第二十六話 王宮のミリモウイ
翌朝。
聞いたことない鳥の鳴き声で目が覚めた。
俺とノワレにはコテージが一つずつあてがわれ、快適に夜を過ごさせてもらえた。
軽く朝食だけ頂いた後、長居するのも申し訳ないので早々に出発することにした。
そんな訳でロコモの軍人の皆さんに見守られつつ、俺たちはアルトケスに帰る馬車に乗り込む。
「申し訳ありませんでした。私が弱かったばかりにっ……」
見送りに来てくれたリックさんが、土下座の姿勢で額を地面に擦り付けている。
「いやいや! そんなことないっすよ! アコが特別強かっただけっすから……」
なんだか逆に申し訳なくなり、慌てて敬礼をして土下座を相殺した。
昨日の夜中、必死の救命措置によって目を覚ましたリックさんは、もうすでに立って歩けるまでに回復していた。
『リンドウ』が効いたのなら嬉しいな。
「結果的に全部は上手くいかなかったっすけど、リックさんとテーサと一緒に戦えて良かったっす!」
「私に魔力を分け与え、救命までして頂いたとのこと。この御恩は忘れることはございません!」
最後の方は音割れするくらいの大音声だった。
俺はリックさんをまあまあと制しながら、ほっと胸を撫で下ろす。
これだけ元気なら、もう完全復活と言って良いだろう。
「また来いよ雄助。俺様たちは同じ『リンドウ』の傷を受けた仲だ!」
同じ釜の飯を食ったみたいに!
「また来るっすよ! こんないい国がアルトケスの同盟国で本当にラッキーっすね!」
俺は鷹揚に頷き、テーサと固く握手をする。
青い空と海を名残惜しく思いながら、用意してもらった馬車に乗り込んだ。
馬車はガラガラと音を立てて荒れた道を走り出し、俺たちのロコモ王国への小遠征は幕を閉じた。
「なあ、ノワレ。シュウジさんどうやって説得したら良いんすかね……」
馬車に揺られながら、俺はノワレに反省会の開催を持ちかけた。
シュウジを説得するのは至難の業だった。
やはり継続して情に訴えていくべきだと思うんだよな。
俺はそんなことを昨夜、一晩中考えていたのだ。
他ならぬノワレのために。
しかし、俺はノワレの切り替えスピードを侮っていた。
「まあ、気長にやるしか無いよねー。こっちの話も聞いてはくれるしさ。ところでさっきリンちゃんから通信あったんだけど、帰ったら例のヨブコオオカミ関連の調査を手伝って欲しいんだって」
切り替え早っ!
せっかく色々考えてみたのに……
でもここでシュウジの話を続けるとノワレが不機嫌になりそうなんだよな。
……まあ次の問題もあるし、今度シュウジたちに会えるまでは放っておくしかないか。
問題がどんどん山積みになっていく気がする。
俺は一個ずつ片付けていく派なので、めっちゃむず痒い。
夏休みの宿題を最終日に先送りしてる感覚だ。
七月中に終わらせた方が絶対楽なのに。
「……なんとか一つずつ解決していくしかないっすね」
俺は力無く呟き、それに応じるようにノワレも小さく頷いたのだった。
⚫️
ロコモ王国。
王城、玉座の間。
雄助たちが登った山の中腹あたりに聳える紅の城の、最重要部にて。
テーサとロコモ国王ダゼムによる会合が開かれる。
テーサは王の前に伏し、その忠誠を全身で体現している。
「それで、テーサミリモウイよ。どうだったのであるか? アルトケスの御使いたちは」
白く色が抜けた顎髭を撫でながら、ダゼムは威厳たっぷりに問うた。
テーサは王の声に反応して顔を上げ、昨日の出来事をつぶさに報告する。
「はい、タゼム王。わたくしの目から見て、妖花連合との死闘を生き抜いた技量と頭脳。さらにリックカウアイーを救うためにその身を差し出す献身性。非常に優れた戦士であると評価できます」
テーサの物言いは昨日とはうって変わって厳かである。
どちらかといえば雄助と話しているのが素のテーサであるが、王の前での堅い口調も、決して作っているキャラクターではない。
「そうか……では、例の話は慎重になったほうが良いのであるな……」
「アルトケス王国との同盟を解消し、エスピケス王国を中心とした三国同盟に加盟するという話ですね? それに関してはわたくしも慎重派でございます」
テーサが毅然と言った。
ダゼムの直近の悩みは三国同盟。
その中心たるエスピケスの国王から、再三同盟入りの提案を受けているのである。
長く同盟関係を築いてきたアルトケスを捨てるのか。
ダゼムにとって、ロコモにとって頭の痛い問題であった。
「そなたもそう思うか。噂では、三国同盟がアルトケスに攻め入るという話がある」
「わたくしはその噂には懐疑的でございます。攻め入る理由がないではありませんか」
「そうは言ってもな。かの三国は先日軍事同盟も締結したようだぞ? それこそ、これまで経済同盟として上手くやっていたのにだ。わざわざ軍事同盟を締結する意味は、戦争を置いては他に無いではないか」
ダゼムの言葉にテーサは黙ってしまう。
経済的な同盟だったのが、急に軍事同盟に発展する。
その意味することは、即ち戦争を意識しているということ。
それが今すぐなのか、そしてアルトケスを意識したものなのかは分からない。
「実際に戦争が起きてしまった時、アルトケスにつくか三国同盟につくかは、我が国の存亡を分ける決断になるのだ」
「はい、理解しております。だからこそ本来は時間がかかる入国許可証を、無理を通して彼らに渡したのですから」
ダゼムが鷹揚に頷く。
アルトケスに新たに現れた御使いたちがどれほど戦えるのかを見極めるために、彼は自分の一存で入国許可証を発行していた。
