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イザベルと危険な実験

「アンナ。私は今からちょっとだけ、外に出てくるわ。後で戻ってくるから、先に寝てていいわよ」

「え、こんな時間に外に出るの?危なくない?」

「まだ眠くないから、少しだけライムちゃんと遊んでくるわ。宿からはそんなに離れないから大丈夫よ」

「ふーん。わかった。けど、もし襲われたりしたらすぐに叫んでね。ベルベルが助けにいくから」

「さらっと押しつけてんじゃないわよ!?あんたも来なさいよ!?」

「頼むわベルダ。アンナと私とラバードを守ってね」

「流れるように数を増やさないで!?私のことなんだと思ってるのよ、あんたら!」

「強さと人格。ともに信頼できる素晴らしい剣士ね」

「かっこよくてかわいいし意外と優しい、凄くいい子だよね」 

「っっっっ!!?そ、そういうこと聞いてるんじゃないわよ!?きゅ、急になに!?褒められても、別に嬉しくなんてないからね!?」

「顔を真っ赤にしながら言われても、説得力がないわよ?」

「うっさいわー!私のことはもういいのよ!早くそのスライム持ってどこかに行きなさいよ、ばーか!」

 くるんと、さっきよりもさらに強く、ベルダは丸まってしまった。素のベルダは反応が凄くかわいいから、ついからかってしまう。けど、これ以上すると本気で怒られそうだ。そろそろ自重しよう。

 私は緩む口元を袖でおさえて、部屋を出た。それから階段を降りて、外に出て宿の裏へとまわる。

 宿の裏は積まれた木の箱以外、何もなかった。周囲に人の気配もしないので、ここならライムちゃんを出しても誰にも迷惑をかけずにすむだろう。

「ほら、ライムちゃん。今からちょっとだけ、訓練をしましょう」

 地面に放ったライムちゃんに、人差し指をたてながら話しかける。躾がどこまでされていたかはわからないが、立てた指の前でしっかりと待つことができているから、人の言うことは聞かないといけない、ということはわかっているようだ。

「がんばったらご褒美に、このお肉をあげますわ。だから私の言うことを、よく聞いてね」

 ポケットから干し肉を取り出すと、ライムちゃんはぽよんぽよんと嬉しそうに跳ね始めた。

「じゃあまずは、止まって」

 手を平にして、ライムちゃんの目の前にだす。ぴくりと一度震えて、ライムちゃんはすっと動かなくなった。

「良い子ねー。はい、お肉」

 ぽよんと、嬉しそうにお肉を取り込むライムちゃん。取り込まれたお肉は泡立ったかと思うと、ゆっくりと小さくなっていき、姿を消した。小指ほどの大きさのお肉で、だいたい一分くらい、消化に時間がかかるみたいだ。

「じゃあ次は、跳ねて」

 ぽよんぽよんと飛び跳ねるライムちゃんにお肉を追加する。

「じゃあ次は、広がって」

 べたーっと、地面に薄くなって広がるライムちゃんの上にお肉を置く。するとお肉を取り込みながら、ライムちゃんはあっという間に元の球状へと戻った。変化の速度はかなり早い。

「次は、剣みたいになれるかしら」

 腰からナイフを取り出して、指をさす。ライムちゃんはしばらく固まっていたが、私が繰り返しナイフを指さすと、ゆっくりと形を変え始めた。そして手に持ったナイフと、ほとんど同じ形となった。

「素晴らしいわ!こんなに言うことを理解してくれるなんて、想像以上!ご褒美に三つあげるわ!」

 パラパラと位置をずらしながらお肉をまくと、ライムちゃんは体から細い棒のような形状をした触手を三つとり出し、散らばったお肉へとそれらを伸ばしくるんと巻き取って、体へと取り込んだ。ライムちゃんの中がしゅわしゅわと泡立って、何も見えなくなる。

「ふっふっふっ。これならもう、次のステップに進めそうですわね」

最初は言うことを聞いたら餌をあげる、という繰り返しで、ライムちゃんとコミュニケーションをとるつもりだった。まずは仲良くなって、信頼関係を築いて、それから難しいことを要求しようと思っていた。

