第十三話 剛腕の申し子
異世界に転移とやらをしてきてから早一週間。
女神様に言われた『エンシェント』のことだって忘れてはいないが、今の俺を最も悩ませているのは警察隊の裏切り者のことである。
「そこまで!」
ネロセーヌ副隊長の声が力強く響いた。
今日の訓練はいわゆる模擬戦であった。隊員達が一対一の戦闘を想定して、木で出来た短剣なんかでしのぎを削っている。
「よっしゃ! 次は俺やな。行ってくるわ!」
「頑張るっすよ!」
俺の隣で模擬戦を見守っていたネズが、グルグルと腕を回しながら前方へと躍り出た。
模擬戦はいくつかのグループに分かれて行われているため、今この場にいる隊員は全部で五十人ほどである。とはいえこんな衆人環視の中で戦うというのは、なかなかに緊張するものだ。
「ネズはあんまり緊張してなさそうっすね」
隣で小さく拳を握るウィルダーに話しかけた。
ウィルダーは話しかけられることを全然想定していなかったようで、大きな体をビクッと震わせてから首を横に振っている。
「ネズはけっこう緊張しいだよ。でもそういうのは見せたくないみたいでね。……まあ強がってるんだよ」
「おいウィルダー! 余計なこと言わんでええねん!」
ニコニコと穏やかに話したウィルダー。そしてそれを耳聡く聞き取り、文句を垂れるネズ。友達としての歴というか、深みみたいなものを感じる。
「はじめ!」
そして俺たちの目の前で、今まさに模擬戦が始まった。
ネズの相手は俺と同じくらいの身長であり、右手には警棒のようなものを持っている。筋骨隆々という言葉が似合う、パワー型っぽいいでたちだ。
それに対してネズは木の短剣を装備しており、余計なアーマーなどはほぼ付けていない。
相手を前にしてぴょんぴょん跳ねて準備運動していたのを見るに、スピードで相手を翻弄するタイプだろう。
「あ」
ウィルダーの小さな声が隣から聞こえる。その声が消えるより早く、勝負はついていた。
「そこまで!」
ネズが持つ木の短剣が、相手の首元に押し当てられている。これが本物の刃物だったら、相手は生きていなかっただろう。
始めの合図があった後、ネズは極限まで身を低くし相手に突っ込んだ。
相手が走り来るネズに警棒を振り下ろした次の瞬間、ネズはその警棒を足で踏み締めて地面に固定し、短剣を最短距離で首元に持っていった。
「……鮮やかっすね」
「自分の身長をフル活用してるよね。あれだけ身を低くされると、なかなか攻撃を当てられないからね」
なんだか嬉しそうにうなづいているウィルダー。
「誰がチビやねん!」
涼しい顔をしたネズが戻ってきた。
……いや、額は汗びっしょりだ。そこまで激しく動いたわけでもないので、おそらくは緊張からくる冷や汗だろう。
「……焦ったぁ……」
ネズが小さく溢したのは聞き逃さなかった。こんなに緊張していても、遠目にはそれを悟らせないのだから大したものである。
おっと、ネズに感心するのは後回しだ。
なにせ次は俺とウィルダーの番なのである。
「負けないっすよ、ウィルダー!」
「お手柔らかにね」
一言だけ交わした俺たちは、衆人環視の中へと足を踏み入れていく。
「あ、雄助くん。『リンドウ』は禁止ですから渡してくださいね」
ネロセーヌ副隊長に『リンドウ』を没収された。
もちろん使うつもりなど毛頭無かったわけなので、何も言わず『リンドウ』を渡し……
……俺の手元まで植物のツルが伸びてきている。確か『シロツメクサ』だっけ、副隊長のアーククラフト。
意外と横着な性格なのだろうか。ツルは俺の手から『リンドウ』を器用に抜き取り、スルスルと副隊長の方へとそれを運んでいった。
「助かるよ。流石に模擬戦では斬られたくないからね」
ウィルダーが冗談っぽく言った。
その右手には、先程のネズの相手のと同じ警棒が握られている。
ウィルダーはそもそも身長が190センチメートル以上はある。そして手足も長いときた。リーチを生かした力強い戦い方をしてきそうだ。
対する俺は『リンドウ』の代わりに同じくらいの長さの木刀を握りしめ、開戦の時を待つ。
お互いの息遣いが聞こえるほどの静寂が、副隊長の声で終わりを告げる。
「はじめ!」
距離をとって戦うとなると、リーチが長いウィルダーに分がある。なのでとりあえず懐に潜ることにした。
副隊長の掛け声が止まないうちに走り始め、一気にウィルダーの懐へ。
「正面から見ると本当に速いんだね」
ウィルダーは俺の行動を読んでいたようで、警棒を高く振り上げて俺を待ち構えている。ならば一旦木刀で受けてからカウンターを……
ガインっという重い音と共に、信じられないほどの圧力が俺の木刀にのしかかる。
「なんてパワーしてるんすか……」
「……雄助、こういう時笑うタイプだったんだね。意外だよ」
過去に受けたことがないほどの力に、思わず笑みが溢れてしまっていた。
そのまま対策を考えているうちに、結局力負けして膝を突かされてしまう。
たまらず木刀を手放して後ろに飛び退き、暴力的なまでの圧力から抜け出した。
手がジンジンと痺れ、目の前の同期がクマのように見えてくる。
「武器無しで大丈夫かい?」
ウィルダーの足元に転がっていた木刀は、無造作に蹴り飛ばされてしまった。
残る武器はこの体のみというわけだ。
「……むしろここから本領発揮っすよ……!」
とは言えウィルダーの馬鹿力は問題だ。掴まれたら一貫の終わりである。
俺は慎重に、姿勢を低くしてジリジリとウィルダーとの距離を詰めていく。投げ技をかける隙を探し、ウィルダーを注意深く観察する。
ウィルダーが大きく息を吐いた。二人の間の緊張が、形を成して重くのしかかってくるようだった。
それに耐えられなくなったのか、まずウィルダーが動いた。大きな一歩で俺との距離を詰め切り、手に持った警棒を振る。
恐怖を噛み殺し、すかさず懐へと潜り込む。次の瞬間、風を切る快音と骨を打つ衝撃が同時に訪れた。
ウィルダーの振り切った腕が、俺の腕と衝突したのだ。
本当は警棒をぶつけたかったのであろうウィルダーが、悔しそうに顔を歪める。
「……しくじった……」
ウィルダーの小さな呟きを背に、彼の巨体を背負った。そのまま前方に思い切り投げ飛ばしたら、後は組み敷いて俺の勝ちである。
……はずだった。
俺の背中越しにクルンと宙を舞ったウィルダー。しかしその体が地面に衝突することはなかった。
なんとウィルダーは足を下に思いっきり伸ばすことで、無理やり着地してみせたのである。
ウィルダーの体重全てが衝撃波となって彼の脚を軋ませる。下手したら骨折するやつだ。
絶対痛いだろそれ……
「……うっそぉ……」
そう溢した時、俺の体は既に空中に浮いていた。
……空青いなあ……
長いこと柔道をやってきた中で、投げられる機会はごまんとあった。だから受け身の取り方については自信があるのだ。
あまりカッコつけられるような自信でも無いけどね……
「参りましたっす……」
ウィルダーにカウンターで背負い投げを決められ、地面に背中を突いた。
そのまま怪力で腕をホールドされ、これ以上の抵抗は無意味だと言外に突きつけられた。
「そこまで!」
副隊長の怒声と共に全身から力が抜けていく。
初の模擬戦は完敗で終わってしまった。不甲斐なさすぎて目も当てられない……
「雄助、ごめん肩貸して」
「ん? どうしたんすか?」
「さっき投げられた時に無理して足をついたら痺れて動かなくて……」
いつの間にかウィルダーの雰囲気も弛緩し、和やかな空気感が満ちていた。
負けて悔しい気持ちは強いが、それ以上に久しぶりに全力で試合が出来た達成感が強い。
次は絶対勝ってやる。
「……医務室行くっすよ」
「うん。ごめんね……」
俺はせめてもの強がりとして、ウィルダーをおんぶして医務室まで運ぶ。
ウィルダーを背負ってちらりとネロセーヌ副隊長の方を見ると、いつも通りの笑顔でそこに仁王立ちしていた。
この後はお説教タイムかな……