ロコモのような小国にも有力な貴族というのはいるもので、彼らの反対を押し切った形だ。
これからの貴族への対応を想像して憂鬱そうに指を叩くダゼム。
ダゼムが溜息をつきながら、玉座に深く座り直す。
「『ハイビスカス』を失ったのは痛いが、彼らとそなたが関係を持ったことは評価できるのであるな」
「はい。今後ともアルトケスの御使いたちには充分な監視をつけさせます。そして必ずや祖国のため、最良の判断を下すことを誓いましょう」
「頼もしく思うのであるぞ。五代目ミリモウイ、テーサよ。」
ロコモ王国の人間は苗字を持たない。
その代わり、役職ごとに後任者に名前を引き継いでいるのだ。
彼の役職名こそがミリモウイ。
"王の三本腕"、"ロコモの影"、"日陰の支配者"。
数多の二つ名を持つ、国王直属の参謀官ミリモウイ。
その五代目を継ぐのが、テーサミリモウイである。
彼はロコモの秘匿戦力として、常に外界を警戒し、ロコモの発展を陰から見守る義務を負っているのだ。
歩き出したテーサは、天井を見上げ昨日のことに思いを馳せる。
今回の彼のミリモウイとしての任務は、アルトケスに現れた新たな御使いが、どれほどの戦士であるか。
アルトケスが戦争になった時、彼らの側に立って戦うべきか。
それを判断することにあった。
そしてテーサが出した答えが……
「雄助、ノワレ。俺様はお前たちを信じることにする」
テーサの声は王に届いたか。
この決断はテーサにとって、私情ではない。
テーサは王の右腕として、常に非情だった。
雄助とノワレを試すために、リックにさえもあえて加勢しなかった。
それでリックが死んでも、最悪アーククラフトだけは回収しようという気でいた。
友人を見捨ててでも、ロコモのための判断材料を得ることを優先した。
しかし、雄助とノワレはそれを補って余りある働きを見せた。
彼はミリモウイとして、ロコモの未来を担う人間として、雄助とノワレは信用に足ると判断したのだ。
これにより、アルトケスとロコモの関係は現状維持となり、テーサの仕事には三国同盟の動向調査が追加されたわけである。
⚫️
アルトケス王国王城、グランセーヌの自室にて。
午後のティーブレイクに精を出していたグランとリンゴを訪ねてくる人がいた。
「入りますよグラン。順調ですか?」
涼しげな声を鳴らし、丁寧に扉を開けて入ってきたグランの兄。
第一王子のネロセーヌである。
ネロセーヌを認識したグランの顔に、花が咲いたような笑顔が広がる。
「兄上! 妖花連合のアーククラフトの件ですが、順調に調査が終わりました。おそらくアコのアーククラフトは『トリカブト』だと思われます」
ネロセーヌが満足そうに頷く。
普段は他の人間と同じように扱いながらも、内心で弟の成長を一際嬉しく思うネロセーヌである。
「確か毒使いでしたね。遭遇したら気をつけるとしましょう」
「兄上の方は順調ですか?」
「ええ、こちらの調査も進んでいます。しかし、ヨブコオオカミを飛ばしたアーククラフトがどうしても特定できないのです」
ネロセーヌは困ったように肩をすくめて見せる。
昨日から鑑識班と共に現場検証を重ねているが、一向に証拠となるものやアーククラフトが見つかっていないのである。
「ということは、リンゴにも動いて欲しいと。そういう訳ですね……?」
「そうです。リンゴの知恵ならば、僅かな証拠からでもアーククラフトを特定できるでしょう?」
ネロセーヌがリンゴに歩み寄り、その腕をそっと撫でた。
リンゴは満更でもなさそうに短い足をパタパタさせている。
「任せて欲しいのだワ! ふわふわと飛んできたのよネ?」
リンゴはそう言うと、その膨大なデータベースにアクセスするために動きを止めた。
「いくつか候補があるわネ……ワタクシも現場に行ってみたいワ」
ものの数秒で該当の能力を弾き出したリンゴ。
それでも絞り切ることは出来ず、外出の許可を求めて腕をブンブン振っている。
「そうですね。では明日以降の調査に同行してもらいましょう。……でも隊員たちには姿を隠す必要がありますよね」
リンゴの存在は機密事項になっている。
あまりにも特殊なアーククラフトであるため、狙われる可能性が高いからである。
グランやネロセーヌと行動すれば、あまりにも目立ってしまいバレる可能性が危惧されるのだ。
「では、雄助を行かせます。彼のカバンにでも入って行くといい」
グランが思い出したように提案し、リンゴはそれを喜んで受け入れた。
「久しぶりにお出かけですワ!」
リンゴはメタリックホワイトの手足をぴょこぴょこさせて喜びを表現している。
「では引き続き頑張ってくださいね、グラン」
「はい! 兄上も頑張ってください!」
ネロが部屋を出て廊下を歩き去って行く。
「グラン、あなたネロセーヌといる時はそんな感じなのネ」
「……二人には言わないでくれ」
グランは気恥ずかしそうに目を背ける。
「若いわネ」
リンゴはかわいらしい人形の姿だが、二千年以上を生きているアーククラフトである。
リンゴにとってはグランもネロも等しく子どもなのだ。
そんな兄弟の微笑ましいやり取りを肴に、リンゴの前に置かれたティーカップはあっという間に空になってしまったのだった。
読んでくださってありがとうございました!
ロコモ王国編、終了です!
テーサとリックは今後も物語に深く関わってきますので、名前だけでも覚えて帰ってください……!
次回より、剣聖編です!
次回もよろしくお願いします!




