イザベルとこれから
「お嬢ー。それで結局、なんでこんなことしようと思ったの?ベルベルの反対まで押し切ってさ」
建物の陰でほっと息をついていると、一緒に同行していたアンナが急に話を切り出してきた。
「急にどうしたの。あなたが食べ物のこと以外を気にするなんて珍しいわね」
「あたし確かに食事は好きだけど、四六時中食べ物のことだけ考えているわけじゃないからね?」
ベルダに話を切り出した後、私はアンナも呼んで私がやろうとしていることを説明した。黒い霧の調査には、マナとラバードは連れていくつもりじゃなかったので、今回は王国から一緒にきた三人だけで話し合いをしようと思ったのだ。
全部話した後、再びやるかやらないかを話したのだが、ベルダは絶対反対という意志を曲げなかった。仕方がないので多数決で決めたところ、アンナと私が賛成、ベルダが反対と、二対一で賛成のほうが上回る結果になった。
『アンナあんた、絶対ノリで決めたでしょう!?正体不明の物に近づくのよ!危険だってわかるでしょう!?なんで賛成しちゃうのよ!』
『お嬢いるし、まあなんとかなるかなって』
『私が思っていたよりも軽いノリだったー!?あーもう、知らない!勝手にやってなさいこのバカコンビ!そんな軽い気持ちで行動していたら、絶対いつか酷い目にあうからね!ふん!』
『……でも、ベルベルもついてきてくれるんでしょ?』
『……行くけど!たった一人村に取り残されるの嫌だから行くけど!私は反対したからね!どうなっても知らないわよほんと!』
不承不承と言った感じで、ベルダは一応納得してくれた。方針が決まったので、私たちは宿の外を出てダインの家に向かうことになった。今はその途中で、ベルダが万が一のことを考えて薬を仕入れておきたいと言い出したので、私とアンナは建物の陰でベルダが道具屋から戻ってくるまでの間、休憩しているところだったのだ。
「あの時は聞かなかったけど、お嬢って別に危険なことが好きってわけじゃないよね。どっちかっていうと、徹底的に危険の目は摘むタイプで、危ない橋は渡らないし見もしない。危ないことはそういうことが得意な人に任せて、自分はそのサポートに回ればいい。何が起こるかわかっていて、どう対処すればわかっているならともかく、完全に未知の物を相手にする時は、お嬢はそういう風に考えるんだろうなって、私は思っていたんだよ。だから、なんでかなって」
「ああそういうこと。確かに、普段の私ならそういう風に考えるかもね」
「じゃあ、今日は何で?」
「……なんでかしらね。あの霧を見た時、あれを調べに行くのは他の人じゃなくて、自分だってそう思ったのよ。他の人には任せられない、自分が行くべきだって」
「ふーん?じゃあお嬢がわざわざ危険を犯してまでアレを調べるのは、好奇心と義務感に従ってのこと?」
「そういうことになるわね。私のわがままを聞いてもらう形で、ちょっと申し訳ないけれど」
「ううん、あたしは全然いいよ。面白そうなことは大好きだし、もしあれが危険な物だったとしてもまあ、お嬢なら何とかしてくれるでしょ」
「……前から思っていたけれど、あなたって私のこと信頼しすぎじゃない?私ができることなんて回復ぐらいで、それ以外のことはからっきしなのよ。なのにどうして、そんなに信頼できるの?」
私がそう言うと、アンナはんーと、大きく伸びをしてから、何でもないことのように言葉を返してきた。
「だってお嬢、精神がアホみたいに強いじゃん。どんなに酷い目にあっても、キツイ目にあっても全然壊れない、鋼みたい精神でしょ。そんな凄い物持ってる上に、肉体の負傷はすぐに治しちゃう魔法まで持ってる。他の人はどうか知らないけど、私から見たら、お嬢は不死身みたいな存在なんだよ。だからどんなに危ないことに手を出しても、当たり前みたいに帰ってくるんだろうなって、私は信じてるんだー」
「……首が飛んだりしたら、私でも普通に死にますわ。過剰に信頼しすぎよ、まったく」
「えっ、そうなの?あたしはてっきり、お嬢なら飛んでいった首を掴んで引っ付けるんじゃないかって思ってたよ」
「そんな化け物じみたことしないわよ私!?」
まあ確かに、首が飛んだとしてもただで死んでやる気はないけれど、さすがにそれは無茶が過ぎる。アンナは私のことを怪物か何かと勘違いしているのではないだろうか。
「ほんとかなぁ……。なんだか近い将来、そういう日がやってきそうなんだけど」
とんでもなく不吉なことを言うアンナにはぁとため息をついて、私はもう一度、私がここまでやってきた目的を思い返した。
子供の頃に読んだ本に載っていた、みんなから尊敬される聖女のような存在になりたい。そのために家から抜け出して、仲間を作って、こんな辺境の村までやってきた。
