イザベルとコメツチ
「イザベルー!こっちこっちー!」
「……?何もないように見えるけど?」
私が連れてこられたのは、木もクレーターもない、ただの空き地だった。あたりを見回すが、洞窟らしきものは見当たらない。
「本当は秘密の場所なんだけど、緊急事態だからね!洞窟は、ここだ!」
そう言うとラビラビは地面にしゃがみ込み、手で砂を払い出した。すると、地面に小さな穴ができはじめた。よく見ると、それは細長い長方形の形をしていて、手を差し込めそうなほどのくぼみができていた。
くぼみに手を差し込み、えいやっと上に引き上げると、青い鉱石でできた大きな板がでてきた。その板の下には青く光る階段があって、地面の下へと続いていた。
「隠し扉ってやつだよ!びっくりした?」
「……あなたたち、凄いわね。まさか地下に隠れ場所を作っているなんて、思いもしなかったわ」
「でしょー!?イザベルは、先に行ってて!私はこれ閉めないとだから!」
「わかったわ」
闇の中でも光輝く鉱石の上に乗り、滑らないようにゆっくりと降りていく。洞窟の壁には、小さな青い鉱石が幾つもはめ込まれていて、地中の中だというのにとても明るかった。
階段を降りきると、そこはちょっとした広間になっていた。人が何十人も座れそうなほどのスペースがあって、奥には先に進むための道が見える。見渡していると、壁際でうずくまっている人間を二人見つけた。
「あら、あなたはさっきもあったわね」
「あ、む、村ではど、どうも……あなたもここに連れ込まれたんですね……お互い災難です……」
一人はラビラビと一緒に村に来ていた、紫の髪をした女の子だった。私が強制的に連れてこられたものだと思っているらしく、同情するような視線を送ってくる。体調が悪いのか、顔が酷く青い。治療が必要なのはこの子じゃないかと、勘違いしそうだ。
その女の子の隣にもう一人、ガタガタと震えながら寝転がり、苦しそうに呻き声をあげている小柄な体躯の女の子がいた。体をすっぽりと覆ってしまうほど大きい白いフードの上からでもわかるほどに、彼女は酷く苦しんでいる。状況から見て、彼女がコメツチちゃんで間違いないだろう。
「初めまして。私はイザベル。あなたがコメツチさんで、間違いないかしら」
「……っ!お、お前が、回復魔法を使える、ってやつか?ぐぅ!」
小柄な体躯に反した男のように低い声に、驚いている暇もない。助けを求めるように手を伸ばしてきた彼女の手は、何年も生きてきた大樹のように濃い、茶色の鉱石でできていた。
彼女の手はさっきクレーターに落ちていた鉱石と、色がそっくりだ。あれはもしかして、彼女がやったのだろうか。いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。
「毒を浴びたのは何時間前かしら。それと、体の感覚、というか、痛みはまだある?」
「な、なんでそんなこと、早く治してくれ……」
「怪我の具合によっては、毒を浴びた部位を切断する必要があるわ。やられた箇所を教えてくれたら、私が診るけど」
「な、」
屋敷で治療をしていた時、強力な猛毒を浴びた部位は、回復を使っても治らないことがあった。完全に壊死してしまっている箇所は切り落として、再生させるしか元に戻す方法はない。
「よ、四十分くらい前……鉱石じゃない、右の二の腕あたりをやられた……」
「四十分……ちょっとまくるわね」
体を起こさせ、袖をまくる。何かに斬られたかのような縦に伸びた傷跡の周りが、紫色に変色している。これがやられた箇所みたいだ。軽く叩くと、痛そうにせき込む。感覚はあるみたい。
毒を体外へと出そうとしたのか、何度も吸い上げようとした跡がある。傷から肩へと続く血管も、強く布で縛り上げられているし、応急処置はしっかりしていたみたいだ。
「これなら、回復を何度かかければ大丈夫ね。すぐに治るわよ」
「そ、うか……よかった……」
ほっとしたのか、壁にもたれかかるように力を抜いていく。私は安心させるために、肩をできるだけ優しく撫でながら、魔法を発動させた。紫色だった皮膚が、元の肌色を取り戻すのにほとんど時間はかからなかった。
「お、おおおっ!?私がいない間にもう終わってる!?イザベル仕事はやっ!」
「症状が軽いとさえわかれば、後は魔法をかけるだけだからね。これくらい当然よ。とはいえ、褒められるのは悪い気がしないわね」
「ほんとにすごいよ!私ツチちゃんが倒れているの見た時、もうダメかと思ったもん!それなのにこんなにあっさり治しちゃうなんて、イザベルって聖女様みたい!」
「ふっふっふっ!うっれしいこと言ってくれますわねラビラビー!聖女様みたいなんて、本当に久しぶりに聞いたわー!」
前にも一度、隣国の聖女のようだと言われたことはあったが、あの時は吐き気を抑えるのに必死で、喜んでいる暇なんてなかった。けど今日は、小躍りしたいくらいには気分がいい。
聖女。なんて良い響きなのか。ちょっと怖い思いはしたけど、ここに来て、コメツチさんを治せてよかった。その言葉が聞けただけで、私はもう大満足だ。
「ねえラビラビ。前に言ったことを否定するようだけど私たち、友達になれると思うのよ!敵国同士なんて関係なく、これからも仲良くしていいかしら?」
「問答無用!イザベルとなら、もち大丈夫だよー!ツチちゃん助けてくれて、ありがとー!」
「問答無用の使い方間違えてますわよー!まあ構いませんけどね!いえーい!」
ラビラビと一緒にハイタッチをかわす。王国の人に見られたら卒倒されそうだけど、知ったことではない。私は私がしたいように人生を生きると、ずっと前から決めている。
私が仲よくしたいのだから仲良くする。法に触れるわけでもないのだから、何も問題はないのだ。友情、ばんざーい!
