イザベルと拉致
「あ、イーザーベールー!」
ラビラビは手を振りながら、私の方へと走ってきた。
「さっきぶりだね!元気だった?なんでこんな夜遅くに外にいるの?私びっくりだよ!探さなくてすんだから嬉しいけどね!やったー!ツチちゃんが助かるぞー!わーいわーい!」
「一人で喋らないでくださいな!?あとみなさんが起きてしまうから、もっと静かに!」
「無理!」
「なんでよ!?」
「無理やり起こされる辛さは、毎日寝坊してる私が一番よく知ってる!けど、うぅ。ほんとにほんとに時間がないんだよー!静かにとか、ゆっくりとかしてられないんだよ!急がないと、ツチちゃんが危ないんだ!」
事情はさっぱりわからないが、どうやらラビラビはとても焦っているらしかった。ラビラビは私に背をむせて、背負っていた荷物を地面へと降ろし始めた。
それは人が一人すっぽりと収まってしまいそうなほど、巨大な鉱石で作られた三角錐だった。高さは低いが、横はかなり長く作られている。ぱっと見だが、これの材質はラビラビの足に使われている鉱石と同じものに見える。地面に寝かせられたそれは月光に照らされて、紫色に輝いていた。
これはたぶん、魔王国で作られた特別な道具なのだろう。用途はさっぱりわからないけど、貴重な鉱石を削ってまで作っているのだから、きっと凄いものに違いない。
「……これは、なにかしら?」
「入れ物だよ!上がパカって開くから、中に物とか人とかをいれるの!運搬用に調整してもらったんだー」
「用途それだけ!?」
上面の後方を見ると、ほんの少し出っ張りがあったのでそれを掴み、持ち上げた。するとラビラビが言った通り上面が開き、三角錐の中が見えた。
中は見た目に反して本当に空っぽで、茶色のマットが一枚敷かれているだけだった。マットにはベルトのようなものが何個も縫いつけられている。あれで荷物や人を固定するのだろう。
じーっと、三角錐の外と中を交互に見ていると、マットの位置がおかしいことに気づいた。高さが底面よりも、だいぶ高い位置にあるのだ。入れ物なら、もっとマットを下にした方がいいはずだ。
とはいえ、わざわざ指摘することでもないので、言いはしない。それよりも、これを持ってきた理由の方が聞きたい。
「こんなもの持ってきて、なにに使うの?村に必要なものでもあったの?」
「うん!イザベル!」
「そうなのね……え?まって、なんで今名前を呼んだの?」
恐る恐る振り返ると、ニコニコと笑みを浮かべながら、こちらを見つめるラビラビがいた。なぜだろう。猛烈に嫌な予感がする。
「だから、イザベル!イザベルは、回復魔法が使えるんだよね!その力が必要なの!」
「……誰から聞いたのかしら。私、あなたには何も話してないわよね」
「ミミノンだよ!って、あ、」
『ギイイイイィ!』
「本当にごめんミミノン!わざとじゃないの!イザベルの聞き方が上手いんだ!思わず答えちゃう系質問のプロなんだー!」
「今のは絶対、私は悪くないわよ」
『キン』
「これは?」
「同意……言わない!もう絶対言わないから!」
ラビラビはこれ以上話さないようにするためか、口を手で覆い始めた。もう遅いのではと私は思ったけど、あんまり責めるのもかわいそうなので黙っておくことにした。
どうやら、回復魔法について話すところを聞かれていた、らしい。ラビラビの近くでは、一切しなかったのにだ。これはつまり、この村のどこかに、ミミノンが情報を得るための細工が施されているということだ。
「……まあ、今はそれよりも大事なことがあるわね」
仕掛けは後で探ることにしよう。盗み聞きされているのは気分が悪い。
「私が必要って、どういうこと?どこかにけが人がいるのかしら」
「うん!私の仲間にコメツチちゃんって子がいるんだけど、今凄い大変で、命が危ないの!」
「症状は?怪我?それとも病気?」
「わかんない!顔色がすっごく悪くて、吐き気がするって言ってた!魔物に襲われたらそうなったって!」
「毒の類かしら。場所はこの近く?」
「あっという間!五分でつくよ!」
「ふーん?ずいぶん近くに連れてきたのね?」
どこかで怪我した仲間を村の外に待機させている、ということだろう。走るにしろ歩くにしろ、五分くらいの距離なら、すぐに戻ってこれそうだ。
「お願い、イザベル!ツチちゃんは気難しくて怒りんぼうであんまり良い子じゃないけど、それでも私の大切な仲間なんだ!だから助けて!」
ラビラビの声はとても真剣で、彼女が本気で仲間を心配しているのが伝わってきた。
私とラビラビは今日あったばかりだ。おまけに、友達でも仲間でもない。ちょっとお喋りをしただけの間柄だ。だから、助ける義理があるかと言われれば、私にはない。
ない、のだけど。私をじーっと見つめるラビラビの目は、とてもキラキラしていた。助けてくれる、という期待が感じられたのだ。私がここで断ったら、ラビラビはきっと凄く悲しむだろう。もしかしたら、泣き出してしまうかもしれない。
