第十六話 開戦の狼煙
レストランを出た俺たちは街の北にある広場を目指して歩いていくことになった。
「北の広場ではこの時期マーケットをやってるんだ。色んな国とか街から出店も出てるんだよ」
なんて話すウィルダーに引っ張られ、実際マーケットに行ってみると、元の世界の縁日と同じように出店が並んでいた。
広場に円形に出店が並び、広場から伸びる道にまで人と店がごった返している。
「ウチ、マーケット結構好きなんだー。食べ歩き楽しいよね!」
「食べ歩きええやんか! あ! 向こうに串焼きの美味い店があんねん!」
「串焼きって肉を串に刺して焼いたやつっすか? それなら元の世界にもあったっす!」
元の世界で食べた肉の味が、口の中に広がった気がした。
小さい頃親父に連れられて縁日に行ったっけ。警察官だった親父はずっと忙しかったから、たまの休みに遊んでくれたことは忘れられない思い出だ。
ネズに急かされて出店で串焼きを買い、マーケットの奥の方へ歩き出す。
「ここの串焼きはキノボリイノシシの肉が使われてるんだ。」
思わず吹き出しそうになる。
俺が感慨に耽っている間に知らない生物の名前が出てきた。
「こっちの世界ではイノシシが木に登るんすか?」
「うん。昔から地上は神獣が支配してて、神獣から逃れるために木に登ってきのみを食べるよう進化したって聞いたことあるよ」
神獣? 何それかっこ良い。
「神獣ってどういうやつっすか?」
「ああ、神獣は体内に魔力を生成できる器官を持っている獣のことだね」
魔力を生成する器官? テルスさんに教えてもらった、神々が持っていたというあれか。
「つまり、生命力が強い獣ってことっすか。……ひょっとして魔法も使えたんすか?」
「使えるね。まあ、神が自由に魔法を使えていたのに対して、神獣は種族ごとに一種類の魔法しか使えないっていう特徴はあるけどね」
確かに魔法なんて強そうなの使われたら、一般的な獣が対抗するのは厳しいよな。
そういう理由で、この世界の獣は逃げることに特化したような進化を遂げたものが多いらしい。
……俺はなんとなく分かったような分からないような感じがして頭を抱える。
そこでここまで沈黙を守っていたネズが両腕を振り上げる。
「なんや小難しい話しよって! 美味いもんは美味いでええやないか!」
良かった、ネズは俺の側らしい。
俺はネズと肩を組み同意の意を示す。
「ウチも生物の進化とかはあんまり興味ないなー。でもキノボリイノシシは他の肉より美味しい気はするね」
「木に登るために爪と足の筋肉がものすごく発達していて、肉の弾力が良いんだよね。それに彼らが食べているものは基本きのみだけだから、肉の臭みも少ないんだ」
ウィルダーはかなりの生き物好きらしく、目を輝かせながらうんちくを披露してくれる。
ネズとノワレは退屈そうに肉を頬張っている。
俺は……小難しいけど、よく聞くと面白いので聞き入ってしまっている。
「それにしてもネーミングセンスすごいっすね。キノボリイノシシって」
「それに関しては雄助の元々いた世界も無関係じゃないかもよ?」
元いた世界?
よくわからなくて無言でウィルダーに次を促す。
それがウィルダーのうんちく魂に火をつけたようで。
「そもそも学問とか知識とかは二千年前までの神代においては神のものだったからね。神代の人間は奴隷だったんだよ。」
「奴隷? ……まあ、人間は魔法使えないっすから、神には逆らえなかったんすかね」
「うん。二千年前の大戦で神々が滅びた後、異邦人が主導して作り上げたのが今の人間社会なんだ。その過程で生物の研究も進められてきたからね。名付けのセンスに関しては異邦人のセンスである可能性はかなり高いんじゃないかな」
「じゃあ、俺と同郷の人もいたかもっすね……」
……まあ言われてみれば、元の世界にはトゲアリトゲナシトゲトゲとかいう虫がいるらしい。
それはもうトゲトゲで良いだろと思うのだが、学者のネーミングセンスとは奇怪なものだと思う。
そういう外見とか特徴から直接的な名前をつけるあたり、同じセンスを感じるのは事実だ。
そうなるとひとつ気がかりなことがある……
「ちなみに俺、転移してきてすぐドラゴンに襲われたんすよ。どんな名前か分かるっすか?」
「爪は長かった?」
「十五センチくらいだったと思うっす。」
「長めだね。多分ツメナガツバサトカゲ属のどれかじゃないかな」
聞かなきゃ良かったかなあ。
もっとファイヤードラゴンとか、かっこいいの想像してたのに。
いや火は吹いてなかったけども。
「なんかシュールっすね…」
俺は少しばかり現実を見た気がして、落胆しながら一気に冷めかけの肉を口へ押し込んだ。
そんな感じで生き物への理解を深めつつ、ウィルダーへの理解もちょっと深まってきたところだったのだが。
周りの人の様子がおかしいことに気づき、会話が強制終了される。
「なんやみんな空なんて見上げて……」
ネズの一言と共に遅れて見上げた空には……
「オオカミ……?」
一匹の巨大なオオカミが宙を舞っていた。純白の毛並みを靡かせ、ゆっくりと広場の中心方向へと漂っている。
四、五メートルはあるだろう巨体がふわふわと漂っているという、あまりにも非現実的な光景を、俺たちはただ口を開いて眺めてしまっていた。
