イザベルと宿
私が戻ると、三人の姿がなかった。この村のどこかに用事があるとは思えないから、たぶん先に宿屋にはいって、部屋をとったのだ。
宿屋の中に入ると、私に気づいたアンナが近寄ってきた。ラバードとベルダの姿は見えない。主人と思われる男性がいるカウンターにも、食事をするためにちらほらと置かれた丸テーブルの傍にも姿は見えない。先に部屋にいっているみたいだ。
「お嬢おかえりー。なんかよさそうなものあった?」
「ええ。とてもいい物が手にはいったわ」
後ろに隠しておいたスライムを見せると、アンナは目を見開いて驚いた。
「なにこれ?透明で、まんまるで、しかもちょっと揺れてる。武器じゃないよね。もしかしてこれって、魔物?」
「正解。使い魔を一匹飼うことにしたの。スライムだから、ライムちゃんって名付けたわ。躾はされているみたいだから、人を襲うことはないと思う。優しくしてあげて」
「使い魔かー、私初めて見たなー。触っていい?」
「いいけど、あんまり力を入れすぎると体内に入って、融かされてしまうから気をつけてね」
「えー。じゃあやめとく。この子かわいい見た目してるけど、結構えぐいことするんだね」
「表面の膜に触るだけなら無害よ。試したから、間違いないわ。大丈夫。そんなに怖がらなくても、いざとなったら私がいるわ!やみつきになるくらい柔らかいから、とにかく一回触ってみて!」
「う、うーん?まあ、そこまで言うなら……あ、ほんとだ。めっちゃぷにぷにしてる」
アンナの指先に押され、ライムちゃんがぽよよんと揺れる。ひんやりとした冷たさと、ほどよい弾力がある体の感触が気持ちいいのか、アンナは楽しそうに何度も触っていた。
「すごいねー。あれ、でも使い魔ってことは、お金使ったの?ベルベルに怒られない?」
「そこは心配ないわ。村で冒険者になるって言ったら、サービスしてもらえましたもの。なんと、ただ」
「うっそ!?この子がただ!?こんなにかわいいのに……太っ腹だね、その人」
「マドさんって言うおじいさんよ。使い勝手が悪いし、小さい使い魔だから特別にって。アンナも今度挨拶しておきなさい」
「そっか。使い魔って、戦う時に連れていくものだったね。じゃあこの子も戦うの?」
「ええ、私と一緒に、一心同体となって戦いますわよ」
「こんなに小さいのに、大丈夫?魔物に逆に殺されちゃったりしない?」
不安げに見つめてくるアンナに、私は安心させるよう笑ってみせた。
「問題ありませんわ。私は回復魔法が使える魔法使いよ。私がいるパーティでは負傷者はもちろん、死亡者だなんて一切ださせない。使い魔であるライムちゃんも、絶対に死なせないわ」
「あはは!滅多に断言をしないお嬢がそう言うなら、安心だね。じゃあ、ベルベルにも見せにいこ。疲れているみたいだったから、この子で癒してあげよう」
「そうね!ベルダもきっと気にいるわ」
アンナとともに二階に上がり、突き当りの右の部屋へと向かう。私たちが借りた部屋は団体用で、ベッドが二つとソファーが一つあるようだ。左の方は一人部屋で、ラバードが借りているらしい。
「自分がソファーで寝るから、借りる部屋は一つでいいだろうって」
「ほんとに倹約家ね。初日くらい、贅沢してもよさそうなのに」
「村の人間が信頼できないからっても言ってたね。固まっておいた方がいいって」
「一人にしていたら、襲われるかもってことかしら」
確かにここはある種の無法地帯とも呼べる場所だ。無許可で使い魔を販売していた、さっきの武器屋の例もある。けど、今日歩いて見てまわった感想としては、何の害もない人間がいきなり襲われるような場所ではないと思う。
「ベルダー。ちょっと神経質になりすぎじゃありませんのー……ってあら?」
ドアを開けて、中を覗いた私は一番最初に、ベッドの上で白いシーツを被ってうごめく、謎の物体を見つけた。その物体はうーうーとうめき声をあげながら、右へ左へごろんごろんと転がっている。
私はそれから何とか意識をそらして、部屋の中を確認した。
部屋には木でできたベッドが二つ、ソファーが一つ、そしてクローゼットが一つあった。シャワーやランプがないところに、王国との違いを感じる。水も灯りも貴重なものだから、たぶん使用を制限されているのだ。
灯りは良いが、体を洗えないのは凄く困る。この村の住人は、どこで湯浴みをしているのだろう。明日ダインに聞いておきませんと。
「まあ、今はそれよりも気になることがありますわ」
ドアをゆっくりと閉め、私はそろりそろりと足音を立てないようベッドへと近づいた。そしてうごめく何かを指でつんつんと、突いてみた。
