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神代の御使い  作者: 逆巻多巻
ロコモ王国編
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第二十五話 終幕の笛

 アコの旗を取り上げたが、それはアーククラフトでもなんでもないただの旗。


 戦闘経験値も含めて考えれば、状況的にはまだ互角である。


 そんなアコとの睨み合いのさなか、聞きたくなかった声が戦場に響く。


「アコ様ぁ♡ アーククラフト、サルベージしてきましたぁ!」


 エンジンを搭載した小さなモーターボートみたいな船を駆り、ファウナがこちらへ合流してしまった。


 その右手には細長い棍棒のようなものが握られており、満面の笑みでそれをブンブン振り回してアピールしているのが見える。


 恐らくはあれが沈んでいた新たなアーククラフトなんだろう。


 もちろん左手にはランチャー型のアーククラフト『ラフレシア』が担がれているので、戦力差は絶望的なまでに広がってしまったわけだ。


 俺は苦虫を噛んだような顔でファウナを睨みつける。


 すると、その視線に気づいたファウナがこちらを見つめ返してきた。


「ねぇ、あなた。なんでアコ様の旗をあなたが持っているの……?」


 ファウナが目ざとく俺の左手の旗を見つけて呟いた。


 体の芯から冷やされるような、冷たく澄んだ声。


 先程までアコに向けていた柔らかな目とは打って変わり、憎悪やら怨嗟やらを詰め込んだような目で俺を見つめるファウナ。


「返しなさい……今、すぐに!」


 激昂したファウナがなんの躊躇もなく『ラフレシア』を放ってきた。


 直径三メートルはある巨大な棘付きの鉄球が、俺たちの乗っている軍艦を直撃する。


「危な! ちょっと、船沈むっすよ!」

「やめろファウナ! 俺たちも乗っているんだぞ!」


 ノワレと戦っているシュウジまでもが文句を言っている。


 しかし、真っ赤な顔をして激怒しているファウナにその声は届いていないようで、俺に向けて『ラフレシア』を乱射する手が止まらない。


 棘鉄球の豪雨を一つ一つ丁寧に躱しながら対応を考える。


 アコのことも考えなくてはならないが、このままではあと数分もしないうちに軍艦が穴だらけになって沈みそうだ。


 いっそ旗を返してみるか。


 しかし旗を渡してしまうと折角手に入れたリーチというアドバンテージが失われてしまう。


 そういう小さなアドバンテージを逃して勝てるほどアコは甘くないのだ。


 でも『ラフレシア』乱射されるよりはマシかなぁ……


 俺が迷っていると、痺れを切らした様子のファウナがこちらの船へと上がってきた。


 そしてなりふり構わず俺に向かって棍棒を振り下ろしてきた。


 海から引き上げたばかりだからか、キツい海水の匂いが鼻をつついてくる。


「あんたごときがその御旗に触れるなぁ!」

「やっぱあんた口悪いっすね!」


 俺は振り下ろされた棍棒を『リンドウ』で受け止め、逆の手に持った旗でファウナを狙う。


 ファウナは旗に染み込んだ毒を嫌がったのか、大きく俺から距離を取った。


「アコ様の旗でファウナに攻撃するなんて……許さなァい!」


 ファウナが『ラフレシア』を俺に向ける。また砲弾が飛んで来るのかぁ……


「……使えるかも」


 ここで俺は雷が落ちたようにアイデアを閃いた。


 横をちらっと見ると、ノワレとシュウジもお互い距離をとっている状態だった。


「アコ様のために……死んじゃえ!」


 ファウナの『ラフレシア』が火を吹く瞬間、俺は大きな声でノワレを呼ぶ。


「ノワレ! 交代っす!」


 ノワレはこちらを一瞬見ると、察したようにこちらへ飛び出してきた。


 間一髪のところでノワレが俺とファウナの間に割って入った。


 そして放たれた『ラフレシア』の棘鉄球をノワレの『シオン』が捕らえた。


 これで鉄球を回転させられる!


