イザベルと魔物。そして蜘蛛③
コメツチが剣を構えた直後に、額から角が生えた、狼のような魔物が森から何体も飛び出してきた。クレーターの隙間を縫うように、こちらに全速力でかけてくる。
狼がこちらに近づいてくる間にも、真っ黒な猪や、私を追いかけてきたあの黄色い熊といった魔物が次々と森から現れ、私たちへと向かってきている。
後ろには蜘蛛の糸、前は魔物の大軍、完全に逃げ場がなくなってしまった。コメツチが言う通り、もう戦うしかないみたいだ。
戦うとはいっても、私にできることはとても少ない。誰かが傷ついたら回復する。それだけだ。一応、あのナイフは持ってきているけど、動き回る魔物に当てれるかはかなり怪しい。当てれてたとしても殺せないかもしれないし、魔物からカウンターを食らって、私が気絶したりしたら、他の人に迷惑をかけてしまう。
私の使い魔であるライムちゃんは、接近してきた魔物に対する、防御には使えるかもしれない。けど、とても小さいから魔物に対する攻撃には向いていないと思う。ぺちんと叩いて怯ませられれば御の字、という感じだろう。
なので結局、私にできることはやっぱり回復だけだ。戦闘はコメツチとラビラビに任せるしかない。
この二人がやられそうになったら、その時は、私も群れに突っ込む覚悟はしている。ライムちゃんとナイフをぶん回して数を一体でも減らして、それと同時に二人を回復して復活させる。魔物と私たち、どちらかが力尽きるまで戦い続けるデスマッチを始めるつもりだ。
私が気絶した瞬間、すべてが終わりそうな気がするけど、そもそも二人がピンチになっている時点で、もう負けのようなものなのだ。そういう状況になったら終わり、なら悪あがきをせめてしてやろうという考えでしかない。
だから、私はそういう状況にならないように、今から二人をサポートしないといけないという話だ。回復以外にもできそうなことがあったら、すぐに動けるようにしておかないといけない。
「すー、はー。すー、はー。……よし」
深呼吸をして、心を落ち着ける。やることが決まったら、あとは何も考えない。私が怖がったり変に昂ったりしても、邪魔になるだけなのだから、私はただやれることを全力でやる。
狼たちと私たちの距離は、もうほとんど離れていない。あと数十秒もしない内に、私たちの元へと飛びかかってくるだろう。
コメツチの方を見ると、彼は前をしっかりと見据え、剣を横になるように構えていた。あれで宣言通り、狼たちを薙ぎ払うつもりなのだろう。壁に罅をいれるほどの腕力で殴られれば、狼たちもかなりのダメージを負うはずだ。
問題は、数があまりにも多すぎることだ。狼の後方に、また別の狼の群が接近してきている。数は十体ほどいて、先頭には他よりも大きな図体をしたリーダーのような個体がいる。他の個体と違って、爪や牙が鋭く尖っていて、とても危険だと感じた。
さらにその群の後方に、また別の狼の群れがやってきている。やってきている魔物は、ほとんどがあの狼たちみたいだ。一匹一匹はそこまで強くなさそうだが、ここまで数が多いとそれも脅威になる。
一群を薙ぎ払うのは容易だろうけど、その後続から何度も矢継ぎ早に飛びかかられたら、いつかは手が回らなくなるだろう。コメツチはそれを、どういう風に対処するつもりなんだろう。
「よし。ラビラビ。押しやれ」
「りょーかい!できるだけ魔力を使わないように、出力二十パーセントのフルスロットルで行ってくるねー!」
コメツチの指示で、ラビラビが群れへと飛びかかった。狼たちは応戦しようとしたが、ラビラビの方が早く、先頭の狼へと一撃をいれた。鉱石でできた足で蹴り飛ばされた狼たちはそのまま吹き飛び、クレーターへところげ落ちていく。
他の狼はそれを気にすることもなく、ラビラビへと飛びかかった。だが、ラビラビの回避速度についていけずに、狼たちの攻撃はあっさりと躱された。再び狼たちは攻撃をしようと構えるが、やはりラビラビの方が早く、再び蹴りが叩き込まれ、一匹また一匹と、クレーターの中へと押しやられていった。
「すごい、けど。これ、あんまり意味ないんじゃないかしら」
私は一番最初に押しやられた狼が、もうクレーターの外へと顔をだし始めているのを見て、そうつぶやいた。あともう少しで完全に外に出てしまう、というところで、戻ってきたラビラビが蹴りを入れ、再びクレーターに押し込んだ。これであの狼はまたしばらくの間、出てこれないだろう。
けど、魔物は殺さない限り、何度でも襲い掛かろうと飛び出してくる。ラビラビは今、後続からやってきた第二の狼の群れと戦っているけど、その間にも、第一の群れにいた狼たちは外へと這い上がってきている。ラビラビはそれを見るたびに一度戻って、狼を地面へと押し込んでいる。
