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イザベルと魔物。そして蜘蛛①

「よーし!それじゃあそろそろ脱出、しようかー!」

 ぴょーんと飛び跳ねて、さっきまでボコボコにされていたとは思えないほどの元気さで、ラビラビが喋りだす。私もそれにつられて、口を開いた。

「そうね。早めに戻らないと、アンナ達に心配をかけてしまうわ」

「お、それってイザベルの仲間?今度会ったら紹介してー!」

「ふっふっふっ。ダメ」

「なんで!?」

「いや、普通ダメでしょう」

 私は別に、相手がどんな国の、どんな立場にいる人間なんて、ほとんど気にしない。私が誰かと喋る時に意識するのは、相手がどんな人間かと言うことだけだ。だから、ラビラビやコメツチとお喋りすることに、私は特に抵抗はない。

 ただ、それは私個人の話だ。アンナは、まあ、ラビラビとは仲良くなれそうな気もするけど、生粋の王国人であるベルダやラバードは、コミュニケーションをとることにかなりの忌避感を感じてしまうだろう。

 特にベルダは好戦的だから、やられる前にやれの精神で、出会った瞬間に真っ先に切りかかりそうだ。絶対にあわせたらダメだと思う。

「そういえば言ってなかったけど私、誰かと一緒にいるときは、あなたとは初対面の振りをして接するつもりよ。できる限り、村の人とも友好関係を築いておきたいから、そこは我慢してね」

「えええ!?さ、さっきまで熱いハイタッチを交わしたばかりなのに、この冷たい対応……イザベルってめっちゃ優しいけどめっちゃドライだよねー……よよよー」

「わざとらしい泣き真似をやめなさいな。世の中綺麗ごとだけじゃあ、なかなか生きていけないのよ」

「お、おお?なんだかイザベルの目が凄く剣呑な感じに……まるで幾千もの戦場を渡り歩いた傭兵みたいになってるよ。いったいイザベルの過去に、何があったというの」

「それに関しては黙秘権を行使します。たぶん生涯使いっぱなし、切れることはないと思ってちょうだいな。まあそれより、ここから出るって、具体的にどうするの」

 マナの方をちらりと見て、ラビラビへと問いかける。さっきまでは、護衛対象が私一人だったから、あんな化け物が襲ってきても、いざとなったらラビラビが助けてくれるという保証があった。けど、今はその対象が三人に増えている。複数の魔物に襲われた時、守らないといけない対象に、ラビラビの助けが間に合わないかもしれない。

 特にマナが危険だ。彼女はどう見ても私より年下の子供で、体力もまるでなさそうだ。ラビラビの助けが間に合わずに魔物に襲われた時、戦えそうなコメツチはともかく、マナは抗うことすらできずにやられてしまうだろう。

「そこは大丈夫!イザベルは知らないだろうけど、そこでかっこよく!うーん、いやそうでもないな?可愛さとかっこよさが半端に混じった、中途半端な胡坐をかいて座っているツチちゃんは、腕は確か!どんな魔物がやってきても、自慢の腕で一瞬で薙ぎ払ってくれるよー!」

「一言多い。喧嘩売ってるなら、買うぞ?吹っ掛けられた分、倍にして返してやる」

「褒めてるんだよー!返すのは私にじゃなくて、魔物にでお願い!」

「あ、そういえばあの、殲滅地帯でしたっけ。あれって、もしかしてだけど」

「俺がやった……なんだよ。疑ってるのか?」

 コメツチは不満そうにこちらを睨んでくる。特に何も言っていないのだけど、実力を疑っていると思われたらしい。

「まさか。ラビラビの速度を見て、私は確信しました。あなたたちって、本当は凄く強いのよね?この森の魔物なんて、相手にならないくらい。ただの予想だけど、怪我をしたのは普段なら絶対にありえない、予期せぬ事態に襲われたからなんでしょう?一人で生き残れるという自信がなければ、補給も退避もできないこんなところに、単身で来たりするはずがないもの」

「…………あ、ああ。そうだぞ。よく、わかってるじゃんか……」

 ぷいっと、なぜか顔を赤くしてそっぽを向いてしまうコメツチ。もしかして、照れている?

 だとしたら、凄く可愛い。ほんの少し褒めただけで顔を赤くするほど照れるなんて、うぶにも程がある。ラビラビがちゃん付けで呼んでいる理由が、少しわかった気がする。

「そうだよー!ツチちゃんは八魔剣でも実力ナンバーツー!まあ最近、純血(インチキ)ちゃんにワンパンされちゃったりはしたけど、あれは場所が悪かっただけで、」

 バゴン!

「……ラビラビ」

 脳にまで響くかのような、爆音が鳴り響く。音はコメツチが拳を叩きつけた、壁が発したものだった。さっきまで傷一つなかった壁は大きく凹み、凹みの中心から亀裂が、四方へと広がるように伸びていた。

「次にその話をしたら、憂さ晴らしの相手をこの森の魔物から、お前に変える。この意味は、バカなお前でもわかるよな?」

 腹の底から響いてくるかのような、冷たい声には並々ならぬ怒りがこもっていた。女の子みたいと言われて発した怒りとは、種類が違う。この怒りには、凝縮された敵意がこもっていた。

 今のコメツチは、とても危ない。何かの拍子で怒りが爆発しかねない。それを肌で感じ取ったのだろう。ラビラビとマナが、どんどん顔を青ざめさせていった。私も思わず一歩、距離を取ってしまったくらいだ。

「わ、わかった。気をつける。ごめんツチちゃん、てっきりもう気は晴れたかなって思って……」

「晴れるわけないだろ!あんな、人をなめくさっているとしか思えないような情けをかけられて、気がおさまるわけがない!それなのに、リーダーは我慢しろの一点張り!あいつの目があるから、王国では我慢したが、いい加減うんざりだ!何かを潰さなきゃ、このムカムカは絶対おさらまない!」

