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神代の御使い  作者: 逆巻多巻
剣聖編
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第三十二話 深化の神獣

 シンカイワシは『変わる』魔法を使う神獣。


 最初はただ人型のイワシだったのだが、今はもう違う。


 『リンドウ』より長い槍、『シオン』を防ぐための大盾、雪道を駆ける四本足。


 自らの体をいじくりまわし、環境に適応した姿へと変えてしまったのだ。


「あれが真骨頂ってことっすか」

「いや、戦いの中で不利になればその度に体を変える。やつに上限はないのである……」


 そばに隠れていた健生が呟いた。


 かなり厳しい相手だが、なんとか健生を守りつつ倒さねばならない。


 イワシの足の筋肉が激しく収縮する。


 馬の脚ような筋肉の塊が、熱を帯びて蒸気を放つ。


 次の瞬間、槍を真っ直ぐに構えたイワシが弾丸のようなスピードでこちらへ突っ込んできた。


 ギリギリで回避して後ろを振り返ると、木々がことごとく薙ぎ倒され、なんとも見晴らしの良い一本道が出来上がっていた。


「あれは……到底受け止められるような攻撃じゃないっすね」

「そうだねー。片方が引き付けてもう片方が攻撃するのはどう?」


 引きつける側の負担が大きくなってしまうが、そうでもしないといずれ健生に攻撃が当たってしまうだろう。


 腹を据えて大きく頷いた。


「やるしかないっすね。逃げられるような相手でもなさそうっす」

「じゃあウチが先に引きつけるから、攻撃係頼んだよ!」


 踏み荒らされた木々の先、振り返ったイワシと目が合う。


 よく見たら、いつのまにか目元にもゴーグルのような器官が増えていた。


 本当に自分の体でやりたい放題してるな。


 イワシが大槍と大盾をガチンと鳴らし、前傾姿勢をとった。


 瞬きするほどの時間もなく、ノワレの方に巨体が突っ込んでいく。


 『シオン』の能力で空を舞い、一直線の突撃をかわしたノワレ。


 イワシはノワレを少し通り過ぎたところでブレーキをかけた。


 その瞬間を狙い、俺はイワシの背中へ『リンドウ』を振り下ろした。


 しかし、大盾を使われるまでもなく、圧倒的な硬度を誇る背中の鱗で受け止められてしまった。


「硬っ!」


 一度距離を取り体勢を立て直す。


 『リンドウ』を振り下ろしたはずのイワシの背中には、小さなかすり傷一つ付いていない。


 さらに悪いことに、刃が通らないので『リンドウ』の魔力吸収もほとんど機能していない。


 ヨブコオオカミも硬かったが、正直比較にならない硬さである。


「選手交代しようか雄助」


 ノワレの提案を受け入れ、今度は俺がやつの攻撃を引きつけることにした。


 イワシは次の攻撃に向けてブルブルと体を震わせて熱を溜めているようだ。


 はっきりと聞こえてくる、イワシが後ろ足でグッと雪を踏み締める音。


 次の瞬間、今度は俺に向けて突進を繰り出したイワシ。

 俺はタイミングをピッタリ合わせて回避を……


「遅い!?」


 しかし、明らかに先程よりスピードが遅い。


 警戒していた半分くらいのスピードしか出ておらず、まんまと虚をつかれてしまった。


 タイミングをずらされ、横に回避した所にちょうど槍が飛んでくる。


 俺は咄嗟に前に転がり、イワシの懐に潜り込むことで攻撃を回避した。


 我ながらナイス機転である。


 そのまま追撃で腕に『リンドウ』を振り下ろした。


 その攻撃は、予想通り大盾によって受け止められた。

 

「今っす、ノワレ!」

「良いね雄助!」


 反対側から飛び出したノワレが、イワシの脚に打撃を叩き込んだ。


 イワシは俺と目が合っていたのでノワレの襲撃には気づかなかったらしい。


 ギッと濁った声で鳴いたイワシ。


 走ることに特化するためなのか、下半身には鱗が多くないので、多少なりともダメージは通っているらしい。


 イワシは怒りに任せて右手の槍を力一杯振り下ろした。


 積もった雪に着地したその攻撃は、雪を巻き上げ白い煙を吹き出す。


「これは下半身狙いで良さそうっすね」

「そうだね。でも時間が経ったら多分『進化』されちゃうよね」


 それが問題だよな……


 おそらくシンカイワシはこの後また『進化』するだろう。


 下半身にびっしりと鱗を生やし、防御力をあげると予測できる。


 そうなったらもうお手上げだ。


 あまりにも短い時間の猶予を自覚して、雪みたいに冷たい汗が噴き出してくる。


「今度は空とか飛んだりしてね」

「不吉なこと言ってないで早めに決着つけるっすよ!」


 早期決着を狙い、二人でイワシの下半身へ攻撃を叩き込んでいく。


 『リンドウ』の斬撃と『シオン』の打撃がイワシの鱗とぶつかり金属音を奏でる。


 大半の攻撃が鱗と盾に阻まれる中で、次第に一撃二撃とイワシにダメージが入りはじめた。


 しかも『リンドウ』で斬りつけるたびに俺の体には魔力が流れ込んでくるのを感じられる。


 さっきまでは寒さに震えていた俺の体が、少しずつ熱を帯びて動きの鋭さを増していく。


 俺たちの猛攻を前に、どんどん後退していくイワシ。


 気付けば戦場は森と広場の境目から、広場の中央付近まで移り変わっていた。


 『リンドウ』によるバフを受けて、次第に俺の攻撃はイワシにダメージを与える回数の方が多くなってきた。


 その証拠にさっきからイワシと目が合い続けている。


 面倒な敵として認識してくれているのだろうな。


「ノワレ! このままとどめいくっすよ!」

「はいはーい!」


 『リンドウ』を構え、脚に力を込める。


 狙うは脚、機動力を奪って確実に勝ちに行く!