 巨大な鉄球が進路を変え、ガリガリと甲板を削りながらシュウジの方へと突っ込んでいく。


「ちっ」


 シュウジは『ウツボカズラ』を鉄球に向け、安全に反発させることを選んだ。

 巨大な鉄球が大きな水柱を上げて海に沈んでいく。


「お返しっす……!」


 鉄球に気を取られているシュウジに俺が追撃をかける。


 『リンドウ』を振り下ろし、シュウジの体に大きな切り傷をつけた。


 『リンドウ』であれば、例え傷自体が浅くとも魔力を吸うことで一気に形勢を逆転させられるのだ。


 俺の体に魔力が流れ込み、心拍数が上昇していくのを感じる。


「……やってくれたな刀堂雄助」


 恨めしそうに俺を睨みつけるシュウジ。


 体の線が細いからだろうか、その顔はかなり青ざめやつれたように見える。


「やられた分だけやり返させてもらったっすよ」


 余裕ぶっているが、俺は内心震えていた。


 やはりどうしても人を斬る感触は嫌いだ。


 でもこうしないと多分、俺もノワレもテーサもリックさんも全員死ぬ。


 これが命を選ぶということなのかな。


 だとしたら俺は、見事にアハト隊長の言う通りになってしまっているわけだ。


 俺は少し複雑な気持ちになり、それを隠すように口元に手を当てる。


「少々みくびっていたよ。謝罪する」


 形だけの謝罪と共に、シュウジの手元から『ウツボカズラ』が飛んできた。


 俺はそれを海の方へ弾き飛ばすも、それはブーメランのようにシュウジの手元へ戻っていく。


 なるほど、『ウツボカズラ』は投げて使うことも出来るのか。


 投げたチャクラムを、手に持ったチャクラムで再び手元に引き寄せていると。


 二つ一組であることを存分に活かした戦い方だ。


「やっぱり戦い慣れしてるっすね……!」

「貴様こそ、異邦人の割には異様に強いな。どんな戦闘民族の出身だ?」

「そんなに褒められると照れるっすね。別に戦闘民族とかじゃないっすよ」

「……冗談の通じんやつだ」


 シュウジが心底つまらなさそうに溜息をついた。


 失礼なやつめ!


 ムッとする俺を無視して、シュウジの波状攻撃は勢いを増していく。


 シュウジは再び片方の『ウツボカズラ』を投擲した。


 それはシュウジが反対の手に握っているもう一方の『ウツボカズラ』によって操られ、四方八方から俺の命を狙ってくるのだ。


 ラジコンを相手している感覚なのだが、飛んでいるのが大型の鋭利な刃物なのだから笑えない。


 俺は『リンドウ』による身体能力上昇のおかげでなんとか反応し、旗も使ってそれらをかいくぐりながらシュウジの懐へ潜りこんだ。


「ぐっ……」


 旗を投げ捨てた俺の左ストレートが、もろにシュウジの腹に入った。


 シュウジが苦悶の表情を浮かべ膝をつく。


 今なら投げられる!


「覚悟するっすよ!」

「ダメだよ」


 俺がシュウジの袖を掴もうとしたところで、俺とシュウジの間にアコが割って入った。


 アコは俺の前で真っ赤な傘を開き、俺の追撃をシャットアウトする。


 リックさんのアーククラフト、『ハイビスカス』だ。


 一度距離を取り、さっき投げ捨てた旗を回収する。


 考えれば考えるほど頭が真っ白になっていく。


 アコとシュウジの二人を相手するなんて、俺には到底無理だ。


 というか俺はリックさんのアーククラフトのことなんて考えている余裕は一切なかった。


 これもまた戦闘経験の差か……


「ほらシュウジ、ファウナ、帰るよ。旗は忘れな」 


 え!? 帰ってくれるの?


「な、なんでここで帰るんすか!?」

「なんで!? 大事な旗でしょう!?」


 俺とファウナが同じようなことをアコに聞いた。


 ファウナに鬼の形相で睨まれた気がしたのは、多分気のせいではない。


「いや、『トリカブト』と相性良いから使ってただけで、旗自体はそんなにすごいもんじゃないよ。それより、そろそろ向こうの援軍がくる時間だ。長期戦はこちらに不利だよ。アーククラフトを二つ回収できたら上出来だしね。それに……」


 アコがちらっと俺の方を見る。


「ここで殺すには色々と惜しいからね。今日はここまでだ」


 アコの言葉と共に、ファウナとノワレも戦闘を切り上げた。


「刀堂雄助。この借りは必ず返す。貴様の『リンドウ』も私が貰い受ける。……覚えておけ、俺の名はシュウジ・ピッチャー。貴様を喰らい、溶かすものだ」


 シュウジが顔を歪ませながら俺に告げた。


 そのままシュウジを先頭に彼らの船に乗り込んでいく妖花連合。


 その背中に向けてノワレが最後の説得を試みる。


「シュウジ! ウチは……もうシュウジと戦いたくないよ……!」

「……お前が『シオン』を手放さない限り、それは無理だ」

「な、ならウチは……」

「馬鹿なことを言うな! お前にそれを手放すのは無理だ。……またどこかの戦場で会おう」


 そして彼女らは水平線の先へと猛スピードで去っていった。


 だが俺たちに、感傷的にそれを見送る時間の猶予はない。


「リックさん!」

「まずい……! もうかなり毒が回ってる!」


 急いで船を降り、毒で倒れたリックさんの元へ駆け寄った。


 大量に毒を飲まされたらしく、白目をむいて血と泡を吹いている。


 一応救命措置については一通り講習を受けたことがあるが、毒の種類が分からないのではどうしようもない。


 テーサも泣きそうな顔でリックさんの名前を呼んでいる。


「雄助!もう少ししたら医療班が到着するはずだ。それまで俺様たちは何をすれば良いんだ……?」

「わからない……毒を飲んだ人には、胃の中のものを吐かせるってのは聞いたことあるんすけど……」


 それをやって良いのかわからない。


 泡まで吹いてる人に、胃の中のものを吐き戻せるだけの体力があるか? 


