イザベルと魔物。そして蜘蛛⑦
「ライムちゃん。こう、ぺたーんってなってくれるかしら」
手でお椀のような形を作ると、ライムちゃんは鉱石を地面に置いて、すぐに同じような形になってくれた。私はライムちゃんの真上、ちょうどくぼみになっている位置に左腕を持っていき、左手をナイフで切り落とした。
「あ、ああああ!?」
「ちょ、マナ静かに!バレちゃうでしょう!?」
「ち、ちちちち血が!?なんで、何をしてるんですかイザベルさん!?」
「大丈夫だから!それよりも蜘蛛の動きを見てて!」
手首の先からドバドバと溢れる血を、ライムちゃんへと落としていく。ある程度溜まったところで再生の魔法を使い、私は左手を修復した。マナがそれを見てほっと息をついた、と思ったら急に顔をビクンとあげ、慌て始めた。
「あ、き、きてます!今凄い速さで、イザベルさんに向かってアレがやってきてますー!」
「ありがとうマナ!危ないから、少し離れていて!あ、ライムちゃん、その血が零れないようきゅっと、丸まってくれるかしら?」
ライムちゃんは軽く揺れた後、血を包むように球状へと変化した。私はそれを抱えて立ち上がり、後ろを振り返った。
森から月明りに照らされて、赤い蜘蛛が飛び出してくる。大きさは五十センチほどで、黒い八つの目と鎌のような前足を二本持っている。赤い体に浮かんだ黒のまだら模様がとても不気味で、まるで地獄からやってきたようだと感じた。
蜘蛛は一直線に私へと、前足を掲げながら接近してくる。速さはかなりのものだ。事前に来るとわかっていなければ、間違いなく取り乱していただろう。
あともう二メートルで鎌が届くという位置で、私はライムちゃんを右手でぎゅっと握り、勢いをつけて思いっきり蜘蛛へとぶん投げた。直撃する瞬間に、私は声をあげた。
「ライムちゃん!開いて!」
私が指示した瞬間、薄い膜のように広がったライムちゃんから、ため込んだ私の血が真正面にいた蜘蛛へと降りかかる。ギィーと、奇怪な悲鳴のようなものをあげながら蜘蛛が立ち止まり、ライムちゃんへ鎌を振るった。
ライムちゃんは一文字に割かれてしまったが、私の回復魔法ですぐに再生した。私は距離を保ったま蜘蛛の真横へと移動をし、ライムちゃんを呼び戻した。
第一の作戦、血を使った目潰しは大成功だ。蜘蛛は血で前が見えないせいか、さっきから見当違いな方向に鎌を無茶苦茶に振り回している。おそらく防御しているつもりなのだろう。実際、ああされると私は近づくこともできない。
だから、鎌を振り回すのはやめてもらおう。私はさっき切り落とした左手をライムちゃんの中に入れ、そして右腕で、ライムちゃんを回転させ始めた。
そして勢いが乗ったところで、思いっきり蜘蛛へとライムちゃんを振りぬきながら、再び声をあげた。
「開いて!」
しゅっと、開放された左手は一直線に蜘蛛へと飛んでいき、右脚の一本に直撃した。再び奇怪な悲鳴声をあげた蜘蛛はしかし、すぐに私の方へと向き直り、凄まじい速さで突進を開始し始めた。腕が当たった位置と受けた痛みで、おおよその私の位置を把握したのだろう。
思わず、ニヤリと笑ってしまいそうになるのを何とかこらえる。まだだ。目を潰した状態で、おびき出すことに成功した。ここまでは私の予想通りの展開だ。けど、まだ蜘蛛はノーダメージでピンピンとしている。しっかりと止めを刺すまでは、安心なんてしてはいけないのだ。
私はライムちゃんが拾ってきてくれた小さな鉱石たちをライムちゃんの中へと押し込み、そしてぐるんぐるんと、再び回し始めた。
蜘蛛は両の鎌を振り上げ、飛び上がりながら向かってきた。両の鎌が、私の首へと迫る。
「目を潰しているのに、凄いわね。でも、無駄よ。さあ、これで、終わり!」
私は足を一歩前へと踏み出して、蜘蛛の脳天へとライムちゃんを叩きつけた。ずぶずぶと、ライムちゃんの体が蜘蛛へと沈みこんだ瞬間、体内にあった幾つもの鉱石が眩い光を放ち始めた。
ライムちゃんを放し、顔と胸を腕で守るようにしながら後ろへと飛ぶ。バキっという音のあとに、パァンと肉が爆ぜる音が、暗い森へと鳴り響いた。
音はしばらくの間、鳴り続けた。音がやんだ後に、私はゆっくりと立ち上がり、さっきまで私が立っていた場所を見た。
そこには上半身が消し飛んだ蜘蛛の肉塊と血だまり、色を失った無数の鉱石、そしてぽよんぽよんと、周囲の惨状を全く意に介さず元気に跳ねまわるライムちゃんがいた。
「ライムちゃん!凄いわ!無茶をさせてごめんね。本当にありがとう!」
ぎゅっと、ライムちゃんを抱きしめる。作戦は大成功。これでようやく、村に戻ることができそうだ。
ブラックジャック異世界バージョン。全ての破片が相手に直撃する、炸裂弾のようなものと思っていただければいいかと。
蜘蛛との戦いはこれにて決着です。ちなみにあの蜘蛛は後に、死神と名付けられることになります。危険度はS。




