第四十三話 竜脈の支配者
ユズキはものすごいスピードで街をかけていく。
彼は焦っていた。
全ては時間の問題だった。
もうすぐで、健生やウィルダーが真相にたどり着いてしまう。
「その前になんとかしないと……」
そのユズキの背中を追い、同じく街中を駆け抜けるネズ。
明らかに様子がおかしいユズキを、友人として心から心配しているのだ。
ネズは隊舎に入っていくユズキに気付かれないよう、少し時間を空けてから隊舎に入った。
ユズキの部屋の前に到着したネズは、少し逡巡したのちノックをする。
「ユズキ! 大丈夫か!? あんたなんか変やで?」
返事はない。
ノックの音だけが虚しく反響するのみ。
ネズは一瞬躊躇ったが、罰走を覚悟してドアを蹴破った。
目に入ってきたユズキの部屋の中央には……
「なんやこれ……デカい穴……?」
直径二メートル以上ある大きく深い穴が、ぽっかりと大口を開けていたのである。
横には、おそらく穴を隠していたであろうカーペットが無造作に捨ててあった。
「……行くか!」
ネズは部屋の中にユズキが隠れていないのを確認した後、大穴に身を投じた。
壁面沿いに降りていくと、ほんの数メートルで足が地面についた。
そこから先は地面と平行に長い道が伸びている。
ところどころに灯りが設置されていたので、幸い視界は良好であった。
この一本道の先にユズキがいると信じて、ネズは大穴を突き進むと決めた。
⚫️
昨日と同じ低く大きな異音が周囲の空間を満たした。
「健生! 勿体ぶらず神獣の正体を言うっすよ!」
俺が健生の方を向いた瞬間、音と共に揺れが激しくなる。
いよいよ何かが起きそうだ。
「まずい、下から来るぞ!」
健生が大きな声で叫んだ。
「いやだから神獣の種類……下から!?」
その瞬間、俺たちの目の前の地面が割れた。
その大きな穴から飛び出してきたのは、五メートル以上はありそうな巨体に茶色の毛を持ち、手には硬く鋭い鉤爪を装備した……
「デコイモグラである!」
俺は後ろへ倒れ込み、モグラから距離を取った。
「遅いっすよ健生!」
モグラは地面に顔を出すなり、カチカチと爪を鳴らした。
途端に昨日の泥人形が大量に生えてくる。
俺は『リンドウ』を抜き、周囲にいた泥人形を一瞬で斬りふせる。
「健生! デコイモグラは泥人形を生やすだけっすか!?」
俺の問いに健生は気まずそうな顔をする。
「恐らくそうである! ていうかそこまで調べる時間は無かったのである!」
申し訳なさそうな健生。
モグラはキィキィと鳴き声のボルテージを上げていく。
地面から上半身だけを出していたモグラに対して、ウィルダーが警棒を振り下ろすした。
途端にモグラが悲鳴をあげ、地面に戻っていった。
警察隊の警棒は二十センチメートルほどだが、重さは二キロ近くある。
ウィルダーのパワーも相まって、モグラには見た目以上のダメージが入ったことだろう。
「ウィルダー、後ろである!」
建物の陰に隠れた健生がウィルダーに危険を知らせた。
地面がボコボコと盛り上がりながらウィルダーの方へ迫っていく。
それがウィルダーの真下に来た瞬間、モグラが地面に飛び出してきた。
「危な!」
ウィルダーは横っ飛びでギリギリ回避した。
鉤爪が少しかすったようで、足に血のラインが一本入っている。
モグラは攻撃が外れたのを確認すると、すぐにまた地面に潜ってしまった。
面倒だな。
常に地面の中から俺たちを襲うタイミングを見ているわけだ。
俺はそこで一つ疑問を抱いた。
「健生! モグラはどうやって俺たちの姿を視認してるんすか!?」
モグラは地中にいながら俺たちの位置がわかっているように攻撃を仕掛けてくる。
その仕組みがわかれば、やつを地表に引きずり出せるかもしれない。
