イザベルと魔眼⑥
外に出て門の方を見ると、村人たちが大勢集まっているのが見えた。その数は門の隙間を埋めて、宿のすぐ近くまで伸びる長蛇の列を作っている。私は村人の半分はここに集まっているのではないかと思ったほどだ。
そこにいる人たちはみな、慌てていたり、焦っていたり、怒っているようだった。みんながせわしなく動き回り、近くにいる人にあれはなんだ、あれはなんだと怒鳴るように喋っている。喋りかけられた人は俺は知らない、俺も知らないと困り顔で言いながら、首をふるふると振っていた。
村人の視線はほとんどが、門の外へと向いていた。どうやら門の外になにかがあって、それが気になってみんなここに集まってきたらしい。
「おはようございます。なにか外であったんですか?」
気になったので、列の端にいた男の人に話を聞いてみることにした。直接門の外を見た方が楽なのだろうけど、さすがにこの列をかき分けて門まで行くのは骨が折れる。
「ん、誰だ嬢ちゃん。見ない顔だが、冒険者か?」
「この村には昨日来たの。行商人の護衛と一緒にね」
「あー、そういえば昨日、ガシャラに住みたいなんて変なことを言う子供が来たって、噂で聞いたような……それがあんたか」
「ええ、きっとそれは私ね。それで、外で一体何があったのかしら」
「何があったって言うか……見てもらった方が早いな。嬢ちゃん、とりあえず門の外の空を見てみな」
「空?」
言われた通りに空を見上げて、私はすぐにあっと、驚きの声をあげることになった。快晴の空にぽつんと一つ、バチバチと青い光を周囲に放つ、黒い小さな雲があったからだ。
「今日の朝、たまたま空を見上げた奴がアレを見つけてな。おかしいだろう?周りは雲一つないのに、あそこだけ雷を落としそうな雲がある。明らかに異常だ。一体アレはなんだろうって話に当然なって、もっと近くで見ようってことになったんだ。そしたら……嬢ちゃん、そこの積み重なった木箱に上れるか?昇ったら、あの雲の真下あたりを見てくれ」
「わかったわ。けど、一体なにが……ん?」
言われた通りにして、雲の下を見た私はまた、おかしなものを発見した。地面の少し上に、渦巻き状の黒い霧が発生していたのだ。その霧は弧を描くようにして動き、円の中心へと向かっている。その様子はまるで、霧が円の中心にある何かに、吸い込まれているかのようだった。
「…………なにあれ」
「さあな、俺もみんなもさっぱりだ。正体も不明、できた理由も不明、危ない物かどうかもわからない。おかげで、誰も怖くて近寄ろうとしない。今ここに集まっているのはみんな、アレが何かは知りたいけれど、怖いから近づきたくない臆病者の集まりだな」
「それじゃあ、あれは放置したまま?」
「いや、えらい不気味だから誰かが調べるべきじゃないかって話になってきてるよ。決定権を持っている村長にもう連絡が言っただろうし、そろそろ調査班ができるころだろうな」
「ふーん……ちなみにだけど、アレが出てきてから何時間経っているのかしら?」
「聞いた話じゃ、だいたい三時間前だな。それがどうしたんだ?」
「その間、アレになにか変化はなかったかしら」
「変化……?あ、気のせいかもだけど、霧が大きくなっている気がするって言ってたやつがいたな。あの霧は今、人を一人ぐらいなら包める大きさになっているけど、最初は半分程度しかなかったって。俺が直接見てたわけじゃないから、ただの誰かの勘違いかもしれないけどな」
「……大きく、ね。ごめんなさい、私ちょっと急ぎの用事ができたから、これで失礼するわ」
「お、おう?別に構わないが……」
困惑する男の横をすり抜け、私は宿へと戻った。
「ん、おかえり。それで、外で何があったの……って、どうしたの。なんだか難しい顔して」
「ベルダ、今から村長のところまで行くわ。みんなを今から連れてくるから、ここで待っていてくれる?」
「え……いやそれはいいけど、何をしにいくの?あ、上の男たちを突き出すのね!」
「違うわ」
「あ、そ、そうなの?じゃ、じゃあ何をしにいくの?」
ベルダはこちらを不思議そうに見つめてくる。さて、困った。理由を言うと、絶対にベルダは怒りそうな気がするから、まずはアンナ達に話そうと思ったんだけど。
「……ベルダ。今、外でね?ちょっとずつ、大きさを増していってる正体不明の黒い霧があるの。騒ぎが起こっているのはそれが理由みたい」
「あ、そうなのね。……えっと、それがどうしたの?」
「気にならない?」
「え、」
「危ないかどうかもわからない、黒い霧の正体、気になるわよね?」
「え、いや私は別に……。危ないものには近づきたくないし」
「でも、気になるわよね?」
「あんたさては、はいって言うまで質問続ける気ね!?」
バレたか。気になるって言ってくれれば、そこからベルダが納得できるように話を広げていくつもりだったのだけど、仕方がない。こうなってしまったなら正直に、そして単刀直入に言ってしまうしかないだろう。
「……黒い霧の調査隊、私たちでやってみない?」
「やるわけないでしょー!?」
案の定、テーブルをひっくり返しかねない勢いで猛反対された。さて、ここからどうやって説得しようかしら。




