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神代の御使い  作者: 逆巻多巻
剣聖編
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第三十三話 真価の交点

「グラン……」


 命の危機から間一髪で脱し、小さく呟いたノワレ。


 その目の前には、雪景色に溶けそうな白の衣装を纏うグラン様の姿があった。


 イワシの槍をレイピア型アーククラフト『ダリア』で弾き飛ばし、ノワレを守り優雅に佇んでいる。


「すっごー。槍吹き飛んでるね」

「やつの槍と『ダリア』がぶつかった時の衝撃波を、全てやつの腕に流し込んだ。相当効いたようだな」

 

 グラン様の見立て通り、イワシは槍を失って苦しんでいるように見える。


 到底魚類とは思えないグルグルという唸り声が雪にこだましている。


「内側からの衝撃波は効くんすね……。ノワレ、まだ動けるっすか? フウセンタカを頼みたいっす」

「おっけー。なるべく早く助けに来てね」

 

 ノワレがひょいと立ち上がり、俺を狙っていたフウセンタカと目線を合わせた。


 その宣戦布告をフウセンタカはきっちり受け取ったようで、やつのターゲットは俺からノワレに変わった。


 俺とグラン様は、未だ苦しそうに呻く巨大なイワシをしっかりと見据える。


「グラン様、俺が攻撃を引きつけるので、その間に攻撃を入れてほしいっす。『ダリア』ならあの硬い鱗を無視してダメージを与えられるんすよね」

「良いだろう。……脇腹、大丈夫か?」


 ノワレを助けようとした時に、フウセンタカにやられた脇腹の傷。


 血が滴り落ちているが、シンカイワシの脅威を前に弱音なんて吐いていられない。


「大丈夫っす! なんとしても健生を守り抜いて全員で帰るっすよ!」


 こうして俺たち三人と神獣二体による第三ラウンドの幕が開けた。


 基本的に俺の攻撃は通らないのでイワシの攻撃は俺が引きつけることになる。


 その隙にグラン様が横から『ダリア』で突き刺し、イワシの内部に衝撃波を打ち込んでいく。


 少しずつダメージは入っているようだが、イワシは見た目通りのタフさで粘っている。


 するとイワシがおもむろに、その大きな翼から羽を一枚むしり取り、俺にむけて無造作に振り下ろした。


 それをつい『リンドウ』で受け止めてしまった。


 途端に鈍い金属音が白銀の山肌へ染み渡った。


 羽自体は軽いが、鱗がびっしりとそれを覆っている。


 イワシの破壊的な筋力のもと、鈍器として使うには申し分ない威力を発揮しているのだ。


 即席で矛まで作れちゃうのね……


「全身武器か……ずいぶんと都合の良い生物だな」

「このまま殴り合っても埒が明かないっすね……」


 イワシは悠々と低空を舞っている。


 その姿からは強者の余裕が滲み、仮面の下の笑顔まで想像できてしまう。


 いやまあイワシは表情筋とかないだろうけど……


 そのまましばらく攻めあぐねていると、いつの間にか木陰に移動していた健生が声をかけてくる。


「雄助よ! そなたの隣の者が持つアーククラフト、衝撃波を操るのだろう? そなたが魔力を吸って身体能力が上がった状態で使えば、さらに強力な衝撃波を操ってあのイワシの鱗を砕けるのではないか!?」


 それだ!


 確かに今のグラン様より強い力で大きな衝撃を打ち込めば、あるいはあいつに大ダメージを与えられるかも!


