第三十六話 剣戟の聖痕
神獣、ヨブコオオカミ。
『喚ぶ』魔法を使い、子オオカミを喚び出すことが出来る神獣。
神が地上を支配していた時代に、その能力で他の生物に猛威を振るった絶対強者。
神を除いた生態系の、トップに君臨する一種である。
そのヨブコオオカミが十匹、隊列をなして空を飛び、アルトケス王国の王都ハイデンを目指していた。
オオカミたちはアーククラフト『タンポポ』の能力によって送り届けられており、その能力によって、到着するまではいかなる妨害も受けない。
彼らは着陸した途端に魔法を発動し、人を襲うことになる。
それが、かつて生態系のピラミッドにおいて人間を凌駕した生物としての本能であり、宿命であるからだ。
飛んできたヨブコオオカミの内の五匹が王都の北、閑散とした広場に着陸した。
絶対かつ安全に目的地に到着するという、人間からしたら確定した絶望とも呼べる能力。
オオカミはすぐさま大口を開け、『喚ぶ』魔法を発動するために咆哮を放つ。
……しかし、その咆哮が街に響くことはなかった。
着陸したと同時に、五匹の首は胴体から離れた。
空間をも真っ二つに割くような黄金の剣戟が放たれ、一瞬にしてオオカミの咆哮は断末魔の叫びへと変わったのだ。
「よし、とりあえず半分。次だ」
それを成したのは、アハト・フィルツィーヒ。
警察隊隊長にして、アルトケス最強と名高い男。
『タンポポ』は目印のバッジに向けてものを飛ばすアーククラフトである。
アハトはそのバッジを一箇所に集め、研ぎ澄まされた大太刀を構えて目前に待機していた。
狩る側と狩られる側、神獣と人間。
神代から続く生態系ピラミッドをも斬り裂く男に、オオカミの首を刎ねることなど造作もないことだった。
彼はすぐに次の標的に狙いを定めた。
彼が五匹のオオカミを葬った広場からほど近い民家の屋根に、もう一匹オオカミが着地したのだ。
今度はオオカミの咆哮がこだまし、魔法が発動する。
紫の魔法陣が輝き、まるで親を守るように周囲を囲い始めた。
すぐに三十匹ほどの子オオカミが召喚され、獲物を求めて街を闊歩し始める。
その集団に向かって1.5メートルを超える大太刀を振り下ろしたアハト。
その一撃は、挨拶がわりに地面を割った。
石畳で出来た街の道路に、深い深い溝が開いた。
それはオオカミにとって地獄の入り口となり、アハトのアーククラフト『ヒマワリ』と共に牙を剥く。
『ヒマワリ』は剣にかかる遠心力を倍々に大きくできる能力を持っている。
その大振りの一撃は地面を割り、そして……
「吹き飛べえ!」
アハトの全力の一振りは空間を巻き込んで巨大な竜巻を起こし、向かってくる子オオカミたちを一網打尽に滅ぼしていく。
屋根の上にいた親オオカミは怒り狂い、次の子を喚ぼうと牙を見せた。
それを見るなり、アハトは『ヒマワリ』を自分の後ろに向けて振った。
『ヒマワリ』の切先から発生した風圧が彼の背中を押し出し、屋根の上まで五メートル以上を跳躍した。
子オオカミがまさに飛び出してくる直前、大きく跳躍してきたアハトの一撃によってヨブコオオカミは倒れ伏した。
「残りはちと遠いな。……時計回りに回るか」
結局この日、アハトは十匹のうち九匹のヨブコオオカミを斬り捨ててみせた。
神獣をも容易く葬り去る、この世界の絶対強者。
この圧倒的なまでの戦闘力と剣捌きによって、彼は"剣聖"の称号をほしいままにしているのである。
⚫️
王都ハイデンの南側。
アハトが唯一討ち漏らしたヨブコオオカミがいた場所である。
討ち漏らしたというよりは、アハトが到着する前に決着が付いていた唯一の場所であった。
「あっかん! 数が多いわ!」
この戦場ではネズ・パーチが奮闘していた。
武器の短剣を器用に使いながら俊敏な動きで子オオカミを手玉にとり、着実に数を減らしていく。
しかし前回よりも圧倒的に子オオカミの数が多く、警察隊の戦力も各地に分散しているため、ネズは弱音を吐きながらヒットアンドアウェイに徹するしかなかった。
彼の同僚たちもまた、各々が出来る限りのオオカミを引きつけ、街の人が逃げる時間を稼いでいた。
その中でもネズは十匹近い子オオカミを一度に相手取っており、入隊七か月の新人としては充分すぎるほど貢献していた。
しかし、そんな戦術にも限界が来る。
「やっばい!」
攻撃を捌ききれずバランスを崩したネズの顔面に、子オオカミの禍々しい爪が伸びていく。
ネズは時間の進みが遅くなったように感じ、走馬灯にふけった。
お調子者だった幼少期、お調子者だった少年期、お調子者である現在。
「……もうちょいマシな瞬間は無いんか……」
そして、唯一お調子者でいられなかった時。
十年前の内乱と、亡き兄との記憶。
そのタイミングで、覚悟を決めたネズに助けが差し伸べられた。
