第二十三話 鉄傘の陽花
高速で水面を滑る軍艦の船首が、ロコモの港を射程にとらえた。
そこにいるのはロコモの軍人たちのはずだったのだが……
「妖花連合……総動員か?」
港では、ロコモの軍人と争う妖花連合の構成員たちの姿もあった。
彼らの物と思しき小さな帆船が、所狭しと港を占拠している。
リックさんは苦虫を噛み潰したような表情で港を見ている。
港に帰れば形勢を逆転できるという目論見が大きく外れてしまったわけなので無理もない。
「総動員だと? バカなことを言うな。二割ほどしか集めていないさ」
対照的にシュウジは自信に満ちた声で答えた。
シュウジは二割と言っているが、人数で見るとロコモの軍人の倍はいる。大体数百人くらいか……
そもそもロコモが小さな国で、軍部が小規模なこともあって厳しい戦況になっているのだった。
「じゃ、そっちの二人は任せたよ。シュウジ」
アコは一言シュウジに告げると、ものすごいスピードでリックさんに突撃した。
アコの旗をリックさんの傘が受け止め、勢いそのままに二人は船を転げ落ちていく。
「時間稼ぎも終わりだな。第二ラウンドだ」
後ろにテーサを庇う形で、俺とノワレもシュウジに向き直る。
テーサのアーククラフト『ガジュマル』はあくまで精霊を呼び出すだけで、精霊とテーサ本人に戦闘能力は無い。
そして、向こうにはまだファウナがいるし、彼女は海底に沈んでいたアーククラフトを持って戻ってくるのだ。
戦いが長引けばどんどん不利になっていく構造である。
「ノワレ、なんとか短期決戦を狙うっすよ。今の状態で五分五分なのに、ファウナまで戻ってきたら俺たちの負けっす」
「なかなか冷静な判断だ。二人まとめて妖花に来るか?」
ムカつくほどの余裕を見せつつ、シュウジは手でクルクルとチャクラムを弄んでいる。
「お断りだよね。ウチが目を覚まさせてあげる!」
ノワレが『シオン』を構えてシュウジに向かっていった。
俺も時間差を付けてシュウジの腕を狙う。
俺は少し躊躇しながらもシュウジに向けて『リンドウ』を振り下ろした。
「単純だな。眠たくなる」
シュウジはまるでフィギュアスケーターのように高速回転し、チャクラムの斬撃を空間いっぱいに振り撒いた。
俺たちの良くも悪くも真っ直ぐな攻撃はいとも簡単にいなされ、反撃の切り傷までもらってしまった。
ダメだ。明らかにシュウジが強すぎる。
「両手に武器持つのズルくないっすかね!?」
「……ノワレも両手に持っているだろう」
俺のこぼした愚痴すら簡単にいなされてしまった。
このままだといわゆるジリ貧になってしまう……
「ノワレ、『シオン』を操作してぶつけられるか?」
次の一手を探して攻めあぐねていると、後ろからテーサが作戦を出してくれた。
「それは出来るけど、どうせ弾かれて終わりだよね……」
「お前ら真面目に真っ直ぐ攻撃しすぎなんだよ! あのチャクラム二つなんだから、三方向から同時に攻撃したら通りそうじゃねぇか!?」
テーサがシュウジを指差して言った。
テーサに指摘されたが、さっきから俺の攻撃とノワレの攻撃は、まとめて弾き返されているのだ。
二人で攻めているはずなのに手数が少なくなってしまっていた。
何も言い返すことができず、俺とノワレは苦い顔をして頷く。
「……テーサって軍部参謀官とかいう割に脳筋なんだねー。でもその案乗った!」
「よし。二人でタイミング合わせてみるっすよ!」
シュウジに向き直ったノワレの両手から、『シオン』がふわりと浮き上がった。
まるで地球の周りを月が回るように、『シオン』がビュンビュンと空気を切って回り始めた。
公転スピードが速くなるにつれて、『シオン』が描く円の半径も大きくなっていく。
「雄助! 真ん中お願いね!」
「分かったっす!」
ノワレのやりたいことはだいたい分かった。
目にも留まらぬ速さで回転する『シオン』が、シュウジを左右から攻撃する。
ならば俺はタイミングを合わせて真っ直ぐ攻撃するのだ。
走り出した俺はシュウジに真っ直ぐ対面し、その肩口を狙って『リンドウ』を突き出した。
