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神代の御使い  作者: 逆巻多巻
警察隊編
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第十四話 香りの住処

「『リンドウ』はお返ししますね」


 ウィルダーを医務室まで届けた後、ネロセーヌ副隊長の元へとやってきた。


 ツルに絡め取られた『リンドウ』を控えめに受け取る。副隊長の顔は笑っているが、正直今はその笑顔が怖い。


「あ、ありがとうございます……」

「アーククラフトが無ければ勝てない弱者……」

「うっ……」


 副隊長の言葉は、正直かなり強く実感していることだった。

 

 ケミアの時も、アハト隊長との稽古も、『リンドウ』が無ければ瞬殺されていたと思う。


 事実であると分かっているからこそ耳が痛い。


「……そんな風に自分を評価しているかもしれませんがね。あまり気を落とさないようにしてくださいね」


 しかし、反省する俺をよそに、副隊長の言葉は存外優しかった。


「実際俺は『リンドウ』に頼りすぎていると思うっす……」

「ウィルダーくんは警察隊の隊員、すなわち兵士として日々訓練を受けてきました。その彼に、転移してきて数日の君が生身で勝とうなんて、むしろ失礼ですよ」


 確かにウィルダーは仕事として訓練を積んできたわけで、俺が部活でやってきただけのことが通用するわけはないか……


「雄助くん、大切なのは継続です。君はこれから強くなればいい。『リンドウ』との上手な距離感も、じきに分かってきますから」


 優しさが染みる。副隊長と完全に馴染んでいる『シロツメクサ』が淡い輝きを放っている。


「頑張ります……」


 今はまだ『リンドウ』との関わり方も、強くなった自分もイメージできず、頑張りますという曖昧な抱負しか言えなかった。


 結局もやもやした気分は拭えないまま、その日の業務は終了したのだった。


            ⚫️


 今日は早上がりだった。


 警察隊にはいくつかの業務があり、それを小隊ごとの持ち回りでやっている。


 そして俺は小隊には属していないため、独自のメニューが組まれているのだ。


 というわけで今日はウィルダーやネズたちが午後の訓練に勤しんでいるのを横目に、俺はあがりとなったわけだ。


 ……まあ明日は朝から晩まで仕事あるけどね。


「自分だけ休みだと、何するか迷うっすね……」


 自室で丁寧すぎるほどに『リンドウ』を手入れした後、少し独り言なんて呟いてしまう。


 それに対する誰かからの返事はもちろん、無い。暇だ。スマホも無いし。


 あまりにも暇を持て余したので、ノープランで街に出てみることにした。


 アルトケス王国の王都ハイデン。かなり広いらしいから探検のし甲斐がある。


 俺は『リンドウ』を腰に据え、私服に着替えて街に足を踏み出した。


 とりあえずあたりを見回して進む方向を決めよう。


「……やっぱ城っすかね」


 警察隊の隊舎から見える一番大きい建造物、王城に狙いを定め歩き始めた。


 入れるのかな?


 グラン様の護衛を兼任しているとはいえ流石に用も無しには入れないか。


 そんなことを考えながらグルッと城の周りに広がる広場を一周してみた。日本の都会ほどでは無いが、人はかなり多い。


 何やら美味そうな匂いをさせている店も多いので、そのどれかに入ってみることにしよう。地域住民との交流を深めるのだ!


 そうしてしばらく店を探して歩いた結果……


「ここ……店なんすね」


 こぢんまりとしたカフェに辿り着いた。


 一見民家にしか見えないが、木製の扉には"カフェ・エルミティネ"との看板が掛かっている。いわゆる隠れ家カフェというやつか。


 かなり緊張しながらも、ドアに手をかけた。少し力を入れると木製のドアが囁くように軋み、コーヒーの芳醇な香りが鼻をつく。


 木製の茶色が基調となった店内には、落ち着いた青色の花が飾ってあり、それがアクセントとなって……とにかく良い雰囲気である。


「あ、あの……警察隊のものなんすけど、刀って持ち込んでも大丈夫っすかね……?」


 怪訝そうな顔で俺を見つめるマスターに許可を申請してみた。


 キッチリとセットされた髪にピッタリ目の服が、厳しく無愛想な職人気質を想起させる。刀の持ち込みなんて許されないかも……


「……もちのろんでございます」


 軽っ!


