第二話 異世界の門
まずは状況を整理しよう。
俺は死んだ。そして異世界に転移して……
また死にかけている。展開が早いって。
俺の目の前にはレイピアを構え臨戦体勢の青年がいる。俺としてはどうしても話し合いで解決したいんだけど、どうやらそれはもう無理そうだった。
レイピアが俺の腕に向かって迫ってくる。それをギリギリで回避しつつ隙を探る。
よく見れば彼のレイピアも濃いめのオレンジ色に輝いている。人の刀を派手呼ばわりしたくせに!
年は二十代前半だろうか。どことなくあどけなさを残す整った顔面。その中でも一際鋭い光を放つ青色の瞳。
風に靡く金髪が、レイピアのオレンジを反射して明るく輝いている。
とか観察している間にも彼のレイピアは、的確に俺の関節を狙って飛んでくる。
次の突きは俺の右腕に向かって飛んできた。
俺はそれを半身で避けながら刀を放り投げた。目を見開いて驚いている青年の腕を掴んで一息に背負い投げを決める。
柔道やっといてよかったー!
投げられた青年が一瞬驚いた顔をしたと思ったら、俺の腕にものすごい衝撃が走った。
慌てて腕を離し、青年から距離を取る。
「痛っ!」
投げた反動にしては痛すぎるぞ。でも相手に何かされたわけでもないし……
どうする? 投げないほうがいいのか?
青年はと言うと、受け身が取れていなかったので投げのダメージはしっかり入っているようだ。起き上がるのに時間がかかっている。
ヒリヒリと痛む腕を押さえつけながら次の手を考えていると、青年の方から話しかけられる。
「まさかアーククラフトを投げ捨てて戦うことを選ぶとは……貴様、何者だ?」
お? なんか話聞いてくれる雰囲気だぞ?
俺は刀を拾いつつ、ダメ元でこれまでの経緯を話してみることにした。
「実は俺……その、違う世界から転移? してきたんすよねー……」
自分で言ってて分かる。これは無理だろう。
誰がこんな怪しい奴の怪しい言い訳を信じるのだろうか。
「な、貴様……異世界から転移してきたのか!?」
え、話早いな。異世界転移って珍しくないのかな……
そのままここまでの経緯を話そうとした時だった。
突如グルルルと地をうねるような低い唸り声が響く。
声がした後ろを振り向くと、さっきの騎士風の女性の真上にでっかいドラゴンみたいなのがいる。
ゆうに三メートルは超えていそうな体躯に、足には鉄も貫通しそうな爪を備えている。その爪は、明らかに女性を鷲掴みにせんと伸びていた。
走り出したのはまったくの同時。
俺の太刀がドラゴンの爪を弾き、青年のレイピアがドラゴンの首を貫いた。
土煙を立てて地面に堕ちるドラゴンの巨体。
「だ、大丈夫っすか? 怪我とかは……」
「あ、ありがとうございます……申し訳ありませんグランセーヌ様、少々油断してしまい……」
「無事なら良いさ、テルス。……謝罪をさせてくれ異邦人よ。よく訳も聞かず切り掛かってすまなかった」
グランセーヌ様……さんが頭を下げる。いや俺も投げたからお互い様ということで……
「いや、俺もいきなり尻で踏んだんで、お互い様で大丈夫っすよ」
これは友好的に解決できそうだ。俺は今日一番の笑顔で謝罪を受け入れる。笑顔が効いたのか、空気は一気に弛緩し話しやすい環境が出来上がった。
なんとか誤解も解けたことだし、この世界のこととか、アーククラフトのこととか聞かせてもらおう。
「俺は刀堂雄助って言うっす。この世界のこと、色々聞かせて欲しいっす!」
「私はグランセーヌ・テラ・アルトケスだ。こっちは私の護衛で……」
グランセーヌさんに促された女性が落ち着いた声で挨拶をする。
「テルス・アルトケスと申します。先程はありがとうございました」
そう言って深々とお辞儀をするテルスさん。俺もつられて頭を下げる。
「では刀堂雄助。まずはお前の話を聞かせてくれるか? さっきの女神の話とか、そのアーククラフトの話とかな」
俺はゆっくりと頷き、「あ、雄助で良いっすよ」なんて軽口も挟みながら、前の世界で死んでから今までのことを語る。
グランセーヌさんは興味深そうに俺の話を聞いてくれたが、女神様の件だけは眉をひそめていた。
「女神か……」
「とても信じられませんね。神は二千年前の大戦で滅びたはず」
じゃあ俺がさっき会った人はなんなんだよ! 謎が増えてしまった。とにかく一個ずつ解決していくか……
「じゃあ、アーククラフトってのはなんなんすか? この『リンドウ』もその一つだって言われたんすけど……」
グランセーヌさんが神妙な面持ちでレイピアを撫でながら答える。
「アーククラフトとは、神の時代に生み出された、特殊能力を持つ戦争兵器の総称だ」
「そして、グランセーヌ様や刀堂雄助のようにアーククラフトを使って戦う者のことを、御使いと呼びます」
みつかい? ……神の使いみたいなことかな?