ほぼ同時に『シオン』がシュウジの頭目掛けて飛来する。
これにて三方向同時アタックが完成したのである。
シュウジはチャクラムを二つしか持っていない。なのでシュウジとしては、いずれかの攻撃を甘んじて受ける必要があるわけだ。
これはいける、と思ったその時。
「妥当な選択だな」
俺の想定では、まずシュウジはチャクラムを左右に向け『シオン』を弾く。
そこで俺がガラ空きの体に切り込む。
……そのはずだった。
実際シュウジはチャクラムを左右に向けたのだが、なんと『シオン』は弾かれるどころか中心の穴にピタッと吸い寄せられたのだ。
そしてシュウジの肩を捉えていた俺の『リンドウ』も、『シオン』と同じようにシュウジの左手のチャクラムに吸い寄せられてしまう。
まずい。そう思ったのも後の祭りで、俺の体は無防備な状態でシュウジの目の前に差し出されてしまっていた。
シュウジの右手に握られたチャクラムが俺の体の表面をゾリゾリとなぞり、途端に鋭い痛みに脳を支配される。
慌てて『リンドウ』から手を離し飛び退いた。
幸いにも傷自体はそこまで深くない。
それにしてもシュウジのチャクラム、物を反発する能力じゃなかったのか!?
「あのアーククラフト、ひょっとして磁力を操るのか?」
テーサが小さな声で呟く。
それを耳聡く聞いたシュウジが勝ち誇ったように解説を始める。
「ああ、その通り。磁力の操作こそが我がアーククラフト、『ウツボカズラ』の能力の真髄。反発だけだと決めつけるのは早計だったな」
シュウジの体の周りをビュンビュンと二輪の『ウツボカズラ』が飛び回る。
『シオン』と同じような芸当もできるのか。
やられた。
磁力を操る能力であることは予想できたはずだった。
自分の戦闘経験の浅さをつくづく実感する。
「すまない、二人とも。俺様の判断ミスだ……」
テーサが青い顔で小さく震えている。
その顔を見て、俺は自分の中の恐怖心を無理やり押し殺した。
「今はそれを気にする時じゃないっす。なんとか『リンドウ』と『シオン』を取り返す方を考えるっすよ!」
まだ出血は治らないが、それでもテーサの前で手を広げ庇う体勢を取る。
「良い加減にしろ。貴様らも死にたくはないだろう? 今すぐに『ガジュマル』を渡せ」
シュウジが右手を無造作に差し出して言った。なんとかあの自信満々の顔に泥をつけてやりたい。
「断るっすよ! あんたらみたいなテロリストに渡すものなんか何も無いっす!」
そんな啖呵を切ったは良いものの、『リンドウ』も『シオン』も『ウツボカズラ』に呑まれてしまっている。
磁力で吸着しているわけだが、生半可な力ではひっぺがせそうもない。
どうしたものかと考えていると、唐突に後方から地面が抉れるようなものすごい轟音が響いてきた。
「な、何の音?」
そちらの方を見やると、俺たちにとってあまりに絶望的な光景が広がっていた……
⚫️
時間は少し遡る。
雄助とノワレがシュウジの『ウツボカズラ』相手に苦戦している中、アコは軍人たちと大立ち回りを演じていた。
アコの持つ旗から滴る黒紫の液体が、向かっていくロコモ王国軍の兵士たちを次々に昏倒させていく。
「毒か…趣味が悪いな」
リックはポーカーフェイスを崩さない。
しかしその鍛え上げられた褐色の両腕は、倒れていく同士を前に怒りで震えている。
「趣味が悪いって? こんな兵器にお花の名前をつけやがったやつよりはマシじゃないかな?」
アコも笑顔を崩すことなく毒づいた。
次の瞬間、両者の間に蔓延る激しい緊張感が一気に弾ける。
先に動いたのはリック。
普段はもっと冷静なリックだが、この時ばかりは怒りが心を塗りつぶしていた。
両者の武器が火花を散らし、互いの矜持をかけてぶつかり合う。
「アコ……貴様では私と『ハイビスカス』には勝てん。特にここ、ロコモの大地ではな!」
太陽光を浴びることで自身の身体能力を上昇させられるのが『ハイビスカス』の能力である。
そして、ここは常夏の国ロコモ。
