イザベルと謎の男②
蜘蛛と戦った後は特に何事もなく、私たちは森から出ることができた。ふぅ、と私が一息ついていると、コメツチがこちらに向かって歩いてきた。
「疲れたか?」
「すごく。って言っても、あなたとラビラビに比べれば全然だと思うけどね」
「そうか。何度も言うが、今回は本当に助かった。必ず改めてお礼をしにいくよ。イザベルはどこを拠点にしているんだ?」
「ガシャラよ。ここから西の方にある村だけど、知ってるかしら」
「ガシャラって、え、あのガシャラか!?なんであんな場所に!?」
パチパチと目を瞬かせながら、コメツチは酷く驚いていた。魔王国の人から見てもやっぱり、ガシャラは近寄りがたい場所みたいだ。
「色々と事情があるのよ。お家の事情、って言えばなんとなく予想がつくかしら」
「……お前も色々と大変なんだな」
「あっ!そうだ!思い出した!」
私とコメツチの話を聞いていたラビラビが、急に大声をあげた。
「きゅ、急にどうしたのラビラビ」
「イザベル!私もともとガシャラに用があったんだ!ツチちゃんがピンチになってすっかり忘れていたけど、今やっと思い出したの!」
「え、食料を盗みに来ただけじゃないの?」
「違うよ!?私そんなことしないよ!」
「いや、してたわよね!?人の家に上がり込んで鍋の中身、全部食べていたじゃない!?」
「……あ!」
「忘れてたわね!?まだ日も超えていないのに!?」
「えへへっ。ごめんね?」
「それは村長さんに言いなさいな!」
「そ、そんなことより!ツチちゃんはそろそろ戻らないとだよね!早めに帰らないと、リーダーに心配かけちゃうもんね!」
「いや、別にゆっくりでもいいぞ。どうせ怒られるのは確定だし」
「ツチちゃんお願い!ちょっとは察して!」
「察したうえで、見捨ててる」
「ツチちゃん酷っ!?」
あわわと、慌てだすラビラビ。まさに八方塞がりというやつだろう。味方はいない、と思われたがここで意外な人物が割り込んできた。
「あ、あのラビラビさん!その用って、私に関わることですよね!」
「そ、その通りだよマナっち!」
「ふーん?どういうことなの?」
「単刀直入に言うね!イザベルお願い!マナっちをガシャラに置かせてもらえないかな!」
「え、無理ですわよ」
「「なんで!?」」
だんだんラビラビが涙目になってきた。隣にいるマナも同じようになっているし、ちょっと弄りすぎたかもしれない。
「無理というか、私には決められない話なの。あそこは余所者には厳しい場所だから、ガシャラに住むには村長さんの許可がいるわ。特に貴族は嫌われているから、バレた時は命の保証すらできない。私としては、マナは別の場所に住んだ方がいいと思うわ」
「あ、そういうことだったんだね!びっくりしたー!」
「あうう。や、やっぱりそうですよね……。でも私、もう王国には戻れないし……他の村には知っている人なんて誰もいないし……ううっ、どうすれば」
マナは目に見えて落ち込み始めた。どうやらマナは行き場所がなくて困っているみたいだ。
王国内に戻れないという発言から察するに、何らかの事情があって家から追い出されたのかもしれない。だとしたら、随分と酷い話だ。マナはまだ子供だ。そのうえ性格も臆病で、とても一人で生きていけるようには見えない。
それがわかっていながら、追い出したのだとすれば、サティア家の当主は相当酷い人物といえるだろう。血も涙もないとはこのことだ。
うーん。親から碌に愛情を注いでもらえなかったという点で、親近感も感じるし、助けになってあげたいとは思う。けど、ガシャラはいくらなんでも、という気もする。
「魔王国では、保護できないの?そちらにも孤児院みたいなものはあるでしょう?」
「ありはするよ!けど、そこにマナっちを入れるのはダメ!」
「な、なんで?」
「マナっちが病む!魔王国は魔法使いが嫌いだからね!たぶん孤児院に入った瞬間に石を投げられると思う!」
「あー、確かにそうね。それはダメね」
ラビラビとマナは仲が良さそうだったから、すっかり失念していた。魔王国は神の血を持っていないため魔法が使えない。だから魔法が使える人たちを羨んでいる。おまけに、今魔王国と王国は戦争中だ。マナへの対応は最悪なものになるだろう。
「……そういうことなら、私が明日村長さんに話をしてみるわ。村の入り口に取り残されていたところを私が保護したことにして、貴族であることも隠す方針にしましょう。バレたらおしまいだから、マナはできる限り口を開かないようにね」
「は、はい!うわぁ、あ、ありがとうございます!本当にありがとうございます、イザベルさん!絶対に、絶対に口は開きませんから!村にはいったら一切声をだしませんから!うぅ……ガシャラにイザベルさんがいて、本当に良かった……」
涙をポロポロと流しながら、マナは私に何度も頭を下げてきた。住むところができそうで安心したこと、私という味方ができたことで、今まで抑えていた不安や孤独が一気に溢れてきたのかもしれない。
もしも私がいなかったら、彼女はたった一人でガシャラに住むことになっていたのだろう。貴族だとバレたら何をされるかわからない状態で、信頼できる人もできずに、逃げ場所も選べないままずっと生き続ける。それは酷く苦しいものになっていたはずだ。
その不安から、マナはようやく開放されたのだ。けど、もし私の説得が失敗したら、またさっきみたいに彼女は落ち込んで、心を閉ざしてしまうかもしれない。
絶対に村長さんを説得しよう。私は心の中で、気を引き締めなおした。
「あ、でもマナ」
「は、はい!ど、どうしましたかイザベルさん!?」
ずいっと、マナが一気に距離を詰めてきた。初対面の時からずっと、マナとは二メートルほど離れていたのに、今は肌と肌が触れ合うほどだ。
これはもしかして、なつかれた?距離が近いだけじゃなくて、マナは私のことを凄くキラキラした目で見つめてきている。心の拠り所にしてもらえるのはありがたいけど、急に距離を詰められると、どう話していいかわからなくてちょっと困る。まあとりあえず、今まで通り話してみましょうか。
「か、完全な無口でも困るから、ほどほどにお願いね?」
「はい!ほどほどに絶対に口を開きません!」
「……お願いね!」
ちょっと状態が不安だけど、まあガシャラに戻るころには落ち着くでしょう!たぶん!
マナが 仲間に なった!