彼の周りを取り囲んでいたオオカミたちが、植物の太いツルに絡め取られ捕縛されていく。
ネズの時間が正常に流れ出し、彼の体は後ろの地面に打ちつけられた。
「あだっ! ……ツル?」
「ネズ・パーチくんですね。なかなか上出来でしたよ」
「副隊長ですやんか……!」
警察隊副隊長にしてアルトケス王国第一王子、ネロセーヌ・テラ・アルトケス。
彼の左の手のひらからは、植物のツルがニョキニョキと生えていた。
「さっさと済ませて他を助けに行きましょう」
そう言ってネロセーヌはさらさらの細い金髪をかきあげた。
そのまま手を強く握り、子オオカミをさらに強く固く締め上げた。
彼のアーククラフトは『シロツメクサ』という指輪であり、着けている方の手のひらから植物のツルを伸ばすことができる能力を持っている。
魔力によって呼び出された子オオカミは、そのまま魔力の塵となって消えていく。
ネロセーヌは優しくも冷酷な笑みを浮かべ、次々と向かってくる子オオカミを屠っていく。
「ネズくん、君は周辺の市民を避難させてください。ヨブコオオカミは僕が殺します。……あ、短剣だけお借りしても?」
「え、ああ。かまへんです」
「血は拭いて返しますから安心してください」
ネズは自分が持っていた短剣を手渡し、すぐに民間人の避難誘導に向かった。
ネロセーヌは短剣を受け取り、親オオカミへ向き直る。
しばしの睨み合いの後、ゆらりと左手の手のひらをオオカミへ突きつけた。
「これも大義のため、国のため。運命と諦めて、犠牲になってください。……咲き伸びよ、『シロツメクサ』」
ネロセーヌの左手から大量のツルが伸びはじめた。
先程までは一本一本が独立して子オオカミを捕らえていたが、今度はその大量のツルが螺旋状に伸び、一本のとてつもなく太いツルにまとまっていく。
それはツルなどと呼べる太さをとうに超え、木の幹に近い太さへと変貌を遂げた。
そのツルが親オオカミの体を巻き取る。
まるで木の洞に押し込まれたかのように、オオカミは微塵も身動きが許されなくなった。
それでもネロセーヌは念入りだった。
オオカミの口にもツルを巻きつけ、咆哮によって子オオカミを呼べないようにしている。
捕らえたオオカミの方へ近づいていき、一思いに短剣で首を突き刺した。
オオカミは最後の雄叫びをあげることすら許されず、ツルでできた硬い幹の中で静かに息を引き取った。
「安らかに眠りなさい。我が国の血肉となって」
ネロセーヌはヨブコオオカミに向かって敬礼をする。
命に対する礼儀は、幼い頃からの王子教育の賜物だった。
犯罪者に対する温情などは持ち合わせていないが、今回の相手は神獣である。
あくまでも獣であり、生きるための本能によって人を殺すことを、ネロセーヌは知っているのだ。
そこにあるのはあくまでも本能であり、悪意ではない。
「副隊長、めっちゃ強いなぁ。ツルで締め上げる方法やと、オオカミが死ぬまでにタイムラグが出来てルミエールを発動されてしまうから、俺の短剣使うて一撃でトドメを刺したんか……」
ネズは民間人の避難に手を貸しながらネロセーヌの戦いを見て目を輝かせた。
その時、後ろから両方の肩にポンと手を置かれた。
「やあやあ、あなたは警察隊の方ですね。私にも避難誘導を手伝わせてください!」
「あ、あんたは確か……神父のレストさんやったっけ?」
「はい! 私も信者の皆様が心配で……ぜひ一緒に皆様をお助けしたいのです」
「立派なこと考える方やなあ……ほんなら是非向こうのほうにまだ避難できてない人がたっくさんおるから、一緒に向かいましょか!」
こうしてネズとレストは南方面の民間人の避難に尽力し、この日を終えた。
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同時刻。
警察隊隊舎の隊長室。
そのさらに奥にある隠し小部屋で、黒い影が蠢いていた。
その影は金庫の奥に眠っていた財宝に目をつける。
その宝の名はアーククラフト『アサガオ』。
ケミアの街で、何者かによってニロビというギャングに横流しされていた代物である。
雄助たちが回収した後は、ずっと警察隊の預かるところとなっていた。
影は黒いローブを身に纏い、闇に溶ける。
黒いローブの人物は『アサガオ』を回収すると他のものには目もくれず、素早い動きで隊舎を駆け抜けて一瞬で外に脱出してしまった。
警察隊の人間は、ヨブコオオカミの対応で全員が外に出払っていたのだ。
完璧な犯行。
……のはずだった。
「当たりか」
その声と共に、黒いローブの人物の目の前にレイピアが突き出された。
「アルトケス第二王子、グランセーヌだ。貴様の名を聞こうか」
レイピア型アーククラフト『ダリア』の御使いであるグランと、黒いローブの人物による華麗なる戦闘劇が幕を開ける……




