第十一話 初めての評価
俺の初パトロールは、早速の佳境を迎える。
突然現れた二人組の強盗を追い、俺と同期のネズ、ウィルダーは駆け出した。
昨日の筋肉痛も色濃く残る中、俺はもう気合と警察としての矜持だけで追いかけていく。節々の痛みで顔が歪むが、目だけはしっかりと見開いて強盗の行先を追尾する。
「ネズ、ウィルダー! やつら路地に入っていったっす!」
「やばいね。あそこの路地、かなり入り組んでるんだよ……」
「雄助! お前のアーククラフトでなんか出来へんのか!?」
「無理っす! 俺のは魔力の吸収しか出来ないんすよ!」
強盗から魔力を吸おうにも、まずは捕まえる必要があるのだ。
そうこうしているうちに、強盗が消えた路地の入り口まで辿り着いた。おそらくレンガ造りであろう民家が密集しており、迷路のようになっている。
このまま闇雲に追っても巻かれてしまいそうだ……
「……雄助! 屋根に上がって上から位置を教えて!」
ウィルダーが一発で正解を出してくる。
「上下から追うんやな……ほな下は任せとき!」
ネズとウィルダーが路地に突入していく。
俺は近くの家の人に許可を貰い、そこから屋根に上って路地を上から見下ろす。
……見つけた! しばらく走ると、狭い路地をくねくねと頻繁に曲がりながら逃げる強盗が目に入る。
ネズとウィルダーの方が足が速いようで、先程より距離は詰まっている。
「ウィルダー! そこ右っす! ネズはそのまま!」
屋根の上を次々に飛び移りながら上から二人に指示を出し、的確に標的を追い詰めていく。
二人が指示通り動いてくれたことで、やがて強盗を挟み撃ちする形が完成した。
「ウィルダー! そっち逃すんちゃうで!」
「うん!」
二人の腕が強盗を捕らえる瞬間、強盗のうちの一人が前から走ってきていたネズにもう一人を差し出し、その背中を蹴ってネズの頭上を飛び越した。
差し出された方はネズが組み伏せているが、もう一人は路地の奥へと走り去ってしまう。仲間を犠牲にするとは……
しかし、相手が一人なら簡単なことだ。
俺は屋根伝いに強盗を追い越し、そのまま路地に飛び降りた。
「これで前後は取ったっす」
「観念してもらうね!」
飛び降りた俺と、追いかけてきたウィルダーで挟み撃ちすることに成功した。しかし強盗は諦めていないようで、懐からナイフを取り出し俺に突っ込んできた。
俺は突っ込んでくる足を払い、そのまま下手投げを決める。
地面に叩きつけた強盗の上にまたがり組み伏せた。
……よし!
頬が上気し、鼓動の音がはっきりと耳に届く。
これは走りまくったからだろうか。いや違う……初めて犯人を逮捕した高揚感と、市民を守れたという達成感!
いつもより空が青く感じる。これが親父の見てた景色……か…………
押さえ込んだ強盗の姿に感じる違和感。
なんか忘れてるぞ、俺。
「ウィルダー! さっき捕まえた強盗はカバン持ってたっすか!?」
そこでウィルダーも気づいたようだ。さっき強盗が抱えていた、大量に金貨が入っていたカバン。
俺たちが今捕まえた二人は持っていない!
彼らが走ってきた道はネズとウィルダーが辿ってきたはずだからつまり……
「三人目がいた……!?」
俺たちはさっきネロセーヌ様に渡された手錠で強盗の腕を近くの柱に繋ぎ、来た道を走って戻る。
ネズはまだ気づいていないようで、捕まえた強盗からなにか聞き出そうと話しかけていた。
「おお、どないしたんや二人とも! あんたら顔真っ白すぎて、どこまでか制服か分からんわ!」
今は冗談を言ってる場合じゃないのに!
