第二十七話 一杯の惨事
真夏の日差しの中での休暇から数日。
ロコモ王国から戻ってきた俺とノワレは、グラン様に呼ばれて王城を訪れていた。
城の中に長々と伸びる、白を基調とした豪華な階段。
その脇には、花瓶に入れられた花々が飾られている。
階段だけではない、色とりどりに咲いた花々が美しく城を飾り立てているのだ。
階段を登り切った先、突き当たりの部屋でグラン様は待っていた。
「ああ、来たか。休暇は楽しめたか?」
ニヤリと笑みを浮かべるグラン様。
俺たちが妖花連合と戦ってきたことは知っているはずなので、これはちょっとした王族ジョークなのだろう。
「なんか、どこいっても戦ってる気がするっすよ……」
クスクスと口元を抑え優雅に笑うグラン様。
見ているだけで涼しくなるような清楚な笑みである。
「仕方あるまいさ。御使いは大きな力を持つ。そういう者は運命的に戦いに引き寄せられるものだろう?」
「うーん、確かに? それが責任ってやつっすか」
「雄助は難しく考えすぎだね。もうちょっと楽に戦ったほうが良いよー」
ノワレは楽に考えすぎだろう。
「ところでノワレ。シュウジと言ったか、お前の元仲間とは話せたのか?」
「うん。まだ説得は難しそうだね。また戦わなくちゃいけないかもなー……」
俺にはまだ戦いのハードルは高い。
出来ることなら話し合いで解決したい。
でも妖花連合とはまた戦うことになる気がする。
そのとき俺は、彼女らの命を奪うことを運命だと受け入れられるだろうか。
そんなことを考えていると、部屋の奥から歩いてくるリンゴと目が合った。
足が短いから、距離に対してかなり時間をかけて近づいてくる。
てちてちという幻聴が頭の中を反響する。
非常に愛くるしい。
「雄助、ノワレ。お勤めご苦労様ですワ」
「変な言い方するなー。リンちゃんはお仕事進んだの?」
「バッチリですわヨ! グランとネロと一緒に調査をしたんですけどネ、この前のヨブコオオカミの件、何かしらのアーククラフトが関わっていることは間違いないわネ」
ネロ?
ああ、ネロセーヌ副隊長のことか。
そういえばリンゴは二千年以上生きてきてるから、俺たち全員赤子に見えているのかもしれないな。
いや、そんなことより今はアーククラフトの話だ。
「モノを飛ばす能力ってことっすよね? アテはあるんすか?」
「うむ。リンゴと共に文献を調べ直してな、いくつか候補は絞った。ただ、それを裏付ける証拠が無い。今、警察隊に現場検証をしてもらっているところだ」
仕事早いな。
確か俺たちにも手伝ってほしいって話だったけど、何をすれば良いんだ?
「じゃあ、ウチらは何を手伝えば良いの?」
「二人はオオカミが飛んでくるところを直接見た目撃者だからネ。その時のことを思い出しながら調査に加わって欲しいのヨ。もちろんワタクシも現場に行きますワ」
あれ、リンゴは存在がトップシークレットのはずでは?
アーククラフトの情報を蓄えたアーククラフトなど、あまりにも狙われすぎる。
そんな判断の元、存在を隠蔽することになってたと思うんだけど……
俺の視線を感じ取ったリンゴが胸を張って説明してくれる。
「雄助の心配は分かるわヨ。だから、雄助のカバンに入っていくことにしたワ!」
聞いてないですリンゴさん……
あまりにも責任重大じゃないか。今から緊張して心臓がやかましく脈打っている。
……まあノワレもいるしどうにかなるかな?