 ああ、なるほど。何の話かはわからないけど、コメツチがここにきた理由はなんとなくわかった。

 どうやら最近、コメツチを倒して、怒らせた誰かがいたみたい。その相手に仕返しをしようとしたけど止められて、怒りを我慢できずにこの森にやって来た。そして憂さ晴らしがてらに魔物を倒していた、ということか。

 うーん、ちょっと子供っぽいわね。強さは確かなんだろうけど、後のこととか、万が一とかはまるで考えていなかったみたいだ。実際、ラビラビが私を連れてきていなかったら死んでたわけだし、ちょっと心配になってしまう。

「お、おっけーツチちゃん!帰りの魔物の相手はツチちゃんにお願いするよー!だから今は抑えて、ね?」

 ラビラビはコメツチを宥めるように、話を合わせている。けど、コメツチを怖がっているようには見えない。宥め方がなんだか、手馴れていると感じた。

 もしかして、コメツチが怒りだして、無茶をしだすのはよくあることなんだろうか。そのたびに、ラビラビや他の人が今みたいに、おとなしくなるまで宥めているのかもしれない。

 ……コメツチはぱっと見、まだ成人にもなっていない子供のようだ。もしかしたら性別と同じように、年齢も見た目よりだいぶ高いのかもしれないけど、行動原理は子供と同じ。誰かが注意してあげないと、この子、一生このままなんじゃないかしら。

 それはちょっと、かわいそうだ。よし、帰りの間だけだけど、コメツチがもし無茶をしそうになったら、私が叱って止めよう。態度は怖いけど、根は良い子だと思うから、ちゃんと話せばわかってくれる。殴られたりはしないはずだ。

 ……たぶん。

「うるさい!一々言われなくても、わかってる……と、いや、言っておかないといけないことが一つあった。赤い蜘蛛にだけは、気をつけろ。あれは厄介だぞ」

 すっと声の調子が戻ったと思ったら、忠告めいたことを言い始めた。切り替えが早い、いえ、眉のあたりにまだしわが寄っているからたぶん怒ったままみたいだ。なら、これはコメツチが集団での行動や計画立てといった大事なことに、私情を挟まないというポリシーを持っているということだろう。

 しかし、赤い蜘蛛とはなんだろう。昔読んだ魔物図鑑では見たことがなかった。

「赤い蜘蛛って、なんなのかしら。あなたでも勝てないくらい危険なの?」

「勝つか負けるかで言えば絶対に勝てる。ランクDのポイズンスパイダーと、同じ大きさと形状をした魔物だったからな。素早さは普通の奴より早かったが、俺が追いつけないほどじゃない。厄介なのは体に激痛をもたらす強力な猛毒だが、それに関しては、今は回復魔法を使えるお前がいるから問題ない。攻撃を受けてもすぐに回復すればいいだけだ」

「……回復魔法は絶対じゃないのだけど、まあそれは置いておくわ。それよりそれならどうして、その魔物に気をつけないといけないの?あなたに毒を浴びせたのがその蜘蛛だとしても、あなたの言い方だと、そんなに警戒しなくても良いように聞こえるわ」

「ああ。強さはそうでもない。ただ、あの魔物には獲物を狩るための知性がある。あいつが俺に襲いかかってきたのは、狩りが一段落ついて、俺が腰を降ろそうとしたタイミングだった。俺が気を緩ませる瞬間を、狙っていたとしか思えない」

「は、なにそれ!?」

 魔物にも当然、生きていくための知識と知恵はある。だが、人間のように論理的な考えは、群れることもない魔物には、到底できない。それが普通だ。私のライムちゃんだって、私が指示をしなければ何もできない。人間が隙を作る瞬間を狙ったりする魔物がいるなんて、今まで考えたこともなかった。

「俺に毒を浴びせた後、そいつは森の中に逃げ込んで、ずっと俺の様子を遠くから窺っていた。俺が近づくと逃げるように離れて、俺がこの洞窟に逃げ込もうとした時には、進路の途中に糸を張って俺の動きを止めようとしてきたんだ。間違いなく偶然じゃない。あいつは自らの意思と知恵で、俺を殺そうとしてきた」

「……もしかしてだけど、あなたがここに逃げ込んだのを、その魔物は知っていたりするのかしら。重ねて言ったら、毒で弱った獲物が這い出してくるのを、今か今かと待っていたりもするのかしら」

「する。そこのマナとかいう女が、探査(スキャン)の魔法で、森の中にそいつがいるのを確認しているからな。俺がいるのに気づいたら間違いなく、追いかけてくるだろ」

「……えー。最悪じゃありませんの、それ?」


魔物紹介

ポイズンスパイダー。危険度はD。体長四十センチ。発生箇所は森林地帯。

犬や猫よりも大きい、茶色の大蜘蛛。毒が塗り込まれた鎌のような二本の前足と、伸縮自在の糸を使って攻撃してくるのが特徴。魔物としての強さは、弱め。足は一般人の全力疾走よりも遅いため、追いつくのは容易で、危険な毒も解毒剤さえあれば対処可能。糸は人間を止めるほどの粘着力がないので、問題にもならない。

今回コメツチが遭遇したのは、その亜種。通常のポイズンスパイダーと違い、毒も糸もパワーアップしているため、危険度はけた違い。


コメツチも馬鹿ではないので、解毒剤は当然持っていたのですが、飲んでもあまり効果はなかったようです。赤い蜘蛛に関しては、解説はまた別の時に。次からは暗澹の森脱出編ですね。お楽しみにー。

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