 だけど、ライムちゃんは私が思っていたよりも賢く、従順だった。出会って間もないのに、私が伝えたい意思をすぐに汲み取り、自分で考えて行動ができている。たぶん、マドさんの躾が良かったのだろう。それか、特別にライムちゃんの頭がいいのかだ。

 どちらにしても、ライムちゃんは私の言うことを聞いてくれる、という点には変わりがない。なら今からすることも、ライムちゃんならきっと、時間はかかるかもしれないけど、理解してくれるだろう。

 肉が溶けきると、ライムちゃんは嬉しそうにコロコロと転がり始めた。可愛くて、ついぼんやりとそれを眺めてしまう。しばらくそうしていると、こんなに可愛いライムちゃんを戦場に連れ出すなんて良くないんじゃないかと、少しだけ思ってしまった。

「……けど、私は弱いの。可哀そうだからと躊躇って、頼ることをやめたら、きっとすぐに死んでしまう。夢のためなら、使える手は全て使うべきよ」

 私はあくまで、サポーターだ。剣や戦い方を学びはしたが、筋力も判断力もきっと、他の冒険者と比べると下の下だろう。だから魔物と一人で戦うなんてことは、絶対に無理だ。

 だから当然、私はパーティを組んで行動をする。戦うことは他の誰かに任せて、私は後ろから回復をかけることにだけ集中する。それが私ができる精一杯で、私のやりたいことでもあるのだ。

 楽で、役に立てて、尊敬される。褒められて、お金も稼げて、幸せになれる。それが、私の理想だ。

 だがもし何かのアクシデントで、仲間とはぐれ、私が一人で魔物と戦うことになったとする。その時に、ライムちゃんがいるといないとでは大違いだ。いざという時に、私の代わりに戦ってくれる誰かは決して失ってはならない。

 コロコロと転がるライムちゃんを手で押し止め、じーっと見つめる。プルプルと震えだすライムちゃんの中に、赤く脈打つコアが見えた。

「ライムちゃん。止まって。そして、恐怖に耐えて」

 すっと動きを止めたライムちゃんに、安心させるよう、にっこりと笑いかける。不思議そうに小さく揺れたライムちゃんの体内に、私は右手を突っ込んだ。

 びくりと震え、私から離れようとするライムちゃんを左手でおさえる。暴れるライムちゃんを宥めている間にもじゅわーと、私の右手は泡立ち、溶けだしていく。

「いだだだだ!?しかもあっつ!?これは、なかなかにきくわね……っ!?」

 早くしないと、指が無くなる。私は脳に響くほどの激痛に耐えながら、泡の奥にあるコアを壊さないように優しく掴み、右手ごと引っこ抜いた。

 引き抜いた右手は、皮膚がほとんど溶け落ちた状態だった。だが中の筋肉は無事だったようで、痛みは酷かったが、コアのフニフニとした不思議な感触がわかるくらいの感覚は残っていた。

 私はすぐに、ライムちゃんへと視線を戻した。ライムちゃんはコアを引き抜かれた影響で、体を保てなくなっていた。元の球状から少しずつ形が崩れ、痙攣を繰り返しながらただの水のように地面へと広がっていく。このままでは、ライムちゃんは数分もしない内に死んでしまうだろう。

 私は逸る気持ちを抑えて、無事な左腕をライムちゃんの中へと突っ込んだ。再び激痛が走ったが、私はそれを無視して、魔法を発動させた。

「回復(ヒール)!」

 ライムちゃんの中を、緑色の光が満たす。崩れ落ちていたライムちゃんが、元の球状へと戻っていくのを見ながら、私はほっと一息をついた。気を緩ませた瞬間、左手から脳へじりじりと、焼けるような痛みが広がり始めた。

「いだだ。この痛みに慣れるのが、私の課題かしらね。回復」

 回復を一度かけて、私は左手を取り出し、コアをライムちゃんの中へと戻した。すると、ライムちゃんの痙攣がおさまり始めた。ライムちゃんはしばらく、せわしなくあたりを這いずり回っていたが、自分の身体がもう崩れていないことに気づいたのか、だんだんと落ち着きを取り戻していった。

