第十九話 休暇の予定
神獣騒動の翌日から三日間、俺とネズとウィルダーは追加の休みをもらった。
特に俺は神獣との初邂逅であり、精神的な面を心配されての判断だった。
まあ『リンドウ』のおかげで体力面はすでに全回復しているんだけれども。
起き上がるのが億劫になるくらい疲労が溜まっているので、午後の予定までは寮でゆっくり過ごすことにしよう。
……なんて考えていたのがすでに懐かしい。
俺のゆるりとした休日は、彼女の提案によって早々に終わりを告げる。
「雄助! 外国行こーよー!」
「まじっすか……」
なんでそんなに元気なんだノワレ。
昨日共に神獣と戦ったはずのノワレは、紫のインナーカラーが入った黒のショートヘアをぴょこぴょこさせながら飛び跳ねている。
こういうバイタリティがないと生き残れない世界ってことかな……。
それにしても外国とはまた急だな。
「外国? 流石に無理じゃないすか? 他国の御使いが勝手に入ってきたら、カチコミだと思われるっすよ」
という最もらしい疑問を口に出した。
しかしそんなものはほとんど建前であり、ゆっくりしたいから理由を探してみただけだったりする。
「カチコミ? ……は全然分からないけど、許可のことならグランから取ってあるよ」
「え、許可出たんすか!?」
「行き先がロコモ王国だからね。アルトケスとは同盟関係なんだよ。向こうで軍人を見張りにつけることを条件に許可もらったんだー」
ノワレが嬉しそうに一枚の紙切れを見せてきた。
……許可証って書いてある。
「そこまでして行くってことは、何かあるんすか?」
「妖花連合の目撃情報があったの。多分ロコモのアーククラフトを狙ってるんだと思う」
なるほど、どうりで許可まで取ってきたわけだ。
ノワレは少しだけ真剣な表情を見せている。
「それにしても、なんでそんなに妖花連合にこだわるんすか? 別に妖花連合に入りたいってわけでもないんすよね?」
「それはまあ後で話したげるよ。今は妖花連合の情報がこれしか無いから、とりあえず行ってみたいの!」
正直、これから妖花と戦闘になってしまうと気力の面でかなり心配はあるが、向こうの軍人が一緒にいるなら大丈夫だろう。
寮でゆっくりするより、アルトケスの外のことを知っておく方が後々役に立ちそうな気がするしな。
「じゃあ行くっすよ。俺も体力だけは有り余ってるっす」
「真面目くんにしてはノリ良いねー。そうと決まれば今すぐ行こー!」
溢れそうな笑みを浮かべ、腕を高く掲げるノワレ。
あ。この笑顔に水を差したいわけじゃないんだが……
「ああ、ごめんっすノワレ。この後グラン様と合う約束があるんすよ……」
俺は精一杯申し訳なさそうに伝える。
昨日の騒動が落ち着いた後、グラン様に話したいことがあると言われていたんだよな。
「まじー? ……じゃあウチは先に準備してるから、あんまり待たせないでよね」
ノワレは多少不満げだったが、そのまま先に下に降りて行った。
俺は五分で支度を済ませ、グラン様のところへ出発する。
……と、その前に一応ネズとウィルダーにも声をかけることにした。
これから外国行かないか? なんてかなり迷惑な誘いだけど。
「ごめん。僕昨日が初めての神獣との実戦だったから、ちょっと気疲れが……」
「あかん筋肉痛や! てかなんでお前そんな動けてんねん! 一番ごっつい傷できてたはずやろ!」
二人とも無理そうである。
諦めた俺はそのまま隊舎を駆け出し、グラン様が待つ王城へと急いだ。
⚫️
いつ見ても王城はデカいな。
中世の城と同じ雰囲気を纏った巨大建造物を見上げる。
首が痛くなりそうなのですぐに目線を正面に戻し、入り口へと歩みを進める。
王城の入り口で、衛兵さんによるボディーチェックを受けた後、案内されるまま中に入れてもらった。
頻繁にグラン様といるおかげで、『リンドウ』は没収されなかった。
王城に入った俺はさっそくグラン様の部屋があるという二階へ向かう。
グラン様の部屋の前に到着すると、中からなにやら話し声がした。
俺は五回くらいノックをしてグラン様の返事を待つ。
……ノックしすぎたな。
グラン様は多少気が知れているとはいえ、一国の王子様の部屋に入るということで俺はかなり緊張しているようだ。
しばらくするとドアが一人でに開き、グラン様ではない声がする。
「ど、どなたですか? ここは兄上の部屋ですよ……?」
声は俺の真正面よりかなり下から聞こえてきていた。
パッと下を向くとそこには……小さくなったグラン様!?