「ふむ。貴様の案に乗ろうじゃないか、異邦人よ。雄助、これは王家に代々伝わってきた由緒ある宝具だ。雑に扱ってくれるなよ」

「はい!」


 俺は真剣な表情で頷き、グラン様から『ダリア』を受け取った。


 代わりにグラン様に『リンドウ』を預ける。


 『ダリア』は『リンドウ』と比べるとかなり軽いな。


 レイピアを持つのは生まれて初めてである。


 折れてしまわないか少々心配に思っていると、横でグラン様がイワシに切り掛かって行った。


 グラン様は舞うようにイワシの周囲を動き回り、無駄の無い太刀筋でやつの体表に小さな傷を量産していく。


 イワシも大空という広大なフィールドを駆け回り、グラン様の猛攻を防ぐ。


 まるでワルツのステップを刻むように、一人と一匹の剣舞が執り行われていた。


「雄助! 早くやれ!」

「あ、はいっす!」


 グラン様の声で我に帰り、見よう見まねで『ダリア』を構えた。


 さっきの攻防で、魔力は十分吸えている。


 今の俺は通常時の四倍くらいの力が出せると思う。


 狙うタイミングは、イワシが背中を見せた時。


 俺は雪の道を強く踏み込み、加速しながらイワシの背中へと飛び込んでいく。


 イワシはグラン様との死闘に夢中で、予想通りこちらへの警戒は疎かになっているようだ。


 イワシがこちらに気づくことはなく、その無防備な背中に『ダリア』を突き刺した。


 甲高い金属音と共に、イワシの背中の大きな鱗が一枚、粉々に砕け散る。


 何から何まで完全にグラン様の見様見真似だったが、案外うまくいくものだな。


 怒り狂ったイワシは完全にこちらを標的と定め、振り向き様に羽矛を振り下ろした。


 かなり余裕を持って避けたつもりなのだが、風を切る轟音が耳元まで届いた。


「雄助! 交換だ!」


 そんな轟音を上塗りするように、イワシの背中越しにグラン様の声が聞こえた。


 瞬時にグラン様の目論見を察し、俺は『ダリア』をグラン様に投げ返した。


 イワシの横を素通りし背後に飛んだ『ダリア』は、そのまま空中でグラン様にキャッチされる。


 そしてグラン様の渾身の一撃が、俺が開けた背中の鱗の穴へと吸い込まれた。


 『ダリア』は深く深く、イワシの心臓を貫通した。


 衝撃波は、体内からイワシを破壊しつくす。


 イワシの血が雪を染め、ダラリと力が抜けた腕から矛と盾が落ちる。


 ありえない巨体にダイヤモンドのような硬さを持つ神獣は、冷たい雪へと沈んだのだ。


 俺はグラン様がこちらに投げていた『リンドウ』をキャッチし、その場にへたり込んだ。


「な、なんとか勝ったっすね」

「雄助……お前普段こんなもんを使ってんのか……」


 ヨロヨロと足元がおぼつかないグラン様。


 よく見ると、全身から大量の汗と煙が吹き出している。


 息が荒く、心なしか目も虚だ。


 これは魔力の吸いすぎによる副作用だが、グラン様が『リンドウ』を使ってたのは俺より短時間だったはず……


「え、魔力吸いすぎっすか?」

「おそらく雄助より体が小柄だから、キャパシティが小さいのであろう」


 木陰から出てきた健生がグラン様の体を気遣いながらも、忌憚なく意見を言う。


「小柄は余計だ異邦人……! まあ良い。とりあえずノワレを助けに……」


 俺たちがノワレとフウセンタカに目を向けた、まさにその瞬間。


 紫の極光があたりの雪を塗り潰した。


 振り返ると……実に最悪なことにイワシの体が薄紫に発光している。


「ルミエールであるな……」

「馬鹿な……心臓を貫いたのだぞ」


 ルミエール。


 生物が命の危機に瀕した時、その命の中に眠る魔力を全解放する現象。


 ……言わば火事場の馬鹿力だ。


 心臓を貫いたことで即死していたなら、ルミエールが発動することはなかったはず。


 驚異的なタフさと命への執着が、イワシを生かした。


 生かしてしまったのだ。


 シンカイワシが静かに立ち上がる。 


