第三十九話 薄明の真実
『タンポポ』騒動の翌日。
グラン様は検査を終え、無事に退院となった。
俺はグラン様が王城に戻るのに付き添った後、ネズと広場で合流した。
昨日のうちに、明日会って話したいと伝えてあったのだ。
ちなみにノワレも来るはずだったのだが、初めて会った第三王子のメルト様に心を奪われ、そのまましばらくそこに残ると言って聞かなかった。
メルト様が変にお気楽になってしまわないか心配である。
……まあテルスもいたし平気か。
そんなことを考えていた俺にネズがしびれを切らした。
「で、なんや雄助! あんたが呼び出すなんて珍しいな!」
今回呼んだのは他でもない、レスト神父のことを聞きたかったのだ。
昨日はネズとレスト神父で避難誘導をしていたらしいが、俺は少しだけレスト神父のことを怪しんでいる。
なにせ彼は長い髪を上で留めていた。
我ながらそれだけで疑うのは雑だと思うが、実際に健生と俺たちを引き合わせたのもレスト神父である。
彼の関与を、完全には否定できないというのが本音だった。
そしてその場合、レスト神父はアーククラフトによって幻覚を見せることが出来るらしいので、ネズの体を調べて、針による傷跡がないか確かめたいのだ。
ネズが幻覚を見せられていただけで、レスト神父はネズと一緒には居なかったって可能性もあるからな。
「ネズ、一旦服脱いでくれないっすか」
「お前……すまん、俺は女の子がええわ。てか呼び出したんもこのためか……」
あ、違う!
ちょっと待ってくれ!
「そうじゃなくて! 昨日、針に刺されたなんてことはないっすか? ネズが幻覚を見ていた可能性があるんすよ」
「針ぃ? そんなん無いわ。現に、あの後健生ちゃんとウィルダーと風呂入ったけど、そんな傷は無かったで?」
ということはネズは幻覚を見せられていない。
「じゃあ、ネズと一緒にいたレスト神父は本物だったと思うっすか?」
「何言うてんねん。俺らと昼に会ったことも覚えてたし、声も姿も間違いなく本人やったわ! なんや、なんか疑わしいことでもあんのか?」
「……いや、良いっす。一旦忘れて欲しいっす」
この話をすると、警察隊に裏切り者がいることまで話す必要が出てきそうなので、無理やり話を切り上げた。
やはり考えすぎだったかな。
グラン様と戦ったのはレスト神父では無いとする方が自然だろう。
俺は一旦納得し、次の質問に移る。
「あと、帰ってきた後、健生の様子はどうだったっすか?」
健生の疑惑にはイマイチ確信を持てないでいる。
都合が良かったのも全部偶然で、ただただ健生の運が良いだけって可能性もあるから。
決して同郷の人間を疑いたく無いとかではないのだ。
どこかと連絡を取ったとか、誰かと会っていたとかないだろうか。
そういうあからさまに怪しい行動でもあれば、今後の健生への対応もやりやすいのだけど。
ネズは質問攻めに嫌気がさしてきたのか、渋い顔をしながら答えてくれる。
「なんも変わらんわ。……まあ強いて言うなら自慢話がしつこかったな。"余が『タンポポ』を見つけたのである! これでまた一歩英雄に近付いたぞ!"てな具合にな。あんまりしつこかったから風呂桶の湯をぶちまけたったわ!」
ネズがガハハと大きく笑った。
健生は英雄になりたいと豪語しているからな、あんな手柄を立てたなら自慢も長くなるだろう。
……自慢。
……"余が『タンポポ』を見つけた"
……帰ってきた時、アハト隊長と話して感じた違和感。
全身に鳥肌が立った。
ネズの肩をガッと掴み、大きな声で詰め寄る。
「ネズ! ネズは、『タンポポ』が何型のアーククラフトか知ってるっすか!?」
俺の剣幕に押されるようにネズがのけ反りながら考え込む。
やがて考えるのを諦めたように、やたら大きな声で答えてくれる。
「知らん! ……バッジ型とちゃうんか? いや、あんた風呂で何かを飛ばすもんやって言うてたな。てことはバッジは付属品なんか……?」
俺の中の違和感が解消した。
