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神代の御使い  作者: 逆巻多巻
剣聖編
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第二十八話 魅惑の神父

 アハト隊長の息子さんが内乱で……


 俺もテルスも何も言えなくなり、気まずい沈黙が訪れる。


 そんな沈黙を破ったのはリンゴだった。


「コーヒーおいしいわネ」

「……そうでしょう? 行きつけなのよ」


 俺とテルスの間の張り詰めた雰囲気が一気に緩和する。


 これはリンゴに感謝だな。


 あえて空気を読まないテクニックは、流石の年の功と言ったところか。


 実際に年の功なんて言ったら怒られそうなので、俺は空気を読んでテルスの言葉を待つ。


「アハトさんはその時軍部にいたのよ。だから息子さんを守ることもできず……それ以来、国内に常駐する部隊を置くことを提言してきたわ。それで出来たのが、あなたのいる警察隊ってことよ」


 テルスが頬杖をついて俺の顔を指差した。


 彼女の艶のある髪と同じ栗色の瞳が、どことなく悲しげに俺を見つめている。


 不覚にもドキッと来てしまったが、全力で気のせいだと言い聞かせる。


「責任重大ネ、雄助」


 リンゴは楽しそうに俺の膝をポンポン叩く。


 俺は"頑張るっすよ"なんて返事をしつつ、アルトケスが、そしてアルトケスの人たちが抱える重い真実に胸を痛める。


「頑張りなさいよ雄助。あなた期待されてるんだからね」

「はい。頑張ります……まずはヨブコオオカミを飛ばしたアーククラフトの調査からっすね」

「わたしはこの後予定があるから失礼するわね」 


 テルスは忙しなく店を出ていってしまった。


 やはり内乱のことは無理に聞こうとしない方が良かった気がする。


 それでも過去は変えられないので、俺はこれからのアルトケスで二度とそれが繰り返されないように頑張るしかない。


 そう決意をした。


「あの子も大変そうネ」

「そうっすね。俺たちも出るっすよ」


 俺はリンゴをカバンに押し込み、店を後にする……


 あ、お会計は……?