「メルト、気にするな。私の客だ」
グラン様は普通に奥の椅子に座っていた。
じゃあこの子はまさか……
「な、兄上のお客様でしたか! 申し訳ありません。私はメルトセーヌと申します……です? はい!」
「あ、えっと刀堂雄助っす。よろしくお願いします……?」
「それでは、メル……私はこれにて失礼します」
そう言うとメルト……様は一礼して部屋から出ていってしまう。
「弟さんっすか?」
「ああ、第三王子のメルトセーヌだ。私たちは三兄弟なんだよ」
メルト様も、血筋を色濃く感じさせる金髪だった。
言葉遣いの端々から、大人になりたいという願望を感じさせる。
「……背伸びしたい年頃なんすね」
「今年で十歳になる。あまりからかわないでやってくれ」
グラン様がふわりと笑う。
口調や一人称など、おそらく兄であるグラン様を慕って真似しているのであろう。
流石にかわいいなあれは。
グラン様の顔が緩むのも分かる。
しかし、今日は癒されにきたわけではないので俺は一つ咳払いをして顔を引き締める。
「それでグラン様、昨日のことなんすけど、どう思うっすか?」
「どう思うとはなんだ? 買い物を邪魔されて腹でも立っているのか?」
グラン様はよくこういうジョークを飛ばしてくる。
こうしているときは年相応の顔をしているような気がするので、グラン様のジョークは好きだ。
「違うっすよ! あのヨブコオオカミ、どこからかふわふわと漂ってきてたんすよ」
「……まあ、アーククラフトだろうな。明日から私もリンゴをつれて調査に行こうと思っていた」
「俺、昨日からずっと考えてたんすよ。……犯人はなんであんなことしたんすかね?」
昨日ベッドに入ってからも寝付けず、ずっと考えていたこと。
誰かがアーククラフトで神獣を送り込んだのだとして、その目的が分からない。
「……特定の誰かを狙っていたとかじゃないのか?」
「そうだとしたらもっと目立たない方法はあるし、例えば国家転覆とかを企んでいたとしても効率が悪いと思うんすよね」
だってあんなことをすれば警察隊は本気で動く。
アーククラフトによるテロ事件なんて、国家転覆くらい企んでいないと割に合わないのだ。
しかし国家転覆にしては地味だ。
アルトケスは神獣一匹で傾くほど弱い国ではない。
事実として、昨日発生した被害と言えば、数人の民間人と極小数の警察隊員にとどまる。
わざわざアーククラフトを使ったにしては割に合わない気がする。
「ふむ…………何かの実験の可能性はないか? 今回の襲撃で何かを確認して、次回にそれを活かす、とか」
「今回が前座ってことっすか。……だとしたら犯人は、何を確かめようとしたんすかね」
頭がパンクしそうだ。
昨日から考えているのに答えが出ない。俺は大袈裟に頭を抱えるポーズを見せる。
「まあ、明日からの調査でそれも明らかにしてみせるさ」
「分かったっす。……俺はノワレに誘われて海外っす」
これからの海外旅行は俺にとって悲喜交々である。
楽しみな気持ちももちろんあるが、妖花連合と戦うことになったら、という懸念もある。
そんな俺の情緒を察してか、目を細めて同情を顔に出すグラン様。
「ああ、ロコモか。先週何かしら情報を掴んだようでな、ノワレに許可証をくれとせがまれたよ」
「なんで簡単に許可してくれたんすか? 一応俺たちは御使いだし、まだアルトケスに来て何週間かしか経ってないのに」
「……それが私にも分からんのだ。先方から許可が降りるのにかなり時間がかかると思っていたのだが、歴史上類を見ないほどのスピードで許可がおりた」
「……分かんないことだらけっすね」
「そうだな。まあ、とりあえず休暇を楽しんでこい。土産はお前のチョイスで良いぞ」
勘弁してくれよ!
王族への土産なんて何選んでも失礼になる気がする。
……こっちの世界でも観光地に木刀とか売ってるのかな?