これでは、時間稼ぎになるだけだ。森からはどんどん魔物がやってきて、数を増やしている。数が増えればラビラビ一人では対処が間に合わなくなり、いつかは魔物がこちらに向かってきてしまう。
コメツチは当然、それをわかって、ラビラビに押しやれと指示したのだろうけど、いったい何が狙いなんだろう。数が増えて有利になることなんて、私には思いつかない。
「……よし。ラビラビ、もう十分だ。巻き込まれない内に、戻ってこい」
「オッケー!出力百パーセント!いったん休憩だー!」
ぴょーんと跳ねるように戻ってくるラビラビの顔には、何の不安もなかった。やっぱり、魔物の数がどんどん増えているこの状況は狙ったものみたいだ。
「ひ、ひいいぃ……なにしてるんですかあの人……これじゃあ囲まれちゃいますよー……」
探知を発動させているマナの顔が、どんどん青くなっていく。彼女には視界の範囲外から次々と、ここへとやってくる魔物が見えているのだろう。私以上に、魔物の数が一向に減らないこの状況に不安を抱いているみたいだ。
「死ぬ……絶対死にます……」
「落ち着いてマナ。きっと何か、作戦があるのよ」
「そうでしょうか……ラビラビさんのことだから、何も考えずに行動しているだけだったりしませんか……?」
「怒りやすいコメツチが、こんなに追い詰められた状況なのにとても落ち着いているじゃない。だからまちがいなく、大丈夫よ」
「そこ、一言多いぞ。あと警告だ。万が一を考えて、しゃがんで体を小さくして、頭を守れ。そして絶対、動くな」
私はすぐに、コメツチの言う通りに動いた。指示の意味はわからないが、口数が少ないコメツチがわざわざ言うことだ。絶対に言うとおりにしておいたほうがいいと思った。
隣のマナも私と同じように、小さく丸まった。それを目で確認したコメツチは、足を大きく開き、深い呼吸を始めた。
目の前を埋め尽くすほどになった魔物の群れが、私たちへと向かってくる。あと数メートルでぶつかる、という距離になったとき、コメツチの持っていた剣が眩く光り始めた。
「宝玉起動!薙ぎ払い、打ち砕く剣!」
しゅっと、何もない空間に向かい、コメツチが剣を一閃振るう。その後にバキッと、何かが割れるような音が聞こえた瞬間、私たちに向かってきていた狼の一頭が、血と臓物を周囲へとまき散らしながら破裂した。
「え、な、」
何が起こったの、と呟こうとした瞬間、耳を覆いたくなるような破裂音が次々と鳴り始めた。バキッ、バキッと音が鳴るたびに、私たちに向かってきた魔物たちが、胴体を、足を、頭を失いながら、次々と動きを止めていく。目の前を覆うほどの数だった魔物たちは、あっという間にその数を減らしていった。
魔物が破裂する瞬間を、目をこらしてよく見ていると、破裂した体から茶色の鉱石が飛び出していくのが見えた。飛び出した鉱石は、また別の魔物へと突き刺さり、再び魔物の体を破裂させながら、別の魔物へと飛んでいった。
魔物の群れを、大量の小さな鉱石が蹂躙していく。私は圧倒的な暴力が命を奪っていくのを、ただ黙って見つめていた。
これが、コメツチの持っている魔鉱石の力みたいだ。魔鉱石に肉や骨を砕くほどの爆発を起こす性質を付与し、地面に落ちるまでの間何度も破裂を繰り返しながら敵を蹂躙する。恐ろしい力だ。
コメツチの持っている剣の刀身は、さっき見た時よりも細くなっていた。失った刀身は、魔物の群れへと飛ばされている鉱石の分だろう。最初にした剣の一振りは、剣の破片を魔物へと飛ばすためのものだったのだ。
破裂音がやんだ後は、こちらに向かってきていた魔物はほとんど、死体となって地面に転がっていた。ざっと数えるだけでも、三十体以上。当たり所が良かったのか、軽く血を流しているだけで済んでいる魔物もいたが、数はとても少なかった。
「ラビラビ!」
「あいよー!」
ラビラビが再び走り出し、起きている魔物たちをクレーターへと蹴りこんでいく。ここにきてようやく、ラビラビの行動の意味が分かった。あれは鉱石が上手く反射できるよう、魔物を密集させるための行動だったのだ。
「コメツチ!あなたほんとうに凄いわね!あんなにいた魔物たちが、あっという間にいなくなったわ!」
「ふん。いったろ。百体くらい、なんてことないって。何体きても、この剣で吹き飛ばしてやる」
魔物紹介
アサルトウルフ。危険度はD。体長百三十~百六十センチ。発生箇所は森林地帯。
額に角が生えた狼のような魔物。群れで行動することが多く、敵を見つけた時は自慢の硬い角を使って、一直線に突撃していく。たまに群れのリーダーとみられる大きな個体が確認されるが、通常の個体と攻撃方法は同じで、知性もそれほど変わらないため、そこまで警戒する必要はない。
魔物がばんばん目の前で死んでいくので、精神が弱いマナはクラっとしていてますが、イザベルは特に問題なし。毎日自分の腕を切っていたので、戦闘経験こそないものの、グロ耐性はばっちりなのです。