「先ほどのレディが払っていかれましたよ」 


 例のマスターが、ニコニコとして支払いは結構だと言ってくれた。


 ……次こそはマジで絶対俺が奢る。


 これは年上の意地だ。


            ⚫️


 店を出た俺とリンゴは、そのまま広場に戻ってきた。


 前に来た時より閑散としている。


 静かな街並みが、逆にあの日の賑わいを思い出させるようだ。


 少し寄り道をしてしまったが、調査を再開しよう。


 その時、少し離れた位置から走ってくる人影があった。


 リンゴはカバンの奥にモゾモゾと潜り込み、バレないように息をひそめる。


「お、雄助やないか! 奇遇やな、お前も調査やろ?」

「雄助。そっちはなにか進展あった?」


 さっきテルスと話したところだったが、偶然にもネズとウィルダーと出会った。


 まだコーヒーを一杯飲んだだけと言うのは後ろめたいので、ちょっとばかり目を背ける。


「いや、まだ来たばっかりっすね。これから調査に参加するっすよ!」

「よっしゃほな一緒に行くで雄助!」


 そう言ってネズが自信たっぷりに歩き出した。


 これはなにか作戦があるのだろうか。


 期待しながら少し歩いたところで、先頭を意気揚々と歩いていたネズが振り返って聞く。


「そんで雄助。どうやって調べるつもりや? オオカミが飛んできた大体の方角くらいしか分かることないしな……」


 無策かよ……


 まあ俺も全然良い方法は思いついてないから文句は言うまい。


 俺は頭を振り絞った末に、一つの結論を導き出した。


「とりあえず……聞き込みとかっすかね?」


 警察はこういう時聞き込みをする。


 というのは刑事ドラマの見過ぎかな。


 でもロコモの時も同じようにしたし、それ以外有効な手が思いつかないのだから仕方ないだろう。


「聞き込みか……少し行ったところにハナカンムリの教会があるんだよね。そこにいる人に聞いてみようか」


 ウィルダーが俺の意見に追随してくれた。


 ハナカンムリ。

 確か、花を育てることが教義の宗教団体らしい。


 ロコモに行った時にもテーサと少し話したな。


 実際アルトケスでもかなり人気なようで、軒先に花を飾っている家が異常に多い。


 おかげさまでアルトケスはカラフルな様相を見せている訳だ。


 さっきのテルスに聞いた内乱の話の後だと、特別な思いを抱かずにはいられない。


 それはともかく、教会なら人も集まるだろうし、なにか見た人がいるかも。


「ほな行こか! この時間やったら誰かはおるやろ!」


 そこから百メートルほど歩いた先に、教会の入り口が待っていた。


 白を基調とした華奢な教会で、ところどころに花や神? をモチーフにした装飾が施されている。


 ちらりと見える裏庭には、色とりどりの花が所狭しと並んでいる。


「お邪魔しますー!」


 ネズが適当な挨拶と共に入り口の戸を叩き、みんなで教会の中に足を踏み入れた。


 異常なほど高い天井と、見渡す限りの純白が俺たちを迎える。


 優しく響いていたピアノの音が俺たちの足音を合図に鳴き止み、ピアノに座っていた人物が俺たちの元へ歩いてくる。


 赤い髪を上で結え、真っ白な装束に身を包んだ穏やかな雰囲気の人。


 フローラルな花の香りがふわりと漂い、骨ばった白い手がちらりと袖からのぞいている。


 年齢は二十代にも四十代にも見える、不思議な魅力を放つ人だ。


「これはどうも、警察隊の方々ですか」


 声を聞いて初めて男性だと認識した。


 それほどまでの中性的な魅力に、少しばかり見惚れてしまっていた。


 そんな俺の横からネズが遠慮なく話を始める。


「あんたピアノ上手いなあ! ここの神父さんなんか?」

「ええ、僕はレスト・フルッツと言いまして、おっしゃる通り神父で御座います。何か御用でしょうか?」


 俺はレスト神父の自己紹介でハッと我に帰り、本題を切り出す。


「ああ、すみません。先日そこのマーケットで起きた神獣騒動について、なにか怪しいものを見たとか聞いたとかは無いかなと思いまして」


 レスト神父が少し考える素振りを見せ、残念そうに俺の方を見る。


「なるほど、聞き込みですね。生憎僕はその時別の街にいたもので……」

「そうっすか……ご協力ありがとうございました!」


 うーん、空振りだったか。


 しょうがない、また別のところで聞き込みを……


「あ、そういえば! その時の担当の者に聞いたことですが、礼拝にいらしていた方がお一人いらっしゃったそうです。確かマーケットに出店していたレストランの方で、ケンセイ様という名前だったと思います」


 レスト神父が思い出したように付け加えてくれた。


 これは有力な情報かもしれない!


 その人にも何か見てないか聞いてみよう。


「本当っすか! どこの出店か分かりますか?」

「確か"グラツィエ"というレストランの出店ですね。先程から出店の片付けをされていますから、教会を出て斜め向かいに行けば会えると思いますよ」


 レスト神父がにっこりと微笑み、教えてくれた。


 またも惹き込まれそうになるのをグッと堪え、レストさんに礼を言う。


「ご協力ありがとうございました!」


 そう言って敬礼をし、俺たちはレストさんに背中を向ける。


「そういえばあなた、噂に聞くアーククラフトを持った異邦人の方ですね」


 帰ろうとする背中越しに、レスト神父に話しかけられた。


 少し声が低くなったような気がしたのは気のせいだろうか。


 俺は肩をビクッとさせて振り返る。


「はい。いや、噂になってるんすか……」

「ええ、大変な活躍だったと。それはそれとして、転移したばかりでは悩みも尽きないでしょう。どうですか、一つ二つ僕に悩みを打ち明けてはくださいませんか?」


 なんとも不思議な人だ。 


 あまりにも心地よく響く声と、あらゆる罪を赦してくれるような眼差しが、俺の心の盾を容易に引き剥がしていく。


「……俺、こんな強い力を得てしまって……でも、人を殺めたりしたくないんすよ。どんな人にも良いところはあって、愛してくれる人がいるはずっすから……」


 自分でも驚くほどに気持ちが溢れて止まらない。


 グラン様がここにいたら、また甘いと叱られてしまうのだろう。


「力を持つ人にとっては避けられぬ悩みですね。大事なことは、力の使い方ですよ」

「使い方……」

「ええ、あなたは力を得たら、それで人を傷つける義務があると勘違いしている。人を傷つけられるということは、傷つけないことも出来るということではないでしょうか?」


 レスト神父の言葉は、優しいピアノの音色のようにするすると耳に入ってきて、心を軽くしてくれる。


「傷つけないことも出来る……ですか。良い考え方っすね。少し心が軽くなったっす!」

「なら良かったです。ハナカンムリは悩む方を拒みません。またいつでもいらしてくださいね」

「はい。ありがとうございます!」


 お礼を言って今度こそ俺たちは例のケンセイさんのところへ急ぐ。


 レスト神父に話を聞けたことは良い収穫になったな。


 というか俺が話を聞いてもらっちゃったけど……


            ⚫️


 教会を出た俺たちは門の手前にある出店に向かった。


 金属の調理器具がぶつかり合うカンカンという音がそこかしこから響いている。


 教会の斜め向かい、"グラツィエ"と書かれた看板を掲げる一つの出店。


 目的の出店では、一つの人影がせっせと片付けに精を出していた。


 ……その姿を見て俺の鼓動が逸る。


 その後ろ姿は魔法使いのように真っ黒なローブに覆われていたのだ。


 確かケミアのギャングにアーククラフトを横流しした警察隊員も黒いローブを着ていたはずだ。


 少し警戒しながら声をかけてみる。


「あの、ケンセイさんっすかね……?」


 黒いローブの人物はビクッと肩を揺らし、ゆっくりとこちらに向き直る。


 ローブのフードを勿体ぶるようにゆっくりと外し、意外にも端正な顔立ちをした男が口を開く。


「いかにも。余こそが救世の異邦人、ケンセイ・ミムラである!」


 …………なんて?

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