「あ、ウチは行けないんだ」
「え、なんでっすか?」
「アハトさんにしごかれることになってて……」
呟いたノワレの顔から生気が消えた。
世界に絶望したような表情が、アハト隊長の"しごき"の強度を物語っている。
「そうっすか……がんばるっすよ……」
俺に出来ることはここまでである。
白くなっていくノワレからは目を逸らし、心の中で無事を祈っておく。
グラン様も可哀想な子犬でも見るかのようにノワレに目線を向けている。
ちなみに……
「グラン様は来てくれたりしないんすか……?」
「すまんな。兄上と用事がある。それが終わったら様子を見にいくさ」
兄上。
警察隊副隊長のネロセーヌ様のことだ。
優しそうな風貌だがかなりの堅物というか、とにかく少しの油断や気のたるみも許さない人だ。
俺より真面目なのではなかろうか。
グラン様も来られないとなると不安ではあるけど、任せてもらった以上はやり遂げるのがポリシーである。
気合を入れて隊服の袖を捲った。
「とにかくよろしく頼むっすよ、リンゴ!」
「任せとくのですワ」
ちっちゃなリンゴの手と握手を交わした。
その場はそれで解散となり、俺はカバンに入れたリンゴと共に王城を後にした。
……ちなみにお土産を買ってこなかったことでグラン様は唇を尖らせていた。
勘弁してほしいものである。
⚫️
さておき、ヨブコオオカミが飛んできた広場に来てみたわけだが……
「流石に無策で探すのはナシっすよね……」
「雄助。ワタクシも歩きたいですワ」
カバンがもぞもぞ動き、中からリンゴが声を出した。
俺は慌てて周囲を確認しながらカバンを押さえつける。
誰にも聞かれないよう、鳥がさえずるような小声でリンゴに話しかける。
「リンゴ! リンゴは存在自体トップシークレットなんすよ。だから歩かせるのは無理っすよ!」
「とはいえ流石に窮屈ですワ。誰か来たらぬいぐるみのフリすれば大丈夫ですのヨ」
「大丈夫じゃないっすよー……」
危機感を持ってくださいリンゴさん。
あなた攫われるかもしれないんですよ?
「何してるのよ雄助」
「うおっ!!」
心臓が飛び出るところだった。
リンゴと話しているところを後ろから声をかけられたのだ。
もしやリンゴの存在がバレたかと大いに焦りながら声の主を確認すると、そこにはテルスさんが立っていた。
セーフ!
「テルスさん! 危ない、誰かに見つかったかと思ったっすよ!」
「見つかったってなによ。あとずっと言ってるけどテルスで良いわ」
テルス……はどことなく大人っぽいので、呼び捨てにするのは少し勇気がいるんだよな。
でも本人がそう呼べと言うのだから、断るのも不自然である。
俺がドギマギしていると、リンゴがぴょこっとカバンから頭を出す。
「テルスじゃないノ。元気そうネ」
それを見た途端、テルスの雰囲気が一気に和らいだ。
「リンゴ! あ、あなた外出て大丈夫なの?」
テルスは意外と可愛い物好きなようである。
微笑ましいななんて思って眺めていたが、テルスの鋭い視線を察知して目を逸らす。
「テルスは何をしていたノ?」
「調査よ! 私は今日休みなんだけどね。普段が激務だから働いてないと落ち着かないの!」
リンゴだけに向けた可愛らしい笑顔のテルスから、えげつない言葉が発せられた。
王子の専属の護衛だから仕方ないことだが、こともなげに労働基準法違反っぽいこと言ったな。
安心しろテルス、俺が警察として助け……
いや労働基準法とか無いか。
異世界だし。
「体調は大丈夫なんすか、テルス?」
「あなたは自分の心配をしなさいよ。内偵は上手くいっているの?」
「う……」
俺は即座にテルスから目を逸らした。
身長は俺の方が二十センチメートル近く高いはずなのだが、今は俺の方が縮こまって小さくなっている。
「いやあ……やっぱりみんな良いやつなんすよねー」
「あなたね……いや、良いわ。調査に私情を挟むのだけはやめてよね? 警察隊に入ってからお友達ができたんでしょう?」
テルスがお母さんみたいなこと聞いてくる。
どこから仕入れた情報なのか、ニヤニヤと俺の急所を抉ったみたいな顔をして……
「出来たっすよ。だからこそあいつらを疑うのが心苦しいって話じゃないっすか」