「ネズ、カバン!」
この一言だけで伝わったらしく、ネズも血の気が引いた顔で俺たちの後を走り出した。
最初とは言えこのミスはまずいぞ! さっきまで熱っていた体から、冷や汗によってどんどん熱が奪われていく。
半泣きで路地裏を出た時、俺たちの目に入った光景は……
「うーん。途中までは良かったですね。まあ最初ならこんなものでしょう」
悠々と佇むネロセーヌ様。
その左手の手のひらからは植物のツルがニョキニョキと伸び、一人の男性を捕まえていた。
その腕には例のカバンが握られている。
その場でへたり込む俺たち三人。
「あ、アーククラフト……?」
ネロセーヌ様の左手には、キラリと白銀の指輪が煌めいている。明らかに歪な形状と派手な外見は、それがアーククラフトであると大声で吹聴しているようだった。
「ええ、『シロツメクサ』と言います。見ての通り手のひらからツルを伸ばすもので……さあ、呆けていないで君たちは残りの二人を連れてきてください」
ネロセーヌ様の言葉で我に返り、俺たちはまた路地に戻っていく。
こうして俺の初任務の評価は、"途中までは良かったですね"に決定したのだった。
⚫️
俺たちは捕らえた強盗を連れて、警察隊の隊舎に戻ってきた。
犯罪者用の牢獄は隊舎の地下に併設されており、階段を下った先に何人かの犯罪者が勾留されている。
「……なんですかその目は」
なんとなくネロセーヌ様を見つめていたのがバレてしまった。
「あの、犯罪者は全員殺すものだと思ってたっす……」
「……見かけによらず野蛮ですね?」
納得いかないよ……
弟さんは髪に返り血つけてましたよ?
「……ああ、グランの行動ですか。愚弟は責任感が強いのですよ。責任感が強いから、国にとって害となる存在の生存を許さない。それだけです」
「……そして、国民はそれを受け入れて称賛してるって訳っすか」
「それが不服なのですか?」
不用意な俺の言葉に、ネロセーヌ様は怒るでもなく不思議そうに尋ねてきた。まるで子どもの意味不明な言葉を理解しようと努力する親のように。
「いや、自分が元いた世界とは違うから、少し驚いただけっす」
「ふむ。価値観の相違は、時に人生を覆すほどに大きなインパクトになりますからね。……まあそのうち慣れていくことですよ」
そんなことを諭しながら、俺の肩をポンと叩くネロセーヌ様。
要するに時間が必要ってことなのだ。俺がこの世界の価値観を受け入れるにしても、この世界に俺の価値観を見せつけるにしても。
とにかく今は目の前の出来ることをやっていこう、と決意した。
そして慣れた手つきで強盗たちを檻の中へとぶち込んでいくネロセーヌ様。
「……はい。これでOKです。三人はひとまず休憩としましょう」
ネロセーヌ様から休憩をもらえた。さっきので精神的にも疲れが来てるからとてもありがたい。
今日はこの後トレーニングらしいが、願わくば多少軽くなってくれたりは……
「雄助くんは休憩が終わったらグラウンド集合です」
しないな。
俺は覚悟を決め、あまり休まらないであろう休憩を思い切って楽しむことに決めた。
「よ、よっしゃ雄助! 休憩中に隊舎案内したるからな! 元気出しや!」
既に元気だよ!
なんとなくネズとウィルダーに気を遣われながら隊舎に向けて歩く。
地下から出た途端、眩しい太陽に目が眩んだ。
「じゃあまずは、昨日案内できなかった大浴場から行こうか」
「ありがとうっすよ! めちゃくちゃ風呂入りたいっす……」
先程の出来事を労い合いながら歩いていたところ、後ろからアハト隊長に声をかけられる。
「ストップだ刀堂。ちょっと居残りしてけ」
ネズとウィルダーも立ち止まって敬礼をした。
「「「アハト隊長、お疲れ様です!」」」
「ああ、お疲れさん。こいつの案内はまた後にしてやってくれ」
「はい! 失礼します!」
二人はそう言うなり、駆け足で隊舎に戻って行ってしまった……と思ったら隊舎の入り口の陰から見てる。見せもんじゃないぞ!
