第三十八話 犯人の輪郭
軍本部に来て一時間が経った。
俺は目の前に座る巨人の圧にちびりそうになっていた。
「それで、『タンポポ』を持って帰ってきたってことだな。他の二人の証言とも齟齬はない」
俺は『タンポポ』を見つけることになった一連の流れを、軍部大将のガロンさんに説明していた。
ガロンさんの話では、警察隊の隊舎に厳重に隠してあった『アサガオ』が盗まれたらしい。
『アサガオ』が隊舎に隠されていることは、警察隊の人間と一部の要人しか知り得ないことだった。
そのため、警察隊内部に裏切り者がいることがほぼ確定してしまったのだ。
ちなみに混乱を避けるため、この事は警察隊と軍部の上層部にしか知らされていないらしい。
「全く、警察隊には困ったもんだ。アーククラフトを盗まれるなんて、前代未聞の失態だと思わんか?」
「……そうですね……」
「お前さんが来てから立て続けに事件が起きとるな。何か思い当たることは?」
「……ないっす……」
ダメだめっちゃ怖い。
泣きそう。
明らかに俺が疑われている。
ガロンさんの左目は眼帯で隠されているが、右目の圧だけで俺をビビらせるには充分だった。
どうにか潔白の証明を……
「一応断っておくがな、お前さんのことは疑っとらんぞ」
ガロンさんの意外な言葉に肩透かしをくらい、一気に体から力が抜けた。
「え? そうなんすか?」
「最近こちらの世界に来たやつが、ここまで用意周到に盗みができるわけがない。それに、お前さんは第二王子殿下の護衛も兼務しておるのだろう? 殿下の腹心だと言うなら、疑う理由もあるまい」
仏頂面は崩さないが、ガロンさんの雰囲気だけは緩くなった。
グラン様の護衛という肩書きを舐めていた。
これからは一層自覚を持って仕事しなきゃ……
「そ、そうだったんすか……俺も内部から警察隊の調査をしてるんすけど、いまだに怪しい人物とかはわかってないんすよ……」
「詮無いことだ。それより、お前さんの武勇伝についてはアハトの小僧から聞いておるよ」
武勇伝!?
確かにトラブルメーカーの自負はあるけど……
「妖花連合、ヨブコオオカミ、ロコモ王国ときて『タンポポ』の騒動と。お前さんも苦労しとるな」
「こっちの世界に来てから立て続けに巻き込まれてるんすよ。体を休める暇もないっす」
ガロンさんは大口を開けてガララと笑った。
もう仏頂面で威圧する必要も無いと思ってもらえたのだろうか。
それにしても口がデカすぎてそのまま食われるのかと思った。
ひとしきり笑った後、ガロンさんは先程までとは打って変わって優しそうな笑みを浮かべる。
「まあ、今日の取り調べはこれで終わりだ。何か気づいたことでもあれば相談しに来るといい。ワシはしばらく国内にいるからな。……あと、第二王子殿下はどうやら大変だったらしい。今は王城近くの病院におられるぞ」
「ありがとうございます! またお世話になります!」
俺は敬礼をし、ガロンさんとの取り調べ? が終了した。
ガロンさんの側近の軍人さんに連れられ、軍本部を後にする。
軍人さんたちの鋭い目線に見送られて軍本部の門を出ると、門のすぐそばに健生が待っていた。
「どうだったのであるか雄助よ」
「ガロンさんめっちゃ怖かったっす……」
健生は別の人に取り調べられていたようで、ケロッとして笑っている。
「なんやなんや! 二人ともなんでこんなとこおるねん!」
何を話そうか迷っていると、背後からネズが気さくに話しかけて来た。
今日は気が張り詰めていたから、この気軽な感じがとてもありがたい。
……裏切り者の件はやっぱりまだ言わない方がいいかな。
「『タンポポ』を見つけた状況について軍部の大将さんと話をしてたんすよ」
「ああ、あのおっかないデッカい爺さんな。それにしても、きちんと『タンポポ』見つけてきてんのやっぱすごいなあ! 俺も頑張らんと!」
