第三十五話 疑念の連鎖
俺は健生と共に『タンポポ』を目指して走り続ける。
何度も雪に足を取られながらも、二人で協力して未舗装の道をひた走った。
疲労が溜まり、膝が笑い始めた。
「何かが……見えてきたのである……」
ヨロヨロと走る健生が言った。
ちょうど健生の息がきれてきた頃、森の狭間に大きめの洋館が姿を現した。
二階建ての木造建築で、雪景色と相まって北欧にでも来たのかと錯覚させる。
こんな神獣が出没するような深い森の奥に館が建っているというのが、もうありえない状況だった。
健生も息を整えながら洋館を観察している。
「雄助よ。あの二階部分に空いた大きな窓。かなり怪しくないか?」
「……そうっすね。確かにあそこから『タンポポ』を使った可能性があるっす」
洋館の天井に開いている大きな天窓。
目測だが、大体幅五メートルはある。
普通に暮らす分には邪魔なほど大きすぎる窓だ。
目的があって作られたものだとする方が自然である。
いや、というかそれよりも……
「よし、では突入といこうではないか! 『タンポポ』の御使いがいるかもしれん。気を引き締めるのである、雄助!」
「……ああ、とにかく行くっす!」
館には柵も塀もなかった。
俺たちは歩いて玄関に近づき、そっと聞き耳を立てる。
古い家によくある家鳴り以外、特に音はしない。
「どうする? 鍵はかかってるみたいっすよ」
「ぶち破るしかあるまい。グズグズしていると逃げられる可能性が高くなるのである」
「反省文書くことになりそうっすね」
俺は『リンドウ』を抜き、いつでも戦えるようにした上で思い切りドアを蹴破った。
バタンっと音を立てて木製のドアが内側に弾けて開いた。
「警察隊っす! 誰かいるっすか!?」
中からは誰の返事も無い。
館の中は薄暗く、人の気配は感じられなかった。
正面には二階へ続く階段があり、左右には細い回廊が延びている。
後ろから恐る恐る入ってきた健生が、しゃがみ込んで壁の辺りを触り始めた。
「やはりここには直近まで人がいたようであるな。これだけ古い館なのに埃が溜まっていないのである」
確かに言われてみると、館の中は清潔そのものだった。
調度品は薄い光を反射して輝き、足元のカーペットからはふわふわした感触が伝わってくる。
誰かがここにいて、掃除をしたと考えるべきか。
「雄助、とにかく二階の大窓の部屋へ行ってみるのである」
俺たちは正面の階段を上がり、二階の角の部屋にたどり着いた。
さっき外から見た大窓の部屋はおそらくここだ。
「御使いがいるとしたらこの部屋である。覚悟を決めろ雄助」
不気味に静まり返る館の中で、小さく息を吐く。
中に人がいた場合のシミュレーションを瞬間的に済ませ、ドアに手を掛けた。
「……行くっすよ。警察だ!」
先程同様、俺は勢いよく扉を蹴破り『リンドウ』を構えた。
開け放った部屋はかなり広く、整然としていた。
古ぼけた本棚とくすんだ色のカーペットが、とてつもない年季を感じさせる。
大窓がある分、光が入り込んで廊下よりは明るい印象を受ける。
それだけなら普通の部屋だ。
特筆すべき点と言えば、部屋中に散らかったヨブコオオカミのものと思われる真っ白な毛。
そして部屋の中央に鎮座している、鮮やかな黄色のカタパルトだ。
扉を開けた風圧で純白の毛が舞い上がり、綿毛のように空中で踊り始める。
「見つけたぞ、『タンポポ』! 御使いには逃げられたようであるが、これは大変な手柄だぞ雄助!」
「…………」
……いや、おかしいだろ。
思わず絶句してしまった。
なんで御使いがアーククラフトを置いて逃げるんだ。
『タンポポ』は高さ五メートルほどの投石器である。
当然楽にかつげるようなものではないから、逃げるなら事前に準備をする必要があると思う。
というか準備していないなんてありえない。
俺が『タンポポ』の御使いなら真っ先に逃げ方を考える。
転移してきてから日は短い。
しかしこれまで出会った人々のアーククラフトに対する反応を見れば、御使いが『タンポポ』を置いて逃げるなんて考えられなかった。
「どうしたのだ雄助?」
「いや……だって」
健生が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
いや待て、そもそも全部おかしかったんだよ!
特に健生と関わり出してからだ。
警察隊が一週間近く血眼になって探したはずのアーククラフトの手掛かりは、健生が一歩目で見つけた。
『タンポポ』を探して入った森で、本来生息していない神獣に襲われた。
その戦いの直後、狙ったようにヨブコオオカミが発射された。
都合良く御使い三人が分断された。
ちょっと走っただけで怪しい館が見つかった。
これみよがしに空いた大窓の部屋に、都合良く目的の物が置いてあった。
絶対におかしい!
全てが上手くいきすぎてる!