「きゃああああああ!?殺さないでー!?」
シーツから抜け出してきたのは、村の中を堂々と歩いていた時とはまるで違う、涙目になったよわよわモードのベルダだった。
私がどうしたんだろうと思っていると、ベルダは一瞬でベッドの下に転がり落ちて、ベッドと床の隙間から剣を引っ張りだしてきた。あらかじめ忍ばせておいたのか、と私が驚く間もないうちに、私の首先に剣が突きつけられた。
ガタガタと震えて殺さないで、と言うわりに、回避から攻撃に移るのが早すぎる。ベッドの下に落ちてから剣を構えるまでの速度が早すぎて、私はピクリとも動けなかった。
「って、り、リサじゃないの!よ、良かったぁ。殺されるかと思ったぁ……もう。驚かさないでよね!」
「全部私の台詞ですわよね!?剣向けてる側が言う言葉じゃありませんわよ!?」
すっと、ベッドの下に再び剣を隠したベルダは、ソファーへと向かった。そしてどしんと勢いよく座り、天井を見上げてかすれた声をあげ始めた。
「ああああ……つっっっっかれたーーーーー……ここの人たちほんっと怖い。いちいち睨んでこないでよー、そんなに見ても何もしないわよー、むしろそっちが何かしてきそうで怖いのよー。もーう、ばーか!」
「だいぶまいってるわねー。そんなに怖かった?睨んできた人なんて、私知らないわよ?」
「建物の間とかに、たくさんいたじゃない。ずっと気になって、無駄に疲れたわ」
「なるほど。それなら気づくはずないわ。私、視界に入ってこない人には一切気を回さないようにしてるから」
「あたしも同じかな。悪意があったらすぐ気づくし、あんまり意識しないかも」
「あんたらほんっと、見かけによらず図太いわよね。羨ましいわ」
「いや、ベルベルにはさすがに負けるけど。村長さんに真正面から、結構凄いこと言ってたじゃん。獣と同じだな、とか」
「…………」
すーっと、ベルダの顔から血の気が引いていく。
「……それ、ほんと?」
「え、まってベルダ!?なんであなたが覚えていないの!?」
「わたし……人前だとあの人を強く意識しすぎて……たまに自分が何を言ったか、覚えていないことがあるのよね……まって。ねえまって!?本当に私、そんなこと言った!?」
「それ以外にも、ほぼ無視に近い形で話を終わらせたりしてたよね」
「あ、それは覚えているわ!沈黙が続いて、何を言えばいいかわからなくなったから、質問はもうないの、って言ったのよね!」
「全然違うわよ!?記憶を美化しないで!?」
「嘘でしょ!?わ、私なんてことを……はっ。というかこの部屋、ちゃんと防音できてるのよね。もし今の私を村の人に……特にあの村長なんかに見られたら……絶対弱い奴だと思われる!そしたら真っ先に狙われるわよね!?いやー!?」
あわわと、今更になってベルダは慌てだす。壁に隙間がないか、横に誰かがいないかを、目や耳でせわしなく確認し始めた。私はそれを見て、くすりと笑った。
普段かっこいい分、こういう弱弱しいベルダを見ると、なんだか微笑ましい気持ちになってくる。
「何笑ってるのよ!?リ、じゃない!い、イザベルも手伝ってよ!」
「そんなに心配しなくても、盗み聞きしてる人間なんていないわよ。それより、ベルダにちょっと見てほしいものがあるんだけど」
私はライムちゃんを手のひらに載せて、それをさっとベルダの目の前にだした。
「ほら、かわいいでしょう?今日から仲間になった、」
「ま、魔物じゃないのそれー!?」
びゅんとベルダは再びベッドに戻り、シーツにうずくまりだした。まるで鳥に襲われて、慌てて巣に逃げ込むリスみたいだ。
「しかもよりにもよって、スライム!?私が苦手な魔物じゃない!なんでそんなの持ち込んでのよー!?」
「あ、あら?予想していた反応と違うわね。もしかして、かわいいのは嫌いだった?」
「嫌いじゃないわよ、むしろ好きよ!?スライムも最初は好きな方だったわよ!」
「じゃあ、なんで逃げるの?」
「む、昔、スライムが獲物を捕食する瞬間にたまたま立ち会って……スライムって透明だから、生きたまま融かされる魔物の姿が、外からでもはっきりとわかるの。私はそれを見て……その場で何回か吐いたわ。それ以来、スライムは苦手なのよ」
「あー……それは災難だったわね」
疲れているベルダを癒してあげようと思って、した行動だったけど逆に怖がらせてしまった。ベルダがいるときには、あんまりライムちゃんを外に出さないほうがよさそうだ。
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