そう呼ばれるほどに強大な力を持つ兵器ってことだな。
……うん。なんか雑な気がするけどとりあえずこれで良いや。アーククラフトは強い武器!
「私のレイピアもアーククラフトでな。名は『ダリア』。あらゆる波を操作できる能力を持っている」
「……さっきグランセーヌさんを投げた時、腕にものすごい衝撃が来たんすけど、それも『ダリア』の能力っすか?」
「そうだ。投げられた時に発生した衝撃波を『ダリア』で雄助の腕に返した」
波って衝撃波もいけんのかよ。なるほどこれは強いな。
「じゃあ、俺の『リンドウ』にも何かしら能力があるんすか。女神様は教えてくれなかったっす」
「まああるだろうな……発動条件にも色々あるのだ。試してみるしかあるまい」
試してみる、かあ……
人を斬るとかは御免なので、後で木でも斬ってみようか。
「あ、それとさっきも言ったんすけど『エンシェント』っていうアーククラフトについて何か知らないっすか?」
「聞いたことはないな」
「私もありませんね」
うーん。これに関しては収穫無しと。
どんなものか分かれば探しようもあるのだが、『ダリア』を見るにアーククラフトって色んな形があるんだよな?
てことは『エンシェント』もなんかの武器の形をしているんだろうけど……
というか『リンドウ』『ダリア』と花の名前で来ておいて『エンシェント』って何!?
俺が知らないだけでそういう花があるのだろうか。
「まあ、続きは馬車の中でだ」
グランセーヌさんに促されるまま馬車に乗り込んだ。ドラゴンがいるような世界なのに馬も普通にいるんだな……
「ところで、ここはどこなんすか?」
「ここはアルトケス王国。その東側に位置する山道だ」
アルトケス王国? 確かグランセーヌさんの名前……
「グランセーヌさんって、ひょっとして由緒正しい家柄だったり……」
「ん、言ってなかったな。私はこの国の第二王子だ」
王子! 要人! まずい、フランクに話しすぎた!
冷や汗が止まらない。俺さっきこの人のこと投げたぞ!?
「お、王子様だったんすか!? そうとは知らず失礼なことを……」
「構わんさ。テルスを救ってもらった恩もある。グランで良いぞ」
「それは流石に無理っすね……」
王子様を呼び捨てとか時代が時代なら処刑ものだろ。ちょっと軽すぎやしないかこの人。
「ところでなんでグランセーヌ様はこんな原っぱに居たんすか?」
「『天空の覇者』と呼ばれる獣の被害が相次いでいてな。おそらくはさっきのトカゲのことだろうが。近隣の国民から討伐の請願書が出ていたのだよ。……あとグランで良い」
呼び捨ては勘弁してくれ、俺の胃がもたない。
あとドラゴンのことトカゲって言い切ったぞこの人。
「……グラン様で。」
せめてもの抵抗で様だけは付ける。
そんな俺の小市民ぶりを見てグラン様はふっと小さく笑うだけだった。
なんか言動から漂う余裕感がすごいな。流れる金色の髪も、自信に満ちた群青の目も、全てが強者の証のようだ。
「ちなみにテルスさんも王族の方で……?」
「私はグランセーヌ様とはいとこにあたります。……まあ家のことは複雑ですから控えますが、今は護衛として付き従っております」
こちらもやんごとなき御方のようで。
俺たち三人を乗せた馬車の中で、俺以外の二人が王族ということで途端に肩身が狭くなった気分だ。
流れていく車窓からの景色は、元の世界とさして変わらないのどかな丘陵である。
「ところで、この馬車はどこに向かってるんすか?」
「最終的には王都に帰るのだがな、その前に近くの街に寄っていく。まあ、王子としての職務……ちょっとした顔見せだな」
王子としての仕事か。やはり民衆の心を掴むために色々やっているんだな。
そのまましばらく会話をしながら馬車に揺られた後、街の入り口に差し掛かった。
まさにその時、その男の子は唐突に現れた。
「助けてください!」
馬車の外から甲高い男の子の声がしたと思ったら、馬車がその場に急停止した。
とにかく馬車を降り、その子の元へと歩み寄る。
大きく手を広げ馬車の進路を塞ぐ男の子。年は六つ程だろうか。服に少し血がついているのが気になる。
「何があったのだ?」
「急に悪い人が来て、みんなをおかしくしちゃったの……」
泣きながら訴える男の子。どうやら只事ではないようだ。
とりあえずこの子を保護してから詳しく話を聞いて……
「そうか。では行くぞ、テルス、雄助」
グラン様は迷うことなく歩き始める。その足取りには一切の躊躇がない。
「だ、大丈夫っすか? まだもうちょっと話を聞いてからの方が……」
「こうしている間にも誰かの命が脅かされているかもしれないのだぞ。一瞬たりとも待つことは出来ん」
これが王子の、国民を守る者の背中か。
圧倒的なまでの判断力だ。
目の前にはケミアと呼ばれた街の入り口が、俺たちを待ち構えるように大口を開けていた。




