第五話 真の正義
ニロビの吐いた血が、グラン様の白い靴を赤黒く汚す。
倒れ伏したニロビはもう二度と目を覚ますことはない。グラン様は動かなくなったニロビを冷徹な目で見下ろしている。
俺が絶句していると、俺の下でカパラが叫んだ。
「ニロビいいい! こんのクソ王子があああ!」
ものすごい力で俺を跳ね除けて縄を引きちぎり、槍を持って全速力でグラン様に突っ込んでいくカパラ。
グラン様は至極落ち着いた様子で槍の刺突を後ろに跳んで回避する。そして同時に、地面に『ダリア』の切先を叩きつけた。
途端にカパラがバランスを崩し前方に倒れ込む。おそらく衝撃波をカパラの足元に集めてバランスを崩させたんだろう。
まるでグラン様に跪くかのように四つん這いになったカパラの首に、『ダリア』が突き刺さる。
カパラの上体を支えていた腕から力が抜け、ドサッと音を立てて倒れた。グラン様がカパラの首筋に手を当て、死んでいることを確認する。
「な、何やってるんすか!?」
俺はグラン様の元へ駆け寄る。
お立ち台の上で血を浴びて佇む彼は、さながら魔王のよう。
グラン様はこちらをちらっと見ただけで、もう一度カパラに目線を移す。
「なにも殺すこと無いっすよ!」
顔面にまで返り血を浴びたグラン様が、それを拭いながら俺に目を向ける。
「何を言っている。こいつらはなんの罪もない国民たちを洗脳し、国家転覆まで企てたんだぞ。当然の報いだ」
「だとしてもやり過ぎっすよ! 人間は反省できる生き物なんすよ。捕まえて正当に罪を償わせるべきっす!」
グラン様が目を見開き、俺の襟首を掴み引き寄せる。
「こいつが改心する保証がどこにある! こいつがまた国民を食い物にしたら、国民を手にかけたら!? お前はそれを……王子である私に黙って見ていろと言うのか!?」
「違う! 確かに改心する保証はないっす……でもそのチャンスすら与えられずに、この場で殺されることが正義だとは思わないっす!」
一つ大きくため息をついて俺から手を離すグラン様。
さっきまでの優しい雰囲気など血で流され、そこにいるのは冷徹な王子だ。
「雄助。お前は甘ったるいのだ……ここではお前の正義とやらは通用しない。弱肉強食こそが絶対の正義だ!」
「……強さだけが正義だって言うんすか!?」
「そうだ。こちらの世界では何千年も前、神が世界を支配していた時代から戦争が絶えん。力の無い者たちは、息つく間もなく淘汰されていった。俺は力を持つ者として……王子として! 力を持たない国民を守らねばならんのだ!」
女神様に言われたことを思い出す。
これがこの世界の……真の正義ってやつなのかよ……
グラン様が言っていることは正しいのだ。残酷なまでに正しいからこそ、力無き俺は何も返す言葉を見つけられない。
ただ拳を強く握り、己の価値観とこの世界のギャップに潰されないよう踏ん張ることしか出来ない。
目が眩んで、足元に垂れた水滴が汗なのか血なのかさえ分からない。
俺はもう何も言うことが出来ず、足元に転がるカパラの遺体を目に焼き付けることしかできなかった。
⚫️
ニロビたちが死んで少し経った頃、街の人たちは次々と正気を取り戻していった。
意気消沈している俺を置いて、住民たちによってグラン様の歓迎会の準備が整えられていく。どうやら今夜俺たちは一晩泊まっていくことになったらしい。
それにしても今日は怒涛の一日だった。一度死んで転移して、よくわからない兵器を渡されて戦って……
自分の正義を、これまで生きてきた中で築いてきた価値観を全部ぶち壊された。
俺はニロビがいたお立ち台から未だに降りられないでいる。血の匂いが濃く残るお立ち台で、小さく体育座りでうずくまっていた。
眼下では住民たちが忙しなく動いている。さっきまでの戦闘が夢だったのかと思うほどやかましく、明るい世界だ。
下で住民たちと話していたグラン様が、俺の隣に上がってくる。
「どうだ雄助。これがアルトケス、私の愛する祖国だ」
さっきのやり取りなんてすっかり忘れてしまったように気さくに話しかけてくるグラン様。
察するに、さっきのことはグラン様にとっては他愛もないことなのだ。戦争が絶えない世界というのは、比喩でもなんでもない、残酷な事実なのだろう。
「……良い景色っすね」
長く喋っていると泣いてしまいそうで、泣くところなんて絶対に見せたくないので必然的に黙るしかなくなる。
気まずい沈黙が流れていく。耐えかねてかグラン様はこちらを見ずに話し始めた。
「……雄助。これからどうするのだ? お前のような異世界からの転移者は異邦人と呼ばれていてな、まあものすごく珍しいことでもない。大抵は転移してきた国で保護されている。お前もアルトケスで保護できるぞ」
「えっと……」
少し考える。俺が今したいことと、すべきこと。
「……今日のことで、俺が元いた世界とこの世界とでは、価値観が根本的に違うってことだけはわかったっす。でも……だからこそ俺はもう、何が正しいのかわからなくなったっす」
「……そうだな」
その時、下から大きな声で呼ぶ声がする。さっきケミアの入り口で出会った男の子だ。
「おにーちゃん! みんなを助けてくれてありがとう!」
振り絞ったような声にはち切れそうな笑顔。親父が他所の子にだけは甘かったのを思い出す。
グラン様の言うことは正しい。誰かを守るために、手を汚さないといけない時もある。