「……まあまだ日も浅いし、そんなものね。リンゴは順調かしら?」
やっぱり俺とリンゴに対しての扱いが違うよテルスさん。
そりゃあリンゴは可愛くて、俺は可愛くないからしょうがないけど……
「あとひと押しで神獣を飛ばしたアーククラフトを特定できるわネ」
「すごいじゃない! 詳しく聞かせてほしいわ!」
「いいわヨ!」
リンゴがカバンのふちに短い手をかける。
俺はそれを慌てて押し戻し、また周囲を確認する。
「そんな警戒しなくても、周りには誰もいないわよ。……仕方ないわね。前に会った"カフェ・エルミティネ"。あそこで話しましょうか」
「ワタクシはコーヒーが飲みたい気分ですワ」
「コーヒー飲めるんすか!?」
「コーヒー飲めるのね!?」
俺たちは逸るリンゴをなんとか宥めつつ、路地の入り口に鎮座する"エルミティネ"に入店した。
ちなみに俺は超緊張している。
お洒落な店というのは、何度行っても慣れないものだな。
俺たちは、以前座った奥まったテーブルに着席し、店内の誰からも見えなさそうな位置にリンゴを着席させる。
「マスター、コーヒー三つ。ミルクは要らないわ」
「三つですかな? なるほど、カフェインを過剰摂取すべき昼下がりもありますな。しばしお待ちを」
テルスが代表してコーヒーを三つ頼んでくれた。
店主さんはかなり怪訝そうな顔をしていた。
それにしても相変わらずの軽いノリに、もはや安心感すら覚える。
コーヒーが到着し、店主さんは特に迷うことなく一つをリンゴの前に置いてくれた。
これで俺は、はたから見たらぬいぐるみの前にコーヒー置いてる人になるわけだ。
明日からはメルヘンポリスとでも呼ばれてしまうのだろうな。
ネズあたりに爆笑されている図を思い浮かべて苦悶する。
……まあリンゴが楽しそうだから良いか。
俺は気を取り直してテルスにもグラン様と同じ話をしてみることにする。
「テルス、リンゴ。犯人の目的はなんだと思うっすか?」
「目的? ……確かにすぐには浮かばないわね。また内乱とかじゃないと良いのだけれど」
前に少し聞いたことがある、十年前に起きた建国以来最大規模の内乱というやつか。
「テルス。嫌だったらいいんすけど、内乱のこと教えてくれないっすか?」
「……そうね。あなたもアルトケスで生きるなら知る権利があるわ。あれは、言うなれば地獄ね」
黙って相槌を打ち、テルスの話を聞く。
彼女が地獄とまで形容するのだから、その惨状はなんとなく目に浮かぶ。
「アルトケスにいたギャングのボスがね、そこらの浮浪者や小悪党にアーククラフトをばら撒いたのよ。それで、アルトケスに九つあった都市の全てで一斉に武力蜂起が起きたわ」
「それ、ニロビに『オトギリソウ』が渡されたのと似てるっすね」
「そうね。要するにあの時はニロビみたいなやつが十人以上発生したのよ。数え切れないほどの国民が殺されたり攫われたりしたし、九つあった都市のうち二つは壊滅したわ」
壊滅!?
一つの都市を滅ぼしてしまうほどの力か……
俺は思わず『リンドウ』を見つめる。
そんな俺に構わずテルスは話を続ける。
「ドラクロワ領という都市は特にひどくてね。領主と奥さんは殺され、その娘さんを含む百人以上の子どもたちが行方不明になったわ」
なんだか現実感が無いが、これは紛れもなく史実なのだ。
日本にいた時は八十年前まで戦争してたとか、日本から遠く離れた国で戦争がって話してたけど……
まさにここで、たった十年前に起きたことなんだよな。
「結局、そのギャングのボスってのはどうなったんすか?」
もしそいつが生きているなら、今回のことに関わっている可能性も高いと思う。
「アハトさんが討ち取ったわ。……あ、アハトさんに内乱の話はタブーね」
「タブーっすか……? な、何でっすか?」
聞かない方が良かった気はする。
しかし知っておいた方がいい気もする。
俺は恐る恐る、テルスの機嫌を伺うように尋ねた。
テルスとしても勝手に言っていいのかという葛藤があったようだが、俺の不安げな眼差しに根負けしたのはテルスだった。
「アハトさんの息子さんも、内乱で亡くなっているのよ」