そうだ!このさい、ここにいる全員と友達になってしまおう!人間仲良しが一番!コメツチさんと仲良くなるのは簡単そうだから、まずは気が弱そうなこの子の方から、話しかけてみましょうか!
「そういえば、あなたの名前も聞きたいわ!ラビラビのお友達、なのよね?ラビラビの友達なら私の友達でもあるし、これから仲良くしていきましょう!いえーい!」
「わ、私ですか!?あ、え、と。マナ・サティア、って言います。えっと、一応貴族です……」
「ぶっ!?」
名前を聞いて思わず一歩、距離をとる。舞い上がりすぎていた心が、急速に落ち着きを取り戻していく。気分としては冷水をぶっかけられたような感じだった。
マナは後ろに下がった私を見て、自嘲するように笑った。
「や、やっぱり、平民の皆さんから見たら、私って金に物を言わせる嫌なやつ、なんですよね……ごめんなさい。部屋にこもっていればいいのに、こんなところまで這い出してきて……」
「あ、いえ違うわ!?ただちょっと、驚いただけなの!よりにもよってサティアの人が、こんなとこにいるなんて……いやほんとになんで!?」
思わず責めるように聞いてしてしまう。名前を聞いて、すぐに思い出した。マナ・サティア。王国で最も位の高い階級に位置する、レッドの爵位を持ったサティア家の七女。私が参加したパーティでも、顔を見たことが何度かあった。壁際で一人、飲み物をチビチビと飲んでいるようなおとなしい子だったと記憶している。
向こうは私が平民だと信じているみたいだけど、あんまり迂闊なことを言うとたぶん、私も貴族だってばれる。そうしたらサティア家に、ガシャラになぜか貴族の令嬢がいたと、連絡が言ってしまうかもしれない。
それで私が生きてるって、バレることはないと思うけど……念のため、彼女と喋る時は気を張っていくことにしよう。
「い、色々事情があるんです……詳しくは、その、聞かないでください」
しゅんと顔を俯かせてしまうマナ。どうやら彼女も私と同じく、訳ありみたいだ。私も深く聞かれると困ることが幾つもあるので、話したくない気持ちはよくわかる。
「わかったわ。けど、仲良くしたいって言ったのは、本当だから。さっきはごめんなさい。もしよかったら、握手してもらえないかしら。」
「……わ、私なんかと仲良くしても、良いことないですよ……」
「別にそんなの、求めてないわ。ただ一緒に楽しく喋ったり、何かを食べたりしたいだけ。ダメかしら?」
「あ、いえそんなことは!こ、こちらこそ、よろしくお願いしまう……あう」
恥ずかしそうに顔を赤らめたマナと、ぎゅっと握手をする。レッドの人間はだいたいが高圧的で、私は少し苦手だった。だから昔は近づこうとも思わなかった。
そんな相手とまさか、こんなところで友達になれるなんて。人生本当に、わからないものだ。
「さて。最後はコメツチさんね。ということで、はい!」
「……い、いきなりなんだ?」
手をサッと差し出すと、コメツチさんは少したじろいだ。てっきりすぐに握り返してもらえるものだと思っていたので、ちょっと意外だった。
「私、あなたとも仲良くしたいわ。ラビラビから聞いたのだけど、八魔剣って、人を殺したりはしてないのよね。自国の人間だけじゃなくて、王国の兵士さえも」
「殺してはいない。だけど、それだけだぞ。お前の国の人間を何人も吹っ飛ばしたり、潰したりした。たぶんやられた奴らは、心底魔王国を恨んでる。だから、八魔剣と仲良くなんてしない方がいい。王国の奴らから絶対に嫌われるぞ」
「そんなの、構いませんわ。私には愛国心なんて、ほとんどありませんから、王国の人からいくら後ろ指を指されて、気にもなりません」
貴族が嫌いなのはもちろん、私は王族もあまり好きじゃない。クーデーターを起こさせるような王と、王族の特権を利用して遊び惚けている第三王子が苦手なのだ。
普通に街で暮らしている人間にしても、ほとんど交流がなかったから、親しみもほとんどない。大事なのはお世話になった、ラースさん一家ぐらいだ。