でも俺はやっぱり俺の正義を曲げたくない。血に汚れた手であの子に触れたくない。
いつかグラン様に認めてもらうんだ、俺の正義を。
「……女神様が言ったんすよ。『エンシェント』を見つけた時、真の正義がわかるって。俺はそれを知らないといけないんすよ……」
「そうか。……雄助、なりたい職業はあるか? アルトケスにいるならしっかりと働いてもらうぞ」
「……警察、あるんすよね? 俺、警察になりたいです。夢だったんで」
こんなに小さな声で夢を語ったことはない。
グラン様は笑うでもなく茶化すでもなく、ただその場にいてくれた。
「む、そうか。警察隊だと基本は国内勤務だぞ。……『エンシェント』とやらを探したいんだろう? よし、なら私の護衛も兼任しろ。今回のように御使いの事件に赴く時は積極的に連れ回してやるぞ!」
「荷が重いっすよ……」
グラン様が少しだけ笑う。気づいていないのだろうか、少し血がついたままの金髪が風に揺れている。
「ではこれからよろしく頼むぞ雄助」
笑顔で差し出された手を、笑顔で握る。
グラン様の顔が引き攣った気がする。……少し強く握りすぎたかな。
しばらくするとテルスさんがこちらに戻ってきた。
「グランセーヌ様、王都より連絡です。軍部大将が明日には王都を出発するとのこと。したがってグランセーヌ様には明朝、すぐに戻ってきていただきたいと」
どうやら明日の朝は早そうである。
その日はそのまま住民たちによってもてなされ、ぐっすりとはいかないが、そこそこ眠れたのだった。
⚫️
明くる日の朝。俺たちは馬車に乗り、ケミアの街を後にする。
目標が決まったからだろうか、昨日よりは少し清々しい気持ちでいる。
馬車に乗り込む直前、遠巻きにこちらを見つめる人影が見えた気がしたが気のせいだろうか。
早速出発した馬車の車内で、いくつかグラン様に質問を飛ばしてみる。まずは本当に根本的なところから……
「ところで、警察隊って具体的に何するんすか?」
「……お前、それすら知らないのに希望したのか……?」
正直名前だけ聞いてすぐ決めました。
俺は気まずさを誤魔化すようにうんうんと頷いて見せた。
「まったく……警察隊はアルトケス国内の治安維持を担う組織だ。十年前に軍部から分離する形で誕生した」
「元いた世界の警察とあんまり変わらないっすね。それにしても出来たの十年前なんすか。結構新しいっすね」
「……十年前に建国以来最大規模の内乱が起きたのだ。それを機に、軍部とは別に、常に国内の治安を守る組織を置いた方が良いと提言があったのだ」
最大規模の内乱か。俺は九歳の時だな。グラン様はその時……
「そういえばグラン様って何歳っすか?」
「十七だ」
年下! 十九の俺よりよっぽど大人びて見えるのは、それだけ修羅場を潜ってきたということなんだろうか。
俺が目を丸くしているとテルスさんが質問してくる。
「雄助が探している『エンシェント』とはどんなものなのですか?」
「それがよく分からなくて……女神様は名前以外は何も言ってくれなかったんすよね……」
「では古い文献を漁るか……手当たり次第に世界を巡るしかありませんね」
しらみ潰しは嫌いではないが……
世界全部となると俺が寿命を迎える方が早いかもしれない。
「アーククラフトって全部でどれくらいあるんすか?」
「うーむ。未だに見つかっていないアーククラフトもあるからな。正確な数はわからんのだ」
「一応アルトケス国内には、あなたの『リンドウ』を含めて六つ存在します。これはひとつの国が保有する数としては極めて多いですね」
テルスさんの話ではアルトケスはかなりの大国らしい。転移した先が大国だったのはラッキーだったな。
大国なら目当てのアーククラフトの情報も集まりやすい……気がする。
「ところで雄助。王都まではまだまだ時間がかかるからな。お前が元いた世界の話でも聞かせてくれ」
え、急にそんなこと言われても何から話せば良いか……
「はいはーい! じゃあウチからしつもーん!」
「あ、はい! なんでも来て欲しいいっすよ!」
唐突に馬車の上から降ってきた声に、無意識に返事をしてしまってから異変に気づく。
三人ほぼ同時に馬車を飛び降りた。
馬車の上に乗り、中を覗き込んでいた不審者は軽いステップで地面に降り立ち、俺たちから距離を取る。
不審者は見たところ俺と同い年くらいの女性だった。
軽そうな装備に最低限のアーマー。
紫のインナーカラーが入った黒髪のショートカットで、後頭部にお団子を作っている。
肩からは大きめの鞄を下げており、その両手には紫と黄色のド派手な武器が握られている。
二本の棒をL字型に組み合わせたような武器。
「確か、トンファーって言うんすかね? その武器」
「ウチが質問するって言ったのにー」
少し拗ねたように頬を膨らます女性。
「テルス、雄助、あの手に握られているものはアーククラフトかもしれん。まずは能力を看破するぞ」
小声で作戦を伝えるグラン様。
『ダリア』を構え、女性の目をキッと見据える。
「私たちに何の用だ?」
「じゃあ改めてしつもーん。これから王都に行くんだよね? ウチも連れて行ってくれませんか、王子様?」
あざとい上目遣いと共に、俺たちとこの奇妙な不審者との関係が始まった。
読んでいただいてありがとうございました!
これにてプロローグ終了です。
次回もよろしくお願いいたします!