「実験、大成功ー!ライムちゃんもお疲れ様!怖かったわよね!ご褒美とお詫びをかねて、五枚あげるわ!」

 私はライムちゃんをよしよーしと何度も撫でながら、周囲にお肉をまいた。だがライムちゃんはお肉に飛びつかず、なぜか私から離れるように距離をとり始めた。

「あ、あら?どうしたの、ライムちゃん。もうお肉はいらないの?」

 プルプルと、私の言葉を否定するかのように震えるライムちゃん。ということは、原因は別にあるのだろう。

「もしかして、さっきのコアを引き抜いたのが、まずかったのかしら?」

 肯定するようにぽよんと跳ねるライムちゃん。心なしか、怒っているように見える。

 うん、まあ、そうよね。人間で言うなら心臓にあたるコアをいきなり引っこ抜かれたら、誰だって怖がるし怒るわよね。

「ふ、ふっふっふっ……素直に言うわ。本当にごめんなさい!でも言い訳を聞いてくれないかしら!?ここで確認しておかないと、いざという時に困るからやったの!悪気はないの!」

 私がなぜ、ライムちゃんのコアをいきなり引っこ抜いたかというと、コアを失ってもスライムは生きていられるのか、確認するためだった。

 マドの説明では、スライムはコアを失わない限り不死身、という話だった。なら、攻撃されないように最初から、弱点となるコアを抜いておけば(・・・・・・・・・)、ライムちゃんは本当に不死身の生物になるのではないかと私は考えたのだ。

 もちろん、コアを引き抜いてしまえば、さっき見たようにライムちゃんの体はドロドロに崩れて、戦うどころではなくなってしまう。コアが無事でも、本体が死んでしまったら意味はない。

 だから私は、それを回復魔法で補おうと考えたのだ。ドロドロに崩れるライムちゃんに回復魔法をかけ、体を治す。もちろん一回だけでは意味がないので、崩れるたびに何度も魔法を発動させ、体を治す。こうすれば、ライムちゃんは体を維持したままコアを気にすることなく戦える。

 ようするに、私がコアの代わりになるのだ。戦闘が始まったらコアを引き抜き、私が回復を継続する限り絶対に死なないライムちゃんを私の代わりに戦わせて、戦闘が終わったらコアを戻す。こうすれば、お互い死なずにすむ。

「ライムちゃんには怖い思いをさせるけど、これが一番安全なの。絶対にコアは壊されないよう、私が守るから!」

 ライムちゃんにはおそらく、私が言った言葉の半分も理解できていないだろう。それでも私は、できる限り思いが伝わるように、必死に言葉を尽くして語った。

 そんな私の目の前で、ライムちゃんはぐぐぐっと縮まった後、今までよりも大きく跳ねた。そしてぴたりと、動きを止めた。

 その行動の意味を考えて、私はゆっくりと、右手をライムちゃんの中へと入れ、コアを軽く掴んだ。ライムちゃんは今度は逃げようとはせずに、じっとその場で止まり小刻みに揺れていた。

「ライムちゃん……!なんて勇敢で、良い子なの!」

 きっと凄く怖いだろうに、ライムちゃんは私がコアに触ることを許してくれた。それが嬉しくて私は思わず、ライムちゃんをぎゅっと抱きしめた。

「あなたにはこれからきっと、いっぱい辛い思いをさせる。けど、その辛い思いをさせた分、あなたを幸せにするって約束するわ」

 私の腕の中で揺れるライムちゃんが、初めて見た時よりも愛おしく感じた。爛れた手の痛みも、今は気にならない。私は優しく包むようにライムちゃんを抱きしめ続けた。

 ライムちゃんと一緒に、しばらくの間そうしていると、あたりが暗くなってきた。そろそろ戻らないと、みんなに心配をかけてしまうかもしれない。

「そろそろ部屋に戻りましょう。ここに入って、ライムちゃん」

 箱にライムちゃんを戻し、宿の裏から出る。あたりはすっかり暗くなっていて、明かりはなく、物音一つしない。これではまるで、廃村のようだ。

 それが少し不気味に感じた私は、早く部屋に戻ろうと宿の扉に手をかけた。すると、北の方からなにか音が聞こえてきた。気になって、私は音の聞こえてきた方に視線を向けた。

 何かをからった誰かが、村の外から砂ぼこりを盛大にたてながらこちらに向かってくる。暗くて顔はよく見えない。だが、私はその人影に見覚えがあった。

「あれってラビラビ……?なんで戻ってきたのかしら」

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