アンナの言う通り、私は基本安全をとって生きる人間だ。クソ兄上みたいに無茶で馬鹿なことはせず、危険なことは必要だと判断しない限りはほとんどしない。昨日もらった貴重な魔眼だって、使った時のデメリットばかりを考えて、試しもせずに机の中にしまってしまう、そんな臆病な人間だ。
そんな自分が、危険な目にばかりあうであろう冒険者になりたいなんて夢をもって、今は正体不明の霧に近づこうとしている。考えてみたら、これはずいぶんとおかしな話だ。自身の性格に対して、目的と行動がまるで噛み合っていない。理性的に考えれば、どちらも今すぐにでもやめた方が、いいことなのかもしれない。
「ねえアンナ」
「ん、どうしたのお嬢」
私は一度小さく呼吸をして、短い時間で何回も何回も考えて、たぶん人生で一度しかしないような質問を、自分の一番大切な友達に問いかけた。
「私の進んでいる道、これで合っているかしら」
「んー……いや、わからない。合ってるとか間違っているとかは、頭の悪いあたしにはわからないかな。けど、あたしはお嬢の夢、キラキラしてて素敵だなって思うよ。お嬢が進み続ける限りは、私はずっと傍で応援するつもり」
「……うん、ありがとうアンナ。それが聞ければ充分よ」
本当に、アンナは何でもないことのように、嬉しいことを言ってくれた。間違っていても関係ないと、ずっと傍にいると。
横でボケーっとしている顔が妙に恨めしい。さっきの質問はアンナにとっては本当に、当たり前みたいに答えられる、何でもないことだったのだろう。
なんだかちょっと、悔しい。否定されるかもしれないと思った私のドキドキを返してほしい。あなたは鋼みたいって言うけれど、誰も傍にいてくれなかったら私なんて、ダメになっていたに決まっている。昔からいつだって、私と一緒にいてくれる誰かがいてくれたから、私は頑張れたんだ。
ああ、もしかしたら、それが理由なのかもしれないと思った。昔も今も、私が危ないことをするのは、私の傍にいてくれる誰かのため。ラースさんたちを治療した時も、昨日魔物と戦った時も、私の傍には必ず、私と一緒にいてくれる誰かがいたのだから。
今日もきっと、それが理由だ。自分が住むことになる村の人たちに、危険な目にあってほしくない。そんな単純な理由で、私はきっと動いている。
「アンナ。これからもよろしくね」
「うん?急にどうしたのお嬢」
「いいから。ほら」
さっと右手をだすと、アンナは不思議そうに首を傾げながらも左手を差し出して、ぎゅっと手を握ってくれた。その暖かい左手を、私は彼女よりも強く強く、握り返した。
「いたた!ちょっとお嬢、力が強いんだけど!?」
「ふっふっふっ。さっき私に悔しい思いをさせたからね。そのお返しよ」
「心当たりが全くないんだけどー!?」
「ただいま二人とも。って、何してるのあなたたち」
「あら、戻ってきたのねベルダ。それじゃすぐに、ダインのところにまで向かいましょう。急がないと、先に調査隊が結成されてしまうかもしれないもの」
「うんそれはいいんだけどねお嬢、そろそろ手を放してくれない!?」
「ダーメよ。目的地に着くまではこのまま、お仕置きだと思って受け入れなさいな」
「りーふーじーんー!」
ぶんぶんと抗議をするかのように揺れるアンナの手を、私は今さっき気づいた大切なことを忘れないように、しっかりと離さないように握りながら、ダインの家へと歩き始めた。
夢が叶うのはきっとずっと先のことで、しかもその夢は苦労した分に見合う喜びをくれるようなものではないのかもしれない。苦しくて、辛い思いをたくさん乗り越えた先にしか、その夢は叶わないのかもしれない。
それでもいいと、私は思った。誰かが私の傍にいて、私を応援してくれるのなら、私は前に進める。これでいいと信じられる。だから、堂々とこれからも生きていこうと思った。私の傍にいてくれる人に恥じないように、強く強く生きていく。
そうしていればいつかは必ず、自分だけの幸せを手に入れることができるだろう。
その未来を思うと、思わずくすりと笑みが零れた。それを不思議そうに見てくる大切な仲間と一緒に私はまた一歩、未来への道を踏み出した。
おしまい。
申し訳ありませんが、物語はここまでとなります。もちろん彼女たちの旅はこれからも続いていきますが、物語はこれまでです。
ここまで続いたイザベルと仲間の旅を、ほんの少しでも楽しんでもらえたのなら、作者としてはこれ以上ないほどの喜びです。
幕を引くのは、とても心苦しいですが、私の実力ではここまででした。次は結末まで書けるようになりたいですね。それでは、またどこかで。