俺はグラン様からの土産の要求を渋々了承し、ノワレの元へ急ぐのだった。
⚫️
警察隊の隊舎に戻ると、正門前にノワレが待っていた。
結構長い時間グラン様と話し込んでしまったからな、まずは謝罪から入ろう。
「ごめんノワレ! 待ったっすか?」
「うーん? 超待ったよ」
ノワレは笑顔だった。
それが逆に俺の恐怖心を煽る。
「いや、思ったよりグラン様との会議が盛り上がっちゃって……と、とにかく早く行くっすよ!」
俺は無理やりノワレを馬車に押し込み、さっさと扉を閉めてしまう。
「まったく、あんまり人を待たせるものじゃないよ?」
「はい……」
でも当日に海外旅行に誘ってきたのはそっちなんだよなあ。
まあそんなこと言った暁にはヨブコオオカミみたいにインファイト食らうことになりそうだから絶対に言わない。
「で、グランとはどんなこと話してたの?」
俺はさっきのグラン様との会議内容をノワレにも共有する。
途中まではふむふむと頷きながら聞いていたが、最後の方は考えすぎて目が回ってきたらしい。
「ねぇ考えても答え出ないよー。……それよりさ、しょうがないから話してあげるよ。ウチと妖花の因縁」
お、とうとう聴けるのか。
なんだか少しノワレとの距離が縮まってきた気がする。
「確か、元々居た盗賊団の一部が妖花連合に引き抜かれたって話っすよね?」
「そうそう。で、ミツバチの副リーダーだったシュウジってやつがね、今の妖花でもアコの右腕やってるんだ」
少し伏し目がちに話すノワレ。
彼女がゆっくりと言葉を探しながら紡いでいくのを、俺は黙って聴いておくことにした。
「ウチはシュウジを取り戻したいんだ。あいつもウチにとっては家族だったから、ウチが幸せになるためにはシュウジが必要なんだよね」
ノワレは時折、自分が生き残りたいんだと言う。
だからノワレは……冷たいというか、人との関わりを諦めている部分があるんだと思っていた。
そんなノワレが、大切なアルバムをめくるときみたいに暖かな言葉を紡いでいる。
彼女の本当の願いは、生き残ることというよりは幸せになることなんだ。
そしてそのためにはシュウジさんも必要だと。
出会ってからの数週間で、やっとノワレの人生が見えてきた気がする。
……おっといけない。
こういうことを考えるのはデリカシーに欠けるよな。
目の前のノワレが、哀しそうな愛おしそうな顔をしている。それだけシュウジさんが大切。
それだけが事実なのだ。
「ねぇ雄助聴いてる? とにかく今はシュウジを説得する方法を一緒に考えてよー」
駄々を捏ね始めるノワレ。
そんなことを言われても、シュウジさんのことはノワレの方がよく分かってるだろうに……
「うーん。俺はシュウジさんのこと知らないっすからね……どんな人なんすか?」
「そうだね……合理的で頭良い感じー? 今は復讐の鬼って感じだね」
どうやらポロっと言ってしまったようで、ノワレが気まずそうに口元を抑えている。
「復讐って、誰の?」
「あ、まあ……家族かな……」
あー……絶対に聞かない方が良かったな。
俺は内心焦りまくっているのを隠すように次の言葉を繋げる。
「じゃあ復讐のためにアコと手を組んでるってことっすか……」
「そうだね。もう何度もやめようって言ってるんだけどなー……」
ノワレの顔に影がさした。
シュウジさんの説得にはかなり難儀しているのが察せられる。
復讐心は誰かに言われて消せるようなものではない。本人が他に大事にできるものを見つけないと意味がないんだよな。
シュウジさんにとっては……例えばノワレとか……?
まあ、当のノワレが説得してもダメなら厳しいだろうな。
「……絶対説得しよう。シュウジさんのこと」
「頼りにしてるね」
ノワレの笑顔にはいつもみたいな余裕は感じられない。
どことなく覇気が無いというか、諦めを感じる笑顔だ。彼女のダウナー気味な声が、悲壮感に拍車をかけている。
少々重ための空気の中、三時間近く馬車に揺られ俺たちはロコモ王国に到着した。
その間、結局肝心なことを聞く勇気は出ず、ノワレが好きなブランドの話に終始してしまったのだった。




