イザベルと魔眼②
私がそう決めた瞬間、遠くから土埃をあげながらラビラビが近づいてくるのが見えた。箱を後ろ手に持ちながら、ラビラビを出迎える。
「とうちゃーく!マナっちー!ついたよー!ベルトは今から外すからちょっと待っててねー!」
よいしょとブレイクフットを下ろし、ラビラビは中からマナを引っ張り出した。ラビラビから離れ、地面に足をつけたマナは私と目があった瞬間、ぱーっと顔を輝かせ、走ってこちらに駆け寄ってきた。
「い、イザベルさん!待っていてくれて、ありがとうございます!」
「マナ。そんなことで感謝しなくてもいいわ。ちゃんと約束したのだから、私が待つのは当たり前でしょう」
「い、いえ!イザベルさんはこんな荒野の中で、私なんかのために何十分も待ってくれていたんです!感謝するのは当然のことです!」
「そう、かしら。別に普通のことだと思うけれど」
「普通じゃないです!嘘の約束で騙して何時間も、寒い雪空の下に私を放置したひとだっているんですから!約束をちゃんと守るイザベルさんは、本当に凄くて優しい人だと思います!」
「それは騙した奴が極悪人なだけだからね!?普通の人はそんなことしないわ!?」
もしかしてマナって、私以上に闇が深い?話したくないだろうからと思って、ここまでここにいる理由を聞かずにいたけど、マナの過去は思ったよりも酷そうだ。一度しっかりと話を聞いて、心の膿を出すのを手伝ってあげた方がいいかもしれない。
「それじゃ、私はこれで帰るよ!イザベル!マナっちのこと、ちゃんと守ってあげてね!」
「……まあ、どうにかするわ。最低でも、屋根の下で暮らせるよう、交渉してみる」
「イザベルなら大丈夫!ここの村長さんの顔はちらっと、前に見たことあったけど、イザベルの方が強そうだったもん!だから交渉も絶対にうまくいく、私はそう信じてるよ!それじゃ!」
「あ、ちょ、」
言葉を返す間もなく、ラビラビはあっという間に走り去ってしまった。蹴り上げた土埃が落ちてきたころには、もうラビラビの姿はどこにもなく、門の前には私とマナだけが取り残された。
「い、行っちゃいましたね」
「ええ。また会いましょうって、言うつもりだったんだけど……まあ、ラビラビのことだし、またひょっこりとやってくるわよね。きっと」
なんなら明日にでも、忘れ物をしただとか、マナに言い忘れたことがあったとか、そんな理由でやってきそうなくらいだ。そう遠くない内に、また会う日がやってくるだろう。
「それじゃあマナ。今日はとりあえず私が借りてる部屋があるから、そこでゆっくり休んで。明日の朝いちばんに村長さんのところに行くから、しっかり寝ておいてね」
「は、はい!わかりました!」
マナを連れて宿へと戻り、階段を昇る。そしてみんなを起こさないように、私たちはそろりそろりと忍び足で部屋の前へと向かった。
「……ん?」
「ど、どうしました?」
「いえ……何でもないわ。ただ気のせいだと思う」
あともう少しで部屋にたどり着くという時に、廊下の突き当りの壁に、小さな切り傷が入っているのを見つけた。来た時にはなかったような気がしたから気になったけれど、しっかりとよく見ていたわけではない。きっとただの気のせいだろう。
「じゃあマナ。中にはアンナとベルダっていう私の仲間が眠っているから、起こさないようにね。ベッドの一つはベルダが使っていたけど、もう一つはたぶん空いているわ。マナはそのベッドを使ってね」
「わ、わかりました。あ、あれでも、それならイザベルさんは?」
「私は自前の寝袋があるからそれで寝るわ」
「そ、そんな!わ、私は床でいいです!イザベルさんがベッドで寝てください!」
「いいの。マナには明日たくさん頑張ってもらうつもりだから、少しでも疲れをとっていてもらわないと。じゃあ、静かにね」
マナはまだ何か言いたそうだったが、私はそれを指で抑えて、音をたてないようそーっとドアを開けた。そして中の様子を確認するため、顔を中へと入れた。
中には男が三人、両の手首と足首を布で縛られた状態で、地面へ転がされていた。ぱちくりと、私が瞬きをして男たちを見ていると、転がされた男の一人と目が合った。よく見るとその男の口にはロープのような物が嚙まされていて、声が出せないようにされていた。
「ーっ!ーっ、ーっ!」
「…………」
涙ながらに何かを訴える男から視線を外し、私はドアをそーっと閉めた。
「……?イザベルさん?中に入らないんですか」
「ちょっっっと、待ってね?」
もう一度、ドアに書かれた番号を見る。間違いなく、私が借りた部屋の番号だ。アンナと一緒にこの部屋に入った記憶もあるから、部屋を間違えているという可能性はないだろう。
じゃああの男たちはなんだ。あんなの、仲間にした覚えはないのだけど。
「……よし。もう一回、入ってみましょう」
今日はだいぶ疲れていたから、幻覚でも見たのかもしれない。私は再びドアを開け、ゆっくりと中を覗き込んだ。
「ーっ!ーっ!!!」
あ、これ幻覚じゃないわ、と私は確信した。ばたんばたんと、もう音が鳴るほどに身をよじる男はどう見ても現実の物だった。
「なんで私の部屋で、男が三人も縛られていますの!?」
「うーん。うるさいなー」
私が遅れながらに驚いていると、ソファーで寝ていたアンナがむくりと体を起こし、大きく伸びをし始めた。
「アンナ!」
「あれ、お嬢?やーっと戻ってきたんだ。もー、心配したんだよ」
「その割にはしっかり熟睡していたように見えるんだけど」
「……寝てた振り、だよ?」
「一秒でばれる嘘をつくのはやめなさい。って、のんびり喋っている場合じゃなかった。アンナ、そこ!そこで倒れている男たちは何者なの!あなたは何か、知ってるかしら!」
「ん、ああこいつら?こいつらは、えっと……生贄?」
「「生贄!?」」
私と一緒に黙って話を聞いていたマナと一緒に、思わず叫んでしまう。ちらっと男の方へ視線を向けると、アンナをプルプルと、怯えたような目で見つめていた。
「あ、違う違う。言い間違えちゃった。捕虜だよ、捕虜。こいつらね、さっきまで私たちを襲おうとしていたんだ。だからちょっと、ベルベルと私で捻って捕縛しておいたの。明日になったら、村長に突き出すつもりだったの」
「襲っ、え、じゃあこの人たち犯罪者なの!?ていうか、ベルダはともかくアンナまで戦ったの!?」
事情はさっぱりわからないが、どうやら私がいない間にこちらでも、ひと悶着あったみたいだ。




