第三十七話 幻惑の針
「当たりか」
誰もいない警察隊隊舎で、グラン、テルスと黒いローブの人物の睨み合いが勃発した。
ローブの人物はアーククラフト『アサガオ』を隊舎から盗んできたところだった。
右手にはそのメタリックブルーのラッパがキラリと煌めいている。
「やはり狙いは隊舎だったか。『タンポポ』でヨブコオオカミを王都に送り込んだのも貴様だろう」
「……」
ローブの人物は何も答えない。
まるでグランとテルスを品定めするように観察を続けていた。
「雄助に、犯人の目的がわからないと言われてな、私も考えていた」
話をあまり聞かされていないテルスが、ローブの人物の代わりにグランの言葉に反応する。
「最初のヨブコオオカミによる襲撃ですね? 確かに、国家転覆にしては規模が小さすぎましたし、テロにしてはアーククラフトを使ってまでやるようなことではなかった。つまりあれには別の目的があったと」
「そうだ。あれは実験だった。ヨブコオオカミに対し、どれだけの戦力が出て来るか。そしてどれくらいの数の神獣を送り込めば、この警察隊隊舎が空になるか。それを確かめて、安全に『アサガオ』を盗み出したかったのだろう。どうだ? 大体合っているだろう?」
ローブの人物はなおも沈黙を貫く。
グランもこれ以上言うことは特にないので、奇妙な沈黙が場を制することになった。
そんな沈黙を嫌ったのか、ローブの人物が唐突にグラン目掛けて左手を振り上げた。
間一髪で後ろにのけぞり回避したグラン。
ローブの人物の左手はグーの形に固く握られており、その中指と薬指の間には小さな針が仕込まれていた。
「往生際が悪いな。『アサガオ』は置いて帰ってもらうぞ!」
表情を引き締め直し、グランが『ダリア』を構えた。
テルスも同じようにレイピアを構える。
手始めにグランが地面を強く蹴り、ローブの人物に向かって『ダリア』を突き出した。
その攻撃は紙一重で交わされ、逆に針による連撃がグランを襲いくる。
レイピアと針、どちらも刺突攻撃を得意とする細い武器であり、両者の技量が露骨に表れる攻防になっていた。
そんな針の穴を通すような攻防の中、先に有利を取ったのはグランとテルス。
二対一という数的有利に加え、リーチでもレイピアが勝っている。
そんな有利な条件のもと、二人は幼少期から培ってきた見事な連携で、瞬く間にローブの人物を追い詰めていった。
「テルス、リーチではこちらが勝っている。関節を狙って動きを止めるぞ」
「かしこまりました、グランセーヌ様」
ガツガツと攻め続けるグランと、それを細やかにサポートし続けるテルス。
相手の針がグランに向けば、横からテルスが弾き上げる。
グランが『ダリア』で地面に衝撃波を伝わせ、相手が足を取られたところをテルスが空中から刺突攻撃で襲う。
極上の連携攻撃の繰り返しによって、時間を追うごとに相手の体には刺し傷が増えていった。
しばらくの攻防の後、とうとう致命的な一撃が入る。
「勝負アリだな。降伏すれば止血くらいはさせてやる。聞きたい情報も山ほどあるしな」
グランの突きがローブの人物の腹を貫き、黒いローブから赤い鮮血が漏れていた。
常人であれば動きが止まる傷。
だからこそ。
そのまさに一瞬だけ、グランは油断した。
ローブの人物はレイピアを腹に突き刺されたままグランの方へグイッと近づき、その肌に針で傷をつけた。
まさかローブの人物が近づいてくるとは思っていなかったグランは、目を見開いて動きを止めた。
グランが後ずさる足音ののち、一瞬だけ静寂があった。
黙ったままローブの人物からゆっくりとレイピアを引き抜いたグラン。
「だ、大丈夫ですか、グランセーヌ様!?」
グランは少しふらついた後、頭を振って持ち直した。
「……貴様は、アコ!? 何故妖花連合がここに!」
グランがアコの名を叫んだ。
だが明らかにおかしいのである。
何故なら、その体は真っ直ぐテルスの方を向いているからだ。
「アコ……? 何を言っているのですか?」
「テルスはローブの人物を頼む。アコは私が対応する!」
誰もいないところへ向けて指示を飛ばし始めたグラン。
そしてグランは、あろうことかテルスに『ダリア』を向けた。
異常事態だ。
テルスがローブの人物に目線を移す。
「貴様、グランセーヌ様に何をした!」
テルスの問いかけに答えは無い。
黒いローブの人物はくるりと踵を返し、血の痕跡を残しながら『アサガオ』と共に住宅街の奥へと姿を消してしまった。
残されたのはテルスと、何らかの方法で操られている様子のグランだけだった。
グランの攻撃がテルスに浴びせられる。
『ダリア』の能力によって見た目より威力が高くなっている連撃を、ギリギリのところで防ぐテルス。
「グランセーヌ様! テルスです! 聞こえますか!?」
「貴様らのようなテロリストに貸す耳など無い!」
テルスの声はグランには届かない上に、戦闘でもかなり劣勢だった。
そもそもレイピアの技量で言ってもグランの方が上なのである。
その上アーククラフトの能力があることで、テルスは防戦を強いられていた。
そんな中でも、冷静に戦局を見つめるテルス。
グランの様子がおかしくなった時は多少取り乱したものの、すぐに自分にできることとできないことを考え、その場から全力で逃げることを選択する。
グランを取り押さえられる実力を持つものを頼ると決めたのだ。
