし……」
ウィルダーは死にかけて真っ白になった頭を再起動し考える。
腰を抜かして座り込んだその手には、先程戦った泥人形の残骸がべっとりと付いていた。
「……健生! 僕がなんとか雄助を取り押さえるから、その隙に殴ってみて!」
「取り押さえるって……! 何か策はあるのであろうな!?」
自らの足を抑えつける大きな瓦礫を蹴り飛ばし、雄助が再び立ち上がった。
大きく息を吐き、次の攻撃の予備動作を見せる。
ウィルダーが深呼吸する暇もなく、高速の弾丸のようになった雄助がウィルダーに迫っていく。
もう腹を据えるしかないと、ウィルダーは重心低くどっしりと構えた。
「どうにかなれぇぇ!」
ウィルダーは、雄助の頭が来そうな位置に泥の塊を差し出した。
雄助は急に止まることができず、顔からその泥の塊に突っ込んでいく。
目に泥が侵入したことで、雄助はたまらずうずくまって顔を拭い始めた。
それを見てすかさずウィルダーが雄助を羽交締めにした。
顔についた泥をビチャビチャと周囲に撒き散らしながら、雄助は唸り声を上げている。
「今だ健生! 殴って正気に戻すんだ!」
健生はビビっていた。
ウィルダーは訓練を受けているから雄助の攻撃をかわせているが、自分には無理だろうと確信していた。
もし雄助の攻撃が当たったら……
健生はちらりと雄助の顔を見る。
泥に塗れているが、紛れもない雄助の顔だった。
健生は拳を強く握り込み覚悟を決める。
「うおおおお!」
雄叫びと共に震える足で走り始めた。
ウィルダーに拘束されている雄助との距離が充分に詰まった瞬間……健生はとっておきの、勇気の呪文を唱える。
「カイザー! ハドウキィッック!!」
健生の雄叫びと共に、見事な蹴りが雄助の腹へと突き刺さった。
「……え? 何それ?」
「説明しよう! ……である。カイザーハドウキックとは、覇道を歩むカメンカイザーが、その力の源である波動エネルギーを両脚に集中させ、キックと共に敵に叩き込む必殺技なのである!」
健生が誇らしげに腰をそらしながら早口で説明をした。
ウィルダーはぽかーんと口を開いていたが、とりあえず褒めてみることにした。
「……す、すごいじゃないか健生! 波動エネルギー? なんてものを使えたの!?」
「いや、使えないのである!」
健生はなおも誇らしげに宣う。
「つまり……?」
「ただのドロップキックであるな」
「……そっか。まあ気の持ちようだよね、こういうのは」
ウィルダーは優しく微笑んだ。
その目はどこか遠くを見ているようで、健生にピントは合っていなかった。
「ゲホッ……」
雄助が大きく咳き込んでその場に倒れ込む。
健生の全体重が乗った蹴りは、暴走状態の雄助にもかなりダメージが入ったようで、うずくまってえずき始めた。
「……僕はパンチって言ったのに」
「……気持ちがノってしまったのである……」
そんなことを呑気に話していると……
「あああああ!」
うずくまった雄助が突然起き上がった。
顔面蒼白となる健生。
その目には、『リンドウ』を振り上げる雄助の姿が映っていて……
「雄助!?」
血があたりに真っ赤な花を咲かせた。
振り上げられた『リンドウ』は、次の瞬間雄助の腹に刺さっていた。
それを勢い良く引き抜いた雄助。
途端に血がドロドロと溢れ出す。
よろよろと倒れ込み、息遣いを荒くする雄助。
その目からはだんだんと血の気がなくなり、体から漏れていたオーラも消えていって……
「……健生、ウィルダー。俺、何してたっすか……?」
俺は心配そうに覗き込んでくる二人に状況説明を求めた。
途端に安心したように左右から抱きついてくる二人。
ちょっと記憶が飛んでる気がする……
「あ、モグラはどうなったんすか!?」
「馬鹿者! 雄助がすでに殺したのである!」
「雄助、ちょっとの間暴走してたんだよ。本当に怖かったから今日の夜ご飯奢りね」
……だんだん思い出してきた。
モグラに『リンドウ』を突き立てた瞬間意識が薄れて、次の記憶といえば……腹に来た強烈な痛みだ。
「それにしてもなんで雄助は急に戻ったんだろう? ドロップキックが効いたのかな……?」
「恐らく、腹に受けた傷を治すために魔力を消費して、意識が少し戻ったのであろう」
ああ、そうだ。
気付いたら目の前で怯える健生に剣を振り上げてた。
このまま斬るわけにいかないと思って、一か八かで自分の腹に刺したんだった。
やばい、思い出したら痛みが……
痛みがない。
俺は服を捲り傷を確認しようとするが、俺の腹は無傷だった。
「やはり刺し傷も消えているのであるな」
「つまり、傷を癒すために体内の魔力を消費したから暴走が解除されたと」
「そうみたいっすね」
俺たちは顔を見合わせて笑い、その場に倒れ込んだ。
ひとしきり笑い合った後、俺は改めて姿勢を正し、二人に土下座で謝罪をしたのだった。