やがてオオカミは高度を下げ、マーケットの中心へとその神々しい前腕から着地した。
……その瞬間。
けたたましい遠吠えと共にオオカミの足元に魔法陣が描かれ、その魔法陣から少し小さなオオカミの群れが出現する。
ハッと我に帰り、ものすごい気迫に圧倒されながらも状況確認を急ぐ。
「ウィルダー、あれ何すか!?」
ウィルダーの方を向いたが、先ほどまでとは打って変わって顔面蒼白のウィルダーがそこにいた。
「まずい……神獣だ。」
絞り出すようなウィルダーの声が、まさに戦いのゴングとなった。
「よう分からんけどとりあえず街の人ら守るで! 非番とか言うてられんぞ!」
オオカミたちは全方位に散り、街の人を襲い始めている。
俺たちも急いで散り、各個オオカミに挑んでいく。
「ウィルダー! こいつらなんや! 魔法は召喚でええんか!」
「うん! ヨブコオオカミだ! 親が『喚ぶ』魔法で子どもを召喚してる!」
ウィルダーが子オオカミの一匹を殴り倒しながら説明してくれる。
なるほど、親オオカミの足元の魔法陣から子オオカミが溢れてきている。
親を倒さないと止まらないやつか。
魔法が使える獣。想像していたよりも更に厄介そうだな……
さらにこの場の御使いは俺とノワレだけだ。
ネズとウィルダーも子オオカミにはなんとか対処できているが、親は俺たちでどうにかしないと。
ちらっとノワレの方を見ると、なんと民家の屋根の上からこちらを眺めていた。
「ちょ、ノワレ!? 何してるんすか! 一緒に戦うっすよ!」
ノワレは叫ぶ俺を静かに、冷めた目で眺めている。
「雄助、勘違いしてるよね。ウチは自分が生き残るのが最優先! それがウチの正義なの。……でも雄助が死んじゃうと困るから、雄助のことだけは守るよ」
「目の前で人が襲われてるんすよ!?」
「ウチは警察隊じゃないよ」
なんてやつだ!
非難の目を向けるも、ノワレには一切響いている様子はない。
俺はノワレの加勢を諦め、ヨブコオオカミに向き直った。
幸いにも親は、ひとしきり子を召喚した後はそのままその場所に留まって戦局を観察しているようだ。
まるで獲物を吟味するかのような鋭い視線に晒される。その視線に俺は見事に集中を邪魔される。
こちらが被捕食者であるということをこれでもかと突きつけてくるのだ。
そして目の前にはたくさんの子オオカミがいる。その牙が、爪が、全て俺の二度目の人生を終わらせるために輝きを放っている。
脚が震えて立っているのがやっとだった。
激しく動いて『リンドウ』を振っているのに、体温はむしろ下がっていくような感覚である。
改めてこの世界で生きられるかという問いを突きつけられている気分だ。
子オオカミの爪が俺の心臓にむけて迫る。
それを『リンドウ』で弾き、脇腹に蹴りを入れる。そうやってしばらく俺たちとオオカミの膠着が続いた。
攻防を続けていくうちに、一匹の子オオカミにかなり深めに刃が入った。途端にグッと体温が上がり、疲労感や恐怖感が溶けて薄れていく。
アハト隊長との訓練でも経験した、暴走手前の高揚だ。
そして魔力を吸われた子オオカミは、倒れ伏し動かなくなった。
俺はそれを見て身震いする。
命を奪う感覚などやはり体験したくはないな。でも、民間人の生活を守るためだ。覚悟を決めるしかない。
この場のみんなを守り、俺も生きて帰る。
……アハト隊長にあれだけ啖呵を切ったのだから、これくらいの覚悟は見せなくては。
「ネズ! ウィルダー! 親オオカミは俺がやるっす! 死なないようにするっすよ!」
「言われんでもこんなとこでは死なれへんわ!」
ネズの元気な返事に勇気をもらい、俺は再び最前線に身を投じていく。
『リンドウ』から流れ込んでくる魔力で、俺の体は限界を超えたキレを見せている。
どんどんと子オオカミの数が減っていき、俺の体はヒートアップしていった。
まずい。暴走しそう。
頭がくらくらしてきた。過度な生命力がドロドロと俺の理性を蝕み始める。
親オオカミは今だに無傷。あとこれは推測だが、まだ魔法は発動できると思う。
どうしたものかと考えていると、続々と警察隊員たちが到着し子オオカミの対処を始めてくれた。
よし、これでやることが単純になった。
親オオカミの方へ『リンドウ』を突きつけ、簡易的な宣戦布告を叩きつける。
少し余裕ができたからか頭の中は先ほどよりクリアになり、脚の震えもいつのまにか消えている。
走り出した俺は子オオカミを切りつけながら、広場の中心で悠々自適に鎮座している神獣に狙いを定める。
親オオカミはその時になってようやく重い腰を上げ、その前足の巨大な爪を無造作に振った。
魔力の吸い過ぎで意識が朦朧とし始めていた俺は、そんな雑な攻撃を見事に喰らって民家の壁まで吹っ飛ばされてしまった。
壁を破壊する勢いで激突したが、『リンドウ』からの高揚感のおかげで痛みはあまり感じていない。
「流石に強いっすね……!」
グルルと低い唸り声を発しながら牙を見せるオオカミ。
ニヤけたようなその表情に少しばかり苛立ちを覚えつつ、もう一度オオカミへと突っ込んでいく。
今度も俺の真横から爪が振り下ろされた。しかし、何度も同じ攻撃を喰らってはいられない。
ネズの見よう見真似で軽快なステップを繰り出す。迫り来る爪をかわし、ついに『リンドウ』を親オオカミの柔らかな脇腹に叩き込んだ。