「待て、アコ! 貴様にも聞くことが山程ある!」
グランはいまだにテルスのことをアコだと思っている。
隊舎を出て逃げるテルスに対し、グランはアコの名を呼びながら追ってきていた。
『ダリア』によってテルスの足元には衝撃波が放たれ、二人の距離は少しずつ縮まっていく。
そうしてよろめきながらも、ある人物を探して街を走り逃げたテルス。
そんな努力に報いるように、目的の人物の背中が見えてきた。
「ネロセーヌ様! 『シロツメクサ』を!」
そこには丁度ヨブコオオカミを倒した直後のネロセーヌがいた。
テルスの声に反応し、振り向き様に『シロツメクサ』をかざすネロセーヌ。
テルスを追っているのが実弟であるグランだったことに一瞬困惑するも、とりあえずツルを伸ばしてグランを捕縛した。
「な、何をするのですか兄上! 彼女は妖花連合のリーダー、アコですよ!?」
「これは……どうなっているんですか?」
テルスはネロセーヌに先程の攻防の一部始終を報告した。
その間もグランはテルスをアコだと誤認し、テルスを殺す勢いでもがいていた。
「……なるほど、針に刺されてからおかしくなったと。洗脳されているのか、幻覚でも見せられているのか。どちらにせよ不甲斐ない弟です。怪我はないですかテルス」
ネロセーヌが呆れたように首を振り、テルスを気遣った。
テルスは申し訳なさそうな声で答える。
「はい、私は問題ありません。しかし、『アサガオ』は盗まれてしまいました……」
「……仕方ないことです。代わりと言ってはなんですが、ヨブコオオカミによる人的被害は今のところ報告されていませんからね。『アサガオ』については後で対策を考えましょう。それより今は、グランを元に戻さないといけませんね」
ネロセーヌが優しくも厳しい目をグランへと向けた。
兄のそんな目線を浴びて、急激に勢いを削がれるグラン。
「どうやって元に戻すのですか?」
「恐らくテルスの言う針とやらはアーククラフトだったのでしょう。アーククラフトの能力なら、多くは時間経過で解除されます」
そういうとネロセーヌはグランを縛るツルを少し強めた。
圧力によってグランは意識を失い、ネロセーヌのツルの中でダランと脱力した。
ネロセーヌは意識を失ったグランを『シロツメクサ』で縛ったまま歩き始める。
「医者に見てもらいます。テルスはアハト隊長への報告をお願いしますね」
テルスはすぐにアハトを探して走り始めた。
こうして、『タンポポ』を巡る一連の騒動は一応の終結を見せたのであった。
⚫️
その日の夕方近くになって、やっと俺たちは王都に帰ってきた。
悴んだ手足とボロボロになった隊服が、激動の一日を雄弁に語っている。
カタパルト型の『タンポポ』は、俺と健生で引っ張って運んできた。
めっちゃ重かった。
ノワレもちょっとは手伝ってくれよ……
「やーっと戻って来れたね!」
「体が冷えて痛いのである。雄助よ、とりあえず風呂であるな」
わかる。風呂だよな。
流石に北の森は寒すぎた。
健生の言う通り手足の感覚がほとんど無い。
健生の意見に肯定するために全力で頷いていると、前から声をかけられる。
「よく無事に帰ってきたなお前たち! それが『タンポポ』なのか?」
帰ってきた俺たちを出迎えてくれたのはアハト隊長だった。
……なんだ今の強烈な違和感は。
なんでこんなに胸騒ぎがするんだ?
……一旦後回しにして俺は敬礼の姿勢をとった。
「お疲れ様です、アハト隊長! 『タンポポ』回収してきたっす!」
「よくやったな二人とも。……いや三人か?」
そう言えば健生も急遽ついて来ることになっただけで警察隊ではなかった。
……色々あったけどここは三人で頑張ったと言おう。
「よし。では三人とも、一旦軍本部に向かってくれ」
「軍本部っすか?」
わけもわからぬまま俺たちは軍本部へと連れて行かれることになった。
警察隊の本部兼隊舎が王城の南側にあるのに対し、軍本部は王城を挟んで真反対の北側に鎮座している。
警察隊と軍部があまり仲良くないから普段は滅多に行くことが無いのだが、アハト隊長に言われて拒否することは無い。
疲れた体に鞭を打ち、しばらく歩いて俺たちは軍本部の門を潜った。
警察隊の制服を着ているからだろうか、門を潜った途端にものすごい圧の篭った視線を浴びる。
「おお、来たか。ワシはアルトケス王国軍大将、ガロン・ベルグレイだ。よく来たな」
そんな視線を遮るように俺たちの前に現れたのは、身長二メートルはあろうかという隻眼の巨人だった。
しゃがれた声に短く整えられた白髪。
左目に大きな傷痕があり、眼帯を付けている。
ただでさえ大きな体に、金色の鎧を身につけているので圧迫感がすごい。
左手には、水色の宝石が散りばめられた金色の籠手がはめられていた。
俺の手の二倍はあろうかというその手が、突然俺の頭を鷲掴みにする。
「お前さんが例の異邦人か……」
「あ……はい。刀堂雄助っす……」
蟻が歩くくらいの小さな声で返事をした。
怖すぎる。
俺身長182センチあるから、男性の中でもかなり大きい方だと思ってたんだが……ガロンさんの前では子どもにしか見えない。
「……これからお前さんたちを取り調べるからな。シャバの空気は今のうちに堪能しとけ!」
輝く笑顔のガロンさんにそう告げられた。
取り調べ……え、俺逮捕されたの……?