俺は確信を持ってしまった。
今回の件、少なくとも健生は……黒だ。
俺はネズに礼を言って、すぐさま王城のグラン様のところへ走り出した。
⚫️
王城二階。
グラン様の自室にはノワレとテルスもまだ残っていた。
ちょうど良い。
「どうしたのだ雄助。そんなに慌てて」
「……健生は間違いなく黒だったっす」
俺は俯いて彼らに伝えた。
「昨日言っていた違和感の話ー? まあ怪しいけど、偶然でも片付けられるんじゃないかな。実際神獣倒すのとか手伝ってくれたし?」
「俺、伝えてないんすよ。健生に……」
「何をですか?」
「『タンポポ』が何型のアーククラフトか伝えてないんすよ。それなのにあいつは、『タンポポ』を見た瞬間に、"見つけたぞ、『タンポポ』!"って言ったんすよ!」
俺が抱えていた違和感はこれだ。
ノワレやアハト隊長が『タンポポ』を初めて見た時、二人は"それが『タンポポ』なのか"という確認の一言があった。
『タンポポ』がカタパルト型であることを知っていた二人でさえ確認があったのに……
「ケンセイ・ミムラがカタパルトを見つけた時点で、それが『タンポポ』であると確信を持つのは不自然だ、ということか?」
「そうっす。あいつは間違いなく、以前『タンポポ』を見たことがある」
そうでなければおかしい。
確かに派手な見た目のカタパルトが置いてあれば、なんとなくそれが『タンポポ』かもしれないと予想はできるだろう。
それでも、"見つけたぞ、『タンポポ』"なんて確信を持てるはずがない。
……健生が『タンポポ』を見たことがないならば。
「そうなると、三村健生はなぜ『タンポポ』の元に雄助を案内したのでしょうか?」
「確かに。普通は『タンポポ』が見つからないようにするよねー?」
……確かに。
焦りすぎて全然そこまで頭が回ってなかった。
健生が『タンポポ』の御使いならば、自らのアーククラフトを警察隊に差し出したことになる。
健生が今回の騒動のキーマンであることは間違いないが、まだまだ裏があるのか?
少なくとも『タンポポ』の御使いでは無い?
「……思ったより根深い問題かもな」
俺は思考する体力を使い果たしてしまい、その場にしゃがみ込んだ。
「……とりあえず、健生のことは俺に任せて欲しいっす。今回の騒動で仲良くはなったっすから、こっそり探ってみるっすよ」
そう言った俺に、テルスが厳しい目を向ける。
「雄助。前に私と話したこと、忘れてないわね?」
「もちろんっすよ。私情は挟まないって誓うっす」
俺はテルスに強く頷き返し、未だにメルト様に構っているノワレを引き剥がして部屋を後にした。
「雄助。本当に大丈夫? ウチは明日からしばらくアルトケスには戻らないけど、しっかりやるんだよ?」
お母さんか!
俺は適当にはいはいと頷き、ノワレとは王城前で別れた。
ノワレと別れた途端、寂しさに囚われる。
俺はいつまでこんなことを。
警察隊の面々に健生。
俺は仲良くなるやつ全てを疑わなくてはならなくなっている。
そんな状態に少し億劫になり、一つため息をついた。
俺はそのままの気持ちで隊舎に戻り、アハト隊長に集中力が足りないと叱られることになったのだった。
⚫️
雄助たちがモルヴァの森へ入った日。
森には、いつも通り夜が訪れた。
夜の闇をかき分け、雄助と健生が行った館へと足を踏み入れるものがいた。
その人物は手探りで携帯用の蝋燭に火を灯し、館の階段を慎重に一歩一歩踏み締める。
一番奥の部屋のこじ開けられた扉を見て、癇癪を起こし壁を殴った。
予想通り、『タンポポ』は既に持ち去られた後である。
空っぽの部屋の前で、誰かに聞かせるように大きく舌打ちを鳴らす。
その舌打ちに引き寄せられたように、コツコツと背後の廊下から足音が響いた。
足音につられて振り返ると、歩み寄ってくる黒い影が一つ。
「……失敗であるな」
振り向いた蝋燭に妖しく照らし出されたのは、寂しげに俯く一人の男。
三村健生であった。