そう考えると、なんだか嫌な気分になった。知り合って間もないけど、ラビラビが良い子なのは間違いないと思う。できれば、見捨てたくはないというのが、私の気持ちだ。
「……助けられるかはどうかは、怪我の度合いにもよりますわ。とりあえず見せてくださいな。話はそれからにしましょう」
「来てくれる、ってこと!?やったー!」
嬉しかったからか、ラビラビがぎゅーっと抱きついてきた。
こういったスキンシップはしたことも、されたこともあんまりなかったので、私は反応に困った。私はしばらく手を宙にさまよわせたあと、小さな子供にするように、ラビラビの頭を軽く撫でることにした。ラビラビが嬉しそうに笑っているので、たぶん間違った行動ではなかったと思う。
やっぱり、断らなくて良かった。ラビラビの暖かさを感じながら、私は少し笑った。
「イザベル!ほんとーに、ありがとう!」
「まだ治してもいないのですから、礼はいりませんわ。それと、もし治療を行うことになったら、対価を頂きますわ。ただじゃないけど、構わないわね?」
「大丈夫!お金ならリーダーが余るほど貯めこんでいるから、あとで持っていくよ!」
「それ、許可無しで持ち出して大丈夫なの?」
「放っておいたら、全部お酒に変わっちゃうからね!むしろ使わないと損だよ!」
「あなたたちのリーダー何してますの!?」
「普段は、酒飲んで昼寝して散歩して寝てる!たまにお仕事してるけど、何をしているかは誰にもわからないよ!」
「絶対隠れてサボっているだけじゃないそれ!?」
そんなダメ人間をリーダーにして、大丈夫なんだろうか八魔剣。内部事情がばれたら、明日に解体されてもおかしくなさそうだ。
「ん、あ!お喋りしてる場合じゃなかった!じゃあイザベル、その中に仰向けで入って!そしたら私がバンドでとめるから!みっちりがっちり!」
「わかったわ。仰向けね」
ラビラビの言う通り、頭を先端の方にして中へと入る。
「足を閉じて、腕は軽くハの字になるようにね。うん、そう!」
ぎゅーっと、強く体を固定されていく。慣れない感覚に戸惑いながら、私はあることに気がついた。
「ねえラビラビ。今更だけど、この入れ物はいらなかったんじゃないかしら?」
「え?」
「これを背負って持ってこられる筋力があるなら、私を背負って、えっと、コメツチさんのもとへと運べばよかったじゃない。こんな重そうな物で運んでいたら、あなたも疲れるでしょう?」
私がそう言うと、ラビラビは目をパチパチと瞬かせ、急に笑い始めた。
「あはは!イザベルって、凄いこと言うね!」
「あ、あら?私、何かおかしなこと言ったかしら?」
「おかしいよー!だってそんなやり方で運んだら、イザベルバラバラになっちゃうよ?」
「…………え?」
パタンと、上面が閉められる。腕も足も、動かせる箇所は全て縛られているので、ラビラビがバンドを解いてくれない限り、ここから脱出することはもうできない。
バラバラになるって、どういうことだろう。普通に私を背負って、普通に走れば何も……いや、そうだ。ラビラビの足は魔鉱石でできている。中に込められた魔法を使えば、常人よりも遥かに走い速度で走れるのかもしれない。それこそ、私が吹き飛ぶような速度でだ。
そうなると、気になることが一つある。ラビラビは今から、どこまで行こうとしているかだ。
「ね、ねえラビラビ?確認なんだけど、ここから五分の距離なのよね?コメツチさんがいる場所は、ほんのすぐ近くなのよね?」
「うん!魔王国と世界の果ての境目にある、暗澹の森。そこで待ってるんだー」
「暗澹の、森?」
その名前を聞いた瞬間びくりと、体が固まった。
私はその森のことを、昔本で読んだことがあった。本のタイトルは、『世界の死地』だ。書いてあることをまとめると、確かこんな感じだった。
暗澹の森。危険度は、C~A。魔王国と、何もない死の荒野が広がる世界の果て。その境目にある巨大な森林地帯。王国や近隣の村からは遠く離れているため、補給も退避も困難という点があり、誰も立ち寄ろうとしない。そのため、そこで生まれてきた魔物は人に倒されずに成長をし続け、強力な魔物へと進化を遂げるケースが非常に多い。
森の入り口当たりなら、とても弱い魔物しか出てこない。だが森の奥深くに踏み込めば、強力な進化をとげた凶悪な魔物たちが群れとなって襲いかかってくる。Bランクの冒険者を何十人も組み込んだ調査団が、過去に送り込まれたことがあったがたった一人を除いて全滅。
貴重な情報を持ち帰ってきたその一人も、森で魔物にかけられた毒に侵され、後に死亡した。彼は最後にこう言っていたそうだ。『あそこには、人の知恵をも超える化け物がいる。あの森は、人が踏み込んではならない魔境だった』と。
「…………いやーーーー!?」
なんで!?なんで、私がそんな場所に行くことになっているのですわ!?