「ネズはネズで国内の防衛に力を注いだのであろう? それも余から見ればすごいことである!」
「嬉しいこと言ってくれるやんか健生ちゃん! まあ、最後の方は避難誘導ばっかりやったけどな。せや、神父のレストさんも手伝ってくれたんやで!」
赤髪の神父さんの顔を思い出した。
今朝会ったばかりだが、今日はよく名前を聞くな。
「レスト神父が?」
「おう、あの人も偉い人やで。日が暮れるまでずっと信者の人たちに寄り添ってたからなあ」
「神父というのも大変なのであるな。……よし、話の続きは風呂でするのである!」
健生が我慢できないとばかりに話をぶつ切りにした。
森で悴んだ手指は、まだ完全には感覚を取り戻していない。
だから俺も早く風呂には入りたいんだけど……
「ああ、悪い。俺はこれからグラン様のところに行くっす」
なにやら大変だったらしいし、俺は俺で一緒に考えてくれる人が欲しいのだ。
今はグラン様のお見舞いを優先させてもらおう。
「む、そうか。では余たちは行こうぞネズよ!」
「ええな! ウィルダーも活躍できへんかったって落ち込んどったし、無理やり連れてったろ!」
そう言って彼らは警察隊隊舎の方へ歩いて行った。
俺は冷たい指を温めながら、王城の近くにある病院へと向かっていく。
⚫️
「遅いぞ雄助」
ちょっと心配していたのだが、グラン様は病院のベッドの上に寝転がっていた。
優雅に足を伸ばして果物など頬張っている。
お医者さんが言うには、外傷は小さな針の傷だけだったとのことだ。
シンカイワシと激しくやり合った傷は、既に『リンドウ』で回復してしまったらしい。
恐るべし我が愛刀。
「雄助。ガロンさんどうだった?」
先客ノワレがベッドの脇に陣取っていた。
グラン様に持ってこられたであろう見舞いの果物が入った籠を抱え込み、一切れまた一切れとそれを口に放り込んでいる。
そのノワレのカバンの中からはちらっとリンゴも見えていた。
「めっちゃ怖かったっす……」
「ガロン殿は強面だからな。根は優しい方だ」
「じゃあ本題入ろうかー」
ノワレの言葉を聞いて気持ちが引き締まる。
本題とはもちろん、今回の騒動の報告会である。
「結局、『タンポポ』騒動の犯人の目的は『アサガオ』を盗み出すこと。そのために警察隊の隊舎を無人にすることだった訳だな」
「グラン様はその犯人と戦ったんすよね?」
グラン様が少し苦い顔で頷いた。
「ああ、かなりのやり手だった。あと、針型のアーククラフトを使っていたと思う。その針で刺された後、共に戦っていたテルスがアコに見えた」
「幻覚を見せられたってこと?」
「そうだな。結局犯人は取り逃してしまった。……不甲斐ない」
グラン様が首を垂れた。
王子としての責任感に溢れる人である。
自分の油断をつかれて犯人を逃したことを重く受け止めているのだろう。
「まあまあそんなこともあるわヨ」
リンゴがベッドによじ登り、ポンポンとグラン様の太腿を叩いた。
「あってはならんさ。俺は王子として国民を守らねばならないのに……」
項垂れるグラン様に対して、ノワレが不満気に顔を膨らませる。
「今は反省会じゃないよー。あくまでも報告会だからね? リンちゃん、針のアーククラフトってあるの?」
「ありますわヨ。でも能力は幻覚を見せるようなものではなかったはずですわネ」
そうなると、アコの『トリカブト』を旗型だと勘違いしていたように、別の物を針だと勘違いしている可能性もあるな。
「犯人の正体とかは見てないんすか?」
「見ていない。……しかし、キツめの花の匂いがした、気がする」
「花の匂いかー。まあこの街は至る所でしてるからね、あんまり参考にはならないかもね」
ノワレがパタパタと足を揺らして目を細めている。
「あと、犯人は黒いローブを纏っていた。やはりニロビの一件から今回の件まで、繋がっていると考えるのが自然だろうな」