どこかで誰かの思惑が入っているのは明確だ。
……なあ健生、お前は何を知ってるんだ。
「雄助?」
「……ああ、ごめん。ぼーっとしてたっす」
いや、これを聞くのは今じゃない。
まだ何か罠が張ってある可能性だってある。
「しっかりしろ、まだ終わってないのだぞ。とにかくこれを王都まで運ぶのである!」
健生は目の前の手柄に目を輝かせている。
その純粋な瞳を前に思考が揺らぐ。
……とにかく今は『タンポポ』を持ち帰るしかないか。
俺たちが『タンポポ』を持ち帰ることも含めて誰かの思惑なら、この行動は裏目に出る可能性がある。
しかし、ここまで来て持ち帰らないのは絶対にナシだ。
このアーククラフトによって既に被害が出ているので、押収する以外の選択肢はない。
「……よし、なんとか運び出そう。手伝ってほしいっす健生」
今考えたとて、正しい答えが出るとは思えない。
それより俺たちが分断されたのが敵の作戦通りなら、ノワレが心配だ。
急いで来た道を戻ろう……
⚫️
「……ノワレ! ノワレ!」
「うっ……雄助……」
ノワレは足跡を辿った先の木の脇で倒れていた。
幸いにも雪が降っていなかったことで、今すぐ命に関わりそうなほど体温は下がっていない。
「大丈夫っすか? どこか痛いところは?」
「……油断したー。首筋痛いかな」
首筋?
うわ、たしかになんか黒く焦げたような痕がある。
どういう攻撃を受けたらこの傷ができるんだ?
「なんか小さくて丸い火傷痕が付いてるっすね。何があったんすか?」
「え、今なんて?」
ノワレの語気が強まった。
初めて会った時よりもよっぽど威圧感を感じる瞳でこちらを見つめてくる。
俺は多少気圧されながら先程の状態を繰り返し伝えた。
ノワレはそれを聞くと俯いて何かを考えているようで。
「……見つけた。アイツが……」
「ノワレ? どうしたんすか?」
「あ、ううん。なんでもないよ。それよりそのデッカいのが『タンポポ』? ちゃんと見つけられたんだ!」
「その通りである! これは余たち四人の手柄であるぞ!」
ノワレに先程の疑念を伝えるべきかどうか、一瞬だけ逡巡した。
しかしノワレも万全ではなさそうだし、そもそも不確定なことが多すぎる。
伝えるのはひとまずこの騒動がおさまってからにしよう。
「とにかく王都に戻るっすよ。既にヨブコオオカミが到着してるかもしれないっす」
「そうであるな。ノワレよ、立てるか?」
「なんとかねー。激しくは動けないけど」
こんな風に人を気遣える奴が、俺たちを裏切るなんて……
そんなことは考えたくもないが、実際に数々の状況が証拠となって健生を照らし出している。
俺は頬を一つパンと叩き気合を入れ直した。
とにかく今は王都の平和が最優先だ。
俺はノワレが立ち上がるのを助け、まだ歩行がおぼつかないノワレの手を引いて歩き始めた。
⚫️
雄助と健生が『タンポポ』を見つけた頃、グランは王都ハイデンに戻っていた。
定期的に空を見上げ、ヨブコオオカミより早く到着できるように走った。
軍部は他国に遠征に出ているため国内には警察隊しか残っていない。
やはりこれから来るヨブコオオカミの群れは警察隊でどうにかするしかないわけである。
グランは街中を駆け回り、アハトを見つけ出した。
そばにはテルスも控えていた。
自分への敬礼は即座に手で制し、手短に要件から入るグラン。
「アハト殿! ヨブコオオカミの群れがこちらへ飛んで来ています。おそらく十頭はいたと思います」
「もう来るんですか……さっきから『タンポポ』のバッジは探してて、現時点で五つは見つかりました。十匹飛んできているなら、後の五つはまだ街中のどこかにありますね」
グランは大いに悩む。
見つかったバッジについては、一箇所に固めておけば被害は最小限で済む。
しかし残ったバッジについてはオオカミが到着してから対処するほかない。
「オオカミが見えたら、その軌道から到着位置を予測するしかないでしょう」
「……それしかないでしょうな。見つかっているバッジについては俺がどうにかします。グランセーヌ様は街中の方を手伝ってやってくれませんか」
「……そのことなのですが、犯人の思惑について思い至ったことがあります。もしこれが合っているなら、確実に襲われる場所がある」
「犯人の思惑?」
「ええ、わざわざアーククラフトを使ってまで王都に危険な神獣を呼び寄せた目的、ひょっとすると……」
グランは雄助から聞いていた疑念と、自らの情報をもとに辿り着いた考察をアハトに聞かせた。
アハトも大いに興味を示し、頷きながら話を聞き続けた。
「……なるほど、十分あり得る話ですな。では、一度そちらの様子を見に行ってもらいましょう。何もなければ各方面の手伝いをお願いしますよ」
「承知しました。アハト殿もご武運を! 行くぞテルス!」
グランとテルスは街の中心近くへ向けて走り始めた。
犯人の思惑が、グランの思う通りのことであるならば、一体どれほど前から犯人の術中にいたのか。
それを考えると身震いが止まらないグランであった。