「それよりも、私はあなたのことが知りたいの。ラビラビの仲間なら、そこまで悪い人たちじゃないって私は信じているわ。魔王国のこととか色々聞いてみたいし、友達にはなれないかしら」
「……命を、助けてもらった恩がある相手に、嫌とは言わないだろ。フツー」
コメツチさんは鉱石でできた手で、私が差し出してきた手を握り返してきた。その動作はとても優しくて、腕でできた鉱石に包まれているのに、全く重くも痛くもなかった。
「ありがとう!これで私たち、友達ね!」
「……ふ、ふん。ここから出たら、もう会うこともないだろうけどな」
声を上ずらせながら、顔を背けるコメツチ。フードで隠れて見えないが、もしかして照れているのだろうか。だとしたら凄く可愛い。
「ねえコメツチ。一つお願いがあるんだけど、いいかしら」
「なんだよ。助けてもらったお礼にってことなら、何でも聞くけど」
「それはよかったわ。私ね。ラビラビと同じように、あなたのことコメツチちゃんって呼びたいの」
「……あん?」
うん?なんだか急に、私を握る手が重くなったような気がする。ずっと握っていたから、疲れてきているのかしら。
「ダメかしら。私友達が少なかったから、そういうのに少し憧れていたの。ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、私のこともイザベルちゃんって呼んでもらえると嬉しいわ」
「……い、イザベルストーップ!」
振り返ると、ラビラビがなぜかわなわなと震えていた。周囲を見渡してみても、ラビラビが怖がりそうな物は何もないのに、どうしたんだろう。
「どうしたのラビラビ?寒いの?」
「そ、それは大丈夫!それより、その、ツ、ツチちゃ、ひぃ!?」
びくりと跳ねあがるラビラビの視線の先には、体をプルプルと震わせているコメツチちゃんがいた。思わずたじろぐ。ラビラビは寒さのせいかと思ったけど、これはどう見ても怒っている時の震えだ。
「きゅ、急にどうしたのかしらコメツチちゃん。私たち女の子同士なんだし、別にちゃん付けで呼び合ってもおかしくは、」
「女の子、同士?」
ぴたっと固まったかと思うと、コメツチはパサリと、顔に被っていたフードを払った。
フードの下から現れたのは、むすっとした顔でこちらを睨む童顔の女の子、だった。一瞬迷ったのは、立たせた黒髪や、耳にはめた黒い円状のピアスが顔に合わない男らしさを出していて、少年のようにも見えたからだ。
「え、っと?」
私が首を傾げていると、コメツチちゃんは口をへの字に曲げて、そっぽを向いてしまった。
「……なんか、言うことないのかよ?」
「えっと、とっても可愛い顔をしていますわね?って、あ、あら?なんで拳を握っているのかしら、ってゲボッ!?」
腹にコメツチちゃんの右ストレートが叩き込まれる。小柄な体躯から放たれたとは思えないとても痛烈な一撃で、私は思わず倒れこんでしまった。
「イザベルごめん。言ってなかったけどツチちゃん、実は男の子なんだよー。見た目ちっこいし顔も可愛いから、女の子に見えるんだけどね。そのこと言うとめっちゃ怒るんだー」
「そ、そういうことはほんと、早めに言っておいてほしかったのですわー……」
「次はお前の番だぞラビラビ!もとはと言えば、お前が俺のことをちゃん付けにするからこういう風に誤解されるんだ!今日はいつもより多めにいくから、覚悟しろよ!」
「い、イザベルー!助けてー!」
「無理に決まっているでしょう。おとなしく、怒られなさいな」
「いやー!絶対いやー!」
それからしばらくの間、狭い洞窟内での追いかけっこが始まった。ラビラビはかなり早く逃げてたけど、場所が狭いのが良くなかった。怒気をたぎらせながら追いかけてくるコメツチに、次第に壁に追い込まれ、ついに捕まってしまった。
結構えぐい音を出しながら叩かれるラビラビを見ながら、今度からは絶対に、可愛いとか言わないようにしようと、私は心に誓うのだった。
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