 マスターの顔ににこやかな笑顔が広がったのを確認し、

 俺は恐縮しながら席を探し始めた。


 そして店内を見渡し……


「テルスさん……?」

「……何やってるのよ」


 店の最奥のテーブル席に陣取る女性と目が合った。


 俺と同じ、グラン様の護衛であるテルス・アルトケスさんだ。コーヒーを前にして本を開き、栗色の瞳でジトっと俺を見ている。


「あ、いや……刀持ってるの、不審かなって思ったんすよ……」

「おどおどしてる方が不審よ。元々体が大きくて怖がられるんだから、せめてにこやかにしなさいよ」


 言葉が厳しいですテルスさん。


 おかしいな、前会った時はもっと丁寧な語り口だったはずなのに……


 グラン様がいなければこんなもんなのか。


 お互いグラン様の護衛をしていく訳だし、もう少しテルスさんとも交流を深めたいな。


「えっと……席、ご一緒しても大丈夫っすか?」


 にこやかに笑顔を作って聞いてみた。


「…………良いわよ」


 嫌そうである。


 そりゃあ一人で読書に耽っていたのだろうから、急に俺が割り込むのは嫌だよな……


 とはいえ今更席を変えるのも不自然なので、申し訳なさそうにテルスさんの目の前に腰掛けた。


「……それで、進捗はどうなのよ?」

「え、進捗っすか?」

「ノワレが言っていた件よ」


 あ、内偵の件ですか。


 店内には他に客はおらずマスターがいるだけだが、一応あまり大きな声でこういう話はしないようにしよう。


「えっと……みんな良いやつっす」


 テルスさんが呆れたように俺を見る。


「あなたね……まあ良いわ。それで、今日はなんでここに来たのよ?」

「早上がりだったから、散歩してたっす!」

「そう。暇ね」


 暇ですとも。テルスさんはなかなか手厳しい人のようだ。

 せっかくだから色々聞いてみたいのだが、この分だと会話を拒否されそうな雰囲気である。


 ちらっとテルスさんを見ると、いつの間にか本を机に伏せてくれている。少しくらいは会話してくれそう。


 俺は意を決して会話を試みることにした。


 まずはこの世界のことから。個人的なことはもっと仲良くなってからだ。


「えっと……教えて欲しいことがあるんすけど、魔力って結局なんなんすか……?」


 『リンドウ』の能力に直結することだからちゃんと知っておきたい。そしてこれくらい一般的な質問ならテルスさんも答えてくれそう。


「……そうね。人や物を動かすエネルギーのこと、かしら」


 よし、会話になった!


 自信なさげではあるが、テルスさんは俺の質問に答えてくれた。


 それにしてもエネルギーか。グラン様も生命エネルギーって言ってたっけ。


「元々は神が扱う特殊なエネルギーだったらしいわ。それこそ魔法を使うためだけに使われてたのね」

「元は人間には魔力が無かったんすか?」

「そうね。でも長い間、神々が放つ魔法とかその魔力にあてられた結果、人間が魔力を受け入れる方向に進化した……というのが現在の定説ね」

「つまり……人間も魔法を使えるってことっすか!?」


 使ってみたい! 火とか吹けるのか!?


「使えないわね。効率が悪すぎるのよ」


 使えないんだ……

 俺は勢いを削がれて小さくなる。


「効率が悪いっていうのは……?」

「まず、人間が魔法を使おうと思うなら、比喩じゃなく命が吹き飛ぶほどの魔力……生命エネルギーが必要になるの。しかも、魔法を成立させるには呪文の詠唱が必要なんだけど、小さな火を起こす魔法ですら詠唱に年単位掛かるわ」

「長っ!」


 確かにそれなら普通に戦った方が効率は良いのか。


「でも神は魔法を使えたんすね」

「ええ。神は自分の体の中に魔力を生成して保管する専用の器官を持っていたのよ。だから魔力は無限に使えたのね」

「呪文の詠唱はどうしてたんすか?」

「魔力の扱いも人間より圧倒的に上手いから、ほぼ要らなかったらしいわ。手を振るだけで炎を出していたなんて話もあるわね」

「なんか……生物としての格が違うんすね」


 見たこともない神に想いを馳せてみる。


 恐ろしい顔をしているんだろうか。それとも意外と家族思いとかだったり?


 あれこれと頭を捻っていると、テルスさんがフッと微笑んだ気配がした。


「ところで、あなた野望はないの?」

「野望っすか!? えぇと……みんなが幸せでいられる世界にしたい……とか?」

「かなり漠然としてるわね」

「しょうがないじゃないっすか……俺はただ、みんなでおいしいもの食べて、下らない話で笑い合えたら充分なんすよ。それを守るために警察官を志してたんすから」

「……そう。大変な野望ね」


 なんだか語ってしまった気がする。


 まさかテルスさんからこんなに踏み込んだことを聞かれるとは思ってなかった。意外と仲良くしてくれる気はあるのかな。


 ニコニコと笑うテルスさんは、何かを飲み込むみたいに一気にコーヒーを呷り、テーブルに伏せていた本を鞄へとしまった。


「私はもう行くわ。ここはサンドイッチが美味しいから、食べて帰りなさい。あと私、毎週この時間はここにいるから。なにか聞きたいことでもあったら来なさい?」


 そう言うなりテルスさんは真顔に戻り席を立った。そのままマスターと一言二言話したかと思うと、颯爽と店を後にしてしまった。


 そのテルスさんの背中を見送っていると、俺の前にコーヒーとサンドイッチが置かれた。ハムとレタスっぽい野菜の、オーソドックスなやつ。


 コーヒーの香りにあてられてぼーっとそれを受け取る。


「お代は結構ですよ。あちらのレディが既に払われましたので」


 え!? テルスさんが!?


「スマートすぎるだろ……」


 俺は小さく噛み締めるように呟いた。


 一人の時間を邪魔した上に軽食までご馳走になってしまった。今度何か買って返そう……


「美味い!!」


 サンドイッチ美味い! 


 俺はテルスさんに目一杯感謝しつつ、残りのサンドイッチをペロリと平らげてしまったのだった。

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