「ウチを襲ったのも黒いローブの人たちだった訳だし、本格的に正体を探りたいよね」
「……妖花連合っすかね」
黒いローブという変な外見に引っ張られがちだが、要するにアーククラフトを盗んだ人なのだ。
妖花連合の一員であるなら、納得できる気はする。
「妖花なら、今更正体を隠す理由が無いよね?」
「だが、私は戦闘中にアコの幻覚を見せられた。あの針の人物がアコを知っていた可能性は否定できんな」
グラン様は考えながら話しているようで、時折天井を見つめながら俺の意見を肯定してくれた。
「初めて妖花連合と会った時に、アコはファウナに"あたしはケミアに行けって言ったよね?"みたいなこと言ってたっすよね」
「……そういえば言っていたな。彼女らはあの時からずっと『アサガオ』を狙っていたのか」
あの時はファウナが失敗したから、今回はもっと用意周到に、『タンポポ』や針を出してきたということか。
やはり俺たちの敵は妖花連合である可能性が高そうだ。
敵……敵か……
「そうっすね……ちょっと話は変わるんすけど……」
俺は今日、健生と出会ってからの違和感について二人に話した。
二人は神妙な面持ちで聞いてくれた。
まあ相変わらず果物をポイポイ口に入れているけど。
「……という訳で、俺としては健生を怪しんでるっす」
「確かにちょっと都合は良すぎるかもね。でも話した感じ悪い人とは思わなかったけどなー」
「ただ、わざわざ雄助とノワレについてモルヴァの森まで行った理由が分からんからな。警戒するに越したことは無いだろう」
「そうっすね……」
せっかく知り合えた同郷の人だったのにな。
どうにもやるせ無い気持ちになり、俺も果物を一欠片もらって口に押し込んだ。
「……私は犯人の目的が分からなくなった」
議題は変わり、グラン様が考え込む仕草をみせる。
しかし、犯人の目的は『アサガオ』の回収って話じゃ?
「仮に今回の件、すべてが犯人の思惑通りなら、犯人は『アサガオ』の代わりに『タンポポ』を失っている。このトレードを受け入れたということは、どうしても『アサガオ』を使ってやりたいことがあったということになる」
確かに。
犯人にとっては『アサガオ』の方が『タンポポ』より有用だった?
それとも『アサガオ』じゃないと出来ないことがあった?
「それに、『アサガオ』をギャングのニロビに流したのも黒いローブのやつらですものネ。そんなに大事なものを、なんで一回手放したんでしょうネ」
リンゴが核心をついた。
『タンポポ』を失ってでも取り戻したい『アサガオ』。
それを自らギャングに手渡した?
何やら拗れていそうである。
「……ニロビは雄助とグランが来たから、早い段階で倒されたわけだよねー? 本来はニロビに暴れさせて、それから返してもらうはずだった、とかは?」
「それを俺たちが早めに気づいて押収したから、慌てて『タンポポ』を切り捨ててでも回収しに来たってことっすか」
「……あり得る話だな。まあとにかく警察隊内部の裏切り者に妖花連合。それとケンセイ・ミムラ。このあたりは要注意だな」
俺たちの意見はこれにて概ねまとまった。
「ところで一つ思い出したわヨ。例の針のアーククラフトの件ネ。針型では無いけど、人に幻覚を見せるアーククラフトがあるのヨ」
「それはどんなアーククラフトなんだ?」
「『ツバキ』。かんざし型のアーククラフトヨ」
かんざし……?
ああ、あの髪を留めるやつか。
確か片側が針のように尖っている物があったな……
「『ツバキ』か……これからはすれ違う人間の髪飾りを全て警戒しなくてはならんな」
こうして敵の一部が明らかになり、俺たちの報告会は幕を閉じた。
謎は多いが、全てが繋がってる気はする。
本当に大変な状況に転移してしまったものだ。