 そもそも吐いてどうにかなるのか?


 何かそれ以外の方法……


 俺もテーサも青い顔でリックさんを見つめることしか出来ない。


 こうしてる間にも毒がリックさんの命を蝕んでいるのに……!


 命、生命力……


 もしかして!


「ノワレ! アーククラフトって、持ち主以外でも使えるっすか!?」


 未だシュウジの後ろ姿をチラチラと確認しているノワレに聞いた。


 ノワレはハッとして答える。


「あ、えっと……その時持っている人が御使いだからね。大抵使えるんじゃ無いかな」


 とにかくやってみるしか無い。


 俺はリックさんの手に『リンドウ』を持たせ、俺の横腹に刃を差し込む。


「ちょっと何してんのさ!」


 ノワレが怪訝そうに尋ねてくる。


「『リンドウ』を介して俺の魔力を送り込んでるっす。これで少しでも体力が回復すれば……」


 気休めかもしれない。

 でも何もしないよりは良いと思う。


 魔力を吸われていくごとに、体から力が抜けていく。


 さっきシュウジから結構な量の魔力を吸ったとはいえ、やりすぎると俺の命まで危険に晒されてしまう。


 でもリックさんは、まさに今危機に瀕しているんだ。


 俺の命がやばくなるかもとか関係ない。


 とにかく目の前の命を救いたい。


 俺は朦朧とし始める意識の中、ただ一心にリックさんの無事を祈り、目を固く閉じる。


「俺様に代わってくれ、雄助」


 そう言うとテーサは俺の体から『リンドウ』を抜いた。


 朦朧としていた意識は、その激しい痛みと共に俺の元に戻ってきた。


 そしてテーサが俺の代わりに魔力をリックさんに送り込み始めた。


 『リンドウ』の刃が俺の脇腹を離れた瞬間、その場にへたり込む俺。


 初めて魔力を吸われた側の気持ちを理解できた。


 まずは吐き気と脱力感が来るんだな……


 何か自分の魂とか自我とかが抜けていくような感覚だ。


 俺はこれまで魔力を吸って来た人たちに思いを馳せる。


 少ししてロコモ王国の軍医が到着し、リックさんは大急ぎで病院に運ばれていった。


 他の毒に侵された隊員たちは、リックさんより飲まされた毒が少なかったようで、その場の治療で一命を取り留めている。


「……良かったっす……」

「ダメだよ雄助。そういう無理の仕方してると、いつか自分の首を絞めるよ」


 ノワレが厳しい口調で俺に言った。耳が痛い。


「……そうかもっすね。でも、それでも助けたい命が、目の前にあったんすよ」

「……バカ真面目だね」


 ノワレの顔は見えない。

 でも声色で分かる。

 絶対に笑ってはいないと思う。


 ノワレの正義と俺の正義も、交わらないところにあるのかもしれないな……


 ノワレはそれから一言も喋らない。


 居心地が悪いわけではないので、そのまま地面に転がりながら今日の成果を考え始めた。


 ……さては何も無いか。


 妖花連合は構成員含めてほとんど逃してしまったし、新しく発見したアーククラフトも彼らに渡してしまった。


 一応ノワレがシュウジとちゃんと話せたのは良かったか。


「俺たち、何も得られなかったっすね……」

「それは違うな雄助。俺様は転んでもタダでは起きんのだよ!」


 そういうとテーサは一つの細長い棒を見せてくる。


 ……ってそれ海底に沈んでたアーククラフトじゃん!


「え、いつのまに!? 確かファウナが握ってたっすよね!?」

「あいつが『ラフレシア』ぶっ放した時、船の甲板が少し壊れただろ? その時に出た細長い瓦礫とすり替えておいたのさ。『ガジュマル』でな!」


 『ガジュマル』の力ってすげー!


 そんな繊細なコントロールまで出来るのかよ!?


「マジ!? 大手柄じゃんテーサ!」


 ノワレも嬉しそうに飛び跳ねている。


「そうだろう? 後は、リックが無事ならそれで良いさ」


 テーサは小さく笑い、棒型アーククラフトを大事そうに抱えこむ。


 結局、リックさんの『ハイビスカス』と新たに出てきたアーククラフトを交換する形となってしまった。


 しかし、あれだけの曲者揃いの妖花連合相手に全員生存なら、そこそこ上手くやった方だとも言えるか。


 俺たちは眩い夕焼けを浴びながら、リックさんの無事を祈った。

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