 『リンドウ』を握る手に力を入れた、その時だった。


 後方から、風を切り耳をつんざく金切声が聞こえてくる。


「雄助、ノワレ! 危ない!」


 健生の叫ぶ声。


 それはすぐに金切声にかき消されてしまった。


 後ろを向くとそこには、極端にデッカくなった脚を持つ巨大な猛禽類の姿があった。


 直径一メートルはあろうかというその巨大な脚が俺を掴み去ろうと伸びてくる。


 突然訪れた命の危機に、一瞬思考が止まってしまう。


 『リンドウ』でバフがかかっているとは言え、数メートルまで迫る爪を掻い潜る手は……


 体が凍りついたように冷え固まってしまった。


 やばいどうしよ……


「跳んで!」


 俺の体の硬直を溶かしたのは、ノワレのシンプルな指示だった。


 もうその指示に従うしかない俺は、その場で真上に跳んでみる。


 ……明らかに飛びすぎだろ。


 高校時代、垂直跳びは苦手だった俺だが、今は五メートルの上空にいる。


 どうやらノワレが『シオン』の能力を俺に使ってくれたらしい。


 つまり俺は今、ノワレを中心に公転しているわけだ。


 『シオン』便利! すごい!


 ……ということは? 


 俺の体は円を描くようにノワレの真上を通過し、地面に向かってほぼ垂直に落下していく。


「危ねぇっ!」


 『リンドウ』のバフと、柔道の経験でどうにか受け身を取った。


 腕から落ちた形だが、思いの外痛みは感じない。


 地面が雪だったのも幸いした。


 結果的にあの鳥に連れ去られるよりは絶対にマシだっただろう。


「助かったっすよノワレ……」

「感謝してよねー!」


 ノワレに手を貸してもらって起き上がろうとした瞬間、けたたましい鳴き声が鼓膜を揺らした。

 

 慌てて鳥を見ると、俺を掴むために伸ばしていた脚が、見事にイワシの体を鷲掴みにしていた。 


 しかしイワシもタダでやられることはなく、その脚に対して大槍を突き立てている。


 騒音レベルの金切声を出して脚を離した鳥。


 まさに怪獣大戦争である。


 いや神獣だけど。


「健生! あのデカい鳥も神獣なんすか!?」

「おそらくそうである! 『膨らむ』魔法を使う、フウセンタカである!」


 やっぱり名前は安直だな!?


 とか考えている場合ではない。


 シンカイワシだけでも二人がかりでやっとだったのに、神獣が増えてしまった。


 不幸中の幸いなのは、やつらが味方同士ではないということだ。


 しかしタカはイワシを標的にすることはなく、こちらに向けてその巨大な爪を伸ばしてくる。


 こちらの方が狩りやすそうだからだろうか。


 タカの爪を『リンドウ』で受け、横にいなした。


 フウセンというポップな名前に似合わない質量が俺の腕を襲う。


 衝撃で両腕がしびれ、危うく『リンドウ』を落としそうになったほどだ。


 そして、恐れていたこととは大抵起きるもので……


 ちょうどそのタイミングで絶望の光がさした。


「シンカイワシが魔法を使ったのである!」

「本当に勘弁してほしいっす……」


 光が収まった時、その中から出てきたイワシは……


 案の定、大きな翼を背中に抱えていた。


 しかもなんか脚が増えてんだけど。


 馬のようだった下半身が、昆虫のような六本脚に進化していた。


 その上、先程より鱗の密度も上がっている。


 ここまでくるとはっきり言ってキモい。


 絶望的な『進化』を遂げたシンカイワシと乱入してきたフウセンタカ。


 この二体を二人で相手しなくてはならない。


 しかも健生を守りながらだ。


 『リンドウ』を持つ手に力を込める。


 圧倒的な逆境を前にして、俺の心は半ば強制的に覚悟を決めた。


 なんとしても三人で帰るのだ。


 その覚悟と勇気を群青の太刀に乗せ、俺はフウセンタカに斬りかかって行く。


「雄助! これ無理だ! シンカイワシちょっと強すぎる……」

 

 タイマンが始まって間もなく、シンカイワシを引きつけてくれているノワレからのSOSが届いた。


 助けに行きたいのは山々だが、タカが俺を見過ごしてくれない。


 シンカイワシは二回目の『変わる』魔法の後、空から槍で強襲する戦い方に変化していた。


 フウセンタカにも負けない五メートル近くある翼をはためかせ、大空を駆けるようにしてノワレを襲う。


 最初はなんとか受け流せていたノワレだが、次第に追い詰められ『シオン』を落としてしまった様子だ。


 無慈悲な獣の、最後の一撃がノワレに向けて放たれる。


「ノワレ!」


 俺はタカを放り出してノワレの方へ走り出した。


 途中、追って来たタカの爪が脇腹を引き裂いたが、痛がっている場合ではない。


 イワシの槍は、もうノワレの頭のすぐ上まで迫っていた。


 間に合わない……俺はまた目の前で親しい人を亡くすのか……


 …………


 絶望しかけた瞬間、甲高い金属音が耳に届いた。


 この世のものと思えないほど美しいその音は、まさにノワレに降り注ぐ福音のようで……


「また面倒なのを相手にしているな、お前たち」


 その場にへたり込むノワレ。


「グラン……」


 グラン様がシンカイワシの槍を弾き、悠然とそこに佇んでいた。

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