第十二話 正義の定義
「『リンドウ』、魔力の吸収ね……能力は便利そうなもんだが、使いこなす気がないなら持たない方がマシかもな」
冷徹な評価に身がすくむ。
アハト隊長を相手にするなら、『リンドウ』を上手く活用するしか勝ち目はない。それはよく分かった。
しかし、俺の頭によぎるのは『リンドウ』の危険性。
リンゴが言うには魔力を吸いすぎることで暴走し、最悪死に至る……らしい。先程から何度か『ヒマワリ』と刃を合わせているからだろうか、既に謎の高揚感が心を支配しようとしている。
多分だけど、この高揚感に抗うのを止める時が暴走する時なんだろうな。
このままだと意識のブレーキがぶち壊れて隊長を斬ってしまいそうだ。どうにかして早めにケリを付けなくては。
でもアハト隊長に攻撃入らないんだよなあ……
俺は改めてアハト隊長を観察するが、本当に隙がない。あまりにも勝てるビジョンが浮かばない対面で、手のひらに冷たい汗が滲む。
……よし、本人に攻撃を入れるのは難しいから、まずは『ヒマワリ』をはたき落とすか。
俺はまず一撃を浅く打ち込み、意識をそちらへ向けさせた。そして即座に懐深く潜り込んで『ヒマワリ』を持っている隊長の腕を掴みにいく。
「お。ちょっとは考えて動いてんだな」
しかし、もう少しで掴めるというところで俺の伸ばした腕を逆に掴まれてしまい、足払いを食らった。
アハト隊長の追撃は素早く起き上がってかわし、息を整える。
「でも、惜しかったっす……!」
この感覚を忘れないうちに攻め切る!
間髪入れずに『リンドウ』で連撃を叩き込む。痛みで軋む腕に無理やり言うことを聞かせ、アハト隊長に休む暇を与えない。
さっき強盗を追って死ぬほど走ったのだが、その疲労とは裏腹に過去一番と言って良いほど動きが冴えている。
しばらくの攻防を経て、俺の一太刀がとうとうアハト隊長の腕に、か細い切り傷を刻みつけた。浅いけど、確かな進歩だ!
アハト隊長は滴る血を服で拭い、なんでもないとアピールするように腕をブンブン振ってみせる。
「おお、だんだん良い動きになってきたな。『リンドウ』で『ヒマワリ』から魔力を吸ったのか。……実際暴走するってのはどんな感じなんだ? 酒に酔ってるのとは違うのか?」
「分かんねっす。酒飲まないんで」
「なんだ苦手か? この後、いい酒でも奢ってやろうかと思ってたんだけどな」
「元いた世界だと二十歳になるまで飲んだらダメだったんすよ」
「こっそり飲もうとは思わなかったのか?」
「思わねえっす。ルールっすから」
「……お前さてはバカ真面目だな。さっきから戦い方も綺麗すぎるんだよ。型としては良いが、もう少しズルしねぇとすぐに飽きられるぞ!」
その瞬間、アハト隊長が乱暴に足を振り上げた。
土埃が舞い、俺の目に侵入してくる。
正直驚いた。まさかこの人がこんな原始的な目潰しを使うとは。
さらに言えばそれに律儀に引っかかる俺って……
戦闘経験がないことをしっかりと突きつけられた感じだ。
視界を奪われたまま色々と考えていると、腹に鈍い衝撃がはしる。涙でぼやけてよく見えないが、おそらくパンチでも食らったんだろう。
「ゲホッ……クソ! ずりいっすよ隊長!」
「……お前だんだん言葉遣いが変わってきてんな。暴走の影響かねえ?」
文句を言っても何も変わらないので、顔を拭ってもう一度アハト隊長に突っ込んでいく。
だがそれはひょいと半身でかわされ、挙句の果てに蹴りまで喰らって吹き飛んでしまった。
超痛い。そして悔しい……!
俺は奥歯を噛んで痛みを耐え、『リンドウ』を強く握り、何度も何度も打ち込みを続ける。
朦朧としてきた意識の中、自分でも驚くほど太刀筋が冴えて輝いているのが分かる。
そのうちに隊長がバランスを崩し、後ろに転びそうになって……今だ!
…………今だ?