「多分、泥人形の目を通して見てるんじゃないかな!」
起き上がったウィルダーが考察を叫んだ。
確かに泥人形には目と口と手が付いている。
あの目を通して俺たちの姿を見てるってことか。
……それってめちゃくちゃ視野が広いってことだよな。
この付近だけで数十体の泥人形が跋扈しているのだから。
この目全てが監視カメラのように俺たちの動きを捉えているのだとしたら……
「先に泥人形を潰して行った方がいいかもね……」
俺もウィルダーと同意見だ。
俺たちは手当たり次第に周囲の泥人形を壊していく。
泥人形は動きが鈍いので、実際そこまで厳しい相手ではない。
しかし問題は数だ。
倒しても倒しても減っている気配がない。
「このままじゃ埒があかないっすよ!」
しかも泥人形と戦っていると、地面からモグラがちょっかいをかけてくるのだ。
このままでは街中穴だらけになってしまう。
……それに、もう一つ問題があるんだよな。
「雄助! 泥人形は魔力を持っているのであろう? 暴走は大丈夫なのであるか!?」
それなんだよな……
泥人形は魔力を持っているので、やつらを斬るごとにその魔力が流れ込んできていた。
正直もう俺の体は溶けそうなほど熱を持っている。
おかげでさっきの罰走の疲れは吹き飛んだが、このまま耐久戦になれば間違いなく俺は暴走する。
そう直感が警報を鳴らしているのだ。
「……短期決戦で行きたいっす!」
「雄助、泥人形を斬るのを一旦止めるのは?」
「それだと生えてくるスピードに追いつかないっす!」
一応俺も警棒を常備しているが、『リンドウ』でやる方が明らかに効率が良い。
警棒だけで戦っていては、その内追いつかなくなって民間人に被害が出てしまう。
しばらく考えながら泥人形と戦っていると、唐突に泥人形の供給が止まった。
泥人形が一切追加されなくなったことで急激にこちらのペースになり、気付けば視界から泥人形はいなくなった。
「……逃げたんすかね?」
俺が呟いた瞬間、健生が青い顔をして叫ぶ。
「思い出したのである! デコイモグラは泥人形を囮にして狩りをするのである! 泥人形で獲物を誘き寄せている間にその下の地面を掘り抜く! だからそろそろ……」
ゴゴゴという音と揺れが一際大きくなり、俺たちが立っている地面が沈みはじめた。
「近くの建物に掴まるっす!」
健生とウィルダーに叫んだが、全く意味はなかった。
俺たちは近くの建物ごと、地面に作られたクレーターのような大きな窪みへと引き摺り込まれていく。
⚫️
ネズは大穴を突き進んでいた。
足元が暗くおぼつかないが、自慢の軽快な身のこなしで転ぶことなく走る。
しばらく進んだ先に待っていたのは、絶望したように膝をつくユズキだった。
「ユズキ! 何があったんや!」
「……もう終わりだ。デコイモグラが外に出てしまったんだ」
「デコイモグラ……? 例の神獣か!? あんた何をしたんや!」
「……僕なんだよ。デコイモグラを育てて、それを逃したのは」
ネズが目を見開いて言葉を詰まらせた。
こちらの世界では、多くの国で神獣に関する法律が整備されている。
アルトケスのそれは神獣保護法と呼ばれ、その法律によれば……
「ユズキ……神獣は保護するのも育てるのも違法のはずやろ! なにしてんねん!」
ユズキは虚な目をしたまま膝をついていた。
とても会話ができるような精神状態には見えない。
「……! とにかく、上で話聞かせてもらうぞ!」
ネズがユズキの腕を掴もうとした瞬間。
鋭い痛みがネズの脇腹を襲った。
一瞬何をされたか分からず黙りこくるネズ。
ゆっくりと下を向くと、ユズキの短剣が、自分の脇腹に突き立てられていた。
「……何してんねん! ……ユズキィ!」
「ごめんネズくん。でも、もう終わりなんだ……」