『ハイビスカス』にとってこれ以上ないロケーションなのだ。
「『ハイビスカス』ね……この位の日差しがあれば全力を出せるのかな?」
アコの問いかけに、リックは傘による刺突攻撃をもって答える。
この攻撃は、旗の柄の部分を器用にあてがわれ防御されてしまった。
しかしその威力はアコの腕を痺れさせ、その軽い体を吹き飛ばすのに充分だった。
後方へ吹っ飛ばされたアコは手を器用に使って受け身を取り、痺れを取るために手をブンブン振っている。
「傘とは思えない威力だね。まともに受けるのはやめとこうかな?」
「安心しろ。次はまともに喰らわせてやる」
すかさず距離を詰め、『ハイビスカス』で連撃を浴びせるリック。
アコも応戦するが、太陽光を浴びることでだんだんとリックの動きは鋭さを増し、段々と攻撃が通り始める。
そのうち鉄の傘による横薙ぎがアコの脇腹に吸い込まれ、鈍い音と共にアコは膝をついた。
「先程の戦いを見て分かった。貴様の毒は経口接種で効果を発揮するのだな? わざわざ軍人たちの顔に手を当てがっていただろう」
リックが自信ありげに問うた。
「その通りだよ。同僚を犠牲に情報を得るなんて……趣味が悪いな?」
起き上がってニヤリと笑ったアコに言い返されるリック。
そしてまた、怒れるリックとアコとのぶつかり合いが始まった。
リックの攻撃は先程までアコに受け止められていたが、今度は受け流されるようになっている。
「旗のリーチを活かしたヒットアンドアウェイに切り替えてきたな。だが遅い!」
リックは受け流されるのも構わず特攻を続ける。
そしてアコの右腕を掴み、そのまま引き寄せて腹を蹴り上げた。
しかしそれはアコの左腕にガードされ、致命的な一撃にはならない。
「ははっ。乙女の腹に蹴りを入れるかね。礼儀知らずだな!」
アコの毒を帯びた手がリックの顔面に向けて牙を剥く。
慌てて『ハイビスカス』を開いて防御したリック。
一度距離を取り、お互いに次なる一手を叩き込む隙を探る。
「妖花連合アコ、貴様の狙いは我が『ハイビスカス』か?」
「厳密にいうと違うね。一番は『ガジュマル』だよ。……まあでも、ついでに全部奪い取って帰ろうとは思ってたけどね」
アコは不敵に笑っている。
リックは今の言葉が自分への侮辱だと捉え、内心で憤慨した。
リックの怒りに呼応するように『ハイビスカス』は鮮やかに輝き、その鉄のボディがアコの旗を急襲する。
「ついで、か。……だが誤算だったな。アルトケスから二人の御使いが加勢に来てくれている。貴様らがアーククラフトを持ち去ることなどないのだ!」
戦いの最中、二人の会話は続く。この流れはリックにとって都合が良かった。
この隙に『ハイビスカス』に太陽光を浴びせることで、今やリックは身体能力にかなりの恩恵を受けている。
そのためリックとしては、もう少し会話を引き延ばしても良いとさえ考えていた。
しかし、アコの次の一言が、リックの堪忍袋の緒を引きちぎる。
「……んー。この程度の兵隊を何人集めたところで、あたしたちの邪魔にはならない。ただ無駄死にが増えるだけさ。この辺に転がってる雑兵たちみたいにね」
アコが近くで毒に苦しむ軍人たちをわざわざ足蹴にして言った。
「……そこまで言うなら、是非私の全力の邪魔を受け取ってもらおうか! ……咲きたまえ、『ハイビスカス』!」
傘を開き、高く昇った太陽の方へ向けるリック。
ノワレを破った大技で一気にケリをつける算段である。
「なるほど。鉄製の傘の内側で光を乱反射させて能力の恩恵を最大限に受け取っているわけだ……『ハイビスカス』の最大火力か、良いね……!」
アコが今日一番の笑顔を見せる。
「それを看破したところで貴様の負けだ。妖花連合リーダー、アコ!」
太陽光のチャージが完了し、リックの体に光エネルギーが満ちる。
ロコモの太陽のように赤々と熱を帯びる『ハイビスカス』は、まさに燃え盛る炎そのもの。
そんなエネルギーの塊となった鉄傘が、アコの企みまでをも焼き尽くそうと煌めいた。
「奥義……ハイ・ソルバレット!」