俺は何を言われるのかと恐ろしくなり、激しくなる動悸に耳を澄ませる。
「よし。グランセーヌ様からお前のことを頼まれたからな。ひとつ、稽古でもつけることにした」
稽古! 柔道をやっている中で何度も聞いた響きだ。
俺は一種の安心感まで覚えつつ、部活時代を思い出して大きな声で返事をする。
「はい! あの、稽古ってどういうやつで……」
アハト隊長の視線が俺の心臓のあたりにある。圧がすごい。心臓止まるかも……
俺は小動物のように体を震わせ、アハト隊長の返事を待つ。
「うーん。まあ初日だからな、とりあえず実戦形式で今のお前がどれくらい動けるのか見せてもらう」
そう言って俺から少し距離を取り、腰に携えていた長い大太刀を抜いたアハト隊長。
全体で1.5メートル以上ある刀の刀身は、おそらく薄い黄色なのだろう。日の光を反射してキラキラと金色に輝いている。
その金色のオーラと顔面の威圧感から、背後にライオンの影がくっきりと見えるようだった。
「こいつは俺の愛刀、『ヒマワリ』だ。能力を使うと多分お前が死ぬことになるから、ただの太刀として使う。ということで遠慮なく打ち込んで来い、雄助!」
あまりの風格に少し呆けていたが、慌てて『リンドウ』を抜き、正眼に構える。一瞬躊躇した後走り出し、アハト隊長の大太刀を狙って斬りかかった。
一撃目の振り下ろしは余裕で跳ね返され、間髪入れず繰り出した二撃目の横一閃も『ヒマワリ』によって受け止められてしまう。
焦りを隠せない俺と、余裕そうに笑顔を見せるアハト隊長。
「本気でやれ雄助。心配せずとも、お前に殺されてやるほど俺は弱くない」
一旦距離を取り、体勢を立て直す。
一瞬の隙すら感じさせない、達人の立ち姿を前に鳥肌まで立ってしまう。
「雄助。さっきお前が捕まえた強盗を見た。『リンドウ』で斬れば魔力を吸って無力化出来るんだろ? なんでやらなかった?」
「……犯罪者が相手であれ、やたらと人を斬りたくなかったからっす」
「甘いな。よほど平和な世界から来たらしい」
全くもってその通りだ。しかし、数日前まで日本という法治国家にいたのだから当然のことだろう。
ケミアで初めて人を斬った日の夜だって、感触を思い出しただけで少し吐いたくらいだ。
剣道は習っていたが真剣を持ったことなど初めてで、上手く手に力が入らないのだ。
意識的に、そして無意識的に人を斬ることにストップがかかっている。
「なるほどな。だから今も本気で踏み込めてないわけだ。ただ、実際に強盗だのギャングだのとやり合って、その上でまだ斬りたくないなんて言えるとはな。……それはもう臆病の域だな」
「……臆病かもしれないけど、俺はそれでも、命を守るって決めてるんすよ」
『リンドウ』を硬く握りしめ、真っ直ぐにアハト隊長を見据える。面倒くさそうに頭を掻くアハト隊長の姿に、分かり合えないもどかしさを感じる。
その後も数発打ち込んでみたものの、それら全てがアハト隊長によって軽くいなされていく。
これまでの人生で、たくさんの猛者を見てきたつもりだ。映像でも、実際に剣道や柔道で対峙した相手でも、明らかに勝てないと分かる達人は何人もいた。
アハト隊長はその中でも別格だ。一瞬の隙すらない。最低限の動きだけで、俺の力と技を全て優しく受け止めている。
どうしたらこんな達人に攻撃を入れられるんだ……




