イザベルと魔物。そして蜘蛛②
「心配するな。邪魔してくるなら、潰すだけだ」
「うーん……まああなたがそう言うなら、大丈夫だって信じるわ」
本当は、知性がある魔物に追いかけられるという事実には、少し不安があった。だけど、それをコメツチに言うと侮られたと勘違いして、また怒りだしそうだったので、言うのはやめておいた。
モチベーションというのは、いつだって大事だ。落ち着いていれば簡単にかわせる攻撃も、怒って視野が狭くなれば、かわせなくなるかもしれない。
私はコメツチかラビラビ、どちらか一人がついてきてくれないと、魔物がひしめくこの森から出られない。彼らに頼るしかない状況なのだ。そんな命を預けることになる彼らを、このタイミングで怒らせるなんて愚の骨頂と言えるだろう。
さっき実力を信じると言ったばかりなのだから、ここは黙って、彼らのサポートに専念するべきだ。
「よーしイザベルも納得したみたいだし、そろそろ外へ行こうかー!マナっちー!周囲の状況はどんな感じー?」
「え、えっと、さっき話していた蜘蛛が一匹近くにいますけど、それ以外の魔物はみんな遠くにいます……。みんなまばらに動いていますから、こちらに襲い掛かってくることは、ないと思います、たぶん……」
「ふーん。探査の魔法って、そんなことまでわかるのね」
「は、はい……。魔法を発動させている間は、頭の中に周辺の地形と、探している対象が点としてでてくるんです……。あ、あの、精度は間違いないと思うので、へ、変なこと言っても、殴ったりしないでくださいね……?」
「そんなことしないわよ!?」
マナはなぜか、本気で怯えているようだ。自分たちのために魔法を使ってくれた相手に対して、暴力を振るう人なんて、まずいないだろう。私がそんな人間だと思われているなら、ちょっと心外だ。
ああでも、マナは貴族の子だ。ただでさえ人間不信になりやすい環境に生まれた上に、王国から離れたこんな場所で、さっき会ったばかりの人に話しかけられているのだ。警戒心がちょっと異常なくらい強く働いても、おかしくはないのかもしれない。
そう思うことにする。そうしておかないと、心がちょっとだけ泣いてしまいそうだ。
「マナっちが探査をしてくれるなら、進行方向に魔物が出ない限りは、安全って思っていいよね!じゃあ作戦は、入ってきた森の出口へ一直線にゴーゴーゴーってことで!もしも邪魔が入ったらツチちゃんがドーンするから、私たちは逃げることに集中だ!ということでツチちゃん、戦闘準備!」
「わかった。じゃあ奥に行って、武器をとってくる。少し待ってろ」
立ち上がり、洞窟の先へとコメツチは向かっていった。
それから数分も経たないうちに、コメツチは青色の鉱石でできた三つの武器を持って、私たちの元へ戻ってきた。右手には剣を、左手には槍、そして背中には背丈の倍もありそうな槌をからっていた。
「……な、なんだか大荷物ね。そんなに持って、大丈夫?いざという時に動けるの?」
「これくらいで動きが鈍るほど、俺は柔じゃない。逃げるのが目的じゃないのなら、念のためにもう一本持っていきたいくらいなんだぞ」
巨大な鉱石でできた武器たちは、どれも小柄なコメツチが持つにはとても重そうに見えるのに、本人は苦にもしていないようだった。さっき岩の壁を凹ませたことといい、コメツチは見た目に反してとても力が強いみたいだ。
「ツチちゃんの準備もばっちり!じゃあ最後に確認ね!私が殿になるから、ツチちゃんは先頭に行って襲いかかってくる魔物を撃破!イザベルとマナっちは真ん中で、魔法でツチちゃんをサポートしながら、転がらないよう走り続けること!」
「わかったわ」
「わ、わかりました……」
「うんうん!みんな大丈夫みたいだねー!それじゃあ、作戦開始だー!」
ラビラビの掛け声のあと、私たちは階段を昇り外に出た。そしてすぐに列を組み、森の外へと向かって走り始めた。
「マナっちー!蜘蛛はどう!?追いかけてきてるー!」
「は、はい!え、えっと出口が西だから、方角は南西!私たちの進む先に先回りできるよう、追ってきているみたいです!」
「あちゃーやっぱりかー!ツチちゃーん!」
「定期的に探査をしててくれ。近づいてきたら、やる」
「は、はい!」
私たちは道中で魔物に出会うこともなく森を抜け、殲滅地帯と呼ばれる場所に戻ってきた。
ふうと、息を吐いて、少し力を抜く。この大きく開けた空間で、あの蜘蛛が攻撃をしかけてくることはまずないだろう。それに他の魔物がいるということもないみたいだから、森に入るまでの間は、少し気を抜いてもいいかもと、そう思っての行動だった。
「あ、え、あああああっ!?」
びくりと、思わず肩が跳ね上がる。私の前を走っているマナが、突然悲鳴のような声をあげたのだ。てっきり蜘蛛に何か動きがあったのかなと思ったが、それにしては様子がおかしい。蜘蛛が襲ってくることは、あらかじめ予想がついていたはずだ。なのに、マナの声にはありえないと言わんばかりの、驚きと焦りがこもっていた。
「ど、どうしたのマナっち!?え、もしかして襲撃!?こんな開けた場所で!?」
