イザベルと謎の男⑤
男は自慢げに、自身の名前を名乗った。全能の魔法使いアラム、と。知っている気がする名前だったが、私にはどこで聞いたのか思い出せなかった。
「……悪いけれど、知らない名前ね。けど全能を名乗るなんて、あなたそんなに凄い人なの?」
「ははは。知らないのも無理はないよ。活躍したのはだいぶ昔の話だからね。今の私は隠居の身だ。世界に対してもう、何の貢献もしていない。ぼんやりと、毎日の散歩と食事だけを楽しみにしているおじいちゃん、おばあちゃんと同じような物さ」
「昔?昔って、どれくらいかしら」
「うーん、聞くかい?まいったなぁ。言っても信じてもらえないだろうから、私としてはあんまり言いたくないんだけど」
アラムは困ったように頬をかきはじめた。視線を明後日の方向に向け、できれば話したくないという空気をだしてくる。けれど私には、アラムは本気で困っているようには見えなかった。
そう思ったのは昔、彼と同じような仕草をする貴族に出会ったことがあったからだ。その貴族は軽く自慢話をした後、急に話を打ち切った。先が気になると言う時に打ち切られたので、私が繰り返し質問すると、その貴族は次第に饒舌になって、私が嫌になるほど長い時間、ひたすら自慢話をし始めたのだ。
あの時の貴族と彼はたぶん同じ性格だ。本当は言いたくて仕方がないけど、相手から聞きたいと言わせたい人。それなら、私がとる態度は一つだ。
「いえ、言いたくないなら構わないわ。それよりもなぜ私についてきたか、教えてもらってもいいかしら」
できる限り、会話の主導権をこちらが握ることだ。相手に渡したが最後、ひたすら言いたいことだけ言われる可能性がかなり高い。アラムも私に一言、言いたいことがあるようだけど、私の方は聞きたいことが山ほどある。少し冷たいようだけれど、ここは突き放すことにしよう。
「え、ほんとに?」
「ええ」
「…………えぇ」
「いや、言いたくないって言ったのあなたよね!?」
「いや、確かにそうなんだけど、今まで一度だってなかったからなぁ。言わなくていいなんて、興味ないなんて、聞く必要はないなんて、なかったからなぁ。ちょっと予想もしてなかったなぁ……本当に聞きたくない?」
「えぇ……」
め、めんどうくさい。この男、おじいちゃんじゃなくて、完全に拗ねた子供じゃない。
「はぁ、そこまで言うなら聞きますわよ。アラム。あなた見た目はまだ若いように見えるけれど、活躍したのってどれくらい前なの。十年前くらいかしら」
「いや、千年前くらいだよ?魔法で老化を止めてるからね。見た目が若いままなのはそのせいさ」
「…………は?」
千?千って、1000?というか、老化をとめる魔法なんて、聞いたことがない。
「……冗談に付き合っている暇はないのだけど」
「ははは。うん。言っておいて、いや言わせておいてなんだけど、信じてもらえるとは思ってないよ。ただ、こういうのはお約束だからね。あとで一つ、私の作品を見てもらうつもりなんだけど、それはこの時代に生きる人間に作れるものじゃないんだ。千年前は、この世界にまだ残っていた神様たちを実際に見て、知っていないと作れない。そういうものでね。私の作品ができた経緯を知ってもらうためにも、言っておかないといけなかったんだ」
「……そう」
私はそれ以外、何も言うことができなかった。私は結構、嘘や誤魔化しには敏感な方だ。悪辣な貴族たちを何度も見てきた私は、人間が嘘をつくときどういう仕草をするか知っている。けど、アラムは喋っている時、そういった仕草を一度もしなかった。
それはつまり、彼の発言には嘘がないということに他ならない、のだけど。いきなり千年前から生きているなんて言われて信じられるほど、私は緩くない。
だから、何も言えなかった。信じるとも、信じられないとも、何も。人と話していてこんなに混乱したのは、初めて家族ではない、他の貴族とお話した時以来かもしれない。