「ラビラビの嘘つき!?五分でつかないじゃありませんの!?ガシャラからだって馬を使っても三、四日はかかるじゃありませんの!?私そんなに離れていられませんわよ!?」
「普通ならね!でも心配しないで!私とブレイクフットなら、あっという間だよ!」
「ぶ、ブレイクフットってなんなの!?」
「今イザベルが入っている入れ物の名前だよ!もともとは、私の速度を生かして敵に奇襲をかけるための武器として使われる予定だったから、私の速度を損なわないようなフォルムになってるの!これの下に私が潜り込んで、地面と平行になるように走れば、巨大な槍として敵を蹴散らせるって寸法なのだ!」
「これ武器でしたのー!?」
言われてみれば、確かに形が入れ物にしてはおかしい。普通は物が詰め込みやすい四角とかにするはずだ。この形は、加速するときにかかる空気抵抗を少なくするために、削って作られた形だったのだ。マットの位置が高いのも、設計ミスではなく、下にラビラビがはいれるスペースを作るためなのだろう。
そしてラビラビの足に込められた魔法の力は、やはり爆発的な速度の上昇をもたらすものみたいだ。三日を五分に短縮できるなんて、信じられないけど、ラビラビが嘘を言っているとは思えない。
ぐぐぐっと、下から何かに押し上げられるような感覚がした。おそらく、ラビラビが下に入ったのだ。
ラビラビはもう数秒もしない内に私を持って走り出すだろう。行先は暗澹の森。凶悪な魔物がひしめく死地だ。もしかしたら、私は死んでしまうかもしれない。
今からでも行きたくないと言えば、もしかしたら止まってくれるかもしれない。だけどそうしたら私は嘘つきになってしまうし、ラビラビは凄く悲しむだろう。それに一度診ると約束したのに、いきなり反故にするなんてことは、医者としては論外だ。私自身が許せない。
もう、行くしかない。危険な目にあうとわかっていても、診ると言ってしまった以上、私は行くしかないのだ。
「……もうこうなったら、逆に考えましょう。冒険者になる前に、魔物がどれくらい危険か知れるとプラスに……いや、絶対無理ですわよー……。あ、そうだ!アンナにせめて行先、いえ遺言を、」
「さぁ行くよイザベルー!宝玉起動!飛んで跳ねて駆け回れ!」
ボン、と何かが爆発したような音が足元から聞こえてきたと思ったら、一瞬体にグンと何かが重くのしかかるような感覚が襲ってきた。それとともに意識がふっと、浮き上がるような感覚がした。
浮き上がった意識のまま、ありえない速度で流れていく雲と星を、鉱石ごしに見つめる。確かに、この速度なら五分でつけるかもしれない。
心の準備がしたいから、もうちょっとゆっくりでも、私はいいのですけれど……コメツチさんが危ないのに、そんなこと言えるわけないのですわー。
「まあ、なんとかなりますわよね。ライムちゃんもいますもの」
私は自分に言い聞かせるように、そう呟くのだった。
八魔剣は魔鉱石を体に組み込む際、体のバランスが崩れて動きに支障がでないように調整をしています。宝玉を入れていない他の部位にも、魔鉱石を使ってある程度の強化を施したりですね。そのため身体能力は高く、巨大な鉱石と女性一人くらいなら楽々と持ち運べます。
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