「ち、ちち違います!あ、ああいやあってるかも、いやでも、」
「要点を言え!」
「ひ、ひいぃ!く、蜘蛛じゃないんですよ!別の魔物が、こっちに来てるんです!」
「何体だ!一匹二匹くらいなら、ここで潰せばいいだけだ。焦る必要は、」
「い、いやいやダメです無理です焦ります!だって、ぜ、全部なんですよ!?さっきまで遠くでバラバラに動いていたすべての魔物たちがなんでか今、一斉にこっちにやってきてるんですよ!?」
「「「はぁ!?」」」
あまりのことに、思わず立ち止まる。コメツチがマナの肩を、がくがくと揺さぶり始めた。
「そんなわけないだろ!?魔物を呼び集めるような行動は何もしていないのに、一斉になんて!」
「ほ、本当です!し、しかもこれ、かなり早いです!な、何の迷いもなく、私たちの方に向かってきてる!こ、これまるで、獲物を見つけた獣みたいな動きです!?ま、まだ距離は遠いですけど、こ、こここのままじゃ私たち全員、食べられるかも……」
「くっそ、意味が分からないが、それが本当ならまずいな。全員速度をあげろ!さっさとここから離れるぞ!」
「りょ、りょーかいツチちゃん!イザベルも早く!」
「え、ええわかったわ!」
クレーターに落ちないよう注意しながら、私たちは森の出口へとさっきよりも早く走り始めた。マナが早めに気づいたこともあって、魔物とはまだだいぶ距離があるらしい。このまま走っていれば、追いつかれずにすむかもしれない。
「っ!ちいっ!」
しかし、あともう少しで殲滅地帯を抜けるという時になって、コメツチが大きく舌打ちをして、立ち止まった。
「つ、ツチちゃん!?なんで止まったの!?」
「マナ!あの蜘蛛は今どこだ!?」
「え、えっと、こ、コメツチさんの前方十メートル先です!そ、それがどうしたんですか!?」
「やられた!あれを見ろ!」
コメツチが見ている方角には、木以外何もないように見えた。だが、よく目を凝らしてみると、月明りに照らされて、木と木の間を埋めるように張り巡らされた、何百本もの細い糸が見えた。
「あれって、もしかして蜘蛛の糸!?」
「ああ!先回りしてたのは、あの蜘蛛糸を張って、俺たちが先に進めないようにするためだったんだろうな!木を薙ぎ払えばとりあえずは進めるが、あの蜘蛛がいる限り、糸はずっと張りなおされる!進むのに手間取っていたら、後ろの魔物たちに間違いなく追いつかれるぞ!」
「み、道を変えませんか!?少し遠回りになりますけど、もっと南の方から進んでいけば!」
「ダメだ!そんなことしても結局あの蜘蛛に先回りされて、時間稼ぎをされるだけだろ!」
「じゃ、じゃあまずはあの蜘蛛を倒して、ってひいぃぃ!?ま、魔物がもうこっちにやってきてます!?このままじゃ!?」
「……仕方がない。全員いったん止まれ!逃げるのは後だ!ここで一度、魔物の群れをはらう!」
槍を地面に置き、コメツチが剣を構え始めた。
まさか、戦う気なのだろうか。実力は信じているけれど、相手は個じゃなくて群になってやってきている。それもたぶん、三匹とか四匹とか、そんな小さな群れじゃないはずだ。それなら、マナがこんなに焦るはずがない。
「ま、マナ?ざっとでいいのだけど、魔物ってどれくらいきているのかしら」
「ひゃ、百は優に超えてますけど……?」
「…………いやー!?なんですのそれー!?」
百!?百って、何!?今さっき一体の魔物に襲われて死にそうな思いをしたのに、それが百!?絶対死ぬに決まってるじゃないそんなの!?
「こ、コメツチ!!?ここは無理にでも逃げません!?百はいくらあなたでも無理でしょう!?」
「逃げ場はないって言っただろ!もうやるしかないんだから、黙って信じろ!宝玉起動、破滅への浸食!」
慌てる私とは裏腹に、コメツチはとても落ち着いていた。百という数字を聞いても、まるで動じていない。
こんなに落ち着いているのなら、勝算はあるのだろうと、半ば祈るような気持ちでコメツチを見ていると、ラビラビの足と同じように、コメツチの腕が眩く光り始めた。それとともに、コメツチが手に持っていた剣に、変化が起き始めた。
バキバキと音をたてながら、刀身からいくつもの鋭い突起が現れる。変化はそれだけではなく、突起が現れた箇所から順に、色が青から茶色へと変わっていた。
青くて精巧な鉱石の剣は、ほんの数秒の間で、薄い茶色に染め上げられ、あちらこちらから棘のようなものが生えた、罅だらけの剣へと姿を変えた。
私の目には、剣が壊れてしまったように見える、のだけど。これ大丈夫なのよね?
「……それで、いいのよね?魔法が失敗したとかじゃないわよね?」
「疑り深いな!?確かに見た目は悪いが、この剣はかなり強いんだ!数は百だったよな!そのくらい、これですぐに薙ぎ払ってやる!」
次回は暗澹の森の魔物たちと、コメツチの戦いです。
マナの探査はかなりの長距離まで対応していますが、探査対象が増えるほど、精度は悪くなり位置は大雑把に表示されるようになります。逆に探査対象を減らすと、位置がしっかりわかるようになるだけではなく、対象が何をしているのかぼんやりと理解できるようになります。