 ルミエールの紫の光に、魔法由来の青白い光が混じり、幻想的なライトショーを演じる。


 その美しさと光の中から聞こえるくぐもった呻き声に、体の震えが止まらない。


 やがて紫の光は収まり、その絶望的な存在が顔を見せる。


 生命の奔流を解き放ったシンカイワシは神々しいという言葉でしか表せない姿をしていた。


 直径三メートルほどの球体の体に、一対の翼と一つの目を有するのみ。


 しかしこれまでと明らかに違うその姿からは、純粋な恐怖のオーラが湧き出ていた。


 ギョロリとしたその瞳と目が合う。


 その瞬間、大量の鱗がイワシの体から打ち出された。


「健生、こっちっす!」


 俺は隣にいた健生を抱えて距離を取った。


 先程まで雪が積もっていた地面に、おびただしい数の鱗が突き刺さり、薄紫のカーペットをつくっている。


 魔力を吸ってほてった体を、冷たい汗が滴っていく。


 そこに横からノワレが飛んできた。


 どうやらフウセンタカの攻撃を受けて吹き飛ばされたらしい。


 こちらの状況を見たノワレが心底嫌そうに顔を顰める。


「うわっ……なんかキモくなってんねー。二人で倒せる?」

「……ちょっとわかんないっすね。さっき心臓を貫いたんすけど、それでも生き残って進化したんすよ。心臓が効かないならどこを攻撃すれば良いのかもわかんないっすね……」

「まあ、目じゃないかな? あそこだけは鱗ないしね」


 試してみるしかないか。


 でもあんな明らかな弱点はそうそう簡単に狙わせてくれそうもないな。


「余が思うにだな、進化には理由があるのである」


 健生が唐突に話し始めた。


「進化の理由?」

「ああ。最初は『リンドウ』と『シオン』に対して優位性を取るために槍と盾を生み出し、次はフウセンタカに負けないように翼を生やした。そのイワシが今回は心臓を貫かれて球体になっている。これは全方向の攻撃から心臓を守りやすい形である」

「てことは、心臓への攻撃はやっぱり効いてたっぽい?」

「そうだな。ということは恐らくやつの心臓は今、あの球体の中心にあると予想できるのである。もう一度心臓を貫けば、流石に死ぬであろうな」


 なかなか簡単そうに聞こえるが、並の難易度では無い。


 そもそも『リンドウ』でも『ダリア』でも、やつの中心を貫くには長さが足りないのだ。


 心臓まで刃が到達する前に、鱗の反撃を喰らって死んでしまう。


 どうしたものか……


 その時、上空で猛禽の吠える声が響き渡る。フウセンタカがその咆哮と共に魔法で体を膨らませ、ものすごいスピードで突っ込んできた。


 ノワレが前に出て、『シオン』の能力で軌道を横に逸らす。


「助かるっすノワレ! ていうか明らかにさっきより速くないっすか!?」

「『膨らむ』魔法で体を膨らませ、流線型にしているからであるな。空気抵抗が減ってスピードが上がっているのであろう」

 

 健生が得意げに解説してくれた。


 余裕あるなこいつ。


「……つまり、新幹線と同じっすか?」

「まさにそれである」

「あれどうやって倒せば良いと思う? さっきから攻撃は防げるんだけど反撃できないんだよね」


 フウセンタカはこちらの攻撃が届かない上空まで飛び、そこから高速で突進するというのを繰り返しているようだった。


 反撃するとしたら突進してきたところを叩くしか無いが、少しでもタイミングがズレたら致命傷を負うことになるだろう。


 不用意な攻撃はできない。


 それに忘れてはいけないが、こうしている間もグラン様がイワシの相手をしてくれているのだ。


 先程『リンドウ』を使ったことで、普段より動きが機敏になり、なんとかイワシと渡り合っている。


 しかし、やはり有効打は与えられていない。


 この二体を相手にどうにか健生を守りつつ勝利する……


 どうしよう……

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