ハッと我に帰った時には、『リンドウ』の切先がアハト隊長の胸に突き刺さろうとしていた。
血の気が引く。さっきまでの高揚感なんて一瞬で忘れ去ってしまった。
「……最高じゃねぇか。雄助」
アハト隊長がニヤリと笑って呟いた。そしてくるりと身を捻りながら腕を使って『リンドウ』を押し除け、致命傷を回避した。
そして俺は、いなされたままの勢いでグラウンドに倒れ込む。
慌ててアハト隊長を見ると、胸の辺りの制服が大きく裂け、赤黒く痛々しい傷が付いていた。……俺が斬ったのだ。
「クソ痛ぇなこれ。……どうだ雄助、人を斬った気分は?」
悪戯っぽく笑って問いかけてくるアハト隊長。
その笑顔からは一切の怒りは見えない。つまりこの程度の傷はなんとも思っていないのだ。
でも俺は違う。
「……最悪っす」
罪悪感が体を突き抜け、まるで貧血の時みたいに力が抜けた。
俺は一体何をしていたんだ? 魔力を吸収して得た高揚感に身も心も委ねてしまいそうになった。その結果危うくアハト隊長の心臓を貫きかけた。
リンゴに説明された『リンドウ』の危険性を甘く見てた。
……いや違うな。俺の心が弱すぎた。
アハト隊長の言葉……使いこなす気がない。
まさにその通りだ。俺はもっと『リンドウ』と、そして戦うということと向き合わないといけない。
隊長を殺しかけた罪悪感と自分の無力への絶望感が心を埋めつくす。
さっきまでの魔力で埋まっていた状態よりはマシだが、それでも吐きそうなほど最悪な気分であることに代わりはない。
「お前の元いた世界は、えらく平和だったんだな。……なあ雄助。お前はなんで警察隊にきた?」
倒れ込む俺の顔を優しく見つめるアハト隊長。
「……俺は、みんなを守りたかったんすよ。親父と同じように」
「お前の言うみんなってのはどこまでだ? 今日生まれた赤ん坊と、今日死ぬ老人。気の合う友人と、理不尽な上司。笑顔を絶やさぬ善人と、クソ以下の犯罪者。全部、"みんな"には含まれるのか?」
「…………分かんないっす。俺はただ、親父がそうだったから俺もそうあろうって……」
「お前の親父の話は聞いてねぇ。……雄助、お前のそれは理想論って言うんだよ。理想振り翳してるだけで救える命なんてねぇんだ」
最後だけ、アハト隊長の語気が強くなった。
理想論か……。確かにその通りかもしれない。
俺はいかに浅い考えで生きてきたか。そして親父の姿に固執してきたのかを痛いほど突きつけられた。
アハト隊長の全ての言葉が、的確に俺の心臓を貫いていく。
「選べ、雄助。俺たちみたいに力を持つものは、持たないものを救わないといけないんだ。…………それでも全部は救えないから、自分の力を知って、選べる限り救うやつを選ぶんだよ。それが力あるもの……御使いとしての権利であり、義務だ」
俺は甘い。出来ないことを夢として掲げている。我ながら子供っぽくて顔から火が出そうだ。
「それでも……」
「それでも……? 選びたくないってか?」
それでも、みんなを救うことを諦めきれないし、そんな自分の原点も大事にしたいと思っているんだ。
「選べって言うなら、俺は全部救うのを選ぶっすよ。最初から諦めて良い命なんて無いっす」
俺はよろよろと立ち上がり、しっかりとアハト隊長の目を見据えて言い放った。
これまでは怖くてまともに見ていなかった隊長の目が、金色の瞳が、初めて綺麗だと思った。
アハト隊長は俺の言葉を聞いて嬉しいような悲しいような笑みを浮かべ、「そうか」とだけ言って立ち去ってしまった。
『リンドウ』を見つめる。青色の刀身が、海みたいで綺麗だ。
今日改めて確信した。
俺は考え続けなくてはいけない。力を持つということ、そしてその使い方を。
こうして初めての稽古は終わり、真の意味で俺の警察隊としての人生が始まったのだった。
⚫️
隊舎に戻ると、すぐにネズとウィルダーに出迎えられた。
アハト隊長はアーククラフトの能力を使ってなかったとはいえ、そこそこ渡り合えていたと賞賛をしてくれる。
「雄助くん。どうでしたか?」
楽しそうに目を細めているネロセーヌ様。
「ネロセーヌ様……俺、警察隊として、早く一人前になるっす」
「応援してますよ。……今日のトレーニングは明日以降に回します。この後はゆっくりと体を休めなさい」
そう言って笑顔を振りまくと、ネロセーヌ様は行ってしまった。
「何をしんみりしとんねん!」
ネズに思い切り背中を叩かれた。
「……どうも色々考えちゃうんすよ」
「異邦人はみんなそうだって言うよね。まあそのうち大丈夫になるよ。僕たちもサポートするからさ」
気を遣わせてしまったのが少し気恥ずかしくて曖昧に相槌を打った。ネズもウィルダーも本当に良い奴らである。
その後は、彼らに一通り隊舎を案内してもらうことになった。
まずはシャワーを浴びに浴場へ。
隊舎では千人近い隊員が生活をしているので、浴場もかなりの広さがあった。石造りの床や壁が、逆に高級感を演出している気がする。
「洗濯なんかも持ち回りでやってるんだ。いずれ雄助も当番表に組み込まれるよ」
「曜日ごとに何人かで回してるんすね……表にはウィルダーの名前が無いっすけど……」
「ウィルダーは見た目通りの馬鹿力やからな。前に他の隊員の下着を縦に引き裂いたんや。それ以来洗濯係からは外されてんねん!」
ネズが爆笑しながら話してくれる。
ウィルダーは恥ずかしそうに身を屈めているが、やはり体の大きさと気の小ささがアンバランスだ。それにしても縦に引き裂くってすごいな。
そのまま俺たちは三人で湯船に浸かり、筋肉に蓄積した疲れを全て削ぎ落とした。
そして次はお待ちかね、食堂! 飯である!
食堂もかなりの広さがあり、食事は給食のように出来上がったセットを受け取る形式だ。
元の世界では見たことない料理と、元の世界の料理が半分ずつくらいかな。カレーがこちらの世界にもあったのは、先人達の並々ならぬ努力と執念があったからなんだろうな。
「お! 今日は牛肉や! ラッキーやな雄助、大当たりやで!」
「牛肉は養殖しているところが少ないから、月に何度かしかないご馳走なんだ」
この世界でも牛肉は人気らしい。昨日までの食事は魚が多かったから、肉はあまり食べられていないのかもしれないなんて危惧していたが一安心だ。これならこちらの世界でも食事を楽しめそうである。
夕食は牛肉の焼き肉的なものを心ゆくまで楽しんだ。
そして最後はベッドルームだ。まあ昨日もここで寝たんだから、案内も何も無いけどね。
まあ昨日はちょっと意識が朦朧としてたからな……
昨日の地獄のランを思い出し、慌てて頭を振って忘れるようにする。
寝室は元の世界でいう、カプセルホテルのようだった。一つの大きな部屋にドアが六つ並んでいて、そのうちの一つが俺の部屋として割り当てられていた。
中は思いのほか広い。広さは六畳分くらいあるし、天井も2.5メートルくらいはある。
そして最低限のベッドとクローゼットと椅子と机が備え付けられている。
「どうや! ちゃんと広いやろ!」
「僕とネズも同じ大部屋だからね。何かあったら個室のドアを叩いてよ」
本当に願ってもないほどいい環境だ。
「二人とも、今日はありがとうっす! おかげさまで快適に過ごせそうっすよ!」
「おう! なんか困ったことでもあったら言うてや! ほなまたな!」
「おやすみ雄助。明日も早朝から……うん……」
「走りっすか……」
三人顔を見合わせて力無く笑い合った。
二人が去ってすぐベッドに寝転がり、今日を回想し、そして憂鬱になる。
さっきの戦いのことではない。
「……居るんだよなあ……裏切り者」
ネズ、ウィルダー、ネロセーヌ様、アハト隊長、何百人といる隊員達。
その中にアーククラフトをギャングに横流しして、国家転覆を企んだやつがいるのだ。
枕に顔を埋める。正直信じたくない。
ネズとウィルダーはもちろん、他の隊員達とも少し話したが、みんな気のいい奴らだった。
ネロセーヌ様も優しい方だったし、アハト隊長は厳しいが確固たる正義を持った人だった。あの中には裏切り者はいないと、そう言い切ってしまいたいと思った。
明日から彼らを疑わなくてはならない事実に頭を悩ませつつ、それはそれとして疲れすぎた体は一瞬で眠りに